第14話 ‐天使の接吻‐ “A Palm of the Death&Affection”
「さて、後は小乙女と小夜とチビどもだな」
雷耶と無事、合流したことを受けて、皇が、リーダー然として、宣った。
「おぉーいっ!」
……この声、まさか。
案の定、声が聞こえてすぐ、頭上から、少女が降ってきた。
「――小夏! 雷にい!! 無事だったんだな!」
小乙女は、はちみつ色のポニーテールを、元気よく跳ねさせると、兄である雷耶の、たくましい胸に飛びこんだ。
「人前だぞ。やめろよ」
「いーだろ。減るもんじゃねえし」
口では叱っている体だが雷耶は、小乙女のすらりとした健康的な体躯を、しっかりと抱き留めてやっていた。
なんか言ってるが、こいつら家で、どんだけいちゃいちゃしてんだよ。
――近親相姦かよ。
自分のことはさておいて、突っ込んでいると、雷耶が言った。
「お前、よく俺たちの居場所がわかったな」
「そんなん、においでわかるっての。三人いるから、すぐわかった」
小乙女がない胸を張ると、皇がすかさずつっこんだ。
「さすがサル」
「黙れチビ」
バチバチと火花を鳴らしているが、アホすぎる。
「つうか、空飛べるなんて、反則だろ」
オレが感心しながらつっこむと、やつはふふん、と得意げに短めのポニーテールを揺らした。
「戦女神<ヴァルキリアス>様なめんな。飛行と武器の錬成はあたしに任せろ」
<天駆ける戦女神>という二つ名通り、小乙女は、戦のプロだ。
「ヴァルキリアス」……<ヴァルキリー>とも呼ばれるそれは、神話においては、戦場の英雄を守護し、天上の楽園へと導く、半人半神の女神だという。
それだけあって、様々な武器を瞬時に生み出す能力にたけ、こと戦場においては無類の強さを誇るらしい。
また、小乙女の場合、実際に、勝利と幸運の女神の血も引いているため、生まれ持った運<ラック>が最高クラスだ。
見かけ通りの、ただのおバカな元気娘だと高をくくっていると、痛い目をみるはめになる。
実際、一年時の体育祭で、こいつにこてんぱんにされているオレとしては、歯を食いしばるしかない。
あの時は空を飛んでいなかったが、要するに、お遊びだと思って、手抜きしてたというわけか。
――Sクラスの余裕かよ、チッ!!
ひそかにジェラシーの炎を燃やしていると、小乙女は、ん? と無邪気な笑顔で首を傾げた。
くっそ可愛いが、夏夜のエンジェルスマイルには負けるな。
——勝った!!(?)
ともあれ、小乙女が錬成した武器は、自分用のバカでかい斧と、オレ用の剣だった。
細身の剣で、ガーネットらしき、炎に似た赤褐色の宝石がはめられた赤い刀身は、まさしくオレ好みだった。
武器などろくに手にしたことないが、まあ、ないよりかはましだろう。
なにより、刻んであるドラゴンの紋様がバリカッケー!!
ちょっと小乙女を尊敬した。
ちなみに、皇は、もとから愛用の剣、月光鬼涙を持っていたので、追加の武器はいらないようだった。
王室が誇る神剣であり、魔を払うこの剣は、触れるだけで魔を滅するほか、皇の鬼の血を活性化させる。
まさしく、国宝級のすげーアイテムだが、そんなん持ってきて大丈夫なのか。
……万が一壊れたら、やべーんじゃ。
「ほかの仲間を探す前に、輝馬をどうにかしないとな」
雷耶が切り出し、ため息をついた。
輝馬は、皇にかつがれたままぴくりともせず、明らかにやばそうだった。
「だな。それじゃあ、あたしについてこい」
こうして、小乙女を先頭に、オレ達は洞窟へと向かった。
もとは鍾乳洞だったのだろう。
そこは、うだるような外気に比べて涼しく、氷のつららが光り輝いていた。
まさしく、病人を休ませるには、絶好の場所だ。
「やっぱり、輝馬は起きないな」
小乙女は、輝馬の額に手を当て、ため息をついた。
「ドクターからもらった薬が効いてねえ、ってこともなさそうだな。じゃなきゃ、エナジーのオーバーロストで死んでてもおかしくねえ」
皇が、眉をしかめた。
「ああ。こいつには、なんらかの呪いがかかってやがる。襲ってきたやつらじゃなく、他の波動を感じる。これは、深淵の闇のにおいだ」
小乙女が、くん、と輝馬のにおいをかぐようにして言った。
野生の勘、というより、戦女神のアビリティ、「真贋を見通す目」が、小乙女の場合、嗅覚に宿っているのだ。
かぎつけた香りが、どす黒い悪意にでも満ちていたのか、小乙女は、けほり、と軽く咳をした。
「仮面の男、か」
皇も、ため息をついた。
「たぶんな。たぶん、大本をなんとかしない限り、永久に目覚めない。でも、困ったな」
小乙女がうなる。
「ああ。間違いなく、俺達の中で、一番戦闘力に優れているのが輝馬だ。こいつが戦えないのは痛いな」
雷耶が、悔しそうに言った。
闇クラスナンバーワンはダテじゃない。
能力の錬度では夏夜に劣るが、戦闘スキルでトップクラスは、間違いなく輝馬なのだ。
「とりあえず、輝馬をこれ以上、連れて歩けない。看病するやつと仲間を探しに行くやつ、二人一組に分かれよう」
皇が、またもや仕切ろうとしている。
もとはといえば、オレが倒れたせいだ。
皇が来なかったら、輝馬もオレも死んでいた。
拳を握り、歯を食いしばる。
それに気づいたのか、雷耶が、口を開いた。
「小夏。お前と小乙女で、他の仲間を探して来い。治癒能力のある皇と、水の恩恵を受けやすい俺が、こいつを休ませながら、守備する。小乙女、迷惑かけるが、小夏を護ってやれ」
「……ようするに、お荷物ってことかよ……っ」
オレは、いらだっていた。
雷耶ではなく、なにもできない自分に。
「小夏」
雷耶が、何か言いかける前に、オレは洞窟を飛び出した。
「「「――小夏!!」」」
背中にあいつらの声を聞きながら、オレは走り去った……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
――逃げたい。
……遠く、遠く。
……オレなんて誰も知らない、最果てへ――。
「――はあ……っ、はあ……っ」
膝をつき、荒く息をした。
輝馬が、もし目覚めなかったら?
煌々(きらら)だけじゃなく、オレはあいつまで死なせるのか?
――オレが、弱いせいで。
頬に流れたのは、汗だけではなかった。
ぐい、と瞳をぬぐうと、まぶたに浮かんだ顔があった。
――夏夜。お前だったら、こんな時、どうしていたんだろう。
かっこわりいよな。
お前を護りたいのに、オレはこんなにも無力で、情けなくて。
ぎゅっと目をつぶり、拳を地面に叩き付けた。
瞬間、にぶい痛みが走る。眼球が熱くなり、ぼろぼろと、オレの弱さが溢れてくる。
こぼれ落ちる雫をぬぐうこともせず、ぎり、と歯を食いしばった。
……煌々。
――輝馬。
<< ――――オレがいなければ、こんなことには――――!! >>
「~~~っっ!!」
――だからその時、足音が聞こえたのは、きっと必然だったろう。
ぺたぺたと、はだしの音がする。
やがて音はオレの真後ろで止まり、オレの躰は、柔らかなぬくもりに包まれた。
「——泣かないで。小夏。オレがいるから」
「なつや……っ、」
――夏夜ぁ!!
叫ぶようにしてもう一度呼ぶと、夏夜の小さな躰に、すがりついた。
よしよし、と背中がなでられ、柔らかいものが、額に押し当てられた。
「だいじょうぶ。世界が敵になっても、オレだけは、お前の味方だから」
……口づけられた。そう思ったとき、全身が、ぶわっと花開いた。
――なつや。なつや。なつや。オレの、夏夜。
ガキみたいにみっともなく、なきじゃくるオレを、夏夜はずっと抱きしめていてくれた。
後から小乙女がすっ飛んできたが、夏夜は、オレから離れようとしなかった。
その後、ほかの仲間を探しに行く移動手段として、小乙女は、飛行する火車を錬成した。
それに乗り、空を駆ける間も、夏夜はずっとぴったりくっつき、オレの躰をあたためてくれていた。
「お前ら、暑苦しいっつの。つうか、きもい」
小乙女はぶつくさ言っていたが、オレもまた、夏夜から離れていたくなかった。
恐らく夏夜は、そんなオレの気持ちを察して、このクソ熱い中、片時も離れず、触れていてくれるのだろう。
人前で気恥ずかしいが、とりあえず、あの焦燥と絶望は、どこかへと姿を消していた。
夏夜が、こういった。
「はじめに、小夜と合流しよう。凛音と祈音は、きっと自分だけでなんとかできる。一番危ないのは、小夜だよ」
「ああ。このメンバーで、あいつが一番、トリッキーな能力だもんな。はじめにあいつを拾っていこうぜ」
小乙女が言うなり、くんくん、と鼻で息をした。
たぶん、あっち、と指をさした方向は、砂漠だった。
血の色をした砂漠のあちこちに、人間らしき屍が転がっている。
視界の端に、生きている人型の影がみえた。
「行くぞ」
小乙女が火車を急降下し、オレと夏夜が、うなずいた。
つないだ手から伝わる、ぬくもり。
未来は未知数で、オレ達は、弱っちい神の子羊だ。
それでも隣には、オレの愛する、ちいさな天使がいる。
――それだけで、なんだってできそうな気がしていた。
(( 果たしてそうかな、<リトルサマー> ))
「……?」
「どうした?」
小乙女が、振り向かずに言う。
「いや……」
何か、聞こえた気がしたのだ。
耳ではなく、頭の中に直接響くような声が。
しかし、その内容は思い出そうとしても思い出せなかった。
(……気のせい、だよな)
鈍色の空にぽっかりと浮かぶ、赤い月が、かすかに嗤ったような気がした——。
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“palm” ~パーム~
手のひら; たなごころ (⇒hand さし絵).
(手品などで)〈ものを〉掌中に隠す.
〈ものを〉くすねる.
〈…を〉なでる.
“death” ~デス~
【不可算名詞】 [具体的には 【可算名詞】] 死,死亡; 死に方,死にざま.
【可算名詞】 死亡(事例).
【不可算名詞】 死んだ状態.
[the death] 〔…の〕死因,命取り 〔of〕.
死に神 《★【解説】 通例手に大がま (scythe) を持った黒服 (black cloak) を着た、
骸骨 (skeleton) で表わされる》.
[the death] 〔事物などの〕破滅,終わり 〔of〕.
“affection” ~アフェクション~
[また複数形で] (人が子供・妻などに示すような)愛情,優しい思い 〔for,toward〕.
疾患,疾病.
“A Palm of the Death&Affection” ~パーム・オブ・ザ・デス・アンド・アフェクション~
=“A palm which brings the death and affection”
~ア・パーム・ウィッチ・ブリングス・ザ・デス・アンド・アフェクション~
「慈愛と終わりをもたらす掌」
「疾患を手招く、命取りな掌」