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『ミッドサマー・ロストハート』~心を失った悪魔の王を「愛する」ための方法~  作者: 水森已愛
第2章 ((nightmare is Grim.))……それは、開かれた扉。
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第14話 ‐天使の接吻‐ “A Palm of the Death&Affection”

「さて、後は小乙女さおとめ小夜さよとチビどもだな」


 雷耶らいやと無事、合流したことを受けて、こうが、リーダーぜんとして、のたまった。


「おぉーいっ!」


……この声、まさか。


 案の定、声が聞こえてすぐ、頭上から、少女が降ってきた。


「――小夏! 雷にい!! 無事だったんだな!」


 小乙女(さおとめ)は、はちみつ色のポニーテールを、元気よく跳ねさせると、兄である雷耶(らいや)の、たくましい胸に飛びこんだ。


「人前だぞ。やめろよ」


「いーだろ。減るもんじゃねえし」


 口では叱っているていだが雷耶は、小乙女のすらりとした健康的な体躯たいくを、しっかりと抱き留めてやっていた。


 なんか言ってるが、こいつら家で、どんだけいちゃいちゃしてんだよ。

――近親相姦きんしんそうかんかよ。


 自分のことはさておいて、突っ込んでいると、雷耶が言った。


「お前、よく俺たちの居場所がわかったな」


「そんなん、においでわかるっての。三人いるから、すぐわかった」


 小乙女がない胸を張ると、皇がすかさずつっこんだ。


「さすがサル」


「黙れチビ」


 バチバチと火花を鳴らしているが、アホすぎる。


「つうか、空飛べるなんて、反則だろ」


 オレが感心しながらつっこむと、やつはふふん、と得意げに短めのポニーテールを揺らした。


「戦女神<ヴァルキリアス>様なめんな。飛行と武器の錬成はあたしに任せろ」


<天駆ける戦女神>という二つ名通り、小乙女は、戦のプロだ。


「ヴァルキリアス」……<ヴァルキリー>とも呼ばれるそれは、神話においては、戦場の英雄を守護し、天上の楽園へと導く、半人半神の女神だという。


 それだけあって、様々な武器を瞬時に生み出す能力にたけ、こと戦場においては無類の強さを誇るらしい。

 また、小乙女の場合、実際に、勝利と幸運の女神の血も引いているため、生まれ持った運<ラック>が最高クラスだ。


 見かけ通りの、ただのおバカな元気娘だとたかをくくっていると、痛い目をみるはめになる。

 実際、一年時の体育祭で、こいつにこてんぱんにされているオレとしては、歯を食いしばるしかない。


 あの時は空を飛んでいなかったが、要するに、お遊びだと思って、手抜きしてたというわけか。

――Sクラスの余裕かよ、チッ!!


 ひそかにジェラシーの炎を燃やしていると、小乙女は、ん? と無邪気な笑顔で首を傾げた。


 くっそ可愛いが、夏夜のエンジェルスマイルには負けるな。

——勝った!!(?)


 ともあれ、小乙女が錬成した武器は、自分用のバカでかい斧と、オレ用の剣だった。


 細身の剣で、ガーネットらしき、炎に似た赤褐色の宝石がはめられた赤い刀身は、まさしくオレ好みだった。

 武器などろくに手にしたことないが、まあ、ないよりかはましだろう。


 なにより、刻んであるドラゴンの紋様もんようがバリカッケー!!

 ちょっと小乙女を尊敬した。


 ちなみに、皇は、もとから愛用の剣、月光鬼涙げっこう・きるいを持っていたので、追加の武器はいらないようだった。


 王室が誇る神剣であり、魔を払うこの剣は、触れるだけで魔を滅するほか、皇の鬼の血を活性化させる。

 まさしく、国宝級のすげーアイテムだが、そんなん持ってきて大丈夫なのか。


……万が一壊れたら、やべーんじゃ。



「ほかの仲間を探す前に、輝馬をどうにかしないとな」


 雷耶が切り出し、ため息をついた。

 輝馬は、皇にかつがれたままぴくりともせず、明らかにやばそうだった。


「だな。それじゃあ、あたしについてこい」


 こうして、小乙女を先頭に、オレ達は洞窟どうくつへと向かった。


 もとは鍾乳洞しょうにゅうどうだったのだろう。

 そこは、うだるような外気に比べて涼しく、氷のつららが光り輝いていた。


 まさしく、病人を休ませるには、絶好の場所だ。


「やっぱり、輝馬は起きないな」


 小乙女は、輝馬の額に手を当て、ため息をついた。


「ドクターからもらった薬が効いてねえ、ってこともなさそうだな。じゃなきゃ、エナジーのオーバーロストで死んでてもおかしくねえ」


 皇が、まゆをしかめた。


「ああ。こいつには、なんらかの呪いがかかってやがる。襲ってきたやつらじゃなく、他の波動を感じる。これは、深淵しんえんの闇のにおいだ」


 小乙女が、くん、と輝馬のにおいをかぐようにして言った。


 野生の勘、というより、戦女神のアビリティ、「真贋しんがんを見通す目」が、小乙女の場合、嗅覚に宿っているのだ。

 かぎつけた香りが、どす黒い悪意にでも満ちていたのか、小乙女は、けほり、と軽く咳をした。


「仮面の男、か」


 皇も、ため息をついた。


「たぶんな。たぶん、大本おおもとをなんとかしない限り、永久に目覚めない。でも、困ったな」


 小乙女がうなる。


「ああ。間違いなく、俺達の中で、一番戦闘力に優れているのが輝馬だ。こいつが戦えないのは痛いな」


 雷耶が、悔しそうに言った。


 闇クラスナンバーワンはダテじゃない。

 能力の錬度では夏夜に劣るが、戦闘スキルでトップクラスは、間違いなく輝馬なのだ。



「とりあえず、輝馬をこれ以上、連れて歩けない。看病するやつと仲間を探しに行くやつ、二人一組に分かれよう」


 皇が、またもや仕切ろうとしている。


 もとはといえば、オレが倒れたせいだ。

 皇が来なかったら、輝馬もオレも死んでいた。


 拳を握り、歯を食いしばる。


 それに気づいたのか、雷耶が、口を開いた。


「小夏。お前と小乙女で、他の仲間を探して来い。治癒能力のある皇と、水の恩恵を受けやすい俺が、こいつを休ませながら、守備する。小乙女、迷惑かけるが、小夏を護ってやれ」


「……ようするに、お荷物ってことかよ……っ」


 オレは、いらだっていた。

 雷耶ではなく、なにもできない自分に。


「小夏」


 雷耶が、何か言いかける前に、オレは洞窟どうくつを飛び出した。



「「「――小夏!!」」」


 背中にあいつらの声を聞きながら、オレは走り去った……。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



――逃げたい。


……遠く、遠く。


……オレなんて誰も知らない、最果てへ――。



「――はあ……っ、はあ……っ」


 膝をつき、荒く息をした。


 輝馬が、もし目覚めなかったら?

 煌々(きらら)だけじゃなく、オレはあいつまで死なせるのか?


――オレが、弱いせいで。



 頬に流れたのは、汗だけではなかった。

 ぐい、と瞳をぬぐうと、まぶたに浮かんだ顔があった。


――夏夜。お前だったら、こんな時、どうしていたんだろう。


 かっこわりいよな。

 お前を護りたいのに、オレはこんなにも無力で、情けなくて。


 ぎゅっと目をつぶり、拳を地面に叩き付けた。

 瞬間、にぶい痛みが走る。眼球が熱くなり、ぼろぼろと、オレの弱さが溢れてくる。


 こぼれ落ちる雫をぬぐうこともせず、ぎり、と歯を食いしばった。


……煌々。

――輝馬。



<< ――――オレがいなければ、こんなことには――――!! >>



「~~~っっ!!」




――だからその時、足音が聞こえたのは、きっと必然だったろう。


 ぺたぺたと、はだしの音がする。


 やがて音はオレの真後ろで止まり、オレのからだは、柔らかなぬくもりに包まれた。


「——泣かないで。小夏。オレがいるから」


「なつや……っ、」


――夏夜ぁ!!


 叫ぶようにしてもう一度呼ぶと、夏夜の小さなからだに、すがりついた。

 よしよし、と背中がなでられ、柔らかいものが、額に押し当てられた。


「だいじょうぶ。世界が敵になっても、オレだけは、お前の味方だから」


……口づけられた。そう思ったとき、全身が、ぶわっと花開いた。



――なつや。なつや。なつや。オレの、夏夜。



 ガキみたいにみっともなく、なきじゃくるオレを、夏夜はずっと抱きしめていてくれた。

 後から小乙女がすっ飛んできたが、夏夜は、オレから離れようとしなかった。



 その後、ほかの仲間を探しに行く移動手段として、小乙女は、飛行する火車を錬成した。

 それに乗り、空をける間も、夏夜はずっとぴったりくっつき、オレの躰をあたためてくれていた。


「お前ら、暑苦しいっつの。つうか、きもい」


 小乙女はぶつくさ言っていたが、オレもまた、夏夜から離れていたくなかった。

 恐らく夏夜は、そんなオレの気持ちを察して、このクソ熱い中、片時も離れず、触れていてくれるのだろう。


 人前で気恥ずかしいが、とりあえず、あの焦燥しょうそうと絶望は、どこかへと姿を消していた。


 夏夜が、こういった。


「はじめに、小夜さよと合流しよう。凛音りんね祈音きおんは、きっと自分だけでなんとかできる。一番危ないのは、小夜だよ」


「ああ。このメンバーで、あいつが一番、トリッキーな能力だもんな。はじめにあいつを拾っていこうぜ」


 小乙女が言うなり、くんくん、と鼻で息をした。


 たぶん、あっち、と指をさした方向は、砂漠さばくだった。

 血の色をした砂漠のあちこちに、人間らしき屍が転がっている。


 視界の端に、生きている人型の影がみえた。


「行くぞ」


 小乙女が火車を急降下し、オレと夏夜が、うなずいた。



 つないだ手から伝わる、ぬくもり。


 未来は未知数で、オレ達は、弱っちい神の子羊だ。

 それでも隣には、オレの愛する、ちいさな天使がいる。



――それだけで、なんだってできそうな気がしていた。



(( 果たしてそうかな、<リトルサマー> ))



「……?」


「どうした?」


 小乙女が、振り向かずに言う。


「いや……」


 何か、聞こえた気がしたのだ。

 耳ではなく、頭の中に直接響くような声が。


 しかし、その内容は思い出そうとしても思い出せなかった。


(……気のせい、だよな)


 鈍色にびいろの空にぽっかりと浮かぶ、赤い月が、かすかにわらったような気がした——。




 //////////////////////////////


 “palm” ~パーム~

 手のひら; たなごころ (⇒hand さし絵).


(手品などで)〈ものを〉掌中に隠す.

 〈ものを〉くすねる.

 〈…を〉なでる.


 “death” ~デス~


【不可算名詞】 [具体的には 【可算名詞】] 死,死亡; 死に方,死にざま.

【可算名詞】 死亡(事例).

【不可算名詞】 死んだ状態.


[the death] 〔…の〕死因,命取り 〔of〕.


  死に神 《★【解説】 通例手に大がま (scythe) を持った黒服 (black cloak) を着た、

 骸骨(がいこつ) (skeleton) で表わされる》.



[the death] 〔事物などの〕破滅,終わり 〔of〕.



 “affection” ~アフェクション~


  [また複数形で] (人が子供・妻などに示すような)愛情,優しい思い 〔for,toward〕.

  疾患,疾病.



 “A Palm of the Death&Affection” ~パーム・オブ・ザ・デス・アンド・アフェクション~


 =“A palm which brings the death and affection”

 ~ア・パーム・ウィッチ・ブリングス・ザ・デス・アンド・アフェクション~


「慈愛と終わりをもたらす掌」

「疾患を手招く、命取りな掌」


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