表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ミッドサマー・ロストハート』~心を失った悪魔の王を「愛する」ための方法~  作者: 水森已愛
第2章 ((nightmare is Grim.))……それは、開かれた扉。
14/60

第11話 ‐最果ての光‐ “Brightness in Eyes of the Ice”

 輝馬こうまと荒れ地を歩き出して、三分もたたないうちに、顔のない、真っ白い人型の化け物が襲ってきた。


「うげ……っ」


 不自然なほど巨大な、やたら縦に長い楕円形の顔には、目もない鼻もない。

 その真ん中にある、口とおぼしき真っ黒い穴から、触手をうじゃうじゃ、うねうねさせて、長い手足をもつれさせながら猛スピードで、そいつらは襲ってきた。



――ズドドドドドッドドッド!!



 すさまじい音とともに、3、4メートルはあろうかという巨躯きょくが、その口から、黄みがかったヨダレを垂らし、猛然もうぜんと触手を伸ばした。


 だが、こちらまであと10メートルのところで、輝馬が立ちふさがった。



「索敵<サーチ>」


 輝馬がつぶやき、両手を広げると、当たり一面に、無数の光る糸が、ぶわっと展開した。

 膨大な糸にからめとられ、顔なしたちはもんどり打って、暴れた。



<< ――ォオオオォオオぉおおヲヲヲ……!! >>



 不気味な雄たけびが、頭蓋ずがいを揺らし、腹のなかまで響いてくる。


「……っっ」


 耐えきれず耳をふさごうとした時だった。



「捕食<イート>」


 ばちん、という情けない音と主に、異形の顔なしたちは一斉にはじけ、一瞬で緑色の体液をまき散らし、ひき肉になった。


「すげえ……」


 さすが中等部<ヘブン>序列二位・智天使<ケルビム>の名を冠する、「奈落ならくの鬼蜘蛛<バール>」。

 ものの見事に、瞬殺しゅんさつだ。



「まあ、こんなものかな」


 メシ前のトレーニングでも終えたような口調で振り向くと、「小夏、大丈夫だった?」とこちらの安否あんぴを聞いてきた。


「オレはなにもしてねーし……」


 つうか、男の背中に守られて、ぼーっとしてる、オレのポジションってなんだ。

――かよわい女子かよ!!


「まあいーけど、次からオレも戦うからな」


 若干虚勢を張りながら、ふん、と鼻を鳴らすと、輝馬は、微笑しながら、いつもの皮肉を言った。


「いいけど、僕の足を引っ張らないでね」


「そのセリフ、覚えてろよ」


――カッコイイところをみせて、ギャフンと言わせてやる!!(死語)



 軽口を叩くオレ達だったが、無理して明るくしないと、心が折れそうだった。

 オレは輝馬の妹を死なせ、輝馬はたったひとりの妹を亡くした。


 だが、輝馬は、オレを責めなかった。

 どんなことがあっても、味方でいてくれる、と誓ってくれた。


 輝馬の横顔を見やる。

 その表情はいでいて、オレの心とは正反対だった。



「なあ。なんで、お前はオレに優しいんだよ」


 オレは、意を決して、聞いた。

 口調は明るくしたつもりだったが、気づいたら、輝馬の服のすそを握りしめていた。


 オレをなぐさめた、あの甘露かんろのように優しい言葉は、まるで時を巻き戻したようだった。

 幼き日の輝馬の、あの、ガキらしくない、慈しむような微笑みを思い出す。


 途端とたんにむずがゆくなって、裾を離した。


 それに気づいたのか、気づかなかったのか。

 輝馬は、こちらをみやって、ぽつりと言った。


「これでも、冷たくしてるつもりなんだけどね」


 いつもの冷めた瞳。

 だが、その冷えた氷の奥に、ちらちらとあの光がみえていた。



――また、だ。


 風にそよぐカーテン。反射する日光を映しこむ、あのあたたかな光。

 とてつもなくきれいで、とてつもなく落ち着かなくなるような、それでいて、何度もみたくなるような輝き。


 胸が、どくん、と音を立てた。



「……それでも君は、僕から離れていかなかった」


「…………?」


 無言で問い返すと、輝馬は、穏やかに微笑んだ。



「――君だけだ。僕をみつけてくれたのは」


 その声が、わずかに湿り気を帯びていて、オレは目を見開いた。


「それ」


――どういう意味だ? と(たず)ねたが、輝馬は首を振った。

 話はここで終わりだ、ということらしい。



 オレは、思い出した。


 輝馬は、ガキの頃から、女にモテた。


 当然だ。成績優秀、容姿端麗ようしたんれい。何をやらせても、クールでそつがない。

 今だって、中等部<ヘヴン>でこいつを知らない者はいない。


 だが、どんな女も、長くは続かなかった。


 皆、輝馬に惹かれて近づいてきたはずだ。

 なのに、決まり決まったように、最後には、「そんな人だとは思わなかった」と言って、離れていくのだ。



 オレは不思議だった。


「そんな人」って、なんだ?


 輝馬は、性格は確かに、ちょっとばかりひん曲がっているが、悪いやつじゃない。


 たとえば、女をとっかえひっかえしているところはクズだが、別に、だからといって、ぞんざいに扱っていたわけじゃない。

 どの女にも優しかったし、時々、突き放してはいたが、それは、甘さを嫌うこいつらしかった。


 口も確かに悪い。皮肉も平気で言うし、毒舌家だ。


 それでも、その言葉の裏にはいつも、思いやりがあった。

 冷たい氷の瞳の奥に、輝く光を、ぬくもりを抱いていた。



 そう、輝馬は、きっと、不器用なだけなのだ。


 オレはそんな輝馬を心から尊敬していて、こいつとなら、どんな困難にも立ち向かっていける気がした。

 オレに勇気をくれたやつがいるとしたら、だからそう、この世の誰でもない、輝馬こいつなんだ——。



 輝馬の背を追いかけた。

 その背が小さくみえて、そっと肩に触れる。


――驚いたような顔で、輝馬が振り向く。



「行こうぜ」


 オレは、そう言って笑った。


 一瞬、輝馬の瞳が、ほんのわずか、泣きそうに歪む。

 だが、一瞬後、いつもの微笑みにとり替わり、輝馬はオレの頭をなでた。


「そうだね」


 その言葉に、いつもの険はなかった。

 またガキ扱いされていることに気づいたが、その柔らかな感触は、どこか懐かしくて、怒ることも忘れた。




 オレ達は、歩いて行く。


 きっと、この絆は、永遠ではないのだろう。


 オレ達は、同じ人間じゃない。

 この先、この道は、はっきり分かたれるだろう。


 それでも、オレは輝馬が好きで、輝馬も、オレを嫌いじゃない。

 今はただ、それだけでよかった。


 オレは知らない。――何もかも。



 友情ごっこの終わりは、いつか必ず訪れる。


――その時、オレはこいつに、何をしてやれるのだろう。




 /////////////////////////////////////////////////////////////




 “brightness” ~ブライトネス~

 明るさ; 輝き.

 鮮明さ.

 賢さ,聡明.


 “ice” ~アイス~

  氷.

[the ice] (一面に張った)氷,氷面.


 《主に米国で用いられる》 氷菓.

  (態度などの)よそよそしさ.

  《俗語》 ダイヤモンド.


 “Brightness in eyes of the ice”

 ~ブライトネス・イン・アイズ・オブ・ジ・アイス~


「氷の瞳のなかの輝き」

「氷菓の瞳のなかの鮮明さ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ