第11話 ‐最果ての光‐ “Brightness in Eyes of the Ice”
輝馬と荒れ地を歩き出して、三分もたたないうちに、顔のない、真っ白い人型の化け物が襲ってきた。
「うげ……っ」
不自然なほど巨大な、やたら縦に長い楕円形の顔には、目もない鼻もない。
その真ん中にある、口とおぼしき真っ黒い穴から、触手をうじゃうじゃ、うねうねさせて、長い手足をもつれさせながら猛スピードで、そいつらは襲ってきた。
――ズドドドドドッドドッド!!
すさまじい音とともに、3、4メートルはあろうかという巨躯が、その口から、黄みがかったヨダレを垂らし、猛然と触手を伸ばした。
だが、こちらまであと10メートルのところで、輝馬が立ちふさがった。
「索敵<サーチ>」
輝馬がつぶやき、両手を広げると、当たり一面に、無数の光る糸が、ぶわっと展開した。
膨大な糸にからめとられ、顔なしたちはもんどり打って、暴れた。
<< ――ォオオオォオオぉおおヲヲヲ……!! >>
不気味な雄たけびが、頭蓋を揺らし、腹のなかまで響いてくる。
「……っっ」
耐えきれず耳をふさごうとした時だった。
「捕食<イート>」
ばちん、という情けない音と主に、異形の顔なしたちは一斉にはじけ、一瞬で緑色の体液をまき散らし、ひき肉になった。
「すげえ……」
さすが中等部<ヘブン>序列二位・智天使<ケルビム>の名を冠する、「奈落の鬼蜘蛛<バール>」。
ものの見事に、瞬殺だ。
「まあ、こんなものかな」
メシ前のトレーニングでも終えたような口調で振り向くと、「小夏、大丈夫だった?」とこちらの安否を聞いてきた。
「オレはなにもしてねーし……」
つうか、男の背中に守られて、ぼーっとしてる、オレのポジションってなんだ。
――かよわい女子かよ!!
「まあいーけど、次からオレも戦うからな」
若干虚勢を張りながら、ふん、と鼻を鳴らすと、輝馬は、微笑しながら、いつもの皮肉を言った。
「いいけど、僕の足を引っ張らないでね」
「そのセリフ、覚えてろよ」
――カッコイイところをみせて、ギャフンと言わせてやる!!(死語)
軽口を叩くオレ達だったが、無理して明るくしないと、心が折れそうだった。
オレは輝馬の妹を死なせ、輝馬はたったひとりの妹を亡くした。
だが、輝馬は、オレを責めなかった。
どんなことがあっても、味方でいてくれる、と誓ってくれた。
輝馬の横顔を見やる。
その表情は凪いでいて、オレの心とは正反対だった。
「なあ。なんで、お前はオレに優しいんだよ」
オレは、意を決して、聞いた。
口調は明るくしたつもりだったが、気づいたら、輝馬の服の裾を握りしめていた。
オレを慰めた、あの甘露のように優しい言葉は、まるで時を巻き戻したようだった。
幼き日の輝馬の、あの、ガキらしくない、慈しむような微笑みを思い出す。
途端にむずがゆくなって、裾を離した。
それに気づいたのか、気づかなかったのか。
輝馬は、こちらをみやって、ぽつりと言った。
「これでも、冷たくしてるつもりなんだけどね」
いつもの冷めた瞳。
だが、その冷えた氷の奥に、ちらちらとあの光がみえていた。
――また、だ。
風にそよぐカーテン。反射する日光を映しこむ、あのあたたかな光。
とてつもなくきれいで、とてつもなく落ち着かなくなるような、それでいて、何度もみたくなるような輝き。
胸が、どくん、と音を立てた。
「……それでも君は、僕から離れていかなかった」
「…………?」
無言で問い返すと、輝馬は、穏やかに微笑んだ。
「――君だけだ。僕をみつけてくれたのは」
その声が、わずかに湿り気を帯びていて、オレは目を見開いた。
「それ」
――どういう意味だ? と尋ねたが、輝馬は首を振った。
話はここで終わりだ、ということらしい。
オレは、思い出した。
輝馬は、ガキの頃から、女にモテた。
当然だ。成績優秀、容姿端麗。何をやらせても、クールでそつがない。
今だって、中等部<ヘヴン>でこいつを知らない者はいない。
だが、どんな女も、長くは続かなかった。
皆、輝馬に惹かれて近づいてきたはずだ。
なのに、決まり決まったように、最後には、「そんな人だとは思わなかった」と言って、離れていくのだ。
オレは不思議だった。
「そんな人」って、なんだ?
輝馬は、性格は確かに、ちょっとばかりひん曲がっているが、悪いやつじゃない。
たとえば、女をとっかえひっかえしているところはクズだが、別に、だからといって、ぞんざいに扱っていたわけじゃない。
どの女にも優しかったし、時々、突き放してはいたが、それは、甘さを嫌うこいつらしかった。
口も確かに悪い。皮肉も平気で言うし、毒舌家だ。
それでも、その言葉の裏にはいつも、思いやりがあった。
冷たい氷の瞳の奥に、輝く光を、ぬくもりを抱いていた。
そう、輝馬は、きっと、不器用なだけなのだ。
オレはそんな輝馬を心から尊敬していて、こいつとなら、どんな困難にも立ち向かっていける気がした。
オレに勇気をくれたやつがいるとしたら、だからそう、この世の誰でもない、輝馬なんだ——。
輝馬の背を追いかけた。
その背が小さくみえて、そっと肩に触れる。
――驚いたような顔で、輝馬が振り向く。
「行こうぜ」
オレは、そう言って笑った。
一瞬、輝馬の瞳が、ほんのわずか、泣きそうに歪む。
だが、一瞬後、いつもの微笑みにとり替わり、輝馬はオレの頭をなでた。
「そうだね」
その言葉に、いつもの険はなかった。
またガキ扱いされていることに気づいたが、その柔らかな感触は、どこか懐かしくて、怒ることも忘れた。
オレ達は、歩いて行く。
きっと、この絆は、永遠ではないのだろう。
オレ達は、同じ人間じゃない。
この先、この道は、はっきり分かたれるだろう。
それでも、オレは輝馬が好きで、輝馬も、オレを嫌いじゃない。
今はただ、それだけでよかった。
オレは知らない。――何もかも。
友情ごっこの終わりは、いつか必ず訪れる。
――その時、オレはこいつに、何をしてやれるのだろう。
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“brightness” ~ブライトネス~
明るさ; 輝き.
鮮明さ.
賢さ,聡明.
“ice” ~アイス~
氷.
[the ice] (一面に張った)氷,氷面.
《主に米国で用いられる》 氷菓.
(態度などの)よそよそしさ.
《俗語》 ダイヤモンド.
“Brightness in eyes of the ice”
~ブライトネス・イン・アイズ・オブ・ジ・アイス~
「氷の瞳のなかの輝き」
「氷菓の瞳のなかの鮮明さ」