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『ミッドサマー・ロストハート』~心を失った悪魔の王を「愛する」ための方法~  作者: 水森已愛
第2章 ((nightmare is Grim.))……それは、開かれた扉。
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第9話 ‐甘い毒‐ “A Gentle Poisonous Spider” 【前編】

 目を覚ましたオレが立っていたのは、乾いた地面と、荒れ果てた草花の残骸ざんがい以外なにもない、荒野の真っただ中だった。


 巨大な太陽は何かの冗談のようにどす黒く、まるで、すべてを飲み込むブラックホールのように、ぽっかりと浮かんでいる。


 じゃり、と足元を踏みしめると、サバンナかよ、というレベルの熱風がびゅうびゅうと吹きすさび、焼けつくように、肌をなぶった。


「ウソだろ……」


 ほおをつねるが、普通に痛い。

どうやら、オレは、またもや、やっちまったらしい。


 頭をがしがしとかき回し、さてどーしたもんか、と考え込んでいると、「そなた、阿呆あほうか」と、鈴を鳴らしたような可愛らしい声が降ってきた。


 見上げると、煙と共に、けもみみとシッポをはやした、傾国の美少女が宙から降ってきた。


——かこん。小気味のいい音と共に、下駄が鳴る。


 目にも鮮やかな紅色と柔らかな白が、目の前で踊った。


 白衣しらぎぬ緋袴ひばかま。バカでも一目でわかる、伝統的な巫女服だ。


 安っぽい紅色や朱色でなく、紅と緋を重ね合わせた、赤のなかの赤であるところの、紅緋色べにひいろをさりげなくまとっているのが、コスプレでない証拠だ。


 最も、色のことなんてさっぱりなオレは、本人から聞くまで、「高そうな赤い布」ぐらいの認識だったが。


 双子坂煌々(きらら)。

 輝馬の妹であり、神狐と契った巫女の末裔まつえいだ。


「煌々(きらら)、お前、さらわれたんじゃ……」


「いかにも。われのカラダは今、仮面の者にとらわれておる。じゃが、われはあやかし先祖せんぞがえり。妖とは、実態を持たぬあちらの者。霊体が本体のようなものじゃ。その系譜けいふを受け継ぐわれにとって、幽体離脱ゆうたいりだつなど、お茶の子さいさいというわけじゃな」


——もっとも、肉体や霊体が損傷すれば、命はないがの、と煌々(きらら)は得意そうに、たわわな胸を張った。


「ふうん、お前が逃げたことに気づかないなんて、仮面の男も案外マヌケだな。でも、よかった。オレひとりだったら、のたれ死んでたところだぜ」


 案内よろしくな、とオレは、煌々(きらら)の頭をなでた。


「……ふん」


 煌々は、悪態をつきながらも、頬を染め、キツネ耳を、ぴょこぴょこ、とくすぐったそうにしていた。


「ここは恐らく、魔界と冥界の狭間じゃ。われが囚われている洋館まで転移したいところじゃが、あいにく、肉体から切り離されている状態で、あまり妖力を使うと、霊体が消滅しかねぬ。ここは、歩いて行くぞ」


 言って、煌々はシッポをふりふりして歩き出した。


 今日は、やけに機嫌がいい。

 なにかいいことでもあったのか?


 歩き出して少したったころだ。


 キーキー、という、猿のような声が、どこからか聞こえ始めた。


「……近いな。まさかと思っておったが……やはりか」


 こちらに向かって、土ぼこりが舞う。

 ゲホゲホとむせていると、前方に、信じられないモノがみえた。


「小鬼<ゴブリン>……?」


 思わず口をついたのは、なじみのゲームに出てくるモンスターだった。


 猿の顔に、鬼の角。シッポは蛇。手に持った松明と棍棒。

 バケモノじみてはいるが、その身長は小学生低学年ぐらいのチビだ。


「よく知っておるな。もっとも、あれはなにか“違う”が」


 煌々は悠然と構えているが、やっぱりそうか。

 いや、でも、なんでこんな変なのがいきなり出てきやがるんだ。


「違うって……なにが違うんだ?」


「さあな。じゃが、あれには妖気を感じない。まがいものの妖魔じゃ。ただし、スペックおよび能力は、まるでオリジナルと同じとみた。やはり、われらがいるのは、うつつではないようじゃ。さて、小夏、どうする?」


 偽のモンスターに、現実じゃない世界。

 ようするに、オレ達は、仮面の男にはめられたと言いたいのだろう。


 ミイラ取りがミイラになる、とはいうが、仮面の男を召喚しようとして、まんまと異世界に放り込まれたオレ達がまさにそれだろう。


 唇を噛み、拳を握るが、それどころじゃなさそうだ。


——キー、キー!!


 小鬼<ゴブリン>、ゴブリン、ゴブリン。


 溢れるほどのゴブリンの群れは、悩んでも待っちゃくれない。

 オレ達を囲むと、耳障りな奇声を上げて、でかいパチンコ玉のように、一斉に飛びかかってきた。


「——いちいち、うぜえんだよ……っっ!!」


 オレは、体内の龍脈を開き、全身の気を掌に集めると、津波つなみのような、煉獄れんごくの炎でなぶった。


——ギィヤアアアァァァア……!!


 赤黒い炎に飲み込まれ、つんざくような断末魔だんまつまの声をあげて、ゴブリンどもはすぐに消しずみになった。


「ふっ……決まったぜ……」


——煉獄の番犬<ケルベロス>様、参上さんじょう……!


 とオレはポーズをとるが、煌々は冷めたような目つきで、「次のが来てるが」と冷ややかにべた。


「げ……っ」


 ドドドドドドド……と砂埃すなぼこりをあげ、何かが迫ってきていた。

 一目でわかった。あれはやばい。


 ぎょろりと覗く五つの目。憤怒に色どられた、阿修羅あしゅらのような顔つき。

 今にもよだれを垂らさんばかりの、二枚に割れた舌。尾は蛇どころか龍で、凶悪な鎌口かまくちをもたげている。


 それだけじゃない。

 オレ達の二倍から三倍はありそうな、その巨体に握られている、ところどころ欠けている、血糊(ちのり)のついた斧。

 あんなのを喰らったら、即死だ。そして、ていのいい(えさ)のように、むさぼり喰われるだろう。


「やべ……っっ」


 オレは、煌々の手をひっつかんで、一目散に逃げ出した。


——冗談じゃねえ! 調子に乗って小物を倒してはみたが、こんな怪物、ゲームでしか戦ったことねえよ!!




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「やばかったな」


 ぱちぱち、とたき火をしながら、オレは言った。

 煌々が、はぐはぐ、と、焦がした蜜色の団子をむさぼっている。


「まあな。鬼人<オーガ>から逃げきれたのは幸運じゃった。そなたはついておる」


 ぺろり、と唇の端をなめて、煌々はなんてことのないように言った。


「お前が狐火でおとりを作って誘導してくれたおかげだろ。ありがとな」


 あいにく、妖力節約のため、転移の術は使えなかったが、低コストで出せる狐火を、オレ達の形にして追わせ、オレ達の姿は、神隠しの煙でごまかすことに成功した。


 だから、オレがしたのは、こいつの手を引いて走ったぐらいなのだが、煌々のその口ぶりは、どこかこちらをほめているように聞こえた。

 

 平然とはしているが、実はこいつも不安だったのかもしれない。

 なにせ、体はいまだ囚われの身だ。

 

 話し相手がいるのといないのとでは大違いだろう。

 バカなオレでも、それぐらいは想像できる。


 だとしたら、強がっているだけかもしれない。

 とたんに、煌々がいじらしく思えて、もっと優しくしてやらなきゃな、となんとなく思った。



「なんじゃ、褒めてもなにもでんぞ」


 煌々は少しだけ嬉しそうにしっぽを振ると、そっと笑った。


「出そうとしてねーって。つうか、それうまそうだな」


「そなたにはやらん」


 ぷいっとそっぽを向かれた。


(さっきまで可愛かったのに、やっぱこいつ素直じゃねーな)


 というか、それにしてもつっけんどんなやつだ。

 輝馬もドライだが、妹であるこいつは、それ以前の問題な気がする。


 妹の小夜さよと、進藤の娘、ようするにオレ達のおばである紅夜こうやと、行動を共にしている姿を、たまにみかけるが、それ以外のやつと話している光景は、いまだかつて、見たことがない。

 

 しっぽと耳はやたら感情豊かだが、この2つは、基本的に、妖術の使用前後しか出現しないので、普段のとっつきにくさは、もうどうしようもない。



「黙ってりゃ、かわいーのに」


 もふもふなキツネ耳を触ると、「やめろ」と、手をはたかれた。


 煌々は、飴色の長いポニーテールといい、兄に似てやや切れ長の、可憐な金貨色の瞳といい、どうみても綺麗で、とてつもなく可愛い。


 背はちいさいが、胸はD以上ありそうだし、腰もきゅっとくびれていて、とっつきにくい性格さえなおして、笑顔でもみせれば、一躍いちやく、男子どものアイドルになりそうだ。


余計よけいなお世話じゃ」


 そう切り捨てるなり、再び、はぐはぐ。と団子をほおばりはじめた。

 霊体なのに、メシ食えんのかよ、と突っ込みたくなったが、そういえば、妖怪は霊体が、基本なのだったか。


 ほおばりすぎて、ハムスターみたいになっている。

 時々、ちょこんとのぞく犬歯に、ちょっとだけムラムラしたのは内緒にしておく。



——いかん、オレには夏夜というものが!!


 ぶんぶんと首をふるっていると、「そなた、腹でも減ったのか」と、おかしそうに笑って、団子を差し出してきた。


「でもそれ、お前のじゃ」


「腹がいっぱいになった。残飯(ざんぱん)でもよければ、恵んでやろう」


 ふん、と偉そうに胸を張るが、その瞳はきらきらと輝いていた。


「残飯かよ。でもいいぜ、腹減った」


 あーん、とオレが口を開けると、「!?」と、しっぽをびくんとさせ、顔を真っ赤にして固まった。


「そなたは赤子か。仕方がないやつじゃ」


 煌々は団子をつまむと、オレの口にほおり込んでくれた。

 若干ぷるぷるしているが、どうしたんだ?


「んまい」


 やーらかくて、もちもち。

 ほどよい甘じょっぱさがくせになる。

 まさに、オレ好みのパーフェクトなみたらしだった。


「じゃろ。われ特製じゃ」


「あれ、お前、料理とか作れんの?」


 料理というか菓子だが、これだけの腕前なら普通の料理もうまそうだ。


「作れたら、悪いか」


 煌々は、むっとして頬をふくらませた。

 薄紅色の頬がぷっくりとしていて、思わずつつきたくなったが、さすがに怒られそうだったのでやめた。


「いや、すげえよ。いい嫁さんになれるな」


 代わりに、頭をなでてやる。


「あたりまえじゃ」


 煌々はくすぐったそうに、シッポをふりふりした。


 狐耳のあたりをくすぐると、煌々は、「やめろ、阿呆あほうが」と身をよじって、手を払った。


「今日はやけにしゃべるな。どういう風の吹き回しだ?」


「別に、気まぐれじゃ。ばーか」


 煌々は、つんとあさってを向きながら、子どものように唇をとがらせた。


「お前、本当に狐の神様かよ。もう威厳のかけらもねえな」


 煌々の二つ名は、金色夜叉<テンコ>。テンコとは、本来、天の狐と書くらしい。

 千年生きた狐は、神に等しくなり、そう呼ばれるようになるという。


「じゃから、われはただの先祖返り。長年、人のやしろにて護り神をつとめてきた、九尾の狐の知識は受け継げど、体と心は、そなたと同じわらしだと言うておるに」


「そのしゃべり方で言われても、説得力ねえな。もっと現代の言葉を話せよ」


 いつも思うが、何時代だよ。今西暦何年だと思ってんだ。


「いーやーじゃ。そなたの言うことなど、誰が聞くかばーか」


「ばかっていう方がバカなんだよ、バーカ」


 再び、ガキみたいな憎まれ口をたたかれ、イラっとして、こっちもガキ理論で言い返してやった。


「ブラコンバカ」

「しゃべり方がバーバア」


「……よしそこになおれ。こうしてやる」


「うっは、やめろっ、くすぐって……、おい!! 脇はやめろ脇はっ!!」


——こいつ、いきなりこちょこちょしてきやがった!!


「ふは、やめろっ、っマジでやめろ!! おま……っっ、せ、セクハラ……」


 ひーひーいいながら身をよじる。腹とか脇とか、弱いところをガン攻めされて、力が入らない。

 オレがくすぐりに鬼弱いってことを、知ってやがったなこいつ!!


「われをババア呼ばわりした罰じゃ! ほれほれ早く謝らんとこっちもくすぐってやるぞ??」


「――ちょっ……!! ……っくふ、こんの……っ、クソアマぁっっ……!!」


 いたるところを、さわさわ、こちょこちょされ、いろんな意味でやばくなってきた。

 いい加減反撃しようと、シッポをつかんだその時だった。



(( ――ググゥゥゥゥル…… ))


 すえたような悪臭。

 地の果てから響いてくるような、低いうなり声が、鼓膜を震わせた——。


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