第8話 ‐召喚の儀‐ “The <Eve> of the Nightmare” 【後編】
次の月曜日、親父とお袋に続いて、煌々(きらら)が姿消した。
火曜日にはオレ達のおばである紅夜が、そして水曜には雷児までもが消えた。
次は、誰が消えるのか。
誰もが焦っていたし、恐れていた。
神隠しは、オレ達の身内にしか襲ってきていない。
つまり、黒幕の狙いはオレ達……おそらく、夏夜か、オレだ。
オレ達の親父の仮面を被り、オレを煽るところからみても、やつは、おそらく、愉快犯だ。
オレ達一家に、なんで目を付けたかは知らないが、実際に、心臓神隠し<ロストハート>事件も、最近ぴったりと止やんでいる。
次なる被害者は、オレ達の誰か。
話し合いの結果、危険はともなうが、仮面の男を再び呼び出すことにした。
学内最強教師であるところの、リンドウと命にも、話はつけた。
未成年が無謀な、と思われたのだろう、二人は難しい顔をしていたが、両親失踪、警察無能、悲しくて悔しいことを再三強調すると、自分たち同伴のうえならかまわない、と首を縦に振らせることに成功したのだ。
今日は木曜日。
――必ず、オレがしとめてやる。
だが、放課後になっても、ふたりは現れなかった。
代わりにふたりの子である、ロリショタ双子、凛音と祈音がやってきて、こう言った。
「ママがさらわれた」
「パパがさらわれた」
「仕方ないから、ぼくらも協力してあげる」
凛音が、舌っ足らずなロリボイスで言い、
「仕方ないから、僕らも戦ってあげる」
祈音が、澄んだショタボイスで言った。
ショックじゃない、と言ったらウソになるが、もとから、オレ達だけで、なんとかするつもりだった。
拳を握にぎり、腰を折った。
「わりい……頼む」
ガキだから、という理由で、だましすかして強引に従えるつもりはなかった。
こいつらはただのガキじゃない。
日本年齢にしてわずか小学二年生にして、世界的宗教の首領候補であり、高い戦闘力と、大人並みの知力を持つ、立派な一人前だ。
そんなこいつらが協力してくれるなら、こちらもそれなりの礼儀が必要だ。
「謝らないで、プリンセス。ぼくに任せて」
凛音は、母・リンドウそっくりの、肩より下のつややかな黒髪をさらりと揺らし、愛らしくも賢そうな、澄んだ瞳で微笑んだ。
「頼まれなくても、僕がなんとかしてあげるよ、子猫ちゃん」
祈音が、父・命そっくりの、柔らかそうな亜麻色の髪をふわりとさせ、なつっこそうな大きな瞳を緩めた、天使のような顔で、甘い猫なで声を出した。
両方、発言がおかしいが(特にショタのほう)、ぽんと頭をなでると、嬉しそうに笑った。
「お代は、ちゅーでいいよ」
祈音が「んー♡」と口を突き出してきたので、今度は容赦なく殴った。
さすが、命のガキ、ろくなモンじゃねえ。
さて、神隠しにあっていない残りのメンバーは、オレ、夏夜、小夜達水図家三兄妹と、幼馴染であり、ダチの輝馬、雷耶、その妹の小乙女、皇、じじいドクターの進藤、そして、新参者の双子のガキ、凛音と祈音だ。
無能力者の進藤と、いまだ発展途上(?)なオレを除けば、みなSクラス相当の実力者だ。
これだけ集まれば、仮面の男がどんな能力者でも、負けはしないだろう。
オレ達はさっそく、夜を待ち、転移の術を使って、皇の自宅で、仮面の男を呼び出すことにした。
時期天王である皇の自宅は、日本にある王居だが、古くから陰陽術にたける一族だけあり、霊的な術が敷かれ、敷地内にいる限り、こちらの能力は増強<ブースト>され、魔のモノの力は弱体化<ダウン>する。
相手の戦力がわからない以上、こちらも全力で行かせてもらう。
鳳凰の絵が描かれた黒朱に輝く転移門をくぐり、召喚の間に入ると、ぶわり、と濃い香りがした。
甘く、爽やかな香りだ。
やたら、落ち着く香りなのだが、ないはずの心臓が、それを拒否するようにうずく。
「このにおい、どっかで嗅いだことがあるんだよな」
焦る心をごまかすように、そう問いかけた。
鼻をくすぐるそれは、どこか懐かしく、和を感じさせるにおいだった。
「ああ、これは白檀の香だ。古くから退魔の効果があって、寺院なんかでも使われてるな。身近では新品の扇子の香りだ」
「扇子かよ……身近すぎるだろ。効果あんのか」
「心身を清めるタイプの香で、体内の邪を払うから、退魔、だ。心を落ち着かせることによって、心身への魔の侵入を防ぐ効果がある。もちろん、霊力も若干底上げされるな。まあ、単なるオプションだから、気にすんな」
皇は、そわそわしているオレを見透かしたように、励ました。
「ふうん」
それには気づかないふりをして、オレは黙った。
においに気をとられていたが、召喚の間、と呼ばれるここは、全面鏡張りで、なかなかに不気味だった。
部屋の形は五角形になっており、香を焚く香炉と蝋燭を灯した燭台のほかにはなにもない。
なんでも、この五角形は、陰陽のしるしである五芒をあらわしているらしい。
床にも、それをかたどった、五芒星が描かれている。
皇は小刀で手首を切り、そこに自らの血を垂らした。
ぴしゃり、ぴしゃり、と鮮血が散る。
神血の結界、というやつらしい。
聖と邪を宿す皇の血液は、使い方により、魔を退けることもあれば、呼び寄せることもあるという。
血を撒き終わるなり、瞬時に傷が治るのをみて、ああ、こいつには確かに鬼の血が流れているんだな、と納得する。
かつて皇の先祖の姫が契った鬼の血と、天王一族の先祖・女神アマテラスの血が混じり合ったことにより、拮抗するふたつの力は、強靭な身体能力と、その副産物である高速治癒をもたらした、とかなんとか。
普段はヘタレでも、マジですごいやつなのだと、改めて見直した。
それはともかく、とりあえず魔法陣の外に、召喚主である皇を除く全員が丸くなって座った。
皇が、すうっと息を吸い、詠唱をはじめた。
『深淵からいでし、カオスの君よ、我が願いを叶え、我が心臓を喰らえ』
『忘却と喪失、姦淫と凌辱の王よ』
『泡沫にして永遠、乞い願い希う肉欲の王よ』
『“其方は美しい“』
一字一句違えずに、すらすらと吐き出す言の葉は、オレの時と違って、ある種の力を感じた。
一フレーズごとに、その力が増していくのがわかる。
蝋燭がゆらりと揺れ、床の五芒を彩る血液がじゅうじゅうと沸騰しはじめ、皇を映す鏡がほのかに白く輝きだす。
『どうか、我の血を飲み欲し、我が肉体を犯したまえ。今ここに、誓約の口づけを』
(( ――以って、我が願いの成就とする ))
皇が、詠唱を終える。
最後のフレーズで、蝋燭が掻き消えた。
――いよいよか。
ごくりと飲み込んだ唾の音はオレか、誰かか。
一秒がたち、二秒がたった。
……三秒、四秒、五秒。
だが、なにも現れない。
「……すう」
夏夜がさっそく寝こけている。
「おい、何も現れねーんだけど?」
なにか間違えてんじゃねーの? とオレは皇が垂らした血液に触れた。
「待て、小夏!!」
皇が叫んだとき、ぴりっ、と激しい痛みが、人差し指を突き抜けた。
遅いくる吐き気に、目をつむる。
そして再び目を開けた時……オレは“荒野”にいた。
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eve ~イヴ~
[E
] 祭日の前夜[前日].
【可算名詞】 [通例 the eve] 〔重要事件などの〕直前 〔of〕.
【不可算名詞】 《詩語》 晩,夕.
Eve ~イヴ~
【名詞】
【聖書】 イブ,エバ 《Adam の妻; 神が Adam のあばら骨の一つから造った最初の女
; cf. Eden 【解説】》
nightmare ~ナイトメア~
悪夢.
悪夢のような出来事,不快な人[もの]; 恐怖[不快]感.
夢魔 《昔,睡眠中の人を窒息させると想像された魔女; cf. incubus 1,→succubus》.
“The <Eve> of the Nightmare”
~ジ・イブ・オブ・ザ・ナイトメア~
「悪夢の前夜祭」