芋づる式異世界召喚
よろしくお願いいたします。
「吉田芳美殿ですね?」
放課後、帰宅途中に呼び止めてきたのは馬の被り物をした変態でした。
「ちょっとお話を」
「きゃあああああああ!?」
変態だ。真夏の住宅地に変態がいる。このクソ暑い中、馬の被り物して魔法使いみたいなドス黒いローブみたいな服を着て、こちらににじりよってくる変態がいる。
乙女の危機を感じ、私は踵を反して全力でその場から逃走した。
あのローブの下は全裸に違いない。露出狂だ。
私は部活で鍛え上げた脚力をもって、来た道を逆走した。学校に戻ればまだ先生がいるはず。交番は学校より遠い上に必ず駐在さんがいるわけでもない。警察署は更に遠い。とにかく学校へ!
次の角を曲がれば校門が見える、というところで前から来た人にぶつかってしまった。
「あぐっ!…ご、ごめんなさ…!?」
そこにいたのはアルパカの被り物をした変態でした。
炎天下にもふもふな被り物、真っ黒ローブ。変態増えた。
「シリス、助かった。吉田芳美殿が急に走り出してしまってね。」
前にはアルパカ、後ろには馬。は、はさまれた!まだ彼氏もできたことないのに、お父さん以外の裸を見せつけられてしまうの!?
「ナルハ、お前きちんと説明したのか?吉田芳美殿が怯えておるぞ。吉田芳美殿、申し訳ない。ナルハは口下手なのだ。私から説明させていただこう。」
アルパカが顔を近付けてくる。ああ、まさか貞操の危機なの!?こんな真っ昼間の往来で、私はアルパカと馬に純潔を散らされるなんて…!パニックで固まる私の目の前にはアルパカの顔。大きな瞳に長いまつげ、まばたきする度ばっさばさと音がしそう…って、あれ?
「あ…あの、その頭は…ほ、本物…?」
アルパカは一瞬馬と顔を見合わせてから、大きく頷いた。
「そういえば、この世界に獣人はいないのでしたな。これは失敬。失念しておりました。」
はっはっはと笑うアルパカ。後ろを振り向くと馬がやれやれと首を振る。ゴム製マスクのだぼだぼ感はなく、落ち着いて見れば毛並みは艶やかで本物の馬のようだ。しかし二人とも、体は人間のようである。ローブの下はどうかわからないが、手のひらなんかは私と変わらない。
「あ、あなたたちは…一体…?」
二人は並んで頭を下げた。もちろん動物マスクがすっぽ抜けることはない。
「我々は異世界から参りました。吉田芳美殿、貴方に我らの世界へ来ていただきたいのです。」
立ち話もなんだし、とはいえ招待不明の生き物を我が家に招くのも嫌だったので近くの公園のレストハウスに向かった。だだっ広い公園だが、真夏に遊ぶ子供はいないし、併設されたテニスコートにも人影はない。レストハウスの中は冷房が効いてるし、管理人のおばちゃんは大抵休憩中の札を残してどこかに消えてしまっている。しかし警備会社への直通ボタンもあるし、なにかあれば助けも呼べる。うってつけの場所だ。
「で、異世界?ってのは?」
自販機で買ったジンジャーエールを一口飲み、問い掛ける。
「こことは違う次元の、けれど隣り合った世界のことです。詳しくお聞きになります?」
馬が少し身を乗り出して言う。詳しく聞いても理解できそうにないし、と断るとちょっと残念そうに座り直した。説明したかったのか。
「私を異世界に連れていって、何させるつもりなの?」
弟が読んでたマンガにこんな話あったなぁ。勇者として異世界から若者をよびだして、魔王とかと戦わせるやつ。戦うとか無理なんですけど。なんて考えていたら、アルパカがイチゴミルクを飲み干して答える。
「吉田芳美殿は何もしなくて大丈夫です。」
「は?」
え、用もないのに連れてくの?どういうこと?
はてなだらけの私に、馬がゴーヤゼリーシェイクをもて余しながら答える。
「すでに勇者は呼んであるんです。」
???
尚更私いらなくない?すると二人は顔を見合わせて大きなため息をついた。
「それが…いろいろありまして…。」
要約すると話はこうだ。
異世界の預言者曰く『魔王があと十年くらいで復活するから、勇者を異世界から呼ぼうぜ!』と。
色々議論はあったが、預言者は嘘つかないし、やるしかないって一年準備してようやく勇者を呼んでみたら中年のおっさんだったそうな。
で、そのおっさんが『いや、魔王とか知らんし。嫁も子供もいるし、心配だから帰る。』ってストライキ。召喚された時点で、世界の強制力だかなんだかが働いて元の世界から存在が消えますから奥様もご子息も寂しく思うこともありませんよ、っていったらおっさん激おこ。むしろおっさんが魔王じゃね?ってくらい暴れだしたので、今度は二年かけて妻子も呼んだそうな。
そしたら今度は奥さんが『私の母が心配だわ。施設ではよくしてもらってるけど、もう二度と会えないなんて…』と泣き崩れ、おっさんの一睨みでまた一年かけて呼び出し、更に魔法で治療しおばあちゃんは元気に。おっさんたち大喜び。やっと魔王退治だーと思ったら息子が『幼なじみの彼女と結婚するつもりで今まで生きてきたのにもうやだ。生きるのやめる。』と鬱モード。慌てて魔法使いたちが『じゃあ、その幼なじみさんが結婚オッケーしてくれるようなら呼びますから!しなないで!』と一年かけて迎えにきた。今ここ。
「幼なじみ?」
ゆっきーと、はじめちゃんと、のりりんと、ゴリ岡と…あとは幼なじみなんていたっけ?
「世界の強制力により、吉田芳美殿は記憶を封じられている状態ですから。」
「今その封印を一時的に解除します。」
馬とアルパカはなにやらもにょもにょと唱え始める。
「あれ…?なにこれ。」
頭の中がクリアになっていく。別に今まで寝惚けていたわけでもないのに、急に記憶が鮮明に弾けだす。いた。いたよもう一人!しかもお隣さんじゃん!
「…こうちゃん。香田紘。わたし、わすれてたの…?」
二人は優しい瞳で励ますように私を見る。
「仕方がありません。世界の力は凄まじいですから。」
「香田紘殿が言うには、吉田芳美殿とは生まれる前からの付き合いで、付き合いはじめたのは幼稚園から。吉田芳美殿から砂場で『わたしこうちゃんのおよめさんね!』とプロポーズされ、そのままファーストキ…。」
「やめてえええええ!?急になんの確認!?今色々思い出したばっかりなんですけど!?」
「大事なことですから。えーっと、その後一度は思春期から疎遠になるものの、中学二年の夏休みに香田紘殿から告白。吉田芳美殿が『ほんとに、こうちゃんのお嫁さんにしてくれるの…?』と涙ながらに承諾。晴れて二人は恋人同士に…。」
「こうちゃぁぁぁぁぁん!?なに甘酸っぱい思い出全部ばらしてんの!?いたたまれないんですけど!!」
テーブルに突っ伏して耳を塞ぐ。もう私のHPはゼロよ!そうだよ!忘れてたけど、私彼氏いたよ!若干病んでるけど、優しいイケメンだったよ!あと、こうちゃんのお父さん消防士さんだよ!魔王ってほのおタイプなの!?
「落ち着いていただけましたか?」
馬の言葉に、私はぬるくなったジンジャーエールをイッキ飲みして頷いた。もうどうにでもなあれ。
「吉田芳美殿、貴女は香田紘殿と共に生きる覚悟はおありですか?」
「迷いがあるのならば、やめておいた方がいいでしょう。今は一時的に解除してありますが、世界の強制力で再び貴女の記憶は封印されます。解除する前、なんの違和感もなかったでしょう?貴女は日常に戻れます。」
私は空き缶をゴミ箱に捨てて、二人の前に座る。
「行きます。」
迷う気持ちが無いわけでもない。でも、こうちゃんは私がいないと病むし、私だってこうちゃんに会いたい。お嫁さんにしてもらわなきゃいけないし!
「よかった…!ほんとによかった…!」
「これで…これで解放されるな…!」
…もう病んでるっぽい。二人は肩を震わせて喜びを分かち合った後、善は急げとばかりにもにょもにょと呪文を唱え出した。
「あ、ちょっ、まっ…!」
私の制止の言葉は二人の耳に届くことなく、光の渦に巻き込まれていく。
あの、うちの弟も呼んでもらえませんか?
こうして芋づる式に知人が召喚されまくり、異世界は大変住み心地のよい第二の故郷となりました。
おしまい。
ありがとうございました。




