ウィーク・クリエイター 短編 ――暗城文観察日記――
お開きいただきありがとうございます。
「どうしよっかなー……」
無気力に頬杖をついて窓の外を眺める。
もう授業もを終わって、帰りのホームルームも終わった。高校に入学して間もないから、私はまだ部活に入ることすら決めていない。
クラスも、まだどこかぎこちなくて、中学からの友達っていうグループしかできていない。この学校に進学してきた友達は、いたっけ? いた、かも。でも、顔が出てこないから、多分友達、じゃないのかな?
「……前って、どうやって友達作ってたかな?」
ぽつりと呟いてみたけど、どうしても頭に靄がかかって思い出せれない。
……友達ってなんだっけ? なんてゲシュタルト崩壊し始めたらもう終わり、かな。
「はー……ため息しか出ないー」
なんて、自分でもわかるぐらいの棒読みで口に出しながら前へ送る。
あの人はなんでずっとそこにいるのかな?
私と違ってぼんやりすることもなく、かと言って誰かとおしゃべりするわけでもない。
滔々と、黙々と本を読み続ける。
あまりにも不思議で、誰よりも印象が強い。
「出席番号一番、暗城文」
無気力、惰性を好んであまり男子とは話さない私が、この高校で真っ先に覚えてしまった人の名前をポツリと口に出す。
きっと、聞こえてない。だって、私が口にしても後ろを振り向かないから。
どうしようかな。
無気力、惰性を好む私のことだ。きっと勉強はそこそこ、部活には入らない。
なら。
彼の行動を観察するっていうのでも趣味にして、ちょっとはこの生活に色でもつけよう。
……どうせなら、日記形式にしたほうが続くかね。
面倒だけど、うん。案外面白いかも。
適当にルーズリーフを取り出して、欠伸を一つすると、何処から書こうか思い悩む。
なんだったら、入学最初から書こう。
うー……ん、でも書き始めはどうしようか。
ああ、面倒だから、面白おかしく書こう。
――暗城文は、人と関わるのが面倒な、私と同じ人種だというのが初見の印象だった。
◆
四月十日。彼は嫌々ながら私の苦手なタイプ、アホの奇才である東雲桜を退治しようとしていた。けど、もぐらたたきみたいに復活する彼女には、暗城文も諦めたようだ。ただ、抗っただけ凄いと私は思う。私は話しかけられた時点で諦めたのだから。めんどくさかったし。
四月二十二日。暗城文と私は同じ図書委員ということから、事務的なやり取りをすることになった。彼は必要以上にペラペラ喋るような人間じゃないことはすでに知ってるから、私も非常にやりやすい。面倒ごとは、やだし。
五月十三日、中間テスト一週間前。面倒だけど、なぜか面倒見が良い柚原夕花里という、まあ友達。夕花里が勉強をみてくれた。まあ、適当にやればいいのに。でも一生懸命教えてくれるから、せっかくだし、やろう。
暗城文は、やはりいつも通り東雲桜にちょっかい出されながら本を読んでいた。
五月二十七日。テストめんどーい。
六月十一日。ちらりと暗城文のテストをみたら、全部九十九点だった。狙ったとしか思えないほどおかしい。私は夕花里のお陰で平均ちょい上。まあ、記す必要もない。暗城文は頭が良いみたいだ。
六月二十四日。雨で傘を忘れたから学校で頬杖ついてたら、東雲桜が相合傘を申し出ていた。それを甘んじて一緒に帰っていく。よくやる、暗城文。そう思ってカサ立てを見たら、一本だけ私宛の紙と傘が残っていた。暗城文は傘を持っていたようだ。濡れると面倒だし、甘んじて借りる。梅雨は折りたたみを持参しよう。
七月上旬ー。期末やってらんねー。
七月十四日。授業数が変則的になって早く帰れるようになった。でも、暑いから残っていると、暗城文はそそくさとどこかへ行った。きっと、文芸部にでも行ったんだろう。
一人しかいないみたいだ。何故か夕花里が教えてくれた。
七月二十一日、終業式。暗城文は何処か憂鬱そうに空を睨んでいた。何か嫌なことでもあるのだろうか。あっついぐらいしか私は思い浮かばない。
七月二十二日。夏休みー、毎回思うが溶ける。この灼熱地獄は駄目、私にはあわない。
死地、じゃない。七月三十日。夕花里に誘われて家に行くと、夕花里の妹と何故か暗城文がいた。そうめんの試食だと。作らないなら面倒じゃないし、いっか。
暗城文は料理が美味すぎる。今日の発見だった。というか、夕花里はなんで暗城文を呼んだのか。考えるのは面倒だ。
八月二十日。暗城文と妹だという澪に本屋であった。妹がいたという新発見。何故か暗城文にアイスを奢ってもらった。美味しいから暗城文の好感度をこっそり上げといた。なぜか澪に唸られて睨まれた。恋愛は面倒だって答えると、パッと笑顔になったから、きっとそういうことなのだろう。暑いのに、妹なのに。
自称だって言ってたから、つまりそういうことかもしれないけど。
八月三十一日。夏休み最後の日にまた暗城文に会った。いや、遭遇してしまった、というのが正しいか。なんかいた、というのも正しい。不良に絡まれていたから。展開はわかりやすい。暗城文が警察を呼ぶフリをして不良が逃げていった。私でもそうする。面倒だから本当に警察を呼びたくない。
でも、私は怖かった。
対して、暗城文は全く怖がっていなかった。
どうしてか、暗城文が怖くなった。
九月一日。昨日のことがまるで嘘のように、暗城文は本を読んでいた。大丈夫、怖くない。
九月七日。夏休みのまとめテストで、何故か今度は全て八十八点を採っていた。意味がわからない。でも、考えるのは暑いし面倒だからやめた。
九月十日。東雲桜が「クラス皆でご飯行こうっ!」とか言い出した。絶対暗城文目当てだ。せめて夏の間に言って欲しかった。
九月十九日土曜日。暗城文は妹も参加させるという条件の下で行われた。この焼き肉の量をあの澪という自称妹はモリモリと元気に食べていた。一応参加費は高いのだが、中三のあの子の参加費は一体何処から出ているだろう。
東雲桜と暗城文の仲はそこそこ深まったのだろう。
十月一日、私の誕生日。夕花里に小さなケーキを貰った。暗城文と一緒に作ったらしい。私の誕生日をダシに暗城文に近づく作戦みたいだ。まあ、咎めるとかは面倒だししないけど、もっと頑張れ。
十月十四日。昨日体育館裏に呼ばれていたらしい暗城文が、ボイコットしたらしい。私の目の前でズルズルと引きずられていった。興味本位に夕花里に頼み事をしてから追いかけると、決闘を申し込まれていた。結果は暗城文が一方的に殴られるという状態。だけど、泣き叫んだりやめてくれと懇願したりすることはなかった。ひたすら殴られ続けた。東雲桜がそれを発見して止めようと間に出た時、殴られそうになった東雲桜の代わりにその拳を受けた。その後、夕花里に言っておいた言伝を守ったらしく、先生がやってきてこの争いは終わった。
暗城文にまた、恐怖を感じた。
十月二十六日。寒くなってきたと思ったら教室が暑かった。恋愛話らしい。面倒な感情にう付き合わされる身にもなってほしいと常々思う。東雲桜も夕花里も、暗城文のことが好きだというのは明々白々だ。だから、それ込みで見た教室は本当に暑い。暗城文も、東雲桜には読書中に話しかけられるからか、少し嫌そうな顔をしている。
ああ、暗城文を怖いと思うのも、恋愛も全て面倒だ。
十一月二日。席替えしたら最後列で暗城文と隣同士になった。これは、面倒な予感しかしない。
十一月六日。あまりの騒がしさにミュージックプレイヤーを持参。東雲桜率いる幼馴染ズに辟易する。ああ、面倒。
十一月九日。激おこぷんぷん丸だお―。
十一月二十日。東雲桜の親友望月梓が東雲桜を諌めて静かにしてくれるように言ってくれた。これで静かになる。暗城文と変な連帯感が生まれていた。十月十四日に感じていた恐怖感は何処に。
十二月一日。長くなった髪をバッサリ切ったら暗城文が驚いて私に何故髪を切ったのか訊いてきた。面倒だから、と答えたら「君らしいね」と苦笑いされた。私の何を知ってるのだと言ってしまいたかったが、なんだかそれを言ってしまうと負けな気がしたから、やめる。
ちょくちょく喋る間柄にはなっていた。
十二月十日。夕花里がちょくちょく暗城文と何を話していたのか訊いてくるようになった。面倒だから、全部話す。この時の面倒というのは、女の嫉妬という感情に対する面倒だ。
きっと前にも書いたかもしれないが、夕花里もっと頑張れ。
十二月十四日、期末テストが全て返却される日。テストの点を見せてもらったらテストを百点、九十九点、九十八点、九十七点、九十六点……と段々になるようにとっていた。対する私は生物を赤点ギリギリ、他は平均点以上。暗城文のテストはふざけているとしか思えない。
◆
二学期終業式。
面倒だと思いながらも、私が唯一狙えそうな皆勤賞狙いで朝早くに学校に着くと、いつも通り暗城がいた。
「おはよう」
「おはよう、小野見さん」
名前付きで返事を返さなくても、私しかいないんだからわかるのに。
鞄を机の横に引っ掛けながらなんとなく訊く。
「今日は早い日なんだ?」
「まあね。早寝早起きと同じだよ。早く学校に行って、終わったらすぐに帰る。今日は少し楽しみなこともあるし」
「……今日がクリスマスイブってこと以外で何かあったかな?」
上着を折りたたんでその上に座り込んでから顔からダイブすると、苦笑いされたのがみなくても分かった。今日の日記はこのこと書いてやる。
無気力ながらもぶつぶつと今日書く内容を考えていると、暗城が「そういえば」とトントンと私の机を叩いた。
「これ、面白いね」
「本でしょー。私はそういうの読まないから」
顔を伏せたまま答えると、違う違うと言われた。
暗城の口から本以外のことが出るとは驚きだ。なんて思ってもそっちをみない。
このまま寝ようかな。もう暖房ついてるし、終業式終わるまでここで――――
「『四月十日、彼は嫌々ながら私の苦手なタイプ、アホの奇才である東雲桜を退治しようとしていた』」
「なっ!?」
その内容は私の日記と同じっ!?
ガバリと勢い良く顔を起こして暗城を見ると、ひらひらと私の観察日記をまとめていたファイルを持っていた。
「な、なんであんたが……!」
「面倒事を嫌って、惰性で過ごしてる小野見彩海さんが、やることないからとりあえず趣味で始めた僕の観察日記、だよね?」
「……もしかして、知ってたの?」
「もちろん。気付いたのは四月の終わりだけどね」
にっこりとあっけらかんにそう言われて、全ての力が吸い取られたかのように机にうつ伏せになった。
「まさか、そんな早くからばれていたなんて……」
「まあ僕も、面白おかしい観察日記を付けてもらって、楽しく読ませてもらったけどね。……でも」
そこで一度言葉を区切ったことに疑問を感じて暗城を片方だけ顔を起こしてみたとき、ゾクリと背筋が凍りついた感覚に襲われた。
「――優しさも恐怖も、面倒事で片付けたらもったいないからね?」
「……忠告のつもり?」
なんとか返答をすると、「そういうわけじゃないんだけど」と言葉を濁された。
「これからも僕の観察はしていいけど、小野見さんはもう少し、自分の気持ちに向かい合ってみたら?」
「自分の……気持ち? 惰性と無気力のこと?」
「……これじゃ、東雲さんと同類かな? やったね、東雲同類さん」
「だ、誰があんなのと……!」
「まあ」
私が十か百の言葉を面倒という言葉を頭から抜いて暗城に被せようとすると、暗城が言葉を放った。
「僕はこれからも小野見さんの観察日記を楽しみにしてるよ」
……そんな言葉を言われたら。
笑顔でそんなことを言われたら。
「……もしかして、今までもちょくちょく?」
「うん。ちょくちょくみてた」
「…………はあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
大きくため息をつくしかない。
もう開き直るしかない。
本人がいるならもっと面白おかしくさせてもらおう。
私の趣味は少し趣向が変わる。
面倒くさがり屋で、無気力・惰性を好む私は日記を書く。
その日記は、暗城文の日常を記していく。
それをどう面白く書けるか試行錯誤。それが私の趣味。
そういえば……恋愛ネタも入ってはずだけど、無反応ってことはそこら辺は読んでいないのかな?
そう思って視線を向けると、苦笑を浮かべるばかりだった。
……まあ、いいか。
訊いたら面倒そうだし。
十二月二十四日。暗城文は望月家で行われたクリスマスイブのパーティに強制参加され、テレビでも放映されたが武装組織に襲われた。本人の感想は『七面鳥が美味しかった』らしい。意味がわからない。
お読みいただきありがとうございます。
今回の話はウィーク・クリエイターでの主人公、暗城文をとあるクラスメイトからみた視点です。一番最後のオチ(?)は、去年の暮れ当たりに投稿した「ウィーク・クリエイター 短編 ――クリスマス・イブのお誘いは波乱フラグ――」をお読みいただいた方にはくすりと笑えるような終わりにしておきました。
……笑えなかったら申し訳ないです……。