07:少女A③
「間違いねぇな。獲物は崖からココに転落した」
自らが持つ明かりに照らされてる地面に残った青い液体を見下ろしながら、男が言った。見事に剃り上げられたスキンヘッドが特徴的な、大柄な男だった。
青い液体は何かに引きずられ、線を引くように森の奥へと続いている。
「ダメージは大きいようですね。濃度が濃い。それほど遠くには動いていないでしょう」
しゃがみこんで地面に残った液体を観察しながら、もう一人の男が報告した。パーマがかった髪をして、丸いメガネをかけている。スキンヘッドに比べるといくらか華奢な体つきをしていた。
「なら、さっさと片付けちまいましょうぜ。弱ってるうえ、ご親切に道標まで残してくれてるなんて、こんな楽な仕事はない」
スキンヘッドの脇に立っていた三人目の男が軽い口調で言う。肩まである長髪をオールバックにしている、スリムな男だ。刃が微かに光る小さなナイフをクルクルと片手で弄びながら、地面に残る道標の先を見つめていた。
「あぁ、俺達にかかれば仕留めるのは簡単だ。だが、手負いの魔物ほど油断ならないモンはねぇ。それに、この森には他にも魔物が潜んでいるんだ。ヘーン、トック、気を抜くなよ」
スキンヘッドが先頭に立ち、二人の男にそう言って、そして背後を振り返った。
「フア、良く教えてくれた。お手柄だぞ」
そこにいたのは、魔物を発見してここまで道案内をしてくれた少女だ。
「ち、違うの!ホーカーおじさん、最初に見つけたのはアル君だから……」
フアと呼ばれた少女は少しだけ俯いていたが、振り絞るようにしてそう叫んだ。少女から一歩離れて、その少年、アルが不機嫌そうにして立っていた。
アルが魔物を崖下に逃がして仕留め損ねたことを村人に知らせたのはフアだった。アルは一人で魔物に止めを刺すと息巻いていたが、それはあまりにも危険だった。夜の森に子供だけで進入するだけでも危険であり、どうしてもフアの制止を聞いてくれないアルを止めるために、仕方なく大人たちに報告したのだった。
アルはフアの方を見ないまま、苦々しげに舌打ちをした。それだけでフアは悲しくなった。
「アル、お前が余計な事をしなければ、こんな崖の下にまで来る必要はなかったんだぞ。分かっているのか?」
ホーカーと呼ばれたスキンヘッドの大男がアルに一歩詰め寄る。まだ少年であるアルと比べると、その大きさは倍以上だ。鍛えられた筋肉をふんだんに搭載した肉体は、それだけでも十分に威圧的だった。
それでもアルは一切気後れせず、むしろアルのほうからも一歩ホーカーに詰め寄って、睨みつけるようにその顔を見上げて吐き捨てた。
「知るかよ。別にアンタらが来なくたって、オレ一人でトドメをさせたんだ!アンタらがわざわざ勝手にこんな崖下まで来たんだろ?」
「ア、アル君!」
思わずフアはアルに駆け寄った。アルは村を出る時からずっとこの調子で、見ているフアの方がハラハラしっぱなしだった。
はぁ、と一度ため息を付き、ホーカーは青い体液の跡の方へと向き直った。その後ろで、ヘーンとトックはやれやれといった様子で顔を見合わせ苦笑いしていた。
「まぁ良い。ヘーン、子供達を村まで送ってやってくれ。あとはトックと俺で片付ける」
「わかりました。お気をつけて」
ヘーンと呼ばれたメガネをかけた男は立ち上がると、アルとフアの方へ駆け寄ってきた。
「ヘーン、お前も気をつけろよ」
「あぁ、トックこそドジるなよ」
「ハッ、ぬかせ。お前が村に帰り着くまでに追いつくさ」
ヘーンとトックは軽口を交わし、拳でポンと肩を軽く叩き合った。この村に残る、相手の安全を願う時の風習だ。
「おしゃべりはその辺にしとけ、トック。行くぞ」
ホーカーはそう言って、青い体液の跡を辿って森に入っていた。トックは「心配するなよ」とフア達ににウィンクしてみせ、すぐにホーカーの後に続いた。
「さ、帰ろう。僕達の役目はここまでだ」
ヘーンは近くにあった手頃な木の枝を三本折ると、それを手にして呟いた。
「エラェム・セイフ・ウォド・フ」
それぞれの木の枝の先に丸い炎のような明かりが灯る。ヘーンはそれをアルとフアにも渡した。
「ありがとうございます。ヘーンさん」
「……こんなのオレもできるし」
二人の後ろ姿を見送りながら、ヘーン達は村へ歩き出した。
フアがふと夜空を見上げると、綺麗な満月が見えた。
満月の夜には不思議な事が起きるという。良い出来事も悪い出来事も、どっちも起こる。そんな話を村の老婆から聞いたことがあった。何故かそれが思い出された。
何だか妙な胸騒ぎを感じた。
「みんなが無事に村へ帰り着きますように……」
フアは一人、誰にも聞こえないような小さな声で祈った。