04:生まれる④
「もう一発、行くぜ!」
再び少年が何かを呟いた。切人にはやはりそれが何なのか聞き取れなかったが、その声は先ほどよりも自身に溢れ、ハッキリとしたものだった。
「エフィ・レ・ビァ・ルエル!」
どこかぎこちない気配はあったが、滑らかに詩を綴るような言葉だった。
再び声の方角から熱を感じた。まるで声に同調するように、先ほどよりもずっと強い。切人は焦った。頭の中で頭が割れそうなほどの警報がなっている気分だった。
とにかく身体を動かす必要があった。相手には明確に攻撃の意思がある。先ほどの熱量と今感じている熱量を比べれば、導き出される答えは地獄しかなかった。
焼けるような痛みの中で、僅かだが身体は動いていた。身震いする程度の動きだったが、それでも今の切人にとっては大きな道標となる動きだった。激痛と混乱の中を思い出す。ほとんど無意識での動きだった。だが動こうと望んだのは確かに切人だった。それに身体が反応したのだと思えた。
身震い程度の動きのために切人が望んだのは、もっと大げさな、地面を転げまわるような動きだった。今は、身震い程度では意味が無い。もっと大げさな動きをイメージする。がむしゃらに手足をばたつかせるようなイメージではなく、もっと大げさで、激しい動きのイメージが必要だ。
熱が近くなる感覚があった。けれど焦ってはいけない。
まずは起き上がる必要がある。腰を起こす、では身体はピクリとも反応しない。もっと大げさに、立ちあがるようなイメージ。それもダメ。
熱が接近する。
ジャンプするイメージ。ダメ。飛び跳ねるようなイメージ。動け。動け。もっと高く。空に舞い上がるような、飛翔するイメージを。
フワリと地面の感覚がなくなった。一瞬だった。再び身体が地面が感じる。ほとんど同じ瞬間、背後を熱が通り過ぎる感覚があった。
「コイツ、動いた!?」
「目を覚ましたの!?」
少年と少女が驚く声が聞こえた。
実際には驚くほどの動きではないのだろう。初めて動いたから驚いているのだ。恐らく、すこし跳ねた程度の動き。どうやって跳ねたのかは切人自身わかっていなかった。脚を動かした感覚はなかった。身体全体で跳ねたような奇妙な感覚だった。
「俺の炎が効いたってことだろ!? 逃すかよ!」
少年の声を無視して、動きのイメージを繰り返す。身体の奇妙な感覚も今は考えないことにした。とにかく動き続けて、できるだけ早くこの二人から離れなければ危険だった。
熱を感じる方角から離れるように意識しながら、空に向かって羽ばたくようなイメージを繰り返した。再び熱が生まれ、接近してきたが、切人には命中しなかった。切人はそれほど素早く動けているわけではなかったが、恐らくは急に切人が動き出した事で少年に焦りが生まれ、故に命中精度が落ちているようだった。
切人はチャンスとばかりにイメージを加速させた。身体が動きに慣れたのか、イメージのコツを掴んできたのか、動きはどんどん滑らかになっている気がした。地面を感じる時間が短くなっていき、代わりに全身が風を感じるほどだった。
「なんだこいつ素早いぞ!?」
「これじゃ当てられないよ!」
「……だったら直接ぶつけてやる!」
「待って!アル君!そっちは崖だよ!」
少女が少年を制止する声が聞こえた時には、切人は着地するはずの地面を失っていた。
最後に切人の僅かに上空を熱が通り過ぎる感覚があって、少年が悔しがる声はとても遠くに聞こえていた。
地面は遠かった。真っ暗な視界では地面までの距離はわからず、着地、というよりは地面へと激突するまでの一瞬は、恐怖によって何十倍にも引き伸ばされた。
切人は落下の一瞬の中で、ゆっくりと死を覚悟した。
第一話 終わり