使い捨て
期待するだけ無駄だとは知っていた。だがそれは単なる知識だと気付いた。
「ただいまぁ」
返って来る声はない。閑散とした部屋は広く、なんとなく肌寒かった。毎日見ている筈のそれは、見飽きたようで、見慣れることはない。
靴を脱ぎ玄関先で寝転がる。低い天井を見上げて、特に何を思うわけでもなく呼吸をする。硬い床に段々と馴染んできた頃、指先に繋がる糸が目に付いた。
とうとう操り人形にでもなったかぁ?
まぁいい。今と対して変わらないよ。
木製で、関節は球体。へらへらとした表情がへばりつく自分は、まさにそれだと思った。
今日のショーはもう終了ですかぁ?団長さぁん。どうなんですかぁ。自分はお払い箱ですかぁ。ゴミ箱行きですかぁ。そうですかぁ。わかりましたぁ。今までお世話になりましたぁ。ありがとうございましたぁ。さよならぁ。
聞こえない団長さんは、乱暴に、乱雑に、それを捨てるのだ。ポイって、そこら辺の燃えるゴミとか書いてある箱に。
暗いなぁ。臭いなぁ。汚いなぁ。
これなら埃塗れのテントの方がマシだったかもしれない。狭いアタッシュケースでも、脂ぎった腕の中でもいい。もう、使ってくれなくたっていいから。
喋れない人形は、きっと涙も流せない。
そのかわりに、神様は何も感じない体を与えたんだ。
じゃあ、なんだろうこれは。なんなのだろうこれは。
なんで、この体は、
「なにやってんのお前」
ついさっき会ったばかりの男がそこに立っていた。
あぁ、団長さん、やっと戻って来てくれたんですね。待っていましたよ。
「ったくパンツ見えるぞ」
違うか。ふん、愚民め。お前は箱の中で毎日にこにこと暮らしているのだろう。そうして私を笑いに来たのだろう。
「ほら、とっとと起きろよ、て!なに泣いてんの」
きっともう団長さんは戻ってこない。新しい人形を買って、またどこかで誰かを笑わせているのかもしれない。
「おい、しっかりしろ、おい!」
「……え?」
「え、じゃねぇし」
薄暗い室内へと引き戻され、奴の顔を眺める。呆れきった表情に薄く笑いを乗せていた。残念ながら、恰好よくもなんともない。アホ面が一番適当だとさえ思う。
「とりあえず部屋行こうぜ。ここ寒ぃ」
「……」
「……おいってば!」
「あ、うん」
一瞬、声の出し方まで飛んでいたらしい。
手足を動かし、灯りの点く場所へと向かう。そして、だだっ広い背中に思いっきり抱きついた。
「ゴミは分別しやがれこんちくしょー」
「はぁ?意味わかんねぇよ」
もし、の話だ。朝が来て、もし、手足の糸が見えなかったら。こっそりゴミ箱から抜け出してみよう。カラフルなテントの前まで歩いてみよう。
そして、団長を殴ってやるんだ。
人形はにっこり笑っていた。
リサイクル宣言!
「んで、ほんと、どうしたわけ」
「加奈がね、」
「あぁ、もういいもういい、喋るな。女ってほんとめんどい」