2・ハプニング発生
「俺は身長190センチくらいで全身を鞭のようなしなる引き締まった筋肉が包み体重は100キロとちょっとくらい? 豪華な生地を使われていることが一目でわかる全体的に黒を基調とした服を身にまとい、袖を通さず肩に羽織るロングコートには所々金色の縁取りがあったりするような感じ。靴は頑丈そうなブーツだ」
「……唐突に何を言っておられる」
「ん、いやプロローグで俺の外見描写の説明として服装とかに触れてなかったのを思い出してな。ミイちゃんの服装には触れてたのに」
「何を仰っておられるのか判りかねますが」
「安心しろ、俺も自分がなんで唐突にこんなことを言ってんのかサッパリ判らん」
雲の壁に突っ込んですぐ、豪風豪雨に煽られながらも順調な旅路である。
イケちゃんが馬鹿な事を言う余裕がある程度には。
たかが100キロかそこらの人間が一人、エイエイオーの上にしがみ付きもせずに二本の足で立つことなど普通は出来ない。
なにせ確かに上部甲板は平らになっていて立つ事はできそうだがツルツルなのだ。装甲が。とても滑らか。
通常航行でも二本足で立っていたら飛ばされそうなものなのにイケちゃんはそんなそぶりも見せずに立っている。
ましてやここは豪風豪雨が吹き荒れるドでかい謎の雲の塊の中であり、時々薄い雲の壁を突き破る時もイケちゃんに対して叩きつけるような衝撃はあるはずなのだ。
それなのに飛ばされずに余裕の仁王立ちである。
服も風に煽られてグチャグチャになって良さそうと言うか、むしろそうならないのが不自然なのだがイケちゃんだけを見ていると、ちょっと風の強い日程度にしか見えないはためき方しかしていない。
雨や雲の塊を突っ切り本来なら水でベショベショの濡れ鼠になるべきなのに服も髪も表面がややぬれてる程度でしかないのも客観的
に見れば不思議を通り越して気色悪いというもの。
はたしてこれはどういう力が働いてのものなのやら。
「イケメンだからだ! ところでミイちゃんよ。そっちの調子はどうだ?」
「はっ。上下左右ランダムに吹き荒れる嵐ではありますがエイエイオーの航空には何の影響もありません。何かあるとしたら外に出ているイケちゃん様がぶっ飛でどっか行くくらいのアクシデントでも必要でしょうか」
「やだよそんなアクシデント」
アクシデントの有る無しに関わらずここは完全な人外魔境。
吹き荒れる嵐に加えぶ厚い雲に覆われホワイトアウトする視界は前を向いているつもりでも方向感覚を狂わせるであろう事は想像に難くない。
上部甲板に立つイケちゃん自身の安否に関わらずまともな神経を持っていれば船が真っ直ぐ飛んでいるかどうかすら判らずに不安になってしかるべきである。
「そんなん言われても知らんがな」
「? なんです?」
「いや、ナレーターが……まぁそれは良い。客だ」
軽口を止め若干表情を引き締めイケちゃんはエイエイオーの進路からみて斜め全方を見据える。
相手はまだこちらを察知していないがそれも時間の問題だろう。さてどうするべきか。
「客……ですか? あぁ今こちらでも察知できたようです。龍ですかね。全長1キロ前後ですか。サイズからして成体の可能性もありますな。このままの速度であれば接触しますが速度を上げて回避しますか?」
「いいや、速度はこのままでいい。せっかくの旅なんだ。のんびり行きたいじゃないか」
「かしこまりました」
エイエイオーの索敵網に捉えられた姿は約一キロの長大な体を持つ蛇であった。
翼も持たない蛇が空を飛べるわけも無い、ゆえに龍であろうと判断する。
「龍か……なつかしー、って俺は龍を見たことあるのか? 言われたら龍がどんなのだったか何となく思い出せそうな気がしてきたぞ……と、思ったがそうでもないでやんの。ま、いっか」
「イケちゃん様! 龍の反応から敵意……」
「俺のほうも察知した。やれやれ、旅にはハプニングが付き物って所かね」
エイエイオーの索敵センサーはロックした巨大生物相手であれば敵意の有無……と、いうよりも大きな感情の揺れを大雑把に察知することが出来るものだったのだろう。
索敵係からの報告を受けミイちゃんは巨大生物……龍が自分達、エイエイオーに対して敵意を持っていることを察知しそれをイケちゃんに伝えた。
全長一キロという巨大な龍! そんなものに敵意を持たれたまま接近されつつあると言うのに当のイケちゃんは余裕の表情を崩さない。
それはなぜか?
「イケメンたるものいついかなる時も慌てないからさ」
との事である。
「イケちゃん様、こちらから先制攻撃を仕掛けますか?」
「さてな。仮にも龍種だ。一応言葉は通じるだろうしまずは話から、でよかろう」
迎撃を献策する部下に対し不要と断じるイケちゃん。
己等に襲い掛かる敵が龍であることを理解していないのではと思われても仕方が無い行為である。
それは果たして龍の力を知らない無知からでる愚かさか、己の力に絶対の自信を持つ確信からか。
近づくにつれ勢いを増す龍。
その姿は形は巨大な蛇に似ているが明らかに違う。
手や足が生えていること、鬣や髭が生えていること、頭にいくらか枝分かれした古木のような角が生えていること。
そんな形状の違いは小さいことと言えるほどの違いがあった。
それは生物としての存在感、命が放つ気配、力、そういったものである。
全身から黄金の光を発するその体は全ての牙、全ての爪、全ての鱗、全ての角など、鬣一本一本からでさえも全身から力を発散させているのが見える。
こんなものと対峙してしまえばどんな権力者も、どんな強大な兵器を持った者であろうとも、裸の一体の生命としての劣等感からおのずと自分から敗北を受け入れて戦意はおろか生きる意思さえ手放してしまうかもしれない。
それが今にも襲い掛かろうと牙を剥いてきたら?
まず正気は保っていられないであろうそんな状況に陥ってもイケちゃんに恐怖の感情は見受けられない。
そして龍に向かって言った。
「止めといたほうが良いんじゃないか?」