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4・生贄

 最初に気付いたのは誰だったか。

 空からやって来た変な物に。


 ウタ島の住人には羽の生えている者も居るが、これは空を飛べる物ではない。

 何の為に付いてるのかサッパリ忘れ去られつつあるが、まぁ羽音が何となく気持ち良かったりするので、求愛行動のための器官では無いかと言われているが今はそんな事はどうでも良い。


 今、問題なのはあれが一体何なのかって事だ。

 遠くからでも見えるという事はかなりの大きさだろう。

 あんな大きさの何かが空を飛ぶなんて見たことがなかった。


 虫や鳥が空を飛べるのは小さいからだというのに、あんなサイズで空を飛ぶ物が存在するとは。自分たちくらいの大きさでも飛べないのに、あんな大きな物が空を飛ぶのか? そう思わずには居られない。

 何ともいえない不思議な形状だが、生物と言って良いのだろうか。どこか違う気がする。


 それはウタ島の上空に現れ、地上からでもはっきりと判るほどに近づいてからというもの、フラフラと飛びながらさまよっている。

 何かを探しているというのか?



 ここである少年は叫んだ。


「カルタ! あいつカルタ達を狙ってるんじゃ!?」


 その声で、集落の住民は全員がハッとして同じ場所を見た。

 集落の中で、いや、この島でもっとも大きな建物を。

 この集落はこの島の中で一番規模の大きい集落だが、そのなかで一番立派な家に住んでいるのは長老ではない。

 そこに住むのは今名前が上がった少女を含む、数人の子供達。

 あらゆる意味において、この島で最も重要な者達が住む家だ。


 空に浮かぶ何者か、あれの正体は不明であり、狙いも何もわからないが、だからこそ最悪の事態は想定しなければならない。

 それに気付けば対応は早かった。


「若い者は武器を持って集まれ! 女子供は家の中に隠せ!」


 女子供に代表される、荒事に向いて無さそうな者達を一箇所に集めるべきかと悩んだが、悪い言い方をすれば小を殺して大を生かすべき。そう思った長老は各々の家で隠れさせるようにと指示を出した。

 もし女子供が襲われても相手があの大きな飛行物1体であるなら、一つの家が襲われている間に他のもの全員が逃げれば良い。


「足の速いものは近くの集落へ走れ! 人を集めるのだ!」


 何が狙いか、何を目的としているのか判らない相手だ。

 備えはどれだけしても安心できるものでは無いが時間が無い。

 指示の一つ一つが正しいという確信も無いが、それでも長老は自分の権限を最大限に使いきり、全ての責任を背負う覚悟で指示を出していく。

 そして


「ハイクよ。お前はカルタたちを連れて森に隠れるのだ」

「な、なにを」


 最初に叫んだ少年、ハイクは既に自分も戦う事を視野に入れて武器を手に持っていたが、そんな彼に長老は逃げろと言う。


「お前の言ったように、アレの狙いがカルタ達である可能性もある。ならば集落に居たままでは危ない」

「やっつければいいんだ!」


 ハイクは空を飛ぶものが敵であると決め付けているようだ。

 すでに戦う以外の選択肢を持っていない。


 しかし、長老は違う。

 この島で一番大きな集落の長老として常日頃から自分の集落の事を、そして島全体を考えている為にその視野は大きく、考えも複雑になる。

 ハイクは敵と決め付けたアレが敵かどうか。

 アレの目的、交渉が可能なのかどうか、戦って勝てるのかどうか、など。

 様々なことを考えなければならない。


 人手を集め、戦いに備えているのは常に最悪を想定しているからだが、その最悪の中にはアレは自分たちでは逆立ちしても太刀打ちできない存在である可能性も含まれている。

 そうなれば全戦力で戦うのは賢くない。

 自分たちの戦いは勝ち負けではなく、島の者達が逃げるための時間稼ぎのものになることも考えている。

 そして


「よいか、我々にとっての最悪はこの島の者、全員が死ぬこと。その為にもカルタ達を死なせてはならんのだ。だから安全な場所に連れて隠れるのだ」


 長老にとっては、戦えるものたちだけで時間稼ぎにならないのであれば、女子供達を目立つように逃げさせそちらに目を向けさせるという選択肢もある。

 一番守らねばならないものを確実に生かすために。





 このウタ島は熱というものが無い。

 熱がなければ生き物は生きていけない。

 それを補う為に、ウタ島にはある風習が存在する。


 数年毎、長い時は10年空く時もあるが、島の何処かで生まれる生贄の子。

 その子が15を迎える年、それを山の神に奉げることで島に熱を生ませるのだ。


 もう何百年も前から続いた風習ゆえに、島の誰もが知っている風習である。

 生贄の死の上で発生する地熱、それにより成り立つ島の住民の生。それに慣れ親しんでいるからこそ長老に限らず、この島の者は小を殺して大を生かすという判断を否定しない。


 だからと言って生贄や、犠牲になる少数をどうでも良いと思っている訳ではないのだが。


 生贄。

 なぜそんな者が生まれるのかは分かっていないが、一目見てそれと判る特徴を持った赤子。そんな子がこの島では何年かに一人産まれる。多いときは同じ年に二人も生まれることすらあるという。

 そんな生贄の子が生まれれば、すぐに親元から引き離され一番大きな集落に集められる。


 親元から引き離される理由は親が生贄を差し出すのを拒むことの無いようにするためだ。

 生贄の子は見た目こそ他と違うがそれ以外は何が変わるものか。

 むしろ利発で愛くるしく、成長するに従い生贄というシステムがどういう物かを理解し、その上で周りの者の為に犠牲となる事を厭わない。そんな子供だ。

 まともな親ならそんな子供を、必要だと言われ、たとえ頭で理解できていようと、生贄として差し出して平気でいられる訳も無い。

 事実、何百年か昔にそう言って子供を生贄に奉げることを良しとせずに、子供を連れて逃げた者も居た。

 するとその年を境に島中がそれまで以上の寒害に襲われ、急いで見つけ出した生贄の子を奉げても寒さが衰えることもなく、それから3人の生贄を奉げるまでの年月が寒いままであったという。


 生贄の子を親元に置いておくと親が生贄の子を隠すかもしれない。

 そういう反省を踏まえてからは、生贄の子は親元から離され身内が居ない場所、島で一番大きな集落に送られる事となった。

 周りの者がなるべく親身にならないように、かつ生贄の子らが自分たちの意思で逃げ出さないようにと、監視の意味も込めて。そういう距離感を心がける為に。


 もっとも、生贄の子達は誰もが自分が生贄だという事を自覚し、例え死を恐れていても逃げ出すことは無いし、周りの者がどんなに距離を置いたつもりでも、生贄の子供達に何も思わないでいられる訳も無いのだが。


 生贄の子供達は皆、成長するにしたがって人に好かれる性格に育ってしまう。

 このウタ島は他者と一切関わらずに人が生きられるほど生きやすい土地では無い。だから生贄の子供と言えどもその日を生きていく為に……生贄と奉げられ死ぬまでの時間を他の住民と同じように、他人と係わり合いながら生きなければならない。

 成長していくに従い健やかで屈託の無い性格に育つ生贄の子らに、好感は持てても悪感情を持てるわけもなく。

 結果的に血の繋がりの有無に関わらず、生贄の子との別れは辛いものになる。


 しかし一番辛いのはどう考えても、命を犠牲にしなければならない生贄たちだ。

 そう考えると、せめて生贄として奉げられるまでの間の短い生涯くらいは良い場所で、できるだけ彼、彼女らに良い暮らしをさせてやりたいという、周りの自己満足から生贄の子は、集落の一番大きくて立派な家に住まわせている。



 最年長は今年15歳になるカルタ。あとの3人は10歳と7歳の子供に、最近生まれてここにやって来たばかりの赤子。

 今、ウタ島にいる生贄はその4人だけ。


 他はどうなっても、この4人、特に今年の生贄となるカルタだけは絶対に守り通さねばならない。

 そうしないと今年から長い冬が始まってしまうから。



 ハイクはできることなら自分も戦いたいと思ったが『何が大事か』と言われて分からないほどの知恵足らずでもない。


「……わかったよ。カルタ達を連れて森に隠れる。その上で、もしもの時は」

「うむ。早いかも知れんが……せめてカルタだけでも」


 だから、長老が何を言っているのか。確信に触れなくとも判っている。

 本当ならあと一月後に奉げられる生贄を、今の内に奉げてしまえと言う事だ。


 本来、生贄を奉げるタイミングは遅いのは論外だが早すぎるのも良くはない。

 早すぎると効果が乏しく、島の熱が弱くなる期間が延びる。

 遅いのは論外で、少し遅れた程度でも島の熱は急激に衰える。一月も遅れれば数十年は寒い時期が続くだろう。


 生まれてから15年目の日、その日ちょうどに生贄に奉げるのがベスト。が、それでも遅れるよりは多少生贄を奉げる時期が早くなった方がマシというもの。


 だからハイクは走る。

 長老の命令を実行する為に。


 しかし、頭でそうだと理解できても心で納得できるかというと別問題だ。

 生贄というシステムは必要なもの。カルタはもうすぐ死ななければならない。と、いう事はわかっていても。いや、だからこそ。せめて死ぬまでのあと少しの時間を、良い物にしてやりたかったと思っていた。

 それがこんなわけのわからない理由で、お別れを惜しむ間も与えずに死なせる事になるかもしれないなんて。


「いや、そうじゃない。何もそうと決まったわけじゃないんだ。まずは念のため、カルタ達を隠れさせるだけだ」


 空からやって来た正体不明の『何か』。アレが何なのかはサッパリだが悪い物と決め付けるのは良くない。何てこと無い物かも知れないじゃないか。

 そんな、自分さえも騙す事ができない慰めを口にしながら、出来れば到着したくないと思っていたカルタの家までは時間をかけずに到着してしまった。


「……っ」


 普段は扉を叩くのは気安く感じられるのに、今はこの扉を叩きたくない。

 きっと今までも、生贄を奉げる日に呼びに行く者たちはその重圧を感じていたんだろうと思う。

 だから自分が今更その重圧に負けることは許されないと頭ではわかる。

 しかし、だからと言って軽々しく扉を開けることが出来るわけじゃない。


 空からやって来たあれが、自分たち……と、いうよりカルタにとって危険な物じゃなければ何も問題はない。

 それでも最悪の場合を想定して動くのなら、あれの正体が判明する前に素早くカルタだけでも生贄と奉げておくくらいの事をしなければならない。

 そして


「予定では一月後だったけど、何か不確定要素があったから今日死んでくれ」


 と、そんな言葉を吐かねばならないのだ。


 くそっ、よりによって何で俺が! ハイクはそう思わずには居られない。


 そんな心境で扉を睨む。

 今しなければならないのは扉を叩いて、いや、そんな時間さえ惜しんですぐにでも扉を開けてカルタ達を引っ張り出す事だと言うのに。


 本当に辛いのは自分なんかでは無いと言うのに何をやっているのかと、頭の中で自分を詰るだけで動けないで居たが、そんな葛藤を物ともせずに目の前の扉が開く。

 ハイクが開けたのではない。

 中から開けられたのだ。


「あ、ハイク?」


 中から扉を開けて出てきたのは、滑らかな曲線の輪郭に白い肌、ふんわりと柔らかそうな金色の髪の少女。

 その体には少年も含めたこの島の他の者達にある硬い甲殻や体接の露出した間接は見られない。それが生贄かそうでないかを分ける身体的特徴だから。



 カルタは胸に赤子を抱き抱えながら、後ろに子供二人を連れている。


「ここからでも見えたわ。私だけでも、今日から行った方が良さそうね」


 カルタはそう言って、胸に抱いていた赤子をハイクに差し出そうとする。


「そ、そうか。見えたか。だったら皆付いて来い! 森に隠れるんだ!」


 それを無視するように、ハイクは焦って言葉を吐き出す。

 カルタから差し出された赤子は受け取らずに、カルタの後ろに居た子達の手を取って。


「長老達がアレ……何かよくわからんが、とにかく、アレと接触するけど。アレが何か分からないから今は俺たちに隠れてろって。だから、行くぞ!」


 そう言って返事も聞かずに歩き出す。



 ハイクは生贄の子と言うのを、今生きている子達以外では既に何年も前に死んだ二人しか知らない。

 それでもその二人とカルタ、更に二人の子供を見てわかる事がある。

 彼、彼女らは皆、強い心を持ち人当たりが良く、綺麗な生き方が出来るだけではない。とても賢いのだ。

 正直、死んだ二人に関しては知っていると言っても当時は自分も子供だったので、それ程深くを覚えているわけではないが。

 それでも生贄の子と言うのがやたら賢く物分りがいいと言うのはわかる。自分がもう15になるが、今の自分と比べて記憶の中の二人はどうだったか。自分が10歳や7歳の時の頃はどうだったか。

 同年代の自分と比べ、心が強く賢いだろう。

 そして、今目の前に居る自分と同年代のカルタがどうかと思えば、まったく自分とは違うと思う。


 相手を犠牲に強いる言葉。その言葉を吐く自分を想像しただけで恐怖に体が震える。

 だと言うのにカルタは。自分が死ぬという事に対し、恐怖を感じていないわけが無いだろうに、恐怖よりも使命感を優先して立っている。

 自分は一時の事だと言うのに、カルタにとっての死の恐怖はいつも付いて回る物だろうにまったくそれを表に出さないのだ。


 同じ集落に住んでいて、年齢が同じという事もあって物心付いた頃からよく一緒に居た。

 うんと小さい頃は、同年代なのに自分よりも出来が良すぎるカルタに対して、対抗心のような物を持っていたかもしれない。

 生贄と言うシステムと意味を、言葉の上で理解できるくらいの年齢になった時に感じたのは、自分たちと根本から違う、異質な存在だから優れているのかと言う諦めと羨望ににた感情を。

 更に年を重ねるにつれ、自分が生贄となり死ぬ未来を受け入れてなお、日々を笑って過ご姿に未知のものに対する恐怖のような感情を。

 しかしその後。カルタ自身は自分が生贄という存在として生まれた、それだけの理由で15で死なねばならぬと言う理不尽な運命に対し、己の人生に絶望を感じていて。その上で自分以外の者……自分の妹や弟、同じ集落で暮らす者たち、島に生きる全ての者たち。それらの人生を背負っている以上は自分の運命に正面から向き合っているのだと知った。


 そんなカルタに対してハイクが向ける今の感情は、尊敬や崇拝が大きい。が、それと同時に。

 同年代で異性であると言うことやら、その他様々な要素も合わさって、恋愛感情の好意を持ってしまっている。



 ハイクにとってカルタはそんな相手。

 だから、カルタには自分から死ぬなんて、そんな事を連想させる言葉を言ってほしく無いから、カルタの言葉を意図的に無視する形で強引に引っ張る。

 本当ならカルタの手を直接取って引っ張りたいが、カルタは赤子を抱いているために、子供たちの手を引いて。

 二人の手を引いてしまえばカルタは赤子を渡す相手が居ないために、自分についてくるしか出来ないだろう。

 そういう打算を持って。


 後ろのカルタがどこか呆れたような、それで居て悪くない笑顔の表情をしながらも自分の後をついて歩くのを見て、ハイクは安心する。


 最悪の状況になればカルタに死を告げなければならない。カルタなら言われるまでもなく自分から行きかねないが。

 それでも、カルタの死を見届けなければならないであろう役割を、よりによって自分に与えた長老に対する恨めしい気持ちはある。

 でも、今のカルタの表情を見れば、カルタと一緒に居られる時間が少しでも長くなるという事に対する感謝の気持ちもある。



 集落から大きく離れ山の麓の森の端に身を隠した時には、赤子は10歳の子が受け取っていた。

 カルタは放っておいたら独断で生贄としての本分を今すぐにでも全うしかねない、そう思ってハイクはカルタの手を掴んで離さないようにしながら、ここから距離が離れた集落の方へ目を向ける。

 最悪の事態となった時は狼煙が上がるはずなのでそれを見逃さないように。



 今の自分の気持ちがどうなっているのか分かって居ない、自分の未熟を実感しているハイクだが、カルタや子供たちと共に森の木々に息を潜め隠れながら、もしもの時は。絶対に自分の役割を違えることだけはしないと決めていた。

 カルタを失うことは辛く、絶対に嫌な事ではある。しかし事態の推移はハイクの介入を許すような状況にはない。だからせめて、結末の変化に関われないまでも、結末に至る過程に関わる為に。


 死なねばならぬ運命を受け入れているからとて、カルタが自分から死に向かうのと、他人から言われて死に向かうのでどう違うのかは分からない。

 それでも、せめてカルタが最後へと至る道に自分で関わりたい、そう思った。


「……っ」


 カルタの手が握ったハイクの手を強く握り帰して来た時、初めてハイクはカルタの手も震えている事に気付いた。

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