1・油断大敵
「世界の中心と呼ばれる、大きく盛り上がった雲のカタマリ。そこを中心として雲海に開いた8つの大穴。それの大穴で作られた円の内側が私達の知る世界の全て。
8つの大穴。雲の滝とも言われるそこの傍には大きな陸地があってその島々を合わせて一つの国、とまとまっている事が多い。無論なにものにも例外はあり、一つの雲の滝の周りにある島々、それら一つ一つが独立した国となる場所も有れば、滝から遠いところにポツンと離れた所にある島ひとつが国を名乗っていることもある。
円状に配列された雲の滝。その内側であれば、例え世界が広くともそこは有限。船での旅も危険はあれど、不可能ではない。
だけど。世界の中心から見て8つの穴の外はどうか? そこにも雲海は広がっている。いいえ、きっと、世界の中心に向けて閉じられた世界に比べものにならない位、とても広く、広がっているのよ。きっと無限に広がる世界がある。
そこには何があるのかしら? 何も無く、ひたすら空と雲しかないのか? それともまだ見ぬ大地が、まだ見ぬ文化が息づいているのか……
私達開拓者は、本来はその未知を求めて冒険する者。だからそんな物が世界にあるのなら、みんながみんな、先を争そって自分こそがと世界の外に進出しそうなもの。
だけど、どんな開拓者も今や外界を目指す者はいない。
何故か?
答えは簡単。行って帰って来れないから。
基本的にこの世界の船の座標確認は、世界の中心といわれる雲のカタマリにゆらいする。あれは理屈はわからないけど、なにやら特殊な力場を発生させて、本来は世界を満たすように広がる雲海の雲を、一つの塊としているらしい。
そのエネルギーからの観測波をビーッと放って、ギュイーンと帰ってくる反応を見ることで、我々は目印の無い雲海の上で自分がどこに居るのかを察知する。
でも外界ではこれが使えない。自分がどの方角を向いているのかを知る術がない。円状に配列された雲の滝が、理屈はわからないんだけど何らかの防御効果を発生させて、雲のカタマリへ放った観測波の反射を止めてしまうそうだ。出力の問題ではなく、雲のカタマリから反射された観測波は、絶対にそこで止まってしまうらしい。
だから外の世界、外界に出た船は自分たちの居場所を知る事ができない。
それがどれほど恐ろしいか、空に生きる開拓者ならアホでもわかる。
仮に、奇跡が起きて新大陸の発見、それ以外にも何かを知ることが出来ても、それを世界の誰かに伝えることが出来ない。戻ることが出来ても、再びその島にたどり着くことさえ出来ない。
外界から帰還して、外界で島を見つけたんだぜ、なんて言っても証拠がないから誰も信じちゃくれない。
つまり、旨みがまるで無い。
それが理由で、開拓者とは内側の有限の世界の中で、未知を発見する物という事になる。有限とは言え空は広い。人一人の生では全てを見ることなんて出来まい。だから、私も内側の世界だけで良いと思っていた。私オーガだからただでさえ寿命短いはずだったし。
でも今は、お父さんのお陰というか何と言うか。知らないうちにかなり長寿になっちゃったそうで。
自分の生がそんな長い生になったと知って、外界を行けないなんて将来は暇になるんじゃないかしらとこぼしたら、お父さんは言いました」
「余裕でいけるぞ。帰ってこれるし場所の記録も取れるな。他の船でいけるかどうかまでは責任をもてんが」
「この言葉を聞いてマジかよ! と私は思ったね。で、行けるのなら外界に行きたい! って思うのが人のサガ。いや私は(元)オーガだけど。
それは兎も角、私は外界に行けるのなら行きたい。だからお願いしたら案外簡単に外界に行く事になったのだった。
お父さんってイケメンの俺様は最強すぎてどいつもこいつもハーレムに加わりたがるのが当然過ぎて以下略とか、そんなバカを言う男だから、何があるか判らない外の世界に冒険なんてしないと思ってたから驚いたわ。
きっと私が可愛すぎて、娘のお願いだったら何でも聞いちゃう親父の心境なのね。
ま、なにはともあれ。そういう事もあって私は今、外界の空を飛んでいる! 殆どの人類が諦めた外界、ここで私は一体何を見て何をなすのかっ!?」
「……説明的を通り越して馬鹿みたいな独り言ですな」
「うっさいわね、テンション上がって仕方ないのよ」
メウチ国から出て3年ほどの月日が過ぎた。
それだけ経てばサミングの年齢的に、生身のオーガならばそろそろ大人っぽい体型になっているはずだが、相変わらずのちびっこである。
自分の体は成長しない、そこら辺はもう仕方ないことだからと諦めているサミング。
母であるミツキやンヌキは、あくまで父からのチョメチョメな補給を受けなければ何百年か時間をかけて普通の生物に戻るこもできるそうだが、サミングは根っこから変わっているのでもうどうしようもないとの事。
「ま、その事をとやかく思うほど、私は恩知らずでもないんだけどね」
できれば生き物らしく、年をとり、誰か(精通前後の美少年)と恋をして、子供を作り、次の世代へと命を紡いでいきたい。そういう欲求はあった。
それでも今の方がまだ出会いがしらにクソ空賊に爆殺されて死んで終わり、そんな結末に比べれば今の方が良いに決まっている。
だからサミングは自分の今を悲観しない。
そんな暇が有るのなら、これからの旅での出会い、新たな発見に思いを馳せる方が有意義だ。
元々未知に対する好奇心から開拓者への道を選んだ部分もある。見るべきは前だと割り切るのに大した労力はかからない。
そんなサミングは、今日も空を飛ぶエイエイオーの船外での訓練中である。
基本的に真面目といえるサミングだが、その真面目さとは課されたノルマはこなすような方向性の真面目さであって、自分から面倒なことでも進んでやるタイプの真面目ちゃんではない。
だというのに、今は進んで自主的に訓練をしている。
何故か。
理由は二つ有る。
一つはサミングが手に入れたドラゴンの心臓、これが船の動力になるからだ。
それも、普通の船ではなくエイエイオーと同じタイプの船として。
サミングはミイちゃんから聞いた。
エイエイオーは普通に世に出回ってる船とはモノが違うと。
世に出回ってる船が空を飛ぶのは、基本的に雲海があるからである。
雲海は有機物や無機物、意思の有るものや無いものに限らず、全ての物に嫌われている。だからこそ、雲海に落とすことが極刑となるのだが、それは単に嫌っているというレベルではなく、物理法則を越えての雲海に対する拒絶が可能なレベル。すなわち、雲海と接触するくらいならニュートンに喧嘩売ってやんよ、と言った感じで浮くのだ。
まぁそれでも本来の物理法則に逆らうわけだから、気合だけではどんなに頑張っても限界は訪れ、いずれ雲海に沈む。単体では雲海の上で沈まずに浮いていられる時間はごく短い時間だけだ。
雲海の上を渡る船は、そこら辺をちょこっと細工して空を飛んでいる。だから基本的に雲海の上を飛ぶ物で、陸地の上は長時間飛べない。だからこそラリアット王国で新しく作られたトラックなんかが大陸内での物資の運搬手段として注目されたわけだ。
さておき、普通の船はそんな感じだ。
しかし、ドラゴンの心臓をエンジンとして作られる船は普通の船とは違う。
自分の周囲の世界の法則を書き換えながら飛ぶ為に雲海の有無に関わらず空を飛べるとか。その辺の細かい理屈はサミングがアホなので聞き流してはいるが、そんな事はどうでもいい。
サミングにとって重要なのは、ドラゴンの心臓をエンジンにした船ならば普通の船とは違うということだ。
すなわち、エイエイオーのように外界に出れるということでもある。
サミングは未知への興味から開拓者を目指したわけで、ならば外界にいける船に乗り続けたいとは思っている。
しかし、いつまでもエイエイオーに乗り続けるつもりは一切無い。
別に母やンヌキ、その他の連中が嫌いなわけではないのだが、この船は基本的に父の船であり、夜になると……いや、日によっては昼間からでもベッドの上のプロレスに励んでやがるのだ。
そんな船にいつまでも乗っていられるか! サミングがそんな風に思ったとしても責められる事はあるまい。
いずれエイエイオーを降りるのは良いが、その後乗る船の性能が落ちるのはなんとなくイヤだと思うサミング。
それでも我慢するしか……と、思っていたところでドラゴンの心臓の入手である。
これはもう、使うしかあるまい。
そしてその為には、今まで以上に自分の力を操れるようにならねばならないのだ。
そんなサミングの現在の修行内容は、自分の体や自分が使う道具だけに飽き足らず、世界の全てを内観で捉えて自分の一部のように認識できるようになること、だそうだ。
そんな抽象的な事を言われても、別に座禅を組んだりしているわけではないが。
「ヒャッハー!」
と、馬鹿っぽい雄叫びを上げながらバイクで走らせている。
エイエイオーの揺れる尻尾の上を。
ランダムにゆらゆら揺れる尻尾の上をバイクで走るのは、普通は無理だがサミングならできる筈とのことで。
一見すると尻尾の動きの先を読んだりして、細かい重心の移動などを心がけて動かしているように見えるがそうではない。
自分が走らせているんだから、道はそこにあれ。
そんな思い込みを形にできるように、それも集中している時ではなく普段から意識せずに、そのくらい考えられるように。
最低でもそのくらいはなれるように、と言われてサミングは3年近い月日をかけようやくその地点まで到達したのだ。
バイクの操縦、といっても直接乗り込んでそうやっているわけではない。そのくらいならとっくの昔にできるようになっていた。
今、サミングがやっている運転は自分の手元から離れたバイクの運転である。
自分の支配下に置いた物に対しては接触してようとしてまいと、手元に有ろうと無かろうと、何一つ扱いを違える事無く完全に動かせねば話にならない、とのことだ。
ちなみに、今までに操作ミスからバイクを雲海にドボンした回数は10回を越えている。
その度にラリアット王国まで戻ってバイクを購入しなければならない父を「気の毒よのう」なんて思っていたサミングだが、次からはバイク代はお前が払えよ、と言われてからは慎重になった。
今までならどんなにバイクをドボンしても父のバイクだし、なんて思っていた訓練も「その内出来るようになれば良いのよ」なんてスタンスだったが、バイクを落とすたびに購入していたらサミングの貯金がなくなってしまう。
バイクは今やラリアット王国以外でも2~3ヶ国ほどで購入できるようになってるとは言え、どこの国でも高価なのだ。
なのにサミングの貯金はあんまり多いとはいえない。
その危機感が、サミングの成長を促した。
「いやぁ、マジ私スゲー。こんな不安定な尻尾の上でも手放し運転でウィリーさせながらギャリギャリ回せるなんて」
「イケちゃん様からすれば一台目を落とす前にそのくらいになってくれ、って思いだったのではないでしょうか」
小せえ事は気にすんな、と、そんな事を言いながらアクロバティックな操縦を披露しつつサミングは自分の成長を実感する。
「これで私もドラゴンの心臓エンジンの搭載した船を作れるかしら?」
「まだまだ無理だと思いますよ」
尻尾の上のバイクを手元まで走らせたサミングは言う。
「な、なにをー。私はこんなすごいのに!」
「まだまだ御自分のパワーを御せていないように見えます。まぁ今まで出来なかった事が出来るようになったようですし、これから修行も次の段階に入るかと思われますが今のペースですと……そうですね。あと997年ほど修行すれば多少はマシになるのではないでしょうか? 贔屓目に見て」
「何よその評価!?」
自分なりに超頑張った修行に対する評価がそんなんで、ムカついたサミングは後ろに立つミイちゃんに対してヌンチャクを打ち込もうとするがまるで当たりやしない。
そんな事をしているから、外界に来て初めての島がもうすぐ傍にある事にサミングは気付かないのであった。
これまでの航海中でずっと
「私が外界の島の第一発見者になるのだ! 私は一番が好きだ、ナンバーワンだ! 何につけても最初の偉業って奴はすごく歴史に残るってもんよ!」
と息巻いていたというのに。
それがサミングが船外で修行をしていた二つ目の理由。
中に居るより、外で常に前方に注意を向けていたほうがきっと、新しい島の第一発見者になれる確率が上がると思っていたのだ。
だからどんな時でもエイエイオーの前方に注意を向けることは忘れていなかった。
ほんのちょっぴり、一瞬だけ意識を向けていなかったこの瞬間を除いては……
偶然にもその一瞬で、イケちゃんの方が先に外界に出て始めての島の発見者になってしまうのであった。