オマケ・死にたくないとか何とか
「前々から思ってたんだけどさ、なんなのよこれは」
「あん?」
バカが忌々しげな目を向ける対象。それは金。
金ではなく金だ。
「金だろうが」
バカが手に持っているのは先の国で働いて手にした金の残りである。
それなりに溜め込んだのだがバナナの木を買ったためにごく僅かしか残っていない。
バカはバナナの木をジャングルから回収せずに買ったのだ。無駄使いだとは思うが別に金に対する執着なんぞ無いのでどうでもいい。
「金ってさ……こういうんじゃないのよ」
バカは財布を振って中の金を転がす。
その金は一番安い硬貨、その硬貨の5倍、10倍、50倍、100倍、500倍の価値の硬貨がそれぞれ数枚。
使ったので手元にないが、他にも一番安い硬貨の1000倍、2000倍、5000倍、10000倍の価値の紙幣もあったな。
何はともあれ、確かに現金というのは使いにくいだろうとは思う。
カードなら釣りも細かくならんし。
「カードが使えんからな。新しく申請するには市民権なりが必要だから仕方あるまい。現金で我慢しろ」
「違う!」
「はてな?」
てっきりカードでの支払いが出来なかったことに憤慨しているのかと思っていた。
そう遠くないうちに、世の理が変わりいずれ使えなくなるとは言え、だ。今のこの世界ではデジタル信号で金のやり取りが、まだ出来る。
俺らの持っているカードはヒト社会の上位者として作った物ゆえに、今、この世界にある人の住む土地ではどこでも使える上に上限知らずのカードだ。
使えばそのカードの持ち主が俺たちであることがバレバレで、バカなりにお忍びで観光をしたいと思っていたのが、台無しになるのでカードが使え無い事に、文句を言ったのかと思っていた。
しかしこいつはバカだった。
それもただのバカではない。
すごいバカだ。
「ファンタジー世界よ? ファンタジー! カードとか言うな! デジタルとか言うな! 紙幣もよくないッ! お金は金貨、銀貨、銅貨! これが基本なのよ! そんで酒場とかで情報を聞いて金貨を渡して酒場の親父に『も、貰いすぎですぜお客さん』とか言われたかったのよ! 私は!」
言葉にするとこれだけなのだが、たったこれだけの内容をこのバカはなんと、驚く無かれ6時間近くぶっ通しで喋っていたのだ。
ツーで済ませろとかそんなレベルじゃない。
普通の発音言語ですら数呼吸くらいあれば余裕で言いきれる内容を、6時間だ。
信じられんアホである。
「知らんがな」
とりあえず俺に出来る返事はそれが精一杯であった。
俺は疲労とは無縁のはずの体と精神、を、有している筈なのになぁ。
なんなのだろう、この疲労感にも似たなんとも言えない感じは。
それから数日かけ、次の陸地へと到達した俺たち。
数日かけずとも半日以内で到達できたとか、もっと近い陸地もあったとか、色々言いたいことはあるが、きっとバカには言葉が届くまいと、俺は半ば諦め気分だ。
相変わらず、入国監査だとかのゴタゴタに引っかかってはいたが、どうにか無事に町に出ることが出来た。
「ミイちゃんは今日も留守番よ! くやしかったらもうちょっとマシな見た目になることね!」
「俺も留守番でいいか?」
駄目だそうだ。
人里の散策くらい一人でやれや、と言いたいが言っても無理であろうよ。
そして降り立った町にて。
二回目だから慣れて大人しくなると思ったが、バカは三歩歩けば物事を忘れてしまうのだろうか?
とてもやかましい。
「うおー! 今度は和風チック! ケモ侍だわ! あっちのとび職はサルの獣人っぽい! 身軽そうだからね! 猫科のケモは身軽でも手先あんま器用じゃないイメージだから向いてないのかしら!?」
「うるせぇなぁ」
なんでこいつはこんなにうるさいのだろう。
早く死ねば良いのに。
「イケちゃん! さっそく働くわよ!」
「またか」
今度は何を買うのかと思えば得に欲しい物はないそうだ。
働くのが目的なんだとさ。
わけわからん。
「働くことに意義があるのよ。人々の暮らしに溶け込んで、皆と同じ視点でものを見て、生を実感したいのよ。そうすれば、より今を生きる人々の為に犠牲になれる私、超カッケーって思えるじゃない?」
「よくわからんが、それはお前のやる事だろう。俺が付き合わされる理由がわからん」
「そんな暗いこと言ってんじゃないわよ! さっそく就職活動するわよ!」
で、数日ほど働いた。今度はバナナの木を買う予定が無いからと、金を溜める必要も無く稼いだ先から消費しているが……
「和食いいよね」
「知るか」
こやつ、稼いだ金の消費は物の購入ではなく食道楽に当てるようだ。
俺たちの体は生物と作りが違うので、飯を食ってクソとして出して世の中に循環させるように出来ていないので、細かく考えると俺たちの食事は、無駄を通り越してこの世界にとって害悪とも言えよう。
が、まぁこんな小さい単位での消耗なら、100万年や1000万年経とうと世界にどう影響が出るわけでもなし。別によかろう、とも思う。
「そんな細かいことより、和食美味いなぁって感動は無いの? 職人の技よ、この刺身とか。めちゃ美味い」
「だから、どうした。としか思えんがな」
バカは行く先々のメシを食いながら、やれ素材の鮮度が良い、作り手の腕がどうだ、あえて素材の良さを活かしたか、等等と。
やたらと食ったものを絶賛することもあれば、女将を呼べ! このあらいを作ったのは誰だぁっ! と、料理人に文句を言いに行くこともある。
何を考えているのか、本格的に判らん。
「判らないかなあ! この繊細な味が! 私はやっぱ洋食系より和食が好きだわ! なんつうの? 素材の味を活かした感じとか? ベッタリと味付けした奴は不味くないけど、味は調味料の味よねー、ってならないかしら?」
「どれもこれも、俺には同じにしか思えんよ」
俺の言葉にバカは憤慨して、これはどこがどう美味い、この食べ物は視覚的にも美しい、品を出す順番とタイミングが絶妙、などと、色々言うがどこまで本気なのか……
俺たちは生物ではない。ゆえに生物の違いなんぞ意識しなければ判らないはずなのだ。
例えば絵を見たとする。どこそこの風景画で、どのような技術を用いて、その絵を描いた物が己の見た風景をどう表現したかなど。わからないでもない。説明されずとも、俺たちはそれを理解できよう。
しかし、俺たちにとっては、その絵がどういう物であっても、最初に持つ印象は『紙と塗料』でしか無いはずなのだ。
別に芸術的センスが無いだとかではない。俺たちはモノと関わる時に、まず本質からしか触れることが出来ない。
現にこの女は俺の両腕が無い事に気付いていなかったし、今もその事を気にしていない。俺が両腕の有無に関わらず俺であるから。
だから、どんなに沢山の人の世の営みとやらを見た所で、本来ならこいつがそれらに抱く感想は『生物がそれぞれ、己の生きることが出来る環境で、ただ生きている』と、その程度であるはず。
はず……なのだが。
「むうっ、これは何? 出汁の取り方は完璧、調味料の配分も申し分なし。酢を使っているけどきつい香りを巧みに隠している……全体に香りを抑えながらも微かに何かの香りがある……これを作ったのは誰だぁっ!」
「わー! お客様、厨房に入らないで下さい!」
「貴様か!このシャムッ……ニャンコ先生を試そうとした者は! この香りは木の実を酒に漬けて、木の実の色と香りがついた酒をツユの中に入れたな! 問題は木の実だ……何の木の実か……桑の実だ! そうだろう!」
「え、まぁそうですが……」
「ふっふっふ、このニャンコ先生を試しおって、こしゃくな奴よ」
「何言ってんのこの人」
……食っていた料理に何を思ったのか、ドスドスと足音を立てながら厨房に突っ込んで、その料理を作った料理人にどう作ったかなどと問い詰めている姿を見ると……本当にわけがわからない。
作られた料理に対する理解なんぞ、確認せずとも理解できるだろう。わざわざ料理人に問いただすまでも無く、その料理を解析すれば良いだけなのだから。
それなのに、あいつはわざわざ五感を使って料理の調理法を言い当て、どや顔で料理人を褒めていたりする。
料理人はすげえうざそうな顔をしているが気付いていない。
その姿は、見ようによっては、まるでこの世界に普通に生きる生物そのものだ。
こいつはひょっとして生物にでもなりたいのだろうか。
もしこいつが生物となりたいというのであれば。
なるほど、今の世界を見て回りたいなどというのは、自分の死を回避するため、あるいは先延ばしにするための『悪あがき』だったのか?
「ふっふっふ、この私を試しおって、生意気な店よ。わあっはっはっは!」
クレームではないのだろうが、突然乗り込んできたバカに対し、厨房の人たちの迷惑そうな視線を向けていたにも気付かず、バカ笑いするバカ。略してバカ。
バカはわざとらしい笑い方をしながらも、満足いったようで席に帰ってきて残りのメシにも手を伸ばす。ついでに俺の前に出されている料理にまで手を伸ばす始末。
俺は別に栄養を摂取せんでも問題ないし、いいんだけどな。せめて一言入れてから手を伸ばせよ。
「むしゃりむしゃり……ん? あ、食いたかった?」
「そうじゃねえ」
ならいいや、とテーブルに並んだ飯を腹の中に流し込んでいくバカを見て、俺の考えが正しければこの茶番はすぐにでも終わるかと思った。
「おいバカ」
「くっちゃくっちゃ、ごくん。ニャンコ先生と呼びなさいっての」
「んなこたどーでもよかろ。それよりお前は死ぬのがいやなのか?」
もしそうなら、俺がこいつの変わりをやれば良いだけだ。
なんせ俺は最後に作られただけあって、こいつや残りの9体の同類どもよりも、能力の面で全てが上回っている。
こいつに出来て俺にできない事は無いから、こいつの代わりを俺がやれば、こいつは死なずに済むだろう。
そうすればこの面倒な茶番に付き合う必要は無くなるわけで。
「だったら俺が代わってやる。その後で勝手に生きれば良いだろう」
そう思って話を持ちかけたわけだが。
俺の予想なら、こいつはむしろ、それをこそ望んでいて。自分が死ぬのを俺に肩代わりさせる為に、今までつまらん事をやっていたのだろうと思っていたのだが。
「きさまっ! このニャンコ先生を侮辱するか!」
なんか怒られた。
「まったく! この私も舐められたものだわ!」
あの後、店でテーブルをひっくり返したりして、バカが暴れたせいで店から蹴り飛ばされ、結局逃げるようにあの国を後にした。
俺は元々あの国にいたい訳でもなく、バカはバカで別に執着心がある訳でも無し。大人しく国から脱出した。
しかし、それでもバカは機嫌が直っていないようで、今も雲の上を飛ぶ船の中でぷりぷり怒っている。
「私が死ぬのが怖くて、ダラダラと次の展開を引き延ばしてると思われるなんてね!」
違うのかよ。
「違うわよ!」
「そうか」
ならば別にどうでも良かろう。
こいつの満足するポイントがわからん以上、こいつの目的が果たされるまでの時間を、まだまだ付き合わなければならんのが面倒ではあるが。
「……いやいやいや。イケちゃんさぁ。もうちょっと気にしないの?
死ぬのが嫌で、先送りにする為に世界を見回ってると思っていた、でも違った。だったら彼女は一体何の為にこんな事をやっているのだろうか? 知りたい。とても知りたいなぁ!
とかさ、そういう感情ねーの?」
「ねーよ」
うざいと思ってるだけで。
「ッキィー! 何なのよ! 私の変わりに死ぬとか殊勝な事言ったから私の事好きなんだと思ったのに!」
「ねえよバカ」
俺の返事がよほど気に入らなかったのか、バカはバナナを食った後、その皮を俺の顔面に叩きつけてから、次なる目的地へと向けて船を動かす。
「……舵輪とか合った方がこういう操作って雰囲気出ると思わない?」
「思わない」