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9・お巡りさんアイツです

 国一つ分の土地を浮かして動かす。

 言葉にすればこれだけ、単純でたいした労力のかから無い仕事に思えるがそうで無い事はやってみてすぐにわかった。


 まず、イケちゃんは基本的に乗り物酔いをしない。

 普通の生物のような『限定された環境』以外では自分を保つことも出来ない不安定な存在ではないからだ。

 ヒューマノイドに限らず生物というのは基本的に自分にとって安定した空間でなければ生き死に以前に十全な健康状態を保つことさえ出来ないものだというのをイケちゃんはすっかり失念していたのだ。


 ゆえに、最初は簡単に島を浮かして動かすぜー、なんてやっていたらイケちゃんが気にならないレベルでの揺れからドスコイ国の国民の皆様が国酔いをしてゲロ吐いた。

 だからすぐにドスコイ国の国民の皆様が安心して暮らせるようにと安定飛行を心がけた。

 次に、大地が動いている移動感にストレスに感じて精神的や肉体にダメージを受ける人も居るのでそういった移動感を一切感じさせない結界も張った。

 その他色々と出る問題を即解決して移動から半日もかけずにほぼオートでドスコイ国は空を飛ぶようになった。

 エイエイオーであれば雲海の下の大地の形状から来る気象の乱れなど気にせずに飛べるがこの国はそうでもなさそうなので気流に上手く乗せながら安定させて飛ばす必要もあったがそれも終わった。

 何か問題があればその都度の対応でどうとでもなるだろう。


 そうなればイケちゃんは後はこの国の散策を楽しむだけである。


 部屋に篭ってミツキやンヌキとチョメチョメ(えろえろ)な行為をするのも悪くは無いと思っているがそれはいつでも出来ることだしイケメンとしてあんまりがっつくのは良くないかも、と自重しているのだ。紳士ゆえに。

 あとミツキとンヌキはイケちゃんの漏れ出たオーラが混じって多少変質したとは言え体力はイケちゃんと比べると凄く弱いため激しいプレイを長時間やってると少々体にダメージを感じるようだ。『壊れちゃう~』みたいな感じで。

 なので日中はミツキとンヌキを伴ってデート感覚で町を散策するイケちゃん。外国の町を歩くのは旅の醍醐味でもあることでもあるし。


 ドスコイ国はもう国という体裁を取れるギリギリ程度の人口。首都にほぼ全人口が集まって何とか暮らしていけるくらいの国でしかなかったけど昔は豊かな国であったことから今でも最低限の自給自足も出来ているし、今となっては助かることが約束されているような状況だけあって国民の顔は明るい。

 少し前まではどうしようもなく滅びを待つだけの国だったとは思えまい。

 たとえ移住先が見つかっても一度に運べる人数には限りがあり、空の旅というのは基本的にこの世界でも危険と言われている為にどれ程の人間が新天地に辿り付けるかという不安もあった。

 しかしその不安もイケちゃんが解決して、あとは時間が経つだけで新天地にこの土地が横付けされて歩いて移住できるという。

 そうなれば完全に不安も解消され国民達は希望を持って生きることが出来て一件落着といったところ。


 ドスコイ国で異常発生したモンスターの除去と発生原因の解決、さらには国民の移動まで面倒見てもらえばイケちゃんはもはや英雄とか救世主なんて言葉がうんこに思えるくらいのアイドル超人と呼ばれてもおかしくない存在、のはずである。

 しかしぶらりぶらりと散策するイケちゃんにドスコイ国の皆様が向ける視線の中に尊敬の色はあまり見られない。


 何故か?

 答えは簡単、ケモナーだからである。イケちゃんが。


 この世界はヒューマノイドの種類は大昔の神様が作ったといわれる11種を基本とし、ハーフやクォーター、さらには突然変異の一代限りの亜種なんかもいるのだが、それでもヒューマノイドの生物同士でイチャつくのは通常性癖とされている。

 当人のミツキやサミングも知らないことだがサミングの遺伝子的な意味での父親はドワーフだったように『違う種族のヒューマノイド』相手でもロリコンや同性同士でもなければ通常性癖だ。

 ちなみにどうでもいいことではあるがサミングが年齢の割りにちびっこいのは父親のせいではなく単純な個人差である。ハーフとして両方の影響が出ることもあれば片方の影響しか出ないこともある。


 ともあれ、この世界においては基本ヒューマノイドが乳繰り合うのはヒューマノイド相手というのが普通なのだ。

 なまじ獣人のように毛がフサフサで骨格も4本足の方が動きやすく筋肉もしなやかで、ケモっぽい人間が居るのだからあえて獣そのものに手を出すような冒険野郎は存在しない。

 現実世界であればちょっとした変態のケモナーも獣人が居るこの世界では『獣人が居るのにあえて獣そのものに手を出すとかありえぬわ』と、ドン引きされる存在となってしまうのだ。

 なんと世知辛い世の中であろうか。


 敵を払い原因を取り除き安全を保障してくれたイケちゃん。

 しかしケモナーというマイナスポイントがあるだけで国の人からは尊敬の色が消え去ってしまうのだ。

 ルックスはイケメンだし性格もバカだけど明るくそこそこ社交的、しかも救国の英雄という超優良物件でも女の人はイケちゃんを見たら一歩後ずさったり子供が近寄らないように避難させ近づけないようにという扱いを受けてしまっているのだ。

 ひどいやつらだ。


「はい、イケちゃんバナナ」

「あーん、むしゃりむしゃり」

「主殿、お口が。ぺろりぺろり」

「おっとすまんな、そらお返しにペロペロ」

「イケちゃん私もー」

「ほらこっち向きなちゅっちゅ」


 と、まぁ言葉だけならリア充爆発しろってレベルだがその内の一人が犬なので周りの人は


「見ちゃいけません!」


 などと言った反応である。

 当然の反応ではある。


 当たり前だがイケちゃんは回りからの反応には気付いている。しかし好きでもない生物に何と思われようとも何も感じないので平気なのだ。

 ミツキはアホで鈍いので周りの視線なんて気付かない。

 ンヌキは元野生動物だけあって勘は鋭いが自分に向けられる視線から身の危険を感じないのであればスルーするくらいの図太さもある。


 つまり、イケちゃん一行は周りの視線がどんなものでも空気を読まずにイチャイチャと町中を散策できるのだ。

 ドスコイ国の人々が恩人であることを差し引いた上で一行を煙たがるのを引き換えに。


 ここで普通なら


「助けてもらったとは言えあんな変態が英雄なんて歴史に残すのは国の恥だ、事が済んだらぶっ殺そうぜ」


 とかなりそうなものだがそんな事にはならない。

 何せイケちゃんは余裕で国を浮かせるようなバケモノなのだから。

 人質を取って自殺させるという案だって現実的ではない。イケちゃんは動こうと思えば光より速く動ける以上人質を取っても即回収されるのがオチだからだ。

 いや、そもそもイケちゃんはあれで自分の彼女に対する害意には超敏感なので一見すると隙だらけでも全然好きなんて存在しないので人質に取ることがまず不可能である。


 ゆえに、どこかギスギスした空気を孕んでドスコイ国は空を飛ぶ。

 国の人々は国が助かることで明るいとは言え助けてくれたのが変態という十字架を背負い、なんとも言えない気分に陥ってしまっている。

 このままではイケちゃんが国を去った後、後味が悪くなってしまう。

 果たしてそんな嫌な状況を改善する手は有るのだろうか?


 実はある。

 ドスコイ国がめざす新天地たる島に。








 サミングは地割れに飲み込まれ島の地下空洞に落っこちた。

 何故か? ドラゴンが死んだからだ。

 ドラゴンの死体がサミングのビームの影響で変質してしまった為に島の中身に隙間が出来てちょっと凹んでしまったのが原因で地割れが起きたが、幸いな事にドスコイ国の開拓者の人たちは島の外側に居たので中央あたりがボゴッと凹んでもそれ程に影響は出ずに済んでいたので死者はいない。


 一方サミングは日の光も届かない地下空洞で大冒険の真っ最中である。

 視力が用を為さない暗闇でも周りの景色を知覚する能力はあるので暗くてもへっちゃらだ。

 サミングが地下で何をしているかというと探し物である。

 ミイちゃんの知識は古いので今時のドラゴンに当てはまるのかどうかは不明らしいが基本的に本来ドラゴンは生物の形をした一つの世界とでもいえる存在のため、死ねばドラゴンの支配していた空間は生命が溢れかえりあらゆる正の力が満ちるという。

 だからこの島の自然もドラゴンの死後、更に生命が溢れ帰り向こう5000年以上は右肩上がりであらゆる生命にとって力が満ちる事になってしまうらしいのだ。このままでは。


「いい事じゃない」


 と、最初その説明を聞いたサミングは思った。

 しかしミイちゃんの更なる説明によればこのまま放っておけば生命体の生命活動が活発になりすぎて逆に悪影響を与える事になるらしい。

 新陳代謝が活発になりすぎて今有る命が古くなってもいないのに新しく生まれる命のための材料とされてしまいかねない。

 植物で言えば木々が枯れ腐り朽ちて土に帰り養分となり新しい命になるのが普通の循環だろうが、今のままだと土に植える前の種の時点で次の生物への糧になるために無理して種から次の種が生えるような急ピッチな循環になってしまうのだ。

 人間タイプで言えば、母親の腹の中に発生した赤ちゃんが次に生まれる赤ちゃんを産む為に妊娠を開始してるような無茶ップリとも言える。

 そんな状況でまともに生きていられる生物がいるわけが無い。


 説明を聞いてサミングは焦った。めっちゃくちゃ焦った。

 私のせいでこの島全滅じゃんッ! と。


 しかしドラゴンの死後まだ時間は経ってないし死体パワーが世界に馴染む前にドラゴンの心臓を回収し、その心臓をドラゴンより上位の存在が自分の所有物であると主張すればドラゴンの死体から漏れる力も適度に抑えられるという。


 だからサミングは地下空洞でドラゴンの死体から心臓を回収すべく大冒険をやっているのだ。

 ミイちゃんが言うにはドラゴンの心臓とは動物の臓器そのものというわけでもなく、ドラゴンの力の源的なモノであり、普通は球状をしているそうだ。

 その話を聞いてサミングは歌う。


「探そうぜドラゴンボー」

「それ以上いけない」


 けど止められた。



「あれからどのくらいの時間が経っただろうか? 10分? 20分? ひょっとしたら1時間も経っているかもしれない。

 私は焦る。一刻も早くドラゴンの心臓を回収せなあかん、と。

 地下空洞の暗闇は飲み込まれるような闇というよりも来る物を拒絶しているような空気にすら感じられる。

 果たしてこの感覚は気のせいなのだろうか? ドラゴンを殺した私に対する世界からの嫌がらせではないだろうかという疑念が頭をよぎる。

 でも私は足を止めるわけには行かない。

 私がドラゴンの心臓を回収しなければこの島は人が住めるような島じゃなくなってしまうのだから」

「あらすじみたいな独り言ですね」


 一見すると余裕ありまくりに見えるサミングだが体力的と違い精神的には結構ダメージを受けている。

 と、いうのも自分のせいで島一つ滅びるなんて真剣にヤバイと思っているのだ。



 これがサミングの養父であるイケちゃんであれば


「まぁそういう事もあるわな」


 で済ましてしまうのだが。

 あの男は一見するとただのアホだがああ見えて生物じゃないだけあって精神性そのものが人間とは違う。

 仮に自分が原因で世界が滅ぶとしても


「そういう事もあるか」


 で済ましてしまうほどだ。

 今は大事な物も出来たのでミツキやンヌキの為に色々考えちゃいるが生物じゃなくとも自分を含め万物は移り変わりゆき、いずれは自分にとっても生物にとっての死のような終わりが訪れるのを判っているのでそれが多少早まるか遅くなるかということには頓着しないのだ。



 しかし幸か不幸かサミングはイケちゃんとは違う。

 肉体の構成材料が変質したとは言えまだまだオーガとしての価値観やらを持っている。

 だから島一つ分の命を重くかけがえのないものと認識し、なんとしてでも島を救わねばと息巻くのだ。


「つってもドラゴンの死体なんてどこにあるのよ……気配で探ろうにもわからないし」

「ふむ……死体といえどもドラゴンが相手であれば普通はそういうものを感じるはずなのですがね。特にドラゴンの心臓といえば発するエネルギーが桁違い、心臓をむき出しにしてるだけでもその半径1キロ前後は悪魔と戦えるフィールドになっていたほど。

 生物に無理矢理ドラゴンの心臓を移植して人造ドラゴンを作ろうという研究も失敗により研究していた惑星とその周囲の星々が消滅するほどのエネルギー体。

 あんな目立つ物があれば屈強なドラゴンの死体でカバーされていても見つかるように思うのですけどねぇ」


 最初、目的のブツが見つからないのは自分の未熟が原因かと思ったのだがミイちゃんでも見つからないのならばそれ以外の理由なのだろう。

 サミングはミイちゃんが途中から何言ってんだかサッパリだし興味も無いのでスルーしていたが見つからないことが重要なのだ。

 探すだけでも精神的に疲れるので気分転換、ついでに確認でもしようとサミングはミイちゃんに探しているドラゴンの心臓についてくわしく聞くことにした。


「ミイちゃん、念のため復習だけど。ドラゴンの心臓とやらは球状でなんかエネルギー? ってか気配? があって見たらわかるのよね? 私くらいになれば」

「はい、余裕のはずです。サミング様も何だかんだで察知能力はギリギリ最低限レベルには成長しつつありますし」

「……で、球状ってのは良いとして。サイズはどのくらい? 色は? 表面は滑らかなのかしら? それともザラザラ? ヌルヌル? 硬さは? カチコチ? ぷにぷに?」

「大きさですか……それはドラゴンの力のサイズによりますからなんとも。参考までにエイエイオーに使われているスジャータの心臓は野球で使うボールくらいの大きさでした。スジャータ自身はサメ型で全長700メートル級のドラゴンでかつてのイケちゃん様の友でもあり強力なドラゴンでしたが死ぬ間際で力の殆どを失った状態であったために残された心臓は小さかったのです。色に関しては黄金です。これは個体差ではなくなぜかドラゴンの心臓はみな透き通った黄金色をしております。硬度は硬いですね。触った質感はカチコチと言ったところでしょうか。表面はツルツルで人間的な表現で言えば肌に吸い付くような滑らかさです。そしてどことなく暖かい、と」

「ふむ、こんな感じかしら?」


 とりあえずミイちゃんの説明から大きさ以外は結構個体差があるということを知ったサミングはミイちゃんにボールを見せた。

 大きさはバスケットボールくらいで黄金色に輝くボール、向こう側が透けて見えるボールのその滑らかな表面は触っていて気持ちがよく程よく温かみを感じる。

 かなりの硬さがあるようで爪でコンコンと叩くといい音がしてクセになりそう。

 とりあえずそんなボールをミイちゃんに見せてサミングは思った。


「はてな」


 これどこから出したんだろう? と。

 ついでにこれミイちゃんの言ってた条件に該当するんじゃない? とも。


「それです」

「あ、さいですか」


 目的のブツは見つかった。

 ここに、サミングの地価洞窟大冒険は幕を下ろすのであったとさ。

 ちゃんちゃん。





「てな事があったのよね」


 アハハと笑いながらエイエイオーのバナナの木から採れたバナナをムシャリムシャリとおいしそうに食べるのはサミング。


 地下空洞からの脱出後は来たるドスコイ国の皆様のお迎えの為にと、居住区を作るのは時間と人員的に不可能なので平らな場所の木々を伐採しまくり地面をならし、形だけの屋根を作りなんとか寝泊りできるスペースを大量に作って過ごしていた。

 先発の開拓者軍団の人たちにはサミングがドラゴン殺しをしたことやドラゴン心臓を回収したので島の生物にも特に影響なさげという事を説明してやっている。

 ドラゴン殺しとか超スゲエ! とサミングは開拓者軍団の中で尊敬を集めるに至った。

 仕事をさせても不眠不休で常に常人とは比べ物にならぬパワーで働けるサミングはオーガ型重機とでも呼べる存在となり大いに働きまくった。

 島の調査もしたかったけど、ぶっちゃけサミングのドラゴン殺しのせいで今は島が安定した状態でもないので調べるのは後からにしたほうが良いという事になったのだ。


 そうしてドスコイ国を迎え入れた日、衝突の衝撃とかを心配したものはいたがイケちゃんの運転技術は半端なく、ビタァ! と何の衝撃も発生させずに島と国を接触させてみせた。

 国民達は最初はおっかなびっくり、慣れて来たらわいわいがやがやと朝から夜から民族大移動に励んだ。

 少なくなったとは言え仮にも一国分の人員である。

 財産も含めて考えれば移動にかかる日数は1週間や2週間ではきかない。


 そしてイケちゃんはそんな順番待ちをする気もなかったのでエイエイオーでひょいっと飛んでサミングを迎え入れた。

 サミングを回収しようとした時にサミングと一緒にいた開拓者軍団の人たちが泣きながら別れを惜しんでいたのがなんとも印象的だったイケちゃんはサミングに今まで何をしていたのかと聞いた。


 その答えがサミングの大冒険である。


 イケちゃんは途中から飽きて聞き流していてミツキはアホなので聞いたことは右から左、ンヌキはサムライ系の性格なので


「拙者戦うことしか出来ないでござる」


 などと完全に理解を放棄していた。別に拙者とか言ってないけど。

 これじゃ語ってる意味無いじゃんッ、サミングがそう愚痴をたれたときにミイちゃんがツーと言ったので皆はカーと一発で理解してしまい、サミングの説明は本当に無意味となってしまった。




「ま、なんでもよかろう。この国の人間の移住が済んだらドスコイ国の大地を元有った場所に戻して再び旅だからお前も暫く寝てたらどうだ?」


 ビームを撃てるようになるくらいに成長したとはいえサミングは寝て覚えるタイプだろうから体に不要でも睡眠時間を大量に取っておくべきなのだ。

 そういう事を言ったらサミングは何故か憤慨した様子で


「この国の人たちこれからが大変なんじゃない! 何とかしようと思わないの!?」


 なんて言ってきた。

 ないよ、とイケちゃんが答えるとズコーッとずっこける辺り、サミングの中ではドスコイ国の人たちの手伝いをすることが決定付けられていたようだがイケちゃんからすれば十分以上にやる事はやっているはずなのだ。

 更にドスコイ国の女はどうも食指が動かないので長居したいと思える国でもないぜ、その事を言ったらサミングはプリプリ怒って出て行った。


 ひょっとしたらサミングはこの国に残るつもりかもしれない。

 ま、サミングが選ぶ道ならそれも良かろうとイケちゃんは思うがミツキはどうだろうか。

 聞いてみればミツキとしてもサミングがこの国に残るなら寂しいけどそれが独り立ちして選ぶ進路という事で受け入れるそうだ。

 ミツキ自身はイケちゃんと引っ付いていたいしサミングも大事だけど個人の意思は尊重したいしと結構微妙な所である。サミングがここに留まるのなら会いたいと思えばいつでも会える、そう考えれば開拓者を目指されるより良かったかもしれないと納得する事にしたようだ。

 ンヌキは自分の子供はもう死んでいるし、子供を子供として母親が大事にする環境に育っていなかったためにミツキの心境がわかり難いみたいだが空気を読んで発言は控えている。

 何となくモヤッとした後味の悪さを感じるがサミングとはここでお別れという事で納得するイケちゃんであった。



 それから約一月、もうドスコイ国の国民も家畜も移住完了、それどころか新天地の方の島でも数は足りていないながらもそこそこの住居も立ち始めている。

 なんだかんだで滅びの一途を辿っても諦めなかった国だ、国民のバイタリティは高く行動が素早い。

 きっと20年もすれば人口も増えて豊かな国になることであろうよ。


 もはやこの国にいる必要性は無いと思ったイケちゃんはエイエイオーを操作し元ドスコイ国の大地に着陸させる。

 この大地も雲海に沈めて捨ててしまってもいい気はするが、基本的にあるべきものはあった場所に戻しといた方が良いという思いも有るし、元ドスコイ国もちゃんとあと4~500年も経てば土壌が回復して人にとって住みよい土地となるのだから元に戻しといた方が良いだろう。


「さて、出発だが……ミツキ。サミングには」

「大丈夫、あの子ももう自分で選んだ進路だから。それに会いたければいつでも会えるしね」

「……そうか。ま、ミイちゃんもつけているから危険も無いだろうしな。じゃ、行くか」


 国の代表者辺りにでも話をつけてから出るべきなのかもしれない。

 まだ元ドスコイ国の大地から取り残しがあるかも、なんてのはイケちゃんに言うことではない。

 イケちゃんの知覚能力でこの大地にヒューマノイドが残っていないこと、国民が持って行くべきものは全て引き取られた後という事はわかっている。

 それに別れの挨拶をするほどこの国に対する思い入れもないしンヌキも一族との縁はとっくに切れているとの事なので別れを惜しむ相手はいない。


「んじゃ出発ー」


 だから離れるときは行きと違い揺れも気にせずにかなりの速度で国をかっ飛ばした。

 行きは国民の事を考えて揺れないようにだとか動いてる感覚が出ないようにだとか気を使ったが今やその必要は無い。


 すぐに島が見えなくなり、サミングとの別れをどこか寂しく感じていたら後頭部に車輪がぶつかった。

 車輪というかバイクの前輪か。

 そのバイクはイケちゃんがエイエイオーに置いてあった筈のチョッパーである。

 そういや最近運転することも無かったけど船の中に無かったな。と思い出す。


「ちょ、サミィ? どこから出てきたの?」


 イケちゃんは冷静だがミツキは冷静ではない。

 というか冷静でいるほうがおかしいのだ。だってサミングは何も無い空間から表れたのだから。

 イケちゃんが驚いていないのはその現象がワープによるものだと知っているからである。

 ワープをここまで制御できるようになってたんだ、とは思うがそれだけだ。


「ワープ空間から出てきたわ! ていうかお母さん、お養父さんもだけど……なに私を置いてけぼりにしてんのよ! ちょっと焦ったじゃない!」


 人の後頭部にぶちかましを決めたことを悪びれもせずにサミングが怒る。

 イケちゃんからすればまずは謝罪の言葉が聞きたいところであったがあえて気にすまいと寛大な心で許してやるけど。


「まぁ待てミツキ。ついでにサミングも。お互いなんか言いたいことがあるのだろうがまずサミングは地面に降りろ」


 サミングは未だに前輪をイケちゃんの後頭部にぶつけた体制のままである。後輪は地面についていない。

 バイクはまるで時間が止まったかのようにイケちゃんの後頭部に激突した瞬間のままの体制で止まっているが、ここら辺はサミングが自分の体を上手く使えるようになったことの表れである。

 そう、私はすっかり自分の体を完全以上に操れるようになっているのかも知れない」


「かも知れない、じゃなくてどけっつってんだよ」

「あ、めんごめんご」


 へへへとまるで反省してるように見えない態度でサミングは後輪を地に着け着地する。

 そんなサミングにギューっと抱きつくミツキ。サミングも最初は恥ずかしがってたけど何だかんだで仲良し親子。離れ離れより一緒にいたいのだ。


「んで、お前あの国に残ると思ってたんだが」

「はぁ? 私そんなん言ってないわよ」

「言ったって」

「言ってたわ」

「言ってないよう!」


 言った言わないの水掛け論。

 これは現代社会でも形に残る文書、あるいはボイスレコーダーの録音機でも無ければお互いの主張は平行線となる定めの争いである。

 普通なら。


「そんじゃ過去の音声そりゃ出て来い」


 イケちゃんはちょっと位の過去の出来事なら情報を今の時間に引っ張り出せる。

 ましてやそれが自分のした会話で有ればもっと楽ちん、ってなもんだ。


『お養父さん、この国の人たちを助けようとか思わないの!?』

『思わない』

『何言ってるのよ! ここで人助けしたら英雄よ!? 崇められまくりよ? 感謝されまくりたいとか思わないの!?』

『思わんな。この国はぶらっと回ったけどイマイチ人のノリが良くないし。感謝されるよりミツキに顔射したい』

『キャッ、えっちぃ』

『あ、主殿! 私にもお情けを……ッ』

『フッ、俺を誰と思っておる。お前ら纏めて面倒見たるわい』

『キャー! 素敵! カッコイイ! 抱いて!』

『は、はいっ! や、やさしくしてください……』

『うるせぇえーッッッ! ちょっと黙ってろ変態ども! 私はこの国の事を話してるのよ!』

『はいはい、ミツキもンヌキもガッカリしない。今晩ガッツリやるから。で、サミングはどうしたいんだ』

『私は! 崇められる為にこの国で色々やるのよ! じゃあねッ!』

『ふーん、じゃあお前の旅はここで終わ……聞かずに出て行きおった。まぁミイちゃんも付いてるし良いか』


 音声だけでなく映像も出そうと思えば出せるが今の時点では必要あるまい、そう思い音だけでお送りしました。

 これがサミングが出て行く前の会話である。

 ちなみにこの時エイエイオーから出て行く前にイケちゃんのチョッパーをちょろまかして行ったのだ。

 族車はカッコ悪いからいらない、との事である。


「とまぁこんな感じなわけだが。お前はあの国に残って崇められたいんじゃなかったのか?」


 文明があんまり発達してない国なら神様気取りだって出来るくらいの能力はあるはず。

 だからこそ、サミングを置いて行くにしても心配が少なかったのだ。


 それに対して違うそうじゃないと反発するサミング。


 イケちゃんたちはてっきり恒常的にサミングがあの土地に残り続け、あの国の民に崇められる存在となる事を望んでいると思っていた。

 が、しかし。

 サミングは別にあの国に恒常的に常駐していたいわけではなく、あくまで一時的な関係でいたかったらしい。

 世界中の全員が絶対そうだという事でもないが、基本的にどこの国のものでも新大陸は発見されてすぐに名前が付くわけではない。

 ある程度の人が住み、そうなる過程で起こった出来事や活躍した人物にちなんだ名前が島や国の名前となることが多いのだ。

 ひょっとしたらあのラリアット王国だって初代国王の得意技がラリアットだったのかもしれない。そういや現国王もラリアットが得意技だったっけ。


「それは置いといて、建国……せめて移住とか島に住み始めの黎明期に大活躍していれば私の名は島に深く根付くんじゃないかと思ったの。その考えは正しかったわ!」


 ドスコイ国の人たちが島にやってきてからもサミングはメチャ頑張った。

 不眠不休で働けるものの周りの人にプレッシャーを与えないように休む時は休むフリをしつつ、動く時は誰よりも働いた。

 そうやって短い期間である程度の足場を固めサミングはドスコイ国の人々から絶大な支持を集めまくった。

 もうこの国に骨を埋めてくれとか言われるくらいだし男からも求婚されまくるしで大変だったが好みの男は年下の可愛い子なサミングにとってドスコイ国の人々は食指が動くタイプではなかったので全部断った。

 サミングは元々開拓者なのだし一所にじっとしているつもりも無いのだ。


 日々は過ぎ、移住騒ぎにもひと段落つき、ある程度落ち着いたので祭りが開かれる事になった。

 昨日の事である。


 その祭りでこの島の名前及び新しい国の名前を決めようという流れになった。

 サミングはちょっと位は、島か国の名前に関われるんじゃないかなーと期待してないわけでもなかったが、まさかあんな事になるとは思っても無かった。


 島の名前がメツブシ島で国の名前がメウチ国という名になってしまったのだ。

 両方とも自分の名前(サミング)じゃんッ! とえらい驚いた。


 なんでまたここまで……と、思ったら。


 まずサミングは襲われ開拓者たちを助けて、国に島の情報を持ち帰らせる切欠を作ってくれた。

 さらに新しい島に着くまでの旅で国の周りに巣食う空賊どもも一網打尽にしてくれた。

 その上島にいたドラゴンを倒し、そのドラゴンの心臓が島の生態系に悪影響を与える前に回収して島を救ってくれたのだ。

 まぁドラゴンに関してはサミングが手を出さなければそのまま世界と同化して特に自然に影響を与えることも無かったらしいとミイちゃんに聞いてたけどそこら辺はバカ正直に話さないほうが良いよね、と思って黙っている事にした。


 この段階で国の名前か島の名前のどっちかにサミングの名前が入ることは決定付けられるくらいの大事なのだ。


 そして次に。

 イケちゃんが国ごとここに飛ばしてくれた為に、本来なら何十年かけて移住する計画になったかもしれない移住があっという間に終わった。

 それどころか故郷でのモンスター災害を止めてくれて、モンスターと戦っていた一族の連れていた大山犬の生き残りも助けてもらったのだ。

 ドスコイ国の人たちは皆それを感謝していた。

 ただイケちゃんの変態性癖だけは付いていけなく、自然と距離を置くような態度を取ってしまったが感謝したいとは思っていたのだ。

 感謝したいけどばっちいから近寄りたくないなぁ、目にも入れたくないなぁ、あの変態ケモナーなんとかならんかしら?

 そう思ってドスコイ国の人々は日々を過ごしていたのだが、イケちゃんに直接感謝できなくてもその代わりに娘のサミングに感謝を伝えて間接的に感謝しようぜ! という流れになったのだ。

 本人に感謝すりゃいいのに、と思うがここら辺はお国柄といえよう。

 ケモナーを気色悪く思う国民性と、ついでに誰かに感謝したのなら本人に返すだけでなくその人の家族にも感謝を伝えようという気風のドスコイ国だから、本人じゃ無くてサミングに感謝を伝えてしまおうという流れに至った。


 イケちゃん国とか名前をつけると国民が全部ケモナーになる呪いがかかりそうでイヤ、あいつの娘は一般性癖だし平気だよね、娘の名前を付けさせてもらおう。

 そんな流れだ。


 ちなみにドスコイ国は人が少なくなっていたのでロリコンショタコンどんとこい、な国風であった。

 精通したら成人、初潮きて暫くしたら立派な大人。とまでは言わないけど若いうちからの結婚で産めや増やせやという考えの国なだけあってサミングの年下趣味という土地によっては


「お巡りさんアイツです」


 な性癖も許容範囲だったわけだ。

 だからサミングを英雄扱いすることに誰も拒絶反応を示さなかった。



「ま、大体こんな感じね。えへん。私は英雄として旧ドスコイ国、今やメツブシ島のメウチ国で崇め奉られる存在となっちゃったわけよ。で、御神体感覚で私の像でも作ろうかという時になっていきなりこの旧ドスコイ国が動き出したから私ビックリ。取る物取らずにバイクとヌンチャクだけ持って急いで大ジャンプって寸法よ」

「ふーん」



 サミングはあの島……メツブシ島に残りたいから何某かをするとか言ってたのではなく、ちょっと立ち上げの時期に立ち会ってドサクサ紛れで自分の名前を島の立ち上げの英雄の末席にくわえて欲しかったのだろう。

 イケちゃんはそう理解した。


 名誉欲というのもあまり自分に縁の無い物なので実感こそわかないが、サミングのそういう姿を見ているとなんともかんとも人間的だなぁと思い、愚かとは思うが不思議と矯正する気も起きないことを自覚する。

 それと同時に、サミングを今の体に馴染ませるのは良いが人間性が変わってしまわないように気をつけなければならないのではという気持ちもわいてくる。

 一応、今のサミングの体を作り上げた時は『死ぬ直前のサミング』を元に作り上げ、身体能力以外の全部の内面も確かに昔のサミングのままに作り上げた。

 だが人間……いやオーガだけど。生物とは基本的に能力の後に性格がくっ付くように出来ている。

 性能の上がった体に調子に乗ってハメを外すくらいなら良いが、性能の違うからだとなった事でいずれ今の価値観がサミングの中から消え去ってしまいかねない。


 ミツキやンヌキも体を変えてしまったし、これから先の長い付き合いで何かの変化があるかもしれないがそこら辺は俺の女。変わってもきっと愛せると思うしまぁ俺様イケメンだしこいつらの性格が変わっても俺から離れるなんてことはあるまいと思える。

 しかしサミングに対しては……別に変わってもサミングの責任とブン投げることも出来そうだけど、なんとなくそうする事に抵抗を感じる。

 せめてサミングの精神がもう少し成長して手放しでも大丈夫と確信が持てるまでは手元に置いておくべきなのかと考え、なるほどこれはひょっとしたら親が子供を心配する心境というやつなのやも知れんなぁ。

 これが親の心境……ミツキ(俺の女)の娘だから、って程度の認識でしか無かったサミングに対して親の心境を抱くようになるとは俺も随分変わったものよ。

 変わった? いつから見て変わったと言うのだろうか? はてな。俺は記憶喪失なので人格なんぞごく最近の物しかなく、変化を感じるほど作り上げられてすらいないではないか。

 ならば変わったというのは勘違いか? あるいは俺の過去の性格にたいして無意識に思ったことやろか。



 などなど。

 イケちゃんの『ふーん』発言には口に出さないが内面でこれだけ考えた上で出した返事としてのふーん、だったのにサミングには不満だったようでギャースカギャースカと喚いている。


「ふーんて……別に狙ってやった事じゃないけどさ。私が英雄になってなかったらお養父さん、ケモナーとしてあの国の歴史の中で気持ち悪いって扱いうけてたかも知れないのよ? 私が英雄だから『英雄の父親』ってケモナー要素を塗り潰せたというのに」


 サミングのこの発言は一応事実である。

 これから先の長い人生でメウチ国による事があっても、サミングの関係者であること。英雄補正のご利益を受けることで優遇してもらえるだろうが、もしサミングの英雄っぷりが今より低かった場合はイケちゃんはケモナーとして立ち寄っても入国拒否をくらってたかもしれないのだ。

 サミングさまさまと言えよう。むしろ言うべきだ。

 しかし。


「そこら辺は別に気にしてないしなぁ。ミツキやンヌキになんか軽蔑されるのは堪えそうだが興味ない相手に何と思われようと別に構わん。歴史なんぞも興味ないし」

「イケちゃん、私はケモナーだって別に気にしないわよ? ていうかンヌキちゃん可愛いじゃない、あいつ等わかってないわね」

「あ、主殿……! 姉君もッ! 私の事をそこまでッ! こ、これからも誠心誠意御仕えします!」

「ふはは苦しゅうない苦しゅうない。よし、何かムラムラしてきたしまだ夜じゃないけど一発やるか!」


 イケちゃんからすればサミングに対する態度が自分の中で確定したことの方がよっぽど重要ごとであり、興味ない国でどんな評価になってるとかは気にするようなポイントではなかったりするのだ。


「やるな! 私の話を聞きなさいよ! そして私に感謝してよ!」

「えー。めんどくさいしそういうのは良いよ」


 正直ムラムラしてきたしやる事したいのになぁとイケちゃんはめんどくさく思いながらミツキとンヌキを抱えてスキップしながらエイエイオーに入っていった。


 もっと感謝しろアホー!

 そんなサミングの遠吠えは誰にも届かなかったとか。

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