7・ツーカー
サミングを含むドスコイ国から発進した開拓者軍団。
彼らの使命は大半の人員が到達した先の新天地の開拓、住み良い環境づくり。
残りの人員は国に引き返して国民をバケツリレーのように何度も何度も新天地に送り込むこと。
新天地となる土地に到着した時、殆どのものが自国以外の土地を見るのが初めてなこともあり感動に震えていたが彼らには使命がある。
何度も何度もバケツリレーの如く国民を送り込まねばならないのだ。
その為に、すぐに補給を済ませドスコイ国へ引き返そうという時になって彼等は揉めた。
その原因はサミングにある。
サミングは開拓者軍団について行ったけど、あくまで開拓者としての経験を積む為と新天地を見てみたいという思いがあったから、なのでサミングはこのまま新天地であるこの島に残って地質調査や植生調査に参加したいという。
それに大賛成なのは島に残る事になる大多数の人たち。次に国民が送られた時に少しでも住みよい環境を整えるためという事で農家や畜産を生業とする者、それに建築やらを生業とするものが大半だが、サミングのように地質調査などをするものも含む。
反対意見を出すのはバケツリレーのバケツ役、とも言うべきひたすら船を往復させる人々。元々8隻からなる大船団の乗組員なだけあり船を動かすだけでもそれなりの大人数になる。
その二つの集団がサミングの取り合いをで揉めているのだ。
すっかりモテモテ逆ハー女である。
とはいえ最初からこうではなかったのだが。
ドスコイ国発の開拓者軍団一行は空を旅していた。
それについていく形でサミングも同行したがサミングの実力を知る元襲われ開拓者以外は外国の子供が遊び半分でやってるとしか見ていなかったくらいだ。
開拓者になりたいという進路希望もせいぜい子供時代の一時の妄言、到底本気で言ってるわけではないのだろうと。
サミング自身は別に他人が自分をどう思うかは気にしていなく、こうでありたい自分であり続けるだけなので気にしていなかったが。
そんなこんなでプカリプカリと船が浮かび空を飛ぶ。
そんな楽しい旅の途中、空賊の襲撃があった。
普通は船団を組むような開拓者を襲うような命知らずの空賊は居ない。空賊は精々一つの空賊団に付き船一隻、多くて二隻といったところの規模なので船団にかないっこ無いのだ。
だが襲いかかった空賊は何と計十隻にも及ぶ大船団。
その数の秘訣はこの近場の空賊は仲間というほどではないが商売仲間として横の繋がり。お互い仲間ではないが情報交換での付き合いくらいはある連中だ。
その情報網にて、ここ最近にドスコイ国の近くで空賊団が一つ壊滅したという。さらにその直後といえるほどのタイミングでドスコイ国から大船団が出航した。
それらの情報を読み取り空賊が立てた仮説が
「ドスコイ国の凄腕の開拓者が新大陸を発見し、帰還中に襲ってきた空賊団を撃退。そしてもはや終わりを迎えるドスコイ国に見切りをつけて国民を新大陸に移住させる計画を立てた」
とか言うものであった。
ドスコイ国の内情は結構有名なだけあり、そこそこに正しい読みである。
んで、空賊は新大陸を欲しがった。
自分たちで資源を食い潰すも良し、大国に情報を高値で売るも良しといくらでも使いでは有る。
少なくとも勝手に滅ぶドスコイ国なんかには新大陸は勿体無い、という身勝手な理屈で新大陸を欲したのだ。
そして船団に立ち向かうために近場の空賊団が同盟を組み、襲い掛かることとなった。
10もの空賊団ではあるが新大陸の価値は10分割しても十分な旨みで誰も文句はでない。
大きい戦いになれば10の空賊団が7か8くらいに減るかも、何てことも軽く考えて取り分が増えるといいなと言い出すものも居る。
そんな空賊団をサミングは接触前に補足、さらにワープを使って自分ひとりで返り討ちにしてやんぜ! と躍り出た。
で、あっちゅーまに10隻からなる空賊軍団を一人残らず皆殺しにしてしまったのだ。
船を傷つける事無くゴミだけ倒す、開拓者にとって空賊退治の際の理想を体現したというわけだ。
一仕事終えたサミングが死体が転がるだけとなった空賊の船をそれぞれワイヤーで牽引させるためにテキパキと動き回ったりワープしたりと仕事をしているときの笑顔で開拓者軍団の男の殆どが
「ポ」
となったわけだ。
まさにニコポ。しかも逆ハー。
大体そんな感じで皆の人気者となったサミングを取り合いするのは必然といえる。
サミング自身は元々生前から新大陸発見派の開拓者希望だっただけあり、自分で発見したわけじゃないにしても未踏の新大陸というのにとても強い関心を持っているのでこの島に残って色々調べたいと思っている。
サミング自身の意思もあるんだから優先しようぜというのはこの島に残る人たち。
だが、ドスコイ国と新大陸を往復する係の人たちは
「空の上の旅、また空賊に襲われたときのためにも付いて来て欲しい。あと俺の毎朝の朝ごはんを作ってくれ」
とか言い訳をしてサミングが自分たちと一緒に行動するように仕向けたがっている。
空の旅は危険なのでその意見も有る意味もっともではあるのだが空賊をあれだけ始末したら暫く近場には空賊居なくなるだろうとも言われ揉めに揉める。
当のサミングは島に残って早く森を探索したりバイクで山登ったりしたいなぁ、と思っているのだが。
全然終わらない話し合いは無視して山とか森とか探索しよっかな。
サミングがそう思ってるとサミングの影からミイちゃんが現れた。
普段は外に出てないけど養父であるイケちゃんと別行動の際は護衛としていつも居るのだ。影の中に。
ヌーっと影の中から現れるミイラマンなミイちゃんの姿にビビる人々。
ミイちゃんはそんな反応は気にせずにサミングだけでなく全員に聞こえる声で言った
「イケちゃん様からの連絡が入りました。目的地に着いたならへたに往復せずにその場で人が住める環境作りを始めて置くように、とのことです」
ざわ……ざわ……
ミイちゃんのその言葉、聞いた者は皆ざわめいた。
そらそうだ、これからが忙しいってのに何言ってんだかって話である。
サミングもそう思ったのでツッコミ入れてやろうと思ったのだが、突然ミイちゃんの目からでた光がお空に巨大な空間表示モニターを作り出した。
「ゲェー! お養父さん!?」
そのモニターに写るのはあの男である。
サミングもビックリだ。モニターに写ってた相手が誰か、とかよりもミイちゃんの目から出た光が映像表示ディスプレイだった事に、だが。
「ミイちゃんの体どうなってんの……」
「サミング様も慣れればこのくらい出来ますよ」
「やだよそんなの」
嫌な顔をしながらもサミングがミイちゃんの目から出る光を手で遮ると空に浮かんだ映像に手形の影が出来る。
指を色々組み替えて狐とかハトとかカニとか遊んでいたらどうでも良くなってきたが。
周りの人たちも最初は突然の展開に全然付いていけなかったのだがミイちゃんの目から出た光を使って影絵を楽しむサミングを見ていたらほっこりした気持になってそこら辺はどうでも良くなってしまう。
そうやってサミングが暫く遊んでいたら痺れを切らしたのかイケちゃんは叫んだ。
『やめんかー!』
「うわ! ビックリした!」
「うわ! ビックリした!」
「うわ! ビックリした!」
「うわ! ビックリした!」
今まで影で遮られて顔も半分くらい隠れていたはずなのに薄っぺらい空間モニターだったはずがそこから立体的に乗り出すようにして出てきて怒鳴るイケちゃんにはミイちゃん以外のその場に居た皆がびっくりした。
ビックリしすぎだろこいつら……そんな呆れ顔で収まるのを待つイケちゃんだが
「ビックリした!」
「ビックリした!」
「ビックリした!」
「ビックリした!」
『お前らいい加減にせえよ』
ちっともビックリが収まらない連中にはちょっとイラッときて声が冷たくなる。
そして。
場も落ち着いたことなのでいよいよイケちゃんは確信に触れる。
なんで開拓者軍団を船を何度も往復させてバケツリレーさせるのを止めるの? という疑問に対する答えだ。
『ツー、とまぁこういう事だ』
「カー、なぁんだそういう事だったんだ」
その言葉で皆が納得した。
ちなみにイケちゃん、本当にツーとしか発音していない。
そんなんで通じるわけねーだろ、と思うだろうがこれはイケちゃんの言語能力によるものである。
普段は空気の振動による音の組み立てで意味の有る言葉としているのだが、実はイケちゃんはこの世界の言語を知らない。習っていないから。
基本的に人間の言葉なんて100年もすれば地味に変わっていくものだ。ましてやイケちゃんはどのくらいかは不明だがもっと長い時間を眠っていたので、過去の言語体系を知っていても今の人の言語を知るはずが無い。
それぞれの土地の温度差や風習などでも地味にマイナーチェンジする言葉、それらを相手にまったく問題なく意思疎通できるのはイケちゃんの能力によるものだったりする。
普通の生物のような空気の振動によって発する音の組み合わせで言葉に意味を持たせて意思を伝えることも出来なくはないがいい加減自分が人にモノを説明するの苦手な気がするというのを自覚しているイケちゃんは面倒なので楽な意思疎通を図った。
普通の生物よりも自然の恩恵を多くその身に受ける龍のような高等生物であれば、意思の疎通はテレパシーのような能力で自分と生体の異なる生物相手でも意思の疎通が出来る。
イケちゃんはそれよりもとても上の上位互換の能力を持っている感じと思ってもらえばいい。で、自分の意思を伝えるのに言葉だけでなく他の要素を孕んだ手段も使ったほうが早いと思った。
だから『ツー』という発音に
「最強な俺様はイケメンすぎて国一つ浮かして動かすことも出来るくらい凄いのだ。
ちょっとお前らの国が不憫に思ったし乗りかかった船と言う言葉もある。せめて新天地に付くまでを面倒見てやろうではないか、そう思った俺はドスコイ国を浮かして移動中なのだよ。
ドスコイ国にいたモンスターは俺が全部消滅させ、ついでにモンスターの異常発生の原因も消してやったとは言えこの国の土地そのものの生命力が枯渇しているのはどうにも出来ん。やはりこの国の人間は死にたくなければどこぞの豊かな土地に移住するしかあるまい。
もっとも、今回はお前らが今居るその土地があるので移住先の土地はすでに目星が付いていて、あとは移り住むだけで良いので楽なものだがな。
ちゃんとこっちの国で許可は取ってある。
だから俺がこの国をその島に横付けしてそのまま歩いてこの国の国民達がその島に移り住めばよい。
一応この大地はお前らを運び終わった後は元あった場所に再び運び、俺達はそのまま再び旅を続けようと思うのでサミングはしばらくその島で遊ぶなり開拓者としての仕事を学ぶなりしているといい。」
という意味を圧縮して伝えたのだ。
普通に考えれば国一つを浮かすとかモンスターを全滅させたとか発生原因も消したとか、そんなん言われて誰が信じられるか。
人というのは例え理論立てて説明され正しい答えを目の前に突きつけられたとしても、今までの自分の常識を守るために中々それを認めようと出来るものではない。
ましてや今回のことは、常識で考えようと非常識で考えようとありえ無い事だらけすぎて、どれだけイケちゃんが真摯に説明したとしても普通は信じられるわけがない。
だがイケちゃんは『ツー』という言葉の中に
「自分の能力ならそれが可能である」
と、目で見るよりも音で聞くよりも頭で理解するよりも心で感じるよりも、何よりも深く染み渡らせるように伝えたのでそれを聞いた者たちは皆
「うわぁ、凄いや」
と、納得できたのだ。
これは別に盲信させたわけではなく、イケちゃんの能力をちゃんとわからせた上で
「あいつならこのくらい余裕なんだ」
そう納得させる部分も込められている。
イケちゃんは基本的にバカだが相手が本当に拒否するのであれば、やらないという選択肢も残している。
たかが国一つであれば小型の虫まで含めた全生命体をまとめて催眠術で操って自分に従わせることも余裕だが趣味ではない。
だから
「俺はこのくらい余裕で出来る。本気で出来る。でも断るなら断っても良い。代案があるならそれに添った形で手を貸すこともできる」
そういう意味の言葉も『ツー』には込めていた。
ドスコイ国でそう言って納得してもらって、今そういう行動をしているという事も含めて。
それらに対する彼らの返事が
「カー」
という答えなのだ。
ちと説明がくどくなった。
しかしこの場で一人だけ違う反応をするものが居た。
サミングだ。
「お養父さん……新しい彼女って」
そんな事言ってない! 筈なのだが、サミングは聞き取り能力、情報収集能力が人間離れしてしまっているのでイケちゃんの
「ことさら隔してないけど口に出しても言ってない事実」
を見事に読み取っていたのだ。
イケちゃんが新しい彼女……ミツキの言うところのハーレム要員をゲットした事。
その彼女がヒューマノイドじゃなくてでかい山犬な事。
元は白い毛だったのが今では黒くなっちゃった事。
何だかんだでミツキとも仲良くやってる事。
あとアクロバティックな体位で3Pを存分に楽しんでいる事など。
サミングからしたら
「知りたくなかったよそんな事……!」
と、思いたくなるような情報だが。
どうやらまだ体の制御が完全に出来ていないらしく、不必要な情報まで無意識に取得してしまったようだ。
イケちゃんとしては直に再会したときに見せ付けてビックリさせたかったのになぁとちょっと残念に思った。
「色々とツッコミたい部分もあったけどあえてスルーしたわ! そして今! 私は! 誰も見たことのない未踏の地へ挑むのだった!」
養父からの通信も終わり、全員がこの島に待機することが決定された。
その中で人が住むための建築物、その土台となる土地の枠決めやら畑を耕すための作業など。
みんなやることは一杯有る中サミングがやるのは大陸の探検である。
遊びではない。
新大陸とは基本的に山状になっている、最初はそうでなくとも500年もすれば広がりが下へ下へと広がり結局は山となるのだ。ちなみにこの大陸は最初から中央に緑生い茂る大きな山がある形で外周部分は結構なだらかである。
学者の間では雲海の海抜が下がっている説、新大陸が上へ上へと延びてる説など多々あるが、今のサミングにとってそれは大して気にするべきポイントではない。
今のサミングが気にすべきは、この島の山状になってる部分の深い森をどう探検してくれようかというお楽しみタイムである。
もちろん遊びでは無い事はしっかりと弁えているため、サミングは単純に山を登るだけでなく植生や地質を調べる予定も有る。
あんまり大それた装備もないので地質よりも植物のサンプルをゲットし、どういう環境では得ているものかを統計を取り、その周りの生態系を調べてみるくらいしか出来ないだろうが。
単独行動ではなく、10人前後のグループが4つ分の計40人とサミング。
それがこの開拓者軍団の中での地質及び植生調査の人員の総員だった。
船9隻からなるだけあってそこそこの物資を積んでいても計1200人くらいの人員の中で立った40人しか調査員が居ないのはバランスが悪いにも程があるのだが人の受け入れ準備のための人員を多く裂かないといけない中ではこれでも多いくらいだ。
で、ここでまた揉めた。
サミングはどのグループに入るべきかとかそういう事で。
山の浅い部分を調べるグループはお客様のサミングにもしもの事があっちゃいけないから俺達と一緒に行動すべきだと主張。
深い部分を調べるグループはサミングめちゃ強いんだしそんな心配は要らない、むしろピンチの時は助けてもらうくらいの気持ちで良いから俺達と一緒に行動すべきと主張。
その結果……
「なぜか私は単独行動する事になりましたとさ。いや、別にいいんだけど……なんだかなぁと思うのであった」
「誰に説明しているのですか」
オフロードバイクを操り樹木生い茂る深い森を走るサミング。
バイクに乗っているのは一人であり、ミイちゃんの姿はない。声は陰に潜みながら出したようだ。
本当に何でも出来るなぁ、とは思ったがサミングはその事を口に出すとどうせ
「サミング様もいずれ出来るようになりまっせー」
みたいな事を言われるのだろうと思ってもう口には出すまいと思った。
別に自分が生物で無くなった事、それを苦に思うことはない。養父のお陰で生き返れたわけでそれだけでも僥倖なのだからそれ以上を望むのは欲張りすぎだ。
しかし何となく遣る瀬無さを感じるのは止められない。
そんなサミングがなんで単独行動かというと。
サミングの取り合いでヒートアップした開拓者の調査チームの人たちの言い合いに飽きたサミングが
「もーどっちでも良いから早くしてよ。話し合いばっかでつまんない」
と言ったのが原因である。
ドスコイ国の『女から見てこんな男とは付き合いたくないアンケート』でダントツ1位を取ったのが『つまんない男』なのだ。
サミングに『つまんない男』と見られちゃかなわんと男達は焦りに焦って、結局自分の器の大きさを見せるためにもサミングを自由にさせたほうがいいに違いねぇ、と考えたのだ。
ドスコイ国で『女から見て濡れる男ランキング』のベスト1位は5年連続で『器の大きい男』だからだ。
余談だがサミングの出身国であるラリアット王国で今年の『女から見て濡れる男ランキング』1位は『恋人を縛り付けてでも大事にしてくれる男』である。まぁどうでも良い事だが。
んで、単独行動になったサミングが何をしているかというとバイクで森……というか山の天辺を目指している。
この山は火山じゃないので火口に飛び込んで溶岩風呂じゃー! なんて事はできないのに天辺を目指す。
ドスコイ国の調査員達の調査する『浅いところ』『深いところ』は両方とも森の全面積から見て深く入るわけではない。
浅いところは森の端っこ、深いところは山の麓辺りを調査するらしい。
人員も装備も乏しいのでむしろ現実的といえるのだが。
サミングは体力だけはあるので深く押し入って何某かの毒を食べても死にはしないし、とかそういう事で
「どうせ単独行動するなら森の深奥や山の天辺みたいな、他の人が調査しにくいところを基点に調べれば短い期間でも私が調べることで他の人の助けになれるわ」
そういう思いから、他の人がおいそれと入れない場所を積極的に調べてみる事にしたわけだ。
オフロードバイクは養父所有の他のバイクに比べて山道を走るのに向いているとは言え、それで消耗がないという訳ではない。普通に痛む。
ましてや運転しているのはサミングだ。
運動神経、反射神経、立体視能力などなど、全ての身体能力が常識外れに向上しているとは言えサミングはそもそもバイクの運転の経験が不足していてあまり上手とはいえない。
だから走っていて無駄に地面を抉りハンドルやバックミラーを木々にぶつけ徐々に削られながら山を登る。
「いやー、一応このバイクお養父さんのだけど怒られるんじゃないかしら」
森に入る前は光沢こそないが汚れらしい汚れもないバイクだったのが補正されてない山道、下が柔らかく湿った土であり何度も深い茂みを越えただけあり、今やタンクや泥除けハンドルの端っこにバックミラーが傷だらけ、走って跳ねた土が汚れとして付着し多少擦ったくらいでは元の色にはなるまいと思えるほどの汚れだ。
そんなバイクを見て流石にサミングもやっちまったと思わざるを得なかった。
しかしまぁ、済んだことだし言っても仕方あるまいと即切り替える。そもそもバイクとしての機能は損なわれていないのだから。
「それはそうとついに頂上に着いたわ。しかし山の天辺だけど生えてる植物って麓とかとあんま変わらない気がする」
とりあえずバイクをスタンドで立てかけながらサミングは目に付く木々の葉っぱや足元の草を引き抜き、一つ一つを検分しながら袋に入れてはてなと思う。
ラリアット王国で勉強していた限りは普通は植物は高所と低所では違うものだという話。
新大陸が発生して数百年は色々と妙な部分のある大地であるというのは知っているがサミングが聞いた限りでは、それでもなお高所と低所では生物の発生が違っているはずなのだ。
それに土を掬ってみても麓の方の土と遜色がないように感じる。
今のサミングの感覚でそう感じるのだから他の調べ方でも差異を感じることは出来ないんじゃないだろうか、と。
「深く掘る機材とかあんま持ってきてなかったからあれだけど、あったらもうちょっと色々とわかったのかしら? それとも新大陸って人が知らないだけでこんな事もあるものなのかしら?」
サンプルは多いほうが良かろうと土や葉っぱ、木の根っ子や虫けらをホイホイと袋に入れる。
サミングは今の自分は食事を取らなくても平気だし錆びた金属やゴムを食っても食中りにならない頑丈な体なので木の根っ子や毒キノコを食べてみても他の人のための参考にならないだろうと思うのが若干もどかしく感じる。
まぁそこら辺は仕方がないと諦めおやつとして持ってきていたバナナをむしゃむしゃ食べサミングはバナナの皮を山にポイ捨てする。
ゴミのポイ捨て良くない! なんてルールはこの世界ではそれ程きつく取り締まっていないのだ。
そもそもナマモノのバナナであれば普通に腐って分解されて山の土壌になるだろうしバナナの皮の一つ二つくらい生態系に何の影響も与えることはないだろうよ。
「はてな?」
すると、なんか知らんが違和感を感じた。
サミングはバナナを捨てたときになんともいえない不思議な感覚を味わった。
「何かしら今の感覚……バナナ? いやいや、バナナの皮を捨てたくらいでなんで……」
バナナを山に捨てたくらいで何が起ころうものか。
サミングが生まれてからこれまで生きてる内に学んだ常識はそういっている。
しかし体が作り変えられて生物じゃなくなったからだの感覚が何かを感じている、ように思える。
これは一体ぐぬぬ……と、サミングが悩んでいるとミイちゃんがサミングの陰からひょっこりと出てきてサミングの捨てたバナナの皮の傍でしゃがみこむ。
おいおいミイちゃんまさか地面に捨てたバナナの皮食う気ちゃうやろなー、なんて思わなくもなかったがそうではないらしい。
「何やってんの?」
「……いえ、今調べてみたのですがこの島は」
ミイちゃんはそういうと軽く拳でトン、と地面を叩いた。
一瞬地面が揺れたような感覚、そしてミイちゃんが叩いた地面は拳の面積大の穴が出来ていた。
凄く深い穴だ。
そしてミイちゃんはその穴の中にバナナの皮を捨てた。
すると
「うおおおっ!?」
女の子らしからぬ声を上げるサミング。
だが仕方あるまい、地面が揺れたのだから。
揺れはほんの一瞬のものだがサミングにとって地震なんて初めての経験、おったまげても仕方あるまい。
「し、しかも穴が塞がっているッ!? 教授!! これは一体!?」
サミングは驚きの連続で気が動転してしまった。
ミイちゃんのほうは至って冷静であるが。
「この島そのものか? ……いや、違うな。ごく最近のようですが……この島はドラゴンが取り憑いているようです」
「なぬ?」
島にドラゴンが取り憑くとは何ぞや。
サミングはそう思った。
サミングの知る常識ではドラゴンといえば1000年かそのくらい前を境に人間の世界では姿を見せることがなくなった伝説の生き物。
たしかお伽噺ではめっちゃながい蛇とかワニと鹿を足したような生物でどーたらこーたらと言われてたっけ、と思い出す。
しかしお伽噺上では悪い人間のいる国を沢山滅ぼしたドラゴンはその役割を終え世界の中心へと身を沈めたとかそんな話を聞いたような聞かないような。
「むむ? そういえばお養父さんやミイちゃんも世界の中心の出身者だっけ。なんかドラゴンと関係あるのかしら」
今更ながらに養父たちの事をあんま知らないやとサミングは思い出したが今はそんな事はどうでも良い。
「ま、そこは良いとして。ドラゴンってどこにいるのよ? 伝説ではめちゃでかくて金色に輝いてたって話だからすごく目立つと思うのだけど」
「サミング様の言うドラゴンはおそらく龍と呼ばれる生物です。で、ドラゴンというのは自然現象というか世界の内側で生まれ世界から切り離された独立した世界というか……一言で言えばツー、です」
「カー! 私達の知る歴史って結構いい加減だったんだ」
「そんなもんです。それはそれとして私も多少驚いています。もうドラゴンなんてこの世に存在しないと思っていましたので」
ミイちゃんの知る限りドラゴンとは昔も昔大昔、世界が今とは大分違うデザインだった頃に居た存在のこと。その当時と今とでは世界の有り方が違うから、今この島と融合しているドラゴンは正確には『今時ドラゴン』とも呼ぶべきなくらいには『違う』存在らしい。
サミングの思っていたドラゴンとは全然違う存在、そういう説明も全部含めて『ツー』という単語の中に入っている。
なんとも便利な会話である。
「それはそれとしてさ。ドラゴンが居るって事になったらこの島にみんな移り住むのやばくない? ドラゴンって荒ぶっちゃってる訳じゃないにしても無害な存在でもないんでしょ?」
「そこら辺はそれぞれの個性によりますからね……何なら聞いてみますか?」
「なにに? なにを?」
「ドラゴンに。これからこの大地にドスコイ国の民が移り住むが共存できるかどうかを」
言われてサミングはなるほどと思った。
自分の思ってたのとは違うとは聞いたものの、ドラゴンといえばやっぱりなんともおっかないイメージがあった。
とても話が通じるなんて思ってもなかったので交渉の余地はないと。
それでも話が出来るのならこの土地にドスコイ国の人が住むのも許可してくれるかなー。
してくれるよね、ドラゴンって人間より偉い存在なのだから。
「そう思ってた時期が私にもありました」
しかし、その結果は。
サミングの出合ったドラゴンはなんと言うか、オブラートに包んだ言い方をすれば『すごい食いしん坊』と言ったところか。
ドスコイ国住民の移住計画の交渉を試みたサミングに対しドラゴンの取った対応。ミイちゃんを飲み込みぐちゃりぐちゃりと咀嚼するその姿を見るだけで駄目っぽいことが伺える。
いやいや、いま重要なのはそんなことではない。
ミイちゃんはサミングを守るために居て、サミングが食べられそうなのを庇って、今、食べられている。
そしてドラゴンはとてもでかく、到底ミイちゃんを食べただけで満足しそうに見えない姿をしているので……
「私もピンチじゃんッ!」