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5・イケメンらしい口説き方

 進退窮まった。

 今すぐにでも死にそうな自分の身を思いそう考えたが、いや、それは今更かと自虐的な笑いが漏れる。


 彼女は代々主に仕える戦士の一族の出であり、両親の顔も知らない。戦士の一族はそういうものだ。

 生まれる前から戦士となるべく決められていた彼女はすぐに親元から切り離され訓練と戦いの日々。

 ひょっとしたら兄弟姉妹だったのかもしれない自分の周りの者達は大半が戦士となる前に死んだ。

 彼女自身、生き残っているのは別段周りより秀でた何かを持っていたわけではなくただの運のようなもの。


 そんなギリギリの生き方をしてきた以上、今から死ぬ事は別に不思議なことでもなんでもなく。ただ順番が回ってきただけの事なのだろうと理解する。

 十分に生きた方だ。

 彼女は何度か子供を産んでいるがその子達はきっと自分より早くに死んでいることだろう事を思えば本当に長く生きれたと思う。



 この国は十数年も前から妖物が異常にあふれ出るようになったという。

 前後するように起きたという天変地異が原因であったのかもしれない。

 元々妖物については判明していることの方が少ないのだが。

 繁殖によって増えるものもあればどこからか沸いて出るように増えるものもある。

 食事として獲物を食らうものもあれば、噛み砕き咀嚼こそすれど肉を吐き出すものもある。

 日の沈んだ頃か上る頃か、ものによってはバラバラだが休憩を必要とするものもあれば、何日も戦士たちが複数で一匹に当たり休み無く戦っても滅するまで疲労を見せなかったものもある。


 昔は数が少なかったからまともに戦えていたそうだ。

 しかし今ではとても間に合わない。

 まともに訓練をする時間も無かったであろう子供も最前線に放り出し、もはや足腰が萎え戦えなくなった老いた戦士まで動員しても尚足りない。


 続く戦いで一族の仕えるという主の家系も滅んだらしい。

 戦士たちもよく戦ったが主たちを守れなかったようだ。

 そんな中でも生き延びている戦士の一族は、主たちの弔いのためか或いはそれしかやる事を知らないからか、未だに戦いを継続している。


 戦いを継続しているといえば聞こえも良いかもしれないが、所詮は全滅するまでの時間をすこし先送りにするだけの消極的な撤退戦でしかない。


 進退窮まった状態というのであればその時点で既にそうだったのだ。



 もはや結果の見えた戦いの中、傷ついて戦えなくなったものは順に切り捨てられいく。

 彼女もまた、先の戦いで腹に受けた傷が内臓を傷つけていることもあり、ここで切り捨てられる事になった。


 止まる事無く流れる血はじっとしていても体力を奪ってゆく。

 下手に動けば死ぬのが早まるだろうし出血が多くなればその匂いを追って妖物たちがこぞってやってきそうだ。

 もはやどうしようもない。



「ふっ、はっ」


 口から出る血と痛みで濁りただ苦しげに呼吸してるようにしか見えないだろう。

 それでも彼女は今笑っている。


 一族の仲間達から切り捨てられあとはこのまま死ぬか動いて死ぬかしかない状況。

 だが彼女は今、自由になった。


 生まれた時、或いは生まれる前から戦士として生きることを決められていた。戦士として育てられ、不十分な訓練期間でも無理矢理に最前線に出され命令されるがままに戦ってきた。

 子を産める性別なのだからと相性の良さそうな異性として宛がわれた、今は顔も思い出せないものと何度か子を作らされ、その子達には自分で乳をやるまもなく引き取られ産んだ後は再び戦場に。

 彼女自身の行動の指針として、今まで彼女の意思が介入する余地は一切無かった。


 そんな生涯の中、彼女は一族から切り捨てられることで初めて自由を得たのだから笑いも漏れるというもの。


 これまで自由に憧れたことがなかったわけではない。

 それでも生まれてこの方、誰かの命令以外で動いたことの無い彼女には命令以外で自発的に何かをしようとする切欠がなかった。


「気に食わない命令に逆らい自分勝手に生きる」


 一族のものでなければ、それはひょっとしたら簡単に出来る自己表現なのかもしれない。だが少なくとも彼女にはそれは簡単なことではない。

 できる、できない、ではない。そんな事を思いつくことさえ出来なかったのだ。

 少なくとも今この瞬間までは。


 一族のものとして最後に下された命令は


「戦えなくなった戦士はもう一族のものではない。我々に迷惑をかけずに勝手に死ね」


 というもの。


 腹の痛みが邪魔をしようとするが、それでも笑わずには居られないほど愉快な気分になる。

 一族から切り離されたことでもはやその命令を聞く必要がなくなったのだから。

 切り捨てられた時点で彼女は戦士の一族の末端ではなくただの自分になったのだ。



「ケホッ……コフ」


 笑うのも良いがまずは山を降りよう。

 彼女は残り少ない命の使い方を既に決めていた。

 どこまで持つかはわからないが今決めたやりたい事のためには兎にも角にも山を降りなければならない。


 妖物はどこから沸くのかもわかっていないが不思議な事に人里から発生することは殆ど無いとされている。

 生のある場所ではなく死のある場所こそが妖物にとっての生まれる場所とでも言うかのように。


 現にこの山、妖物が発生するようになってからというもの、日を追うごとに生命の気配は薄れ今や森の木々も枯れ果て虫けらや小動物さえ見つけるのが難しいほどだ。

 こんな生きるのに適さない山で妖物は遠慮なく増え続けている。

 妖物がいつ出てくるかも知れないこの山は一瞬でも早く降りなければならない。



 彼女はもう戦士ではない。

 一族から捨てられ自由になった時に、ならば自分も戦士であることを捨てようと決めた。

 だから山から逃げるように去るのだ。


 戦士であった頃は次の戦いのために引くのではなく戦いそのものを放棄し逃げるなんて、考える事さえも許されることではないが、今は自由の身だ。許されるだろう。


 彼女は想う。

 まず山を降りて、まだ沢山生きてるであろうもの達の元に行こう。


 そこで異性と恋をしてみようと。


 思えば戦士の一族に居た頃は、性別の違いなんて体格の違いから来るパワーの差と子を産むのか孕ませるかの違いしかなかった。

 だから異性に対しても思う所なんて何も無かったから、まずは自分の目で見て魅力的な異性を見つけたいと願った。


 戦士の一族は基本的に同種のもの達より体が大きいらしいので同種相手だと威圧感を与えてしまうかも。だったら同種じゃなくて異種族が相手でも良いかなぁ。

 自分に時間が無いのを本能で知っている彼女は、求める理想こそあれどどうあがいても達成不可能な夢より、奇跡でも起これば案外達成できるかもしれない現実的な妥協点を決めて。

 それでもその為にはまず山を降りなければと一歩一歩と歩いていた。



 しかし現実は非常なものなのだと思う。

 妖物というのは何が何だか判明していないものではあるが、基本的には敵なのだ。

 こちらが一方的に敵視しているのではない。

 なぜか妖物はこちらを敵視しているのである。

 明らかに違う種族同士でもお互いを敵とせずになぜか皆でこちらだけを攻撃する。

 たまに例外として妖物同士で食い合うものも見るそうだがしょせん例外は例外、とても少ない。

 それ以前にそんな例外もまた、こちらを発見すれば食い合いを中断してこちらに襲い掛かるのだから相手が何であれ妖物だというのなら同じこと。


 彼女は妖物に囲まれていた。

 妖物の恐ろしい所は数が少ない時は頭が悪く個別に動くのだが数が増えると増えるほどに賢くなり連携を取ってくるところだ。


 彼女は妖物の群れに囲まれている。

 傷を負い単独行動中の彼女に対してならいつでも殺せるだろうにその動きを見せないのは、妖物は彼女が仲間の元に逃げるのを待っているのだろう。

 獲物の数を増やしたところで一網打尽にするために。


 もっとも彼女はすでに捨てられた身。戻るなんて考えてはいない。

 この妖物の群れにすぐに襲われることも無いのだから放っておいて引き連れて歩いても良いかもしれない。

 だが彼女はそうしなかった。


 戦士であることを辞め戦いから逃げるだけなら、この妖物達に戦いを挑むのは愚かなことと言える。

 しかし彼女は、ただ戦士を辞めて逃げるのではなく。あくまで残りの時間を恋をするために使うと決めている以上、きっと出会うはずの異性を妖物の脅威に晒してはならないと考える。


 だから、痛む腹の傷を忘れ。

 力の入らなくなりつつある足になけなしの力を込め。

 戦士として生まれた時から叩き込まれていた、そして個々が生き延びるためにそれぞれで磨いてきた己の牙を突き立てんと構える。


 死から生まれたとさえ思わせる妖物だが、それでも奴らは生きている。

 殺して殺して殺し尽くせば逃げる事もあるのだ。


 今の体調と言わず、仮に傷が無く体力も万全であっても自分を囲む妖物を全滅させることは出来ないがある程度痛めつけてやれば撤退するはず。

 死なばもろともではなく、生きるために有効な手段として彼女は戦うことを選択し妖物の群れに飛び掛った。









「襲われ開拓者……ドスコイ国の開拓者達をドスコイ国へと送り届けるのは俺からすれば簡単な仕事でしかなく、礼を言われるようなことでもなかった。

 しかし彼等はこれからが大変であろう。何しろ国の総人口が少なくなったとは言え国家規模での移住。

 人だけを送れば良いというものではなく慣れ親しんだ家畜など、出来ることなら財産も共に行きたいと思うのが人情という物なのだから。

 人情。

 それは俺には無い感覚なのだろう。

 それを持つ者たちを妙な物に縛られて哀れよのうと思う反面、どこか羨む気持ちを持っているのもまた事実である。

 俺は生物ではない。ゆえに変わることは無い。

 そう思っていたがひょっとしたら変わるものもあるのだろうか? いや、あるのだろう。

 だからこそ自分の女を愛おしく思い、ついでにその娘もまぁそこそこ大事に思っているのだ。

 部下たちにしてもかつてはきっと道具としてしか見てなかったに違いない。

 しかし今ではかけがえの無い仲間……とまではいかんがそれなりに大事な存在としてみている気がするのだから。

 そんな俺はこの国の人々が移住の際に捨てたくない物やかけがえの無い物を抱えている事に多少なりとも親近感を感じないではない。

 そうなってしまうとただ大変だなー、なんて思って見過ごすよりも何某かの力になってやりたいものよと思ってしまう訳だ。

 だから俺はこの国の人間を全て新天地だかの大陸まで送ってやろうじゃないかと考えた」


 イケちゃんのアホのような長い独り言だが大体そんな感じである。


 イケちゃんたちは襲われ開拓者たちをドスコイ国まで送り届けた。

 その間にドスコイ国の現状を聞いてちと気の毒だなーと思ったりしていたものだ。

 生物じゃないイケちゃんがそう思うくらいだから元生物のサミングやミツキがとても気の毒でかわいそうと思うのも当然のこと。


 ゆえにイケちゃんはこの国の手助けもしてやろうかという気になった。


 そして今場面はドスコイ国のお偉方の集まる会議場。


 議題の主役である襲われ開拓者達、そしてイケちゃんとイケちゃんの部下、それ以外はドスコイ国の色々な分野の偉い人たちが集まっている。

 本来は外国人で部外者なイケちゃんが入っていい場所ではないのだが襲われ開拓者達を救った上にラリアット王国で開発された技術の放出もしてくれると言う人なのでドスコイ国のお偉方もあまり強く出られないので出席は許可されている。


 ちなみに襲われ開拓者の小僧どもはサミングも一緒に参加して欲しがってて、サミング自身も外国とは言え一国の危機に何かできることは無いのかと参加したがっていたがイケちゃんは自分と部下一体だけの出席に留めている。

 イケちゃん自身がやるべき事はとっくに決めているので。



 ちなみに会議はものすごく盛り上がったものとなった。

 それもそのはず。

 襲われ開拓者達は道中で自分達はそれほど国に期待されていたわけではなかったと言っていたがズバリその通り。

 最初に国に帰ってきたときもエイエイオーや空賊の船も同伴していたのでなんらかのトラブルでもあって尻尾を巻いて帰ってきたのかと思われていてとっとと国を出ろとせっつかれたりしたものだ。

 どうやら襲われ開拓者達に対する国からの救国の期待値は下から数えて10位以内に入るほど低かったらしい。

 ドスコイ国の危機を乗り越えるための解決策は沢山編み出されていたがどれもこれも成功する見込みが全く無い状況。

 そんな時についに救国の一手となる手段が手に入れば盛り上がりもする。


 襲われ開拓者達の話が本当かの確認など色々やるべき事はあったが会議が始まる前から方向性は決まっていた。

 ドスコイ国は国民総出で新大陸に移り住む、と。


 他の手を考えて研究していた人たちも自分の研究に対するプライドはあれどそれ以上に優先順位が高いのは国民を救うこと。

 ゆえに自分の研究よりも決まった方策への全面協力へ移行する事に対して全くと言って良いほど軋轢や摩擦は無かった。

 彼らにとっては自分の考えた方法が一番優れてるとかそんな優越感よりも、とにかく国民を一人でも多く生かす事こそが至上なのだろう。


 だから会議では船を沢山作って一杯人を飛ばそうとか、まずは技術者や知識層を最優先で新大陸に飛ばし向こうで船を製作させようとか。

 その他にも移住前にある程度人が豊かに住める環境を向こうで整えるためにも開拓者としての適正があるものを優先して飛ばすべきだとか。

 色々と盛り上がってヒートして、会議が始まって5分ほどで部外者が居ることなんて忘れたかのようにギャースカと意見をぶつけ合っているのを見てイケちゃんは


「やべえスタートダッシュで出遅れた」


 なんて暢気に思ったものだ。


 目の前で盛り上がる会議を見るのもこれはこれで面白いのだがイケちゃんがここにやってきたのにはちゃんと理由がある。

 だからとりあえず目立つ、そう決めた。


「うろたえるな小僧どもー!」


 そういってイケちゃんが両手を上に振りかざすと、飛んだ。

 会議場に居たイケちゃん以外の全員が。

 5メートルくらいは飛んで全員が頭からグシャア! と音を立て落下したのだ。


 が、もちろん殺す気が有ったわけでも攻撃したわけでもないから誰も怪我はしていない安全設定のツッコミのようなものであった。



 そして皆の注目を集めたイケちゃんは言った。

 俺に任せろ! と。


 当然どないすんねんと返事が来たがそれに対するイケちゃんの応えはドスコイ国の人たちの想像の斜め下のバカっぷりを発揮したものだ。

 イケちゃんは言った。


「とりあえずこの島に国民が全部集まってんだろ? だったらこの島浮かして新大陸とやらに横付けして物資とか一辺に運べば良いんだ」


 と。


 もちろんの事だが出来るわけねーじゃんッ! というツッコミを受けたが実際にやってやんよ! とドスコイ国を浮かして飛ばすイケちゃんには皆して苦笑いするしかなかった。


 どうやって浮かしたんだ、個人の力で国一つ浮かして本当に長距離の移動が可能なのか、いくら土地がやせ細ってるとは言え移動中の国内の農作物とかどうなるんだ、雨とかちゃんと降るのか、娘さんの趣味とか好みのタイプを教えてくれとか様々な質問は当然のようにやってくるが、イケちゃんはその為に部下をひとり連れてきていた。

 質問に対する説明に関しては全部部下に丸投げである。めんどくさいので。


 でも最後の質問したヤツにはゲンコツで返事をしてあげるのは忘れないイケちゃんであった。




 イケちゃんの部下はどいつもこいつも一目見ただけで尋常の生物じゃないとわかる見た目なのだが話をしてみれば思いのほか普通だし、説明も分かりやすくて説得力のあるものであった。

 一応国……島が丸ごと空を飛ぶとかいう超常現象で驚きはあったのだが、国民の全ては生きようとする努力をする反面、どうにもならなければ国と心中する気概のものがほぼ全てであったので意外と現実を受け入れるのは早かった。


 そうなれば次に気になるのは新天地はどんなところなのか、とか何十年ぶりの外国からの旅人がもたらす交易品に新技術に対する興味などなど。


 イケちゃんは基本アホでなぜか人に物事を説明するのも苦手な所があり、部下たちだけがチヤホヤされる結果になるのだが。



 島ごと一斉に移住するのも良いが先行隊として何百人単位で先に新天地に行ってもらう人材はやはり必要だ。


 そういう事もあってこの国に残っていた船を大量に使い、新天地の開拓のための人材を送る事になり、サミングもそのメンバーに何故か選ばれていたりもする。

 ドスコイ国の移動中はイケちゃん一行も身動きできずにこの国に居なければならない。ならばどうせ暇なんだろうし言ってみればとイケちゃんが進めたのだ。


 サミングは元々外国との交流をメインとした開拓者よりも新大陸、未知の土地の発見を目指すタイプの開拓者になる予定だったのだから彼らの新大陸の開拓ップリを見て経験をつむのも良いんじゃないか、と思ってのことだ。

 ついでに言えばドスコイ国の開拓者の人々もラリアット王国仕込のサミングのやり方を見れば刺激になって得るものもあるかもしれない、つまりWin-Winな関係になるんじゃないかという親切心から来るものである。


 まぁ道中でナンパとかされないように、ついでにもしもの時のために影の中にはミイちゃんを忍ばせているが。


「ねーお養父さん、私のバイクもっていって良いかな? 出来ればちゃんとした広い土地で走りたいの」

「お前のバイクじゃなくて俺のバイクだ。まぁ良いけどな」


 バイクは貸すけどガソリンはやらないぜ、とせこい事を考えるイケちゃん。

 ミイちゃんはサミングがバイクに乗って楽しむのなら、とメンテナンス用の道具と予備パーツ、ついでに大量のバイク用燃料を自分の体の中に入れているのだがその事をイケちゃんが知るのは後になってからであった。





 そんな事もあってドスコイ国は大きく分けて移住に備え国内で準備をするもの、先行して移住先の土地に行き国民がスムーズに移り住めるように土地を拓くものと二種類に分かれた。


 とは言え、例外というのは常に発生する。


 例えば余所者の手を借りるくらいなら滅んだ方がましだ! ぶっ殺してやる!

 と、突っかかって来るものたち。

 基本的にイケちゃんは自分に敵対するものは強かろうと弱かろうとどんな背景があろうと敵として処理するものだが今回に関してはまー自分の方が強引にやってるのが原因ともとれる。

 その為にそれぞれに対して一度目だけは許すが二度目には向かえば苦しめて殺す、と説得したら皆イエスマンとなった。

 交渉ごとは基本的に誠意があれば相手に伝わるものなのだ。


 他の例外として、現状を知らないもの達。


 イケちゃんはそれを聞いてそんなの居るのかよ、と驚いたが山奥のほうだと情報伝達が通りにくいそうだ。

 いや、こちらからは呼びかけているのに返事が返ってこないというべきか。

 この国のモンスター、妖怪は基本的にヒューマノイドをはじめとした生物種が少ないところを基点に大量発生しているのではと思われている。

 それに関して大量発生よりも以前から対モンスター戦に特化した部族が山には住んでいて人里にモンスターが紛れるのを未然に防いでくれていたりするのだ。

 しかしそのモンスターの量が大量に増えてからというもの、人里にも時々モンスターはやってきて大変危ない目に遭うこともしばしば。

 てっきり全滅したのかと思っていても山狩りをすれば時々モンスターの死骸が大量に発見され、まだモンスターと戦っているようにも思える。

 なのに、なぜ人里のもの達と彼らの間の情報伝達が出来ないのかと不思議だったり。


 つまり、正確に言うと国の現状を知らないというよりも、こちらから見て彼らの現状が不明というべきなのだが。



 その話を聞いたイケちゃんはちょいとばかし興味を持ってそちらに赴く事を決めた。

 モンスターが出るところに行くなんて危険ではと制止の声もかかるがイケちゃんは言う。


「最強の俺様はイケメンすぎて危険なんぞ歯牙にもかけぬわ」












「くっ」


 力なく地面に倒れ付す。

 当然の結果であろう。

 彼女は元から知っていたはずだ。もっと少ない数の妖物との戦いで腹に傷を受けたのだから。

 傷の無い自分がどうしようもできなかった相手を傷ついた体でどうにかできるわけも無い。


 飛び掛ったは良いもののその速度は自分で驚くほど遅く、動かないからだがもどかしい。

 そして妖物どもは数も多く咄嗟に感で体を捻りながら致命傷を避けようとしても一つ一つの攻撃が体をかすめ少ない体力を更に削っていく。

 そうして程なくして彼女は立ち上がる力すらも失った。

 このままこいつらに食い殺されるか。あるいは食わずにただ殺すだけか。

 それは判らないがもうどうしようもない事だけは判る。


 しかしそれでも。

 初めて手に入れた自由を最大限に活かしたい。

 そのためにも少しでも長く生きて、その上で色んな事をしたい。


 彼女はそのために死を受け入れずに、一秒でも長く生きるために必死でもがき妖物を見据え


「ッ!?」


 次の瞬間には妖物の群れが全滅していた。



 一体何が起こったのか、驚きですでに靄がかかりそうになった意識が一瞬晴れた気がした。

 しかしそれも一瞬のこと。

 よもや死ぬ前に見た最後の幻ではないかとさえ思う。


 そう思っていると足音が聞こえた。

 そちらに目を向けようにも首を動かす力も無いが、向こうから近づいてきてくれたのでその姿は視界に入った。

 とはいえ既にかすんだ目では輪郭と色が多少見えるだけでしかないのだが。


 しかし見た目からしてどうも自分とは違う種族に見える。毛色も違う。


「あなたは?」


 声を出したつもりだがうまく出たのかどうか。

 少なくとも自分で聞き取れる言葉なんて出せたとは思えないのに、足音の主は倒れた彼女に触れ名乗る。


「俺はイケちゃん。この国のものから見て余所者だ。もちろん、お前から見てもそうだろうな」


 その声は少し、心地よく聞こえた。


 少し会話を交わした。

 と言っても相手からの質問に答える形だが。

 何故人里からの連絡に返信が無かったかなど。


 末端の彼女に判ることはあまりなかったので応える事はできなかったが。


「ふむ」


 そして会話が途絶えたところで相手は言った。


「お前はこのままなら死ぬ」


 死ぬのはいやだった。

 さっきまではそうだったのだが、イケちゃんという男に見取られるのなら、死に方としては悪くないかもしれない。

 出会ってから時間も経っていないし、種族も違うであろう男だがそれでも既に今まで共に居た一族の誰よりもイケちゃんの存在は彼女の中で大きくなっているように感じられた。

 この安心感ともいえない感情が恋というものなのかとふとそんな風に思った。


 イケちゃんは彼女の腹の傷に触れながら更に続けて言う。


「俺は生物の怪我を治すのは得意ではない。だからお前はこのままなら死ぬんだがな。お前にとっての死の定義がどうかは知らんがお前の意識、感情、心と言っても良いかも知れんが。それを持続させたままお前を永らえさせる方法ならある」


 すでに思考に霞がかった彼女にはイケちゃんの言葉の意味はあまり理解できない。

 それでも彼の言葉は何故か彼女の中にわかりやすい形で入るように感じる。


「死なせない方法がある」


 そう言ってるように彼女には感じられた。

 さらにイケちゃんは続ける。


「もしお前が望むのならそうしてやってもいい。だが条件がある」


 本当にそんなことが出来るのかと疑問をはさむ暇すらもない。

 それでも彼女はイケちゃんが嘘を言うとは思えなかった。出会ってまだ間もない男なのに。


「俺の女になれ」


 言われた時には声も出せず体も思うように動かせなかったが、彼女はその言葉に対して意識の中で頷いた。

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