2・イクったらイクの
それからもサミングは夜は寝て昼間は適当に遊んでの日々を繰り返していた。
毎日コツコツやるよりたまにドカッとやった方が教える側が楽だという理由から、何日か溜めてから教えるとの事である。
ちなみにかつてエイエイオーはラリアット王国に着くまでの航空では中身はスッカラカン、殆どの部屋は埃さえ存在しない空洞で精々バナナの木が一本生えているだけだった。
このバナナの木は栄養をやらなくてもしおれる事無くいつでも常にバナナをならせている不思議な木である。気になる木である。名前は知ってる木ですけど。
イケちゃんの見立てではこのバナナは元は生物なのだが今はよくわからんが永遠にバナナを実らせる不思議なバナナの木ということである。
今のエイエイオーはそのバナナ以外にもいくつかの家具やバイク及びバイクの整備道具に燃料。
そして燃料の材料となる魔術触媒の道具にそれらと関連する器具の数々や食用のどうぶつ、野菜。
さらに交易品として最近ラリアット王国で開発された色々なアイテムやらが積み込まれている。
それでもそこそこにスペースのあまりがあるくらいの広さもある。
一応交易品はラリアット王国の技術を他国に売り込んだり宣伝するためのものなのでサミングは手を出さないがバイクは別であった。
バイクはイケちゃんの私物だからだ。
イケちゃんがカッコよくチョッパーを乗り回していたこともありラリアット王国ではバイクを欲しがる人が急増。
今のところ数も少なく運転技術の習得にもそこそこ時間をかける必要のあるバイクはそう滅多に見かけることが無いのだが、イケちゃんは個人でバイクを3台も持っている。
イケちゃんが始めに作らせたチョッパー。
ド派手な日章旗のペイントのロケットカウルにシートは背もたれのある三段重ね、上向きの竹やりマフラーという独特なセンスでラリアット王国滞在中にイケちゃん以外誰もカッコイイとは思っていなかった族車。
そしてサミングのお気に入りの一見貧相に見えるがその実、無駄を取り去り運動性を重視したオフロードバイク。
サミングの暇つぶしの遊びは今まではバイクを弄ったり、あるいはエイエイオーのクルー達に船のことやらを色々と聞いて回るだけだったのだが、最近は船の外に出れるようになったこともあってバイクでエイエイオーの甲板を跳ね飛んだり走ったりとするのがお気に入りの遊びとなっているようだ。
今日もサミングはエイエイオーの外周を縦横無尽に走り回って遊んでいる。
正直、もうちょっとデコボコの道を飛び跳ねるように走りたいものよのう、と思わないことも無いがそれは陸地に着くまでとっておこうと思っている。
ドラゴンエンジンで無限に動けるというエイエイオーと違いバイクの燃料は限りがあるので本来は走るのも控えめにすべきなのだが、船の中では母が養父とイチャイチャしてて目の毒なので仕方ないのだ。
ビームを撃てるようになるのはイヤだが早く体に慣れるために寝まくって訓練しまくりたいと思う気持ちもあるが、次のまとまった訓練はもうちょっと後でと言われているので今はバイクで遊ぶくらいしかやる事がない。
一応食用のどうぶつの世話や勉強など色々やるべき事はあるんだけど、やっぱ玩具が手元にあったら遊びたくなるのが子供心よ。
そんな風に遊んでいたらサミングはふと違和感を感じた。
何かわからないが何かを感じたのだ、エイエイオーの進行方向の遥か彼方先に。
「んん~? 何だろ。ミイちゃんわかる?」
その場にはサミング一人しか居ないように見える。
しかしサミングは独り言ではなく明確に対象を決めて話しかけるために声を出した。
「ふむ……恐らくサミング様が察知なされたのは船ですね。今の速度ですと先方が固定した座標に居たと想定して2日ほどの距離です」
サミングの声に応えるため、ミイちゃんは地面からニョキニョキ生えるように現れた。
養父のやつは何だかんだで心配性なので例え可能性は低くとも落ちる可能性のあるサミングを一人で外に出しておくなんて出来るわけも無く、サミングが外に出るときは影の中にミイちゃんを潜ませるように言っているのだ。
ちなみにサミングは母親からはサミィと愛称で呼ばれているがその呼び方をしているのはエイエイオーの中では母親だけである。
名前の語感がミイちゃんと被ってしまうからだ。
「へぇ、船かー。じゃあ陸地も近いね!」
ミイちゃんの事は置いといて、サミングからすれば生まれて初めてのラリアット王国以外の大地を踏みしめる未来を思い喜びで顔がにやける。
何をしたって変わるわけでもないのだが何となく居ても立っても居られなくなったサミングは素早くエイエイオーの内部に入り込み自分が知った事を皆に伝えようと走る。
「お養父さん! 他の船が見えたらしいよ! あと何日かしたら陸地に着くかも!」
戻ってすぐに見つかったのは養父であった。珍しく一人でいる。
バイクを整備しているらしい。
「ほお、お前の目で見えるのはもうちょい時間かかると思ったが思ったより遠くまで見えるようになったんだな」
声を大きく荒立てることこそしないが本当に驚いたような反応でバイクを弄る腕も止まっている。
「いや、私に見えなかったんだけどね。なんか船の進行方向の先、2日くらいの距離で船がいたんだって。なんかビビッて感じたからミイちゃんに聞いたらそうだって言われたの」
「ふーん、なるほどな。ちなみに陸地に着くのは3日ちょいって所だな」
「へえ、じゃあ私が察知した船も実は開拓者とかの船で陸地を出たばっかだったのかな。空の上でバッタリ会うなんて事もあったりして」
例え100の船が同じ国を目指し飛び、その国から同時に100の船が外に向けて飛んだとしても広い空の上の事、開拓者同士の船が出会うことなんてそう滅多に起こることではない。
それゆえに空の上で偶然旅人同士が出会うことはとても縁起が良いことと言われているためにサミングは最初の旅でそんな貴重な経験を味わえるかもしれないと思うと思わず笑顔になる。
うひひっ、と笑うサミングを見てイケちゃんも好奇心が刺激された。
何しろラリアット王国につくまでの間で出会ったのは龍と変な空賊どもだけという寂しい結果に終わったのだ。
普通に旅人同士で空の上の交流とか、やってみるのも悪くないかと思ったのだ。
「ふむ、ちょっとばかり速度を上げてみるか。空の上での出会いというのも楽しそうだ」
「え? マジ? やった!」
イケちゃんの方針に喜んだサミングははしゃぎながらイケちゃんに抱きついて
「お養父さん大好き!」
なんて言って抱きついてきたのでイケちゃんは焦った。
「うお危ねぇ!」
それもその筈。
ミツキはイケちゃんにハーレム作って欲しいとは言うが、娘に手を出すのには良い顔をしないからだ。
サミングにはそこら辺の違いが良くわかってないのだがミツキにとっては他の女をハーレムに加えるのとサミングを加えるのには大きな違いがあるらしい。
イケちゃんからしてもミツキはともかくサミングにはチンコ反応しないというか、まさしく子供を見る親の心境的なものになって手を出すつもりなんて更々無いのだが。
一応自分の体を元に作られてるだけあってサミングに手を出したら近親相姦のご法度野郎に成り下がってしまうので。
それもあってサミングに抱き疲れてもすぐに突き放すのがイケメンとしてのたしなみである。
近親相姦はちょっとね。
「あ、そういえばお母さんは?」
「風呂」
今日は一緒に入って風呂場でヤッてなかったんだ……と、サミングが思ったのかどうかをイケちゃんはあえて気にすまいと思った。
「んで、俺はサミングと共にエイエイオー内のガレージを後にしメインブリッジまでやって来た。
別に俺はどこに居ても外の確認くらい出来るが形から入るタイプのためにメインブリッジからよそ様の船を確認しようと思ったのだ。
そしてメインブリッジの俺用の椅子にどっかり座ってさっそく進行方向を見てみればなるほど、サミングの言うように遠くに船が見える。
正直この距離からでは有るとわかって見るのなら兎も角、何も無い状況から察知できるのは対したもんだと思わざるを得ない。頭は悪い子だが勘は良い子なのだろうか?
ぼんやりとそんな事を考えながらその船を見ると……と」
「ずいぶん説明的な独り言だけど失礼なこと言うのやめてよね。褒めるだけにしてよ」
イケちゃんの言葉にプリプリ怒るサミングだが別にそれはどうでも良いことである。
イケちゃんにとっては。
問題なのは
「んん~……どうしたものか」
「どったのよ」
イケちゃんは悩んだ。
サミングにはわからないのだろうがイケちゃんは進行方向の遥か彼方に船が浮いているのを視認したのだがそれにそれがイケちゃんの悩みの原因である。
まぁ隠す事でもないし言うか。
「うむ。どうもこの先に居る船というのは2隻あるが片方は空賊らしい。そして見た感じ空賊が優勢でなぁ。まぁ不意打ちという事もあったのだろうよ。もっとも空賊に比べて教われる側は若い連中に見える。錬度も低かろうて」
「ちょっ、空賊て……襲われてるって……助けなきゃ!」
サミングは野党に見えて実は空賊というめんどくさい経緯のクソに殺されたこともあるが、それ以前に開拓者として人の足を引っ張ることしか能の無い空賊という輩を嫌っているのだろう。
だからか、躊躇わずに空賊が目に付けば排除したいと思ってしまうのであろうな。
それに開拓者は基本的に危ない仕事でありいつ命が失われるか知れたものではないからこそ、同業者間では助け合いの精神を必要とされるのだが空賊はそんなルールを守らない輩として開拓者は空賊を見つけた場合、可能なら排除すべきという風潮もある。
これらの条件が重なればサミングが開拓者を助けたい、ひょっとしたらその上で空賊を蹴散らしたいと思っているのかもしれない。
その気持ちはイケちゃんにも、完全とは言わないが多少はわかる気がする。
しかし。
「そうしたいのは山々だがエイエイオーの最大速度を持ってしても到着まで2~3時間はかかる。その頃では終わった後になってしまう」
そういう事であった。
イケちゃんはサミングのために力の大半を使っているがその分さえ残っていればワープでホイホイ出て行って空賊をなぶり殺しにしてやる事もできたのだが、と説明してやった。
仕方ない。
襲われてる者は気の毒だが諦めるしかあるまい、まぁせめて仇はとってやるかとエイエイオーの速度を速める事にしたイケちゃんだがサミングは前を見据え言った。
「お父さんの消費しちゃった分の力が私にあるなら私はやろうと思えばワープできるの?」
どうやらサミングは自分で行こうとしているらしい。
イケちゃんはサミングに危険な真似はさせたくないのでダメだダメだといって止めるがサミングは行くったら行くのー! と言い出し、ちょうどその場にやって来たミツキがその台詞、サミングのイク発言からついに娘に手を出しおったか! と怒って乱入し、ほうらサミィの平坦な体と違っておっきいオッパイですよーとか言いながらイケちゃんに擦り寄ったりバカやりだしてカオスな事にもなったりした。
「んで、はやくワープのやり方教えてよ。今も理不尽に命が失われてるんじゃないの?」
「いやそんなん言われてもな……ミツキも言ってやってくれよ。危ないって」
「ん? 可愛い子には旅をさせろって言うじゃない。そしてサミィは可愛い。となれば……ねぇ?」
止めないのかよ! イケちゃんは突っ込みを入れようとしてグッと飲み込み
「いやいや。そりゃサミングが体に完全に慣れたら独り立ちして国のための開拓者にでもなって旅に出るのだろうがな。今の時点で一々自分から好んで鉄火場に突き出す必要もあるまいて?」
「言われればそうね。サミィ、我慢なさい」
何とかミツキの説得に成功する。
サミングの気持ちもわからないではないが基本的にイケちゃんは心配性なのだ。
母親に止められればサミングも無茶なことはすまいよ。
そう思ってた時期がイケちゃんにもありました。
ミツキからもイケちゃんからも自分の意見を反対されたサミング。
彼女は目に涙をためながら叫んだ。
「お母さんなんか大嫌い! お養父さんの言うことなんか知ったこっちゃないもん! もう自分で行くんだからッ!」
そう叫んでシュパーッと走ってブリッジを去るのであった。
大嫌いと言われてミツキはえらいショックを受けたという。
「見えない……でも、見えるはず……見えろ、見えろ……」
サミングは感情的に吼えた直後ブリッジを走って去りバイクを持ってエイエイオーの上部甲板に立つ。
バイクに跨りながらエイエイオーの進行方向をひたすらに見据える。
さっき感じた妙な気配の方向を。
集中すればきっと見えるはず。遠くを、遠くを……
しかしまるで見えない。
養父やミイちゃんにはアッサリ見えていたというのに。
サミングの体の出力は今の養父とは比べ物にならないくらい高く、養父に出来てサミングにできない事はスペック上ないはずだというのに。
それはまだ自分の体を完全に把握できていない意識の問題か……サミングは焦りながらもひたすらに前を見る。
エイエイオーの上部甲板で感じる空気の動きから、速度はさっきまでとは比較にならないほどに上がっているはずなのにそれでも見えないとは一体どうやれば。
「どうすれば見えるのよッ」
「見るのではなく知覚するのです。一方向だけに感覚を伸ばそうとするのではなく前後左右上下に留まらず、自分を中心として他の世界にまで等しく意識を伸ばそうとしてください」
弱気を塗りつぶそうと口から搾り出した言葉は別に返事を求めてのものではなかったのに、サクッと聞こえた。
サミングの影から。
体こそ出ていないがミイちゃんが言ったようだ。
そういえば養父はエイエイオーの航空中にサミングが外に出るときは危ないから常に影に潜んで見張ってるようにとか言ってたっけ、と今更に気づく。
こんな時でも命令を忠実に守っていたらしい。
さらに色々アドバイスするように命令したのもイケちゃんであった。
今、サミングにそんなアドバイスするのをイケちゃんは望んでいなくとも前の命令に対する上書きをしていないから前の命令に従ったということであろうか。
意外と融通利かないみたいだけど今は都合が良いと喜ぶサミング。
しかし遠くを見る場合は意識を集中するのが良さそうなのに逆に広げた方が見やすいとはこれ如何に……そんな疑問もあったが他に解決法が見つからない以上サミングはやる。
前後左右上下というのはわかるが他の世界とは何じゃらホイ。
そういえば興味はあんまり無かったけど魔術がそういうものだとかは聞いたっけ、と思い出す。
そしてやり方をわからないなりに意識を広げようと思うと色んな情報が入ってきた。
雲海の中、外、バイクの燃料タンクの中身、この世界と重なった異世界の火の塊や匂いの塊……そんな沢山の情報が頭に入ってもそれら全てを平行して向き合い一つ一つを瞬時に吟味できる自分の認識力に驚きそうになるが今はそのときではない。
前方の遥か彼方、こちらは高速で移動中なので相対的に高速で接近しているような船。
二隻の重なった船、片方は煙が上が外装が痛んでいる。
そしてその船の上から乗りかかるようになっている船はあまり綺麗とはいえないが頑丈そうで所々補強した後が見える。
そして下になった船の甲板では何人もの人間が武装した人間に囲まれていて、船の中から何某かを運び出されている最中……下の船が開拓者で上がクズのものかと予想する。
「見えたッ……でもどうやって行けば……ワープのやり方って分かる?」
視力ではないようだが目で見てるようにも見える不思議な間隔に戸惑う気持ちはあるが今はそれを考える時ではない。
サミングはどうにかして見えた場所に行かねばならないのだが手段が無い。
そこで今回もワープのやり方を聞いてみた。
「ワープですか? 申し訳ありません。私にはできない事ですので……」
しかし、ミイちゃんは出来ないらしいことがわかっただけであった。
かといって知ってそうな養父は教えてくれるわけが無いし……
「ええい! 悩んでたってわからないよ! 直球勝負!」
サミングはバイクのエンジンを入れ、加速した。
「行ッけぇぇぇぇええええ!」
エイエイオーの尻尾付近から頭まで、短い距離で可能な限りの加速。
そしてそこからジャンプした瞬間
「ぅえあ!?」
明確に辿りつきたい場所をイメージしていた。
そしてどうやればその場に最短距離でいけるかという事を考えていたのかもしれない。
その無意識の思考をサミングの体はトレースしてくれていたらしく
「!!」
空賊に襲われていたほうの船の甲板のやや斜め上方にサミングはいた。
まるでエイエイオーとその船の間の空間が無くなったかのような感じであろうか。
突然の景色の変化にもサミングは驚く前にやるべきことがあると咄嗟の判断でバイクの着地態勢を取り、見事に甲板に着地した。