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1・らめぇ飛んじゃうー

 義父はサミングの事をもはや睡眠も食事も休息も必要としない物体になったと言い放っていた。

 だがしかし。


「むにゃむにゃ」


 サミングはただいま絶賛睡眠中であった。

 めちゃ眠いからだ。


 目覚ましが甲高い音を立てていたのは時間にしてほんの数秒。

 半ば眠りに沈んだ意識でも目覚ましの音は止めてくれたわ。


「すやりすやり」


 サミングは今も惰眠を貪る。しかしそれも仕方が無い事であろう。

 なにせエイエイオーに取り入れられたサミング用のベッドは大きくてフカフカ柔らかく、仰向けでもうつ伏せでも横向きでも寝返っても気持ち良いのだ。

 ゴロゴロ転がっても落ちる気配が無い。


 今までの人生、実家のベッドは部屋の角に設置されていたために縦と横が一面ずつ壁に面していてなんともいえない圧迫感があった。

 いや、当時はそれが当たり前だったが今のベッドを知ればあれは圧迫感ひどいと思わざるを得まい。


 そして開拓者になるための訓練中に住んでいた寮は二段ベッドで狭くて臭くて年齢以上に小柄なサミングにとってさえ圧迫感は更に酷かった。

 あれに比べれば未開の地に行った時の野営の訓練として野宿していた時の方がまだマシといえたほどよ。



 これまでの事を思い出せば今のサミングの眠るベッドはまさに極楽浄土。

 きっとこの気持ちよさを知る人ならサミングがあと1時間寝たいといっても納得してくれるであろう。




「でも流石に起きざるを得ない」


 布団に沈み込みすやりすやりと快眠を続けたいという欲望を断ち切りサミングは目覚めた。

 起きた直後なのに視界がぼやけたりしていないのはやはりサミングの体が変わったからであろうか。

 精神的にはまだまだ睡眠を欲する気もするが体は睡眠を欲しがっていないのかもしれない、今すぐにでも全力疾走が出来そうだ。


 で、サミングが何故起きたかというと


「もう少し寝てても良かったのよ?」

「いやよ。そしたらお母さんはお養父さんと『娘が寝ている前でいつ目覚めるか知れないスリルを楽しむプレイ』とかする気だったじゃない」


 それが原因であった。

 母はサミングに企みが看破された事に一瞬あせるがそっぽを向いて口笛を吹くことで何とか誤魔化そうとした。

 しかし口笛はちゃんと鳴らないし目は泳いでいてとても誤魔化せたものではない。


 激しいのが辛いとか言ってたくせに母はやたらとそういう事を好んでやっている気がするが、きっと大人には大人の事情があるのだろうと思う。

 だからサミングからすれば母が養父と何をやっててもあえて文句を言うまいと決めていた。

 養父がハーレムを作るとか言い出したのも同意というか母が望んでたりすることだし。


 しかしそれでも許容できない事はある。


「どんな変態プレイをしても迷惑かけないなら良いんだけど出来れば私の目の届かない所でやってよ」

「だからあなたが寝ている時に」

「ギャーッ!」


 未だに異性、同姓とわず付き合ったことすらないサミングにとって、今のミツキのエロエロな性格はちとキツいものがあるといえよう。


 それでもまぁ、養父は凄い美形で性格こそ基本はアホだけど何だかんだで一途で普段から凄く母を大事にしているのは見てるだけで伝わるくらい。

 正式に付き合って一緒に過ごす時間が長くなると母がちょっとばかし病気みたいになるのも仕方あるまいと思う気持ちはある。

 それでもスリルを快感とするためのプレイの一環として自分を利用しようとするのはどうにかして欲しいものだ。


「お養父さんもお母さんの変態プレイに付き合わずにさぁ……男らしくビシィッ! って言って良いと思うのよ」

「人に見られるスリルとやらはわからんがミツキの締め付けが」

「シャーッ!」


 性に関しては母より若干なりともマシな養父だが基本的にその差はサミングにとっては本当に小さいもので、なんともかんともと言わざるを得ない。



「あーもう! はやくどっかの島に着かないかしら」


 寝巻きから着替えサミングの普段着……厚手の服にズボン、頑丈なブーツという野暮ったい開拓者ルックになりながらエイエイオーのブリッジで舵輪を握ってサミングは独りごちる。

 一応ラリアット王国の要請で次に行く島はかなり遠くの国へ行ってくれと頼まれていて、エイエイオーは既存技術の船に比べれば速く、しかしエイエイオーの速度としてはゆったりと次の国を目指している最中である。


 舵輪を握ってなんとなく回してはいるがこれは雰囲気を重視するイケちゃんが後付けて付けただけの飾りみたいなもので実はあんまり意味は無い。

 一応イケちゃんは回して操作していたが実は回さなくても操作できるというか、回すのに合わせてエイエイオーを動かしていただけだと知ったときはえらいガッカリしたものだ。



「今の速度だとあと2週間はかけるみたいですよ」

「はー、なんでゆっくり飛ぶんだろ」


 サミングのぼやきに応えてくれたのはイケちゃんの配下の人。

 見た目は黒っぽいモヤの塊で頭の無い人型というべきシルエットか、足が短くて腕が太く長い、個体差もあって大きいのは頭が無いのに2メートルくらいとか色々あるが総じて不気味な連中だが慣れれば気の良い人たちである。


 養父はラリアット王国に付くまで彼らが会話できたりそれぞれに個性があることを知らなかったとの事だが、確かに彼ら同士ではあまり話しをしているようにも見えずこちらから干渉しなければ自分の作業を黙々としているだけなのだ。

 話しかけたりこちらが困っていると手を出してくれたりアドバイスしてくれたりと中々に頼れる人たちなのだが。


 でも彼らは基本、やはり養父に忠誠を誓う配下らしく


「イケちゃん様が旅はゆったりしたいとの仰せですから」


 と、養父至上主義に近い連中なのだ。


 一応サミングは養父のオーラの99%以上で体を構成された、ある意味で本当の娘のような存在なので上目遣いで


「おねがい、早く次の島に着きたいのッ」


 なんて頼めば我侭を聞いてくれたりもするがしょせん一時的なもの。

 というか養父はどうも稼働中の船の中で起こる出来事は常に全て把握してるらしいのだ。


 さらに目の前に居ないのにまるで耳元で話してるかのように声が聞こえる妙な話術を持っていてスゲエびっくりさせられる事もある。



 別に監視されてるとかそういうんじゃ無いと何となくわかるのでちょっと暇ながらもサミングが蛇輪を回して操縦ごっこに興じて暇を潰していると後ろから声がかかった。


「サミング様、そろそろ頃合かと思われますので慣熟のための訓練をなさいませんか?」

「はてな?」


 後ろから声を掛けてきたのは同じ黒でも養父とは全然印象の違う薄汚れたミイラマンてきな養父の子分であるミイちゃん。

 サミングは始めて彼を見たときはえらいおったまげたものだ。

 暫くは慣れなかったし船に乗り始めた頃も後ろから声を掛けられたらドヒャー! とみっともない悲鳴を上げることしばしば。

 まぁあの見た目ならなぁと養父も言ってたので自分が特別チキン扱いされなくて本当に良かったと思っている。



「で、訓練てなんの? 開拓者になるための実地研修みたいなものかしら。だとしたら外国とか未開の島に着かないとダメじゃん?」

「いえ、そちらの訓練はそれ程必要ないかと思われますが今のあなたのお体に慣れるための訓練です」





「そして現在私はエイエイオーの上部甲板にぃぃぃッッッ!! 無理! 無理! たぁーすぅーけぇーてぇー!!」


 サミングの体は養父のほぼ全てがオーラで構成されていてすでに生身のオーガとはまったく別の存在である。

 だが意識などはオーガのものでしかないために体の機能を使いこなすことが出来ていない。

 幸いというべきか、使いこなせなくて力を持て余し暴走するなんて事がないので今のところは平気だが、折角持っている力も使いこなせないのではブタに真珠であろう。

 ついでに言えば、今でこそ安定しているが何某かのショックでサミングが持つ力を暴走させてしまって大惨事が起こった後で制御する訓練をしていれば、なんて言っても遅い。


 ゆえに出来るだけ早くにサミングは力を制御しなければならないのだが、その為の訓練としてミイちゃんに連れてこられたのはエイエイオーの上部甲板。


 さらには養父にメチャクチャな運転をする用にまで頼まれていて、ただでさえツルツルな甲板であるというのにランダムにグラグラ揺れて、とても立っていられない。

 いや、今こうしてサミングがへばりついて居ることでさえまるで冗談のよう。


「いいですか、サミング様。まずは自覚をしてください」


 グラグラ揺れ、時には天地が逆さまになることさえあるバカ運転の甲板の上だと言うのにミイちゃんは二本の足で立って、表情はわからないが余裕さえ感じさせる態度で言う。


「あなたはイケちゃん様のオーラの大部分を受け取ったイケちゃん様の分身体のようなものですがそれ以前にあなた自身であると」


 サミングは髪や服がバサバサ揺れているというのにミイちゃんはボロボロの衣装がそよ風で揺れてるくらいしか揺れていない。

 まるで平坦な地面に立っているような態度である。


「ゆえにあなたが確固たる意思を持って己を確立すれば場所や状況を問わずにあなたは常に平静で居られるのです」

「どぉこぉがぁぁああああ」


 サミングはそんなミイちゃんと違い、甲板の上にべっちゃりと体全体でへばりついて必死である。

 とてもじゃないが自己の確立だとかできる気がしない。


「そうですね。では考えてみましょう。物理的に考えてサミング様が普通の生物であった場合はとっくに吹っ飛んでいます」

「今もッ! と、飛んじゃうよぉぉぉおおおおッッッ!!」

「行為の際の奥方様の真似をされても返答に困りますが」

「うるしゃぁぁぁあああいッ!」


 とてもそんな余裕は無いのだが下ネタ耐性の低いサミングは極限状態でもつい突っ込んでしまう。

 むしろ極限状態だからか。


「おそらく今のサミング様ならもう甲板の上に立てるはずなのですがねぇ」


 フウヤレヤレとため息でも混じりそうにミイちゃんは言うがサミングにそんな余裕は無い。

 というか立てるわけがない気がするのだが。


「まずは冷静になって考えてみてください。吸盤も持たないあなたがツルツルな甲板にへばりつけている状況自体が物理的にはありえ無い事なのです」

「……?」

「さらにあなたは今、恐怖心から目を閉じていますが周りの情景を把握できているはずです」

「!」

「そして距離こそ離れていないもののこんな小さな声がお互いに届くわけが無い場所でも普通に会話が出来ています」

「おお……」


 ミイちゃんの言葉に耳を傾けるうちに確かにそんな気がしてきたサミング。


 メチャカタイ合金製だというこの表面装甲はメチャ硬く、滑らかなために引っかかりにしがみ付くことさえできないのに確かに自分の体は吹っ飛んでいない。

 別にが安定飛行をしてるわけでもなければ船の表面に風が流れていないわけでもない。

 それは自分の髪や服がバタバタ揺れていることからもわかる。

 さらに声だ。

 自分の声は悲鳴混じりに自然と大きいものになっていたがミイちゃんの声は常に抑揚を抑えた低くて渋い、穏やかなものだった。

 それなのに普通に聞こえている。

 いや、それは養父と同じように距離に関係なく発した言葉を相手に届く手段を持ってしているのかもしれないが、ひょっとしたら自分も同じようにしていたのだろうか?


「落ち着かれましたか? まずは船が揺れていることを忘れて二本の足で立ってみてください」


 言われればなんだか簡単に出来そうに思えるが怖いものは怖い。

 とりあえず生まれたての小鹿のようにプルプルと震えながら四つん這いになることからはじめ、ゆっくりと立ってみれば


「や……やった! 立った! 私が立った!」


 うおおおおおおおおおおお! サミングは女の子らしからぬ雄叫びを上げて喜んだ。

 なんせこんな不安定な場所で立てたのだ、なんか自分が凄くなったように感じる。


「次はその髪や服が風に煽られるのを制御してみましょう」

「なんだかわからんがとにかくやるッ!」


 そういう事になった。





 それから3日ほどはやればやるほど出来る物理的にありえないアクションの数々に大興奮したサミングは上下まっさかさまで飛ぶエイエイオーの甲板でバク宙やらバナナを食べて捨てた皮が雲海ではなく真上の空に落ちるように飛んでいくのをみてゲラゲラ笑ったりしていた。


「ふむ、とりあえず今の時点で動かせる範囲は動かせるようになったようですね」

「ん?」


 エイエイオーの上部甲板から側面、底辺を通り側面から再び上部甲板へと何週も走っているサミングを見てミイちゃんが言ってきた。


「今の範囲?」

「はい。サミング様はお気付きでしょうがもう3日ほど寝ていませんが疲労も眠気も飢えも渇きも感じていないでしょう?」

「そ、そういえば……」


 バナナは食べたけど基本的にほぼ休み無しで訓練していたことに居更に気付くサミング。

 それまで出来なかった事ができるようになっていたのは想像以上に楽しかったのだ。


「今のサミング様にとって睡眠とは本来不要なものなのですがね。それでも今まで睡眠を欲していたのは睡眠中は意識を覚醒させ今の体に認識を追いつかせようとする作用があったようなのです」

「し、しらなんだ」

「はい。それに気付いたのもイケちゃん様ですが。どうもサミング様が何ゆえに夜に睡眠を欲し朝に起きるのを億劫に感じているのかとお気にされていたようでかなり真剣に考察されていました」


 なんと。

 サミングは少し以上に驚いた。

 養父はあくまで母が好きで、自分に対して向ける感情なんてのは母の娘であるという部分だけだと思っていたから。


「あれで一応お養父さんにも色々あるということかしら。距離を置いて見てる分にはただのバカなんだけど」

「いえいえ。イケちゃん様はああ見えて色々と複雑……? ううん……いや、複雑のはず……です?」

「疑問形になるくらいにはバカな見た目どおり中身もバカなんだね」


 やれやれだわ。

 サミングは養父を想いため息をついた。





「サミングもだいぶ体に慣れたようだな」

「……そりゃまぁね」


 サミングの睡眠にも色々意味は有った、そういう細かい部分を見てくれてたりして、ついでに自分の体に慣れる特訓の面倒を見るようにミイちゃんに言ったのは養父だろうと思って本当なら感謝の言葉でも出すべきなのだろうがサミングには中々言える気がしなかった。

 目の前でめっちゃイチャイチャしてるからだ。母と。


 サミングがちょっとイラッとしているのに気付いたようには見えない養父は聞いてきた。


「で、生物じゃなくなってしまったがその分できるアクションは増えたと思うがどんな感じだった?」

「ん、そうね。常識じゃありえないって思うアクションが出来ちゃうのはちょっと物理的にありえなくて気持ち悪いって思うのもあるけどそれ以上に楽しかったわ」

「……そうか」


 サミングは元々オーガで筋肉は付きやすい種族だし、母と違って運動もしているので腹筋も十字に割れるくらいに引き締まっているが、あくまで鍛えた常識的なレベルでしかなかった運動能力が急に常識を超越してしまった。

 そのことに対して今までの努力はなんだったのかしら、と多少なりともむなしさを感じつつも何だかんだで楽しいという思いが大きい。

 そこだけは素直に言っておいたのだが妙に養父がしんみりしている。


「はてな」


 その事に小首をかしげるサミングだが母曰く


「イケちゃんはあなたの事を変えちゃったの、あれで気にしてたのよ」


 との事である。

 サミングからすればとっくに終わったことなのに未だ引きずるとは粘着質な男よのー、とも思うがその事が顔に出てたのかプリプリ怒って


「もうお前のことなんて心配しないぞう!」


 とか言っている。





「もうすぐ次の陸地に着くから今回のお前の訓練はここらで切り上げかな。思ったより捗らなかったなぁ……まぁお前の睡眠が体と意識の慣れを促すものだという事を知れただけでも良かったと思っておくか」

「え? 私ずいぶん常識を超越したと思ったけどまだ足りてなかったの?」


 サミングはぶっちゃけ今の時点でもう養父から貰った力を完全に制御できていると思っていた。

 それだけに養父の発言にはビックリだった。


 本当は養父の想像を超える成長力を持ったサミングに嫉妬して苦し紛れの嘘をついてるんじゃないかなー、なんて思ったものだがそうでもないとすぐにわかった。



「ビームくらい撃てるようになってると思ったが無理だろ? まぁあと一週間ほど寝ればそれくらいできるようになる筈だ」

「ビーム?」


 養父はサミングの疑問に対しなんだビームも知らんのかとため息混じりにエイエイオーの窓を開けたかと思うと


「見てろよ」


 と言って窓の外に顔を向け


「イケメンビーム!」


 と、叫ぶと目から黒い怪光線が発射、その衝撃により一瞬雲海に巨大な穴が広がった。


「イケメンならビームくらい撃てて当然だがお前でも体に慣れればいずれ撃てるようになるだろうよ」


 フフンと笑う養父を見てサミングは思った。


「私そのうちそんな風になっちゃうの? やだなぁ」

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