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9・一件落着

 明かりも付けていない暗い部屋だがイケちゃんは元々視力だけでものを見ているわけではないので部屋の暗さはまったく苦にならない。

 一人暮らしの女の寝室に本人の許可も無く足を踏み入れるのは常識で考えてアウトな行為だが仕方ないだろう。

 口に出してはいないが内面でそう言い訳して女をベッドに横たえる。


 3日は目を覚ますことも無いだろうが今は呼吸も落ち着いているし表情もマシになっているように見える。

 ただし目がさめた時、その後の事を考えると恐らくこの女はこれまでと全く違うものになっているんじゃないか。


 そう思うと気が重い。

 そしてそうなった女を見て自分は何を思うのだろうかと考える。


 気絶する直前の女は感情の塊だったがその感情は見ていて好ましいものではなかった。

 目を覚ました後もこの女があの感情に支配されたままの姿なのだろうか……


「今はそんな事を考える必要は無いか。いずれ嫌でもわかることだ」


 頭の中からさっきまでの考えを追い出すように頭を振りイケちゃんは眠っている女の頬を指でなぞる。

 精神的ショックから自分の頭や顔を血が出るほどガリガリと指で引っ掻き回していた傷がカサブタになっているがオーガはヒューマノイドの中では外傷の治りが早い種族らしいので目が覚める頃にはそれほど目立たなくなっているだろう。


「じゃあ、俺は今から出てくるがここは任せるぞ」


 名残惜しい気持ちはあるが目が覚めない女の傍にいることよりも今の自分にはやるべきことがある。

 だからと言って3日も目が覚めない女を一人で置いていけるわけもないので診ておいて貰わなければなるまい。


「目が覚めるまで待たないんですか?」

「待たんよ。なに、3日もかからずに戻ってこれるだろうから目が覚める前には戻るさ」

「私からすれば……目が覚めるタイミングにそこに居るよりも目が覚めるまでの間傍にいてくれてるという事実の方が大きいと思うんですが」

「それはお前の考えだろう。俺は俺だ」


 イケちゃんは元々人間でもないし人の生死というのもそれ程意味があるものとして受け止めていない。

 記憶喪失から来る幼さが原因か、あるいは自分が生物ではない事実による物事の受け止め方の違いかはわからないが。

 ゆえに、別にあの連中が生きていようと死んでいようと大して気にしないはずなのだ。


 人間であれば罪を犯したものが罪を犯さず生きた者よりも長い時間を生きることを許せないと思う事があるかもしれないが、イケちゃんからすれば生命体であれば放っておけばいずれ死ぬのでわざわざ自分が生命体の生死に関わる必要性を感じない。


 それでも俺はあの連中を殺す。

 イケちゃんはそう決めた。


 自分に対して攻撃行動をとったのもあるが仮にそうで無くともきっと同じ事を考えていただろうと思う。

 あいつ等、及びその仲間がいるのであればそこまで遡って殺す。

 殺しつくす。


 敵だから、攻撃してきたから殺すのではない。

 ムカつくから、許せんから、そんな感じの理由が該当するのだろうと自己分析をしているが深く考える必要は無い。


 シンプルな理由だ。

 あいつらのせいで一人の女が曇った。

 それも自分にとって好ましい女が。

 そのことに対する報復行動として殺してくれる。



 イケちゃんはそう決めてその部屋を立ち去ろうとし……


「そんなに気になるのなら目が覚めるまでずっと待ったらいいじゃないですか」

「ち、違う! 気になったんじゃなくてちょっと寝顔を見てただけだ!」


 何度も何度もチラッチラッと後ろを振り向いてまだまだ目を覚ますことの無い女の寝顔に後ろ髪引かれながら時間をかけて部屋を出た。

 ついでに言うなら家を出てからも何度か振り返って女の家を気にしながら歩いていたその姿はあんまりカッコよくなかったという。





「それは置いといて、だ。トラックを壊して最低でも乗員2名を殺め、ついでにトラックの荷も持ち去っていたであろう野党軍団だが。奴らを俺が殺すための許可を貰いたい」


 イケちゃんがミツキを抱えて町に帰ってきたときはそれはもう大騒ぎだった。

 バイクが噂になり帰ってくるのを見たいとそこそこの人数が何時間で帰ってくるかも判らないバイクを待っていたのだが帰還したのは30前後のオーガ女をお姫様抱っこしながら走るイケメンだったのだ。

 もっともメチャ素早かったので走ってる姿なんて一瞬しか目に出来なかったほどだが。


 バイクに乗って出ていったのに何で帰りはバイクじゃないのん? そんな疑問が出るのは当然のこと。

 門番はイケちゃんに問いただしイケちゃんは応えた。


 北側の街道をバイクで走っていたら、この町から北上してホーガン町へと向かっていたと思しきトラックが横転しているのを発見。

 そのトラックは側面や前面がベコベコ。おそらく質の低い魔術による攻撃を受けてそうなったんじゃないかと推理できる。

 そして運転席の部分から血の匂いを嗅ぎ取ったイケちゃんは運転席をベリベリ引っぺがし中に落ちてあった足首を発見。

 続いて検分をしていたら下手人らしき者たちに攻撃を受けたがイケちゃんは強いのでノーダメージであった。

 とはいえそのトラックに乗っていた娘がほぼ間違いなく死んだであろうというショックで気絶したミツキをそのままにしてられない事もあり、イケちゃんは一度町に戻ったがその野党軍団に対してムカつくという感情を残すハメになった。

 その感情を発散させるために野党軍団を殺す許可が欲しいのだが。


 と。



 野党なんてここ何年も見られていない、ましてや魔術を使える野党なんて……と言われればイケちゃんは


「存在しないと言うのならそいつらを俺が殺しても問題ないのか?」


 と、返してくる。

 イケちゃんの話が本当ならそんな事をやるやつは真っ当な国民ではなく犯罪野郎なのでそやつらに人権も糞も無い。

 しかし身元不明の外国人助っ人のイケちゃんにそんな事をやらせて良いのか? そう思うのが国に使える人たちにとっては普通の事。

 ゆえに、イケちゃんの話が本当かどうかを調べたい。

 ついでにもし本当だとしてもこの国の問題の一部なのだからこの国の者達で片付けたいと返したのだがイケちゃんはそれを受け入れたくないという。


「それは俺がやる事だ」


 こんな風に頑として聞き入れてくれなかった。


 一応イケちゃんも気絶したミツキをそのままにしておけないので彼女の実家で休ませたいので少し席を外すと言い、今ミツキの家から帰ってきたところであった。


「で、俺は連中を殺しちゃいかんのか? 言っておくがお前らに見せた足首で判ると思うがトラックの乗員の死は間違いないんだぞ。足首だけを切ってトラックに入れて本人は足が無いこと以外は元気ですなんてありえん話よ」


 イケちゃんはそういうが、イケちゃんの言葉通りとするならこの町から街道を北上して150キロほど進んだ先の地点でのこと。

 まだ確認さえ取れていないので正直イケちゃんの話をどこまで本当と思っていいのか判らないという部分もある。

 イケちゃんの普段の生活態度を見るからに不誠実ではあるが嘘つきでは無さそうで自分から犯罪を犯すようにも見えないために恐らく彼の発言は本当の事なのだろうと思われる。

 しかしそれでも証拠を確認もしていない段階ではなんともかんとも、であった。

 そして彼の発言が本当の事であったとすれば事件解決及び悪人の成敗は出来ればこの国の者の手で行いたい。



 あいつ等ムカつくから俺が殺したいと主張するイケちゃん。

 うちの国の恥部なんだからうちで処理させて欲しいと主張する国の人たち。


 その話はお互いの力や権力の釣り合いが取れていれば平行線だったのだろうがそうはならなかった。

 話し合いに限らず主張のぶつけ合いなんてものは最後は力がモノを言うのでイケちゃんに


「許可くれないのなら勝手に行って終わらせて国を出る」


 そう言われればもう言い返すことは出来なくなった。


 イケちゃんの部下たちの技術提供はもうしばらく受けていたいというのが国の本音。

 高度すぎるものは手に入れられないがある程度の足がかりを手に入れラリアット王国の技術力はメキメキと異常なほど急上昇している最中で出来ることならあと何年かはこの成長を続けて欲しいというのが技術者やそのスポンサーの上の人間の意向なのだ。

 だからと言ってイケちゃんやその部下たちを脅して力づくで隷属させられるものではない。

 この国の基本的な価値観でそういう行為はあまり褒められたものではないという部分もあるがそれ以上に、ある程度の付き合いでわかってしまった事だがイケちゃんやイケちゃんの部下たちは一人でラリアット王国を1000回以上余裕で滅ぼせる力を持っている。

 個人の保有するエネルギー量だけでも異常であり、どんなに最も低く見積もっても髪一本分で島を一つ消し去れるくらいの存在なのだから、それを知ってなお敵に回そうとするバカはいない。

 基本的に善良でありこちらが悪意を向けない以上は悪意を向けてこない相手なのだからなるべく自由に泳がせておくのが最善手。


 で、あるからには譲れない我侭を言われれば飲むしかないのだ。



「わかりました。できれば我々で処分したかったのですがお譲りします」

「うむ」


 そういうことになった。




 自分の足で走れば風より速く、そして無限に走り続けることが出来る。

 それでもイケちゃんはあえて乗り物に乗る。

 不便をまた楽しみたいからだ。


 だから町を出てすぐに野党どもの元に行かず、まずはバイクの元に向かった。

 停車させる時に自分の力を軽く滲ませていたので傷を付けられるどころか動かされてすらいない。


 ふむ、と呟いて検分してみれば動物がかじってみたり角をこすりつけてみたり、あと野党の何人かが動かせないかと調べていた様子が見えた。


 イケちゃんがミツキを抱えて去ってからまだ5時間と経っていないので野党どもはどうやらそう遠くに逃げていないようだと推察できた。

 あるいは奴らには逃げ場など無いのかもしれないがそこは知ったことではない。



 バイクに跨り挿しっぱなしのキーを捻り眠っているエンジンを目覚めさせてやり火を入れる。

 心地良いエンジン音を聞きながら、さてどこに居るかと意識を広げる。


 森の中だが直線距離としてはそれ程離れていないな。

 舐めているのか、それとも捨て駒の囮として切り離されているのか……数は20人程度しか補足できない。

 あれから仲間と接触したのかどうか……違う。


「ちっ、自殺せずに待てと言った筈なんだがな……いや、自殺じゃないのか」


 本気で調べることに集中した時、自分を中心とした広範囲の情景が簡単に手に入った。

 その情報量にイケちゃんは自分で驚くが今はそうしている場合ではない。


 奴らはイケちゃんが去った後、頭目である男の命令でバイクを手に入れられないかを調べ動かそうとしてもうんともすんとも言わず、壊そうとして鈍器で叩いてもビクともしなかった事でバイクをあきらめた。

 そして短い時間で頭目は自分の仲間を全員集めた。

 仲間に普段から服用させている触媒の効果で絶対服従な部下たちは逆らうことも出来ずに一箇所に集められ、その大半が頭目の使う切り札の魔術のための生贄として死んだ。


 恐怖心と僅かばかりの理性でイケちゃんは必ず追ってくることを確信した頭目は、ならば万全の体制で迎え撃とうと準備をしているらしい。

 部下に飲ませた魔術触媒と命そのもの、さらに自分でも大量に後遺症が出るほどの劇薬を飲み、自分を強化して一生に一度使えるかどうかの召喚術を行うつもりらしい。



 直線距離では大して離れていないしイケちゃんが自分の足で向かえばあっという間の距離での事だが、よもや知りたいと思って調べることに集中しただけで一歩も動かずにこれほどの情報が手に入るとは思っていなかったので、流石に自分は一体なんなんだと疑問を浮かべたがそれも一瞬だけのこと。


 自分が何者であろうと今の時点でやるべき事は決まっているのだから。



 行くべき方向にバイクを向けアクセルを回し発進させる

 街道でさえバイクが走るのに適した道でなかったというのに街道脇の木々が生い茂る森の中をバイクで、それもロングチョッパーなんかで走るのは人間ならば狂気の沙汰だが乗っているのがイケちゃんであれば大した問題ではない。

 常識外れの感覚器官と運転技術で森の中も苦にせず走る事ができるから。


「さぁて、人数を自分達で勝手に減らしやがった分は生きてる奴らを延命しながら長い時間かけてじっくりと殴り殺しするとして……嬢ちゃんが目を覚ます半日くらいに終わらせれば余裕で間に合うかな」


 イケちゃんは戦いを好んではいない。

 自分がどのくらい強いかを知らない時から自分から戦いを挑むという事はしなかった。

 本能のような部分で生物が相手では勝敗のわからない戦いなんてものに発展しない事が何となくわかっているからだ。

 相手が戦いを望んだ時だけ戦いはするが特にその戦い自体に何かを思うことは無かった。


 今回のことも先に仕掛けてきたのは向こうだからと取れるが、仮にあれ等が攻撃を仕掛けてこなかったとしても恐らくイケちゃんはあれ等を敵と認識して能動的に自分から殺しにかかっていったであろうと思う。


 怒りや殺意のような感情が自分の中にもある事を知ってイケちゃんはなんだかんだで自分を生物と変わらんのだなとのんびり思った。







 眠い。

 ひたすらに眠い。


 自分が何者で何を考えている生き物なのかも良くわからないがそんな事を考えるより眠いので今は寝ているべきだ。

 寝ることが出来るのだからひたすらに寝ていたい。


 そう思っていたらかすかに手にぬくもりを感じた。

 そのぬくもりを意識した時、自分には手があることが気づいた。

 手があるということはその手にの根元に体があり、体には頭が生えていて眠いと感じているのは頭なのだろう。

 ぬくもりを感じている手は片方だけという事を意識したら自分に手が二本あることを思い出した。

 そして自分の大まかな形……人型、体を中心に手が二本に足が二本、そして頭が一つ生えている生物なんだ。

 足……足というのは何か思い出したく無い事のように感じた。

 眠いからちょうど良い、今は寝ていよう。

 そう思ったけど手に感じるぬくもりが気になった。

 自分の手を誰かが握っている?

 気になったので握り返してみた。

 するとその手がより一層強く握り返してきたように感じる。

 その感触は懐かしいような、泣きたくなるような、なぜかそんな気分にさせるものだった。

 眠いからまだまだ寝ていたい。

 でも気になる。

 眠い。

 気になる。

 寝ていたい。

 気になる。

 起きてはならない……起きてはならない? なぜそんなことを思ったのだろう。

 なんで起きてはならないのか……いや違う。起きることがダメなんじゃなくて、思い出すことがダメなんだ。


 なにか悲しい事があったから。

 それでも手に感じるぬくもりがそれ以上に気になった。




 そしてミツキは目を覚ます事を選択した。

 頭は重く藻がかかったように思考がぼやけフラフラする。

 部屋は明るくない筈なのに今まで目をつぶっていた時間が長いために薄い光でも眩しく感じて中々目を開くこともできない。

 体を起こすのも億劫に感じるのは年のせいではなくまだ起きるべきではない時に目を覚ましたからだろう。

 でも起きたいと思ったのは手に感じた、そして今も感じるぬくもりが何かを知りたかったから。


 手の方に顔を向け、何とか目を開きボンヤリとする視界で手に感じるぬくもりの元を確認して。

 まずミツキの目に映ったのは白い手。

 今まで太陽の光を浴びたことが無いかのような滑らかな白い肌を持った手が自分の手をを握っていた。

 その先ににあるのは目を覚ましたことに気付いてホッとしたような表情でミツキを見つめる黒い目。

 そして黒い頭髪。


 だけどその顔は間違いなく


「サ、サミィ?」

「うん」


 オーガの特徴として額の両端に生えた角、もうすぐ11歳になるのに年齢の割りに幼い顔立ち(オーガの11前後は人間の15~17くらいな感じ)、自分と違って起伏に乏しい体、「私は年頃の少女だから色気づいてるのよ!」と豪語する割には多少長く伸ばした髪を大雑把に上のほうで纏めただけの髪型。

 それらの特徴はまさしく娘のものだった。


 元はオーガらしい赤めの明るかった肌の色や栗色だった髪や青かった目の色がそれぞれ変わっているがそんな事はどうでもいい。


 どうでもいい?

 なんで? 色が変わるなんてどうでもいい事じゃないはずなのに。

 髪くらいなら染めれば色は変わるけど目や肌の色は変えたいと思って変えれるものなのだろうか……そんな大それた変化をどうでもいいと思うとは如何に?


 そこまで思考して気付いた。

 気付いたことで眠気は吹っ飛んだ。


「あなた……本当にサミィなの?」

「そうだよ、サミングだよ」


 長い時間寝ていたために間接がギシギシいって少し痛いが我慢してミツキは起き上がり娘の顔を見る。

 色は変わっているけど娘のサミング以外の何者でもない娘。

 まじまじと手を見つめ次に足を見る。

 そういえばアレは右足だったか左足だったか……


「サミィ、ちょっと靴を脱いで足を見せてくれない?」

「お母さん、私お化けじゃないよ?」


 苦笑しながらサミングは右足の靴を脱いで足を見せた。

 足首より上は顔や手と同じように白いろなのに、足首から先だけが墨を落としたように真っ黒になっていた。


「あなた……一体どうしたの?」


 頭がくらくらするのを感じながらも辛うじて堪えミツキはなんとかその言葉を搾り出した。

 記憶が確かならサミングは死んだ。はずだ。

 それでも今生きている。

 多少姿が違っても生きていてくれるのなら。

 それでも一体何がどうなったのかサッパリ判らない。


 混乱して何がなにやらと言った風情のミツキにたいしてサミングは軽い口調で


「説明するねー」


 軽い口調で説明を始めた。



 説明にいわく、イケちゃんがサミングの足首に自分の力を与え足首を中心にサミングの体が再生され生前のサミングと同じ思考回路及び性格を再現した存在を作り上げたらしい。

 体が完全に近い状態で残っていれば、それでなくともせめて脳が残っていればもう少し楽に再現できたはずなのだが片方の足首だけ、それも下手糞な魔術を受けて死んだためにサミングの足首の生体情報とやらがぐちゃぐちゃにかき混ぜられていたために、なるべく生前そのままのサミングを再現したかったのに色違いになってしまったという。


 そこまでの説明だけでもミツキが理解できない事が沢山ありその都度質問して、サミング自身も完全に把握しきれていない部分も相まって説明にはかなりの時間を浪費した。


「つまり……どういうこと?」

「さっきは私はサミングだと言ったけど厳密に言うと違うのかもしれないの。魂がどうのこうのと言う人からすれば私はサミングと同じ過去の記憶を持っていてサミングと同じ思考パターンをもつサミングの偽者と言われるかもしれない。それでも私は私を自分だと思ってる。もしお母さんが私を偽者と呼んだとしても」


 そう言ってミツキを見るサミングの目はさっきまでの優しいだけの目ではなく強い意志を感じさせる目だった。

 ミツキはあまり頭が良くないので色々説明されてしっかり聞いたつもりでも半分以上は右から左に流れるようなものだった。

 それでも判ることはある。


「あなたの話、母さんよくわからなかったわ。それでもあなたが自分をなんと思おうとあなたは私の娘よ」

「ッ! ふっ、ぐ……ひっ……あ、ありがと……うぐっ」


 ミツキがそういってサミングの頭を胸に抱き寄せるとサミングは泣いた。

 難しい話は分からないが母親として、サミングが強がっていても同時に怖がっていた事は手にとるようにわかっていた。

 自分では強がっていたけどこの子は賢いから感情より考えを優先するところがある。

 だから賢い人がよくわからない屁理屈をならべてこの子が偽者だと言った時、この子はきっと言い返せない。

 だから言い切ってやるのはまだ自分の役目なんだと、ミツキはそう思っている。


「よかった……死んだかと思ってたけど……本当に」

「ほえ? えーと……私は厳密には死んでて」

「今生きてるじゃない! そんな縁起でも無いこと言わないで!」

「え? い、いや……お母さんさっきの話の内容覚えてる?」

「そんなの知らないわよ! 難しいことは賢い人が知ってればいいの!」



 言い切るミツキにサミングは思った。

 おいおいマジかよ……と。

 結構長い説明を根気良くしていたのにあんまり意味がなかった事にショックを覚え。





「結構長い説明がほぼ無駄に終わったことにそれなりにショックを感じるけれど仕方ないことだと諦めるわ。そしてしばらくの間まったりとした時間が流れたの。お母さんの頭空っぽっぷりに戦慄を覚えた私だけどそれでも嬉しい気持ちは大きかったわ。お母さんも理解していないなりに私が生きていることを喜んでくれたし。そして落ち着いたところでお母さんは聞いてきたの」

「なに言ってるの?」

「ごめん、私にもわかんない」


 サミングの言葉通り、ミツキはサミングに聞くべきことがあるのを思い出していた。

 いや、忘れていたわけではないのだが優先順位が娘と比べて全然低いので今まで表面に出さなかっただけなのだが。


「ところでイケちゃんさんは?」

「あー、うん。エヘヘ」


 ミツキはいつ気を失ったのか詳しく覚えていないが主観的には起きる直前まで傍にいたはずのイケちゃんが居ない事を尋ねただけ。

 それなのに娘は罰が悪そうな表情で苦笑している。

 これは……!


 サミングはかわいい。

 ミツキはそう思う。生まれた時点で目に入れても痛くないという言葉の意味が判るほどのかわいさ爆発だった。

 単純な容姿だけで言えば自分の若い頃の方が美人だった自身があるし今だって自分の方が美人度では上に決まってると妙な自信を持つミツキだがたった一つだけ敵わないと思うものがある。

 それがかわいさであった。

 サミングかわいい、超かわいい。


 いくらミツキを指名しまくりとは言えイケちゃんはロリコン御用達の店で店の幼いとさえ言える子達を相手に楽しくおさわりしながら楽しむ客でもあるのだ。立派なロリコンだ。

 サミングが守備範囲に入っていないわけが無い。


 そしてサミングからすればイケちゃんは?

 記憶喪失にもかかわらず雲海を余裕で渡れる旅人でイケメンでハンサムで命の恩人でイケメンだ。

 ロリコンというのもサミングの年齢を考えればマイナスというよりプラスに映ってしまうであろうよ。


 つまりサミングはイケちゃんに……


「惚れてないわよ?」

「だめよサミィ。あの人はやめなさい。そもそもあなたは開拓者になるのが夢であと何年しないうちに旅に出るんでしょ。だからやめておきなさい」

「違うってば。どんだけ必死なのよ」


 ミツキはサミングがイケちゃんに惚れてイケちゃんもサミングに惚れてるんじゃないかと邪推している。

 というかむしろ決め付けている。

 その上でイケちゃんとは付き合っちゃらめと言い切る。


 思わぬ娘の死にショックを感じたミツキだが短い人生、いつどこで何があるかわからない。

 だから例え何度悲しむ事になったとしても娘の夢が危険を伴う開拓者であっても本気であるなら止めるつもりは無い。

 しかしそれでもイケちゃんと付き合うのは止めろというのは果たして親としてあの男は危険だからだといいたいのか、すぐに旅に出て分かれて寂しい思いをするんだから止めなさいということか。



 勝手に確信して決め付けるミツキにサミングは辟易しながらもどうにかこうにかミツキをなだめすかす。

 ミツキは全く納得してないしサミングがイケちゃんにベタ惚れだと確信したままだがなんとか話を聞こうという気になった。



「えーとね、さっき申し訳無さそうにエヘヘと苦笑したのはね。うん、マジでちょっと笑っちゃうことなんだけど……イケちゃん様ってばお母さんが3日ほど目が覚めないって言って幼児を済ましにいったの。私はお母さんの傍に居た方がいいって進言したのに3日間絶対起きない、みたいな態度だったのに1日ちょっとでお母さんが起きたから。それで笑っちゃった」


 イケちゃんは3日は起きないと自身満タンだったがサミングはきっと傍にいて思うだけでもきっと違いがあるとメルヘンチックに思っていたのだ。

 そして現実にそうなった。

 その事を言いたかったのだけど


「イケちゃん『様』!?」


 そっちに食いつかれた。


 すっかり元気になったのか母親がギャーギャー言ってくるのでなんとか宥めすかしてサミングは説明する。


「いや、私の蘇生? って言うかなんだろ? 復活ってのも違うらしいんだけど、死んだ私をこうするためにはイケちゃん様の力が必要で私の体は今イケちゃん様の力で動いてる状態なんだって。詳しくはわからないけど。分類的には私は現在イケちゃん様の配下って事になるって思うの。なんかそんなん言われた気がする」


 生き返ったというべきか。

 その直後は意識がハッキリする前だったので説明も実は中途半端にしか聞いていなかったのだ。

 聞き直したいと思っていたのだがイケちゃんのヤツは野党軍団を倒すために出かけてしまった。


 サミングからしたら自分の仇でもあるんだから止める理由は無いに違いないが、それでも母親であるミツキを大事にして欲しかったという思いもあって、生き返らせてもらったことを感謝する反面イケちゃんに対する個人的な気持ちと言うのは中途半端なものとなった。


 とりあえずそれらの事を説明されるとミツキは


「ふう、つまり付き合いたいとか思ってるわけじゃないのね」


 と、あからさまにホッとしていた。


「そりゃお母さんの彼氏に手を出すとかないし。そもそも私の好みのタイプは可愛い系の男の子だし」

「か、彼氏とかじゃないって言ってるでしょ!」


 彼氏云々を言われるとプリプリ怒るミツキだがサミングからすれば


「お母さんもうベタ惚れなんじゃないのー?」


 ってなもんである。




 それから2日ほど日をまたいで。

 イケちゃんの予想していたミツキの目覚める時間より約半日早く、イケちゃんがやってきた事をサミングは察知した。

 仮にもイケちゃんの力で動くサミングの体は力を渡してくれた大元のイケちゃんが近づけばどうやら感じることが出来るらしい。


 イケちゃんがもうすぐやってくる事を告げられたミツキは身構えた。

 一体どう対応すればいいのやらわからなくて。


 それこそ目が覚めたときにイケちゃんが目の前に居ましたとかだった方がまだマシだったかもしれない。

 でも今は娘から色々と説明も聞いて2日も日をまたいですっかり落ち着いてしまっているのだから。


 娘を助けてやったんだからその礼をしろと体を要求してくるくらいなら楽なのだけどそういうタイプじゃないというのはそう長くない付き合いでも判る。

 むしろそれが判るくらいの付き合いをしている事がなんともいえない枷になってしまう。


 今日は仕事だから! と言って出ようとしたら娘には止められるし……


「本当だったら私こそが席を外して二人でイチャイチャさせてあげるべきなのだろうけど私はお母さんを任されちゃったからなぁ。とりあえず挨拶だけしたら私は2~3時間ほど出かけるからさ」


 そんな気の使われ方は嬉しくないと言いたくなるミツキであった。

 あと念のため化粧しとけばと言われて普段より気合の入った化粧をしてしまったのは現実逃避のためであって別に期待してるんじゃないんだから! 勘違いしないでよね! とか言ってたがその台詞を言うには15歳ほど年を取りすぎである。



 コンコンとノックの音。

 サミングはイケちゃんの気配が何となく判るようになっているので相手がイケちゃんということがわかっている。

 しかしわざわざノックをしてくるということはひょっとして母の目がとっくに覚めていることは気付いていたのだろうか?

 まぁ厳密には違うにしても片方の、それもズタボロな足首から人を一人再生しきるような規格外な相手だ、何が出来ても驚くべきではあるまいて。

 サミングはそう思い扉を開けた。


 母には寝室で待機するように言っている。

 娘なりに気を使った上で。

 普段ならミツキはそんなん聞かない気もするが何だかんだで色々とテンパって居るので言われるがままで楽であった。


「……」

「えー、っと。お母さんは寝室で待っています。あと、結構早くに目が覚めて」

「そうか……まぁ何となくお前の思考が漏れていたので大雑把には情報も入っているが……その上で聞きたい」

「はてな?」


 サミングはそれほどイケちゃんを知らない。

 復活させてもらった恩は有れど基本的にイケちゃんについて知っていることといえば、この国に技術革命を起こさせるきっかけを作った旅人の頭で、あとは母親の気になる人と言ったところでしかない。

 何だかんだで付き合ってるわけではないというのは判っているのだ。


 性格に関しては、以前に会った時に少し話をしただけなので軽そうというイメージしかない。

 自分が死んで生き返らせてもらった時は母親が気絶していたので少し重かったが普段はもっと軽いと思っていた。

 まぁ3日経ったからってシリアスモードが切れる人じゃなかったということなのだろう、とは思うが聞きたいこととは一体なんだろう。

 そう思うとはてなと思わざるを得ないサミングであった。


「まずお前が死んだ原因は俺にある」

「……はぁ?」


 イケちゃんの言うことには。


 サミングを殺した野党軍団は実は空賊だったらしい。

 この島の人が寄り付かない場所を根城にしていた空賊だったが数ヶ月前に船が出て行ったきり帰ってこなくなったらしい。

 頭は自分で動くより部下に略奪行為をさせるタイプだったらしく地上に残っていたが船が無ければ略奪品も手に入らない。

 自分達で山を拓いて自給自足なんてできるなら空賊にならないということもあって奴らは人里の近くで人を襲うことに決めたらしく、そのターゲットになってしまったのがサミングだったのだ。

 それだけなら悪いのは空賊だけという事になるのだがなんと空賊の船を落としたのはイケちゃんだという。

 というかどうやらこの国に立ち寄る者を襲うクソ空賊野郎ども全てとイケちゃんはエンカウントして全て返り討ちにしていたたらしいのだ。

 実はこの島にはイケちゃん達しか居ないものの国単位で見ればイケちゃんたちがやってきてからというもの結構旅人がやって来ていたらしい。

 イケちゃんが空賊を退治してくれて旅人が来やすくなったからなのだろうと、サミングは今気付いた。


 そしてイケちゃんが言う、自分が悪いというのは空賊の船を落としてしまったために残りの連中が野党になった事を指しているのだ。


 サミングからすればそれは全くもってイケちゃんに非の無い事に思えたが、サミングがそういえばイケちゃんはお前は俺のオーラの影響で俺を悪く思えないだけかもしれないという。

 イケちゃんはサミングの再構築に関して思想や思考が本来のものと一致するようにとかなり気を使っていたのだが自信が無いらしい。


「私はあなたに非があるとは思えませんがあなたがそうまで言うのであれば……お母さんに会ってその話を。お母さんがあなたを責めないのであればやはりあなたに非は無いということになる筈です」


 だからサミングはもうブン投げた。色々と。

 寿命の短い種族は基本的に刹那的な思考の持ち主が多いのであまり後に引きずらない。

 大事な人が死んだ、二度と合えないなんてなるとそりゃ何日も、場合によっては何年もへこむがそうでない場合は破産しようと手足の一本や二本を失おうとも案外元気なものだ。

 今回のサミングにしても何だかんだで生き返れた、そして母はそんな生き返った後の自分も受け入れてくれた。

 それで十分なので一々グダグダ言うのがめんどくさくなったのだ。


 だから。


「まぁそう言う訳でアレです。2~3時間ほど外で時間つぶしますので。お母さんは寝室に居ますからハッスルしてください」


 サミングは言うだけ言ってピューって感じの速度で走って去った。





 ミツキはソワソワしながら寝室のベッドに腰を掛けている。

 これから来るであろうイケちゃんが娘を生き返らせた事の代償として体を要求してくるかもしれない。

 いや、性格的にそういうセコイことはしない気もするがしてきても文句を言える立場じゃないし。

 でもぶっちゃけそのくらいの理由を付けてくれた方がこっちも仕方が無いからと言い訳も出来るし……


 なんて考えたところでそれじゃ自分がして欲しいみたいじゃんッ! と頭を振って冷静になろうとするのだけど全然上手くいかなかったり。


 サミングがもうすぐと言ってからずいぶん時間が経ったようにも感じられるけど実際はそんな経ってないのかもしれないしで年甲斐も無く身悶えながらイケちゃんを待っている。



 それから少ししてから扉が開いた。


「……」

「あ、えーと……あの、その」


 気まずい。

 めちゃ気まずい。


 イケちゃんは何故か折角の綺麗な顔が台無しのどこかアホっぽさがにじみ出るなんともいえない表情ではなくダウナー系のシリアスチックな陰のある表情だから。


 これはこれで観賞用にはいいけど普段の方が好きだな。


 とか無意識に思った後、好きって言ってもそういう訳じゃないんだからッ! 勘違いしないでよねッ!

 なんてツンデレ風に脳内で思考が走るがそんなミツキを見てなおイケちゃんの表情は動かない。


 別にミツキがポーカーフェイスなワケでなく普通に表情に出まくりなのに。


「あの、イケちゃんさん?」


 そこでミツキは訝しむ。


 ミツキが知る限りイケちゃんのこんな表情を見た事がない。

 お店で見せる普段の態度ならそれこそベッドに転がり込んで膝枕をねだったりベッドに転がってちょうどいい所にベッドが! 休んでいかないかい? とか言ったり熱いなぁ、そうは思わんかね? ってさりげなく服を脱げと要求したりしそうなもんなのに。

 イケちゃんは客としてでもそうでない時でも基本態度は変わらないと思うのに今日に限ってなんでこんな感じなんだろう。

 そんな風に思って。


「どうしたんですか?」


 気付いたらミツキは自分から部屋の入り口に立つイケちゃんのもとに歩み寄って顔を覗き込んでいた。

 ちなみに今まで描写が無かっただけでミツキの身長はオーガの成人女性としては平均的な185くらいで190前後なイケちゃんよりちょっと低いというくらいの身長差しかないので立ったイケちゃんの顔もじっくりと見れる。

 相変わらず皺や染みやたるみの一つもない顔で少し、ほんの少し嫉妬心が沸くが。


 んで、じーっと見てたらプイッと視線をそらされた。

 イケちゃんに。


「なっ!?」


 これはミツキにとってたいそうショックであったそうな。

 普段はやたらめたら目を合わせてくる男なのに。

 その後眼をそらすとしても基本的に乳とか股とかケツとか、あるいは違う子を目で追ってたりする男なのだ、こやつは。

 そんなイケちゃんが眼をそらした。

 その方向には当然だが誰も居ない。


「イケ……ちゃん、さん?」


 目をそらされたことに感じるショックが自分でも思いのほか大きくて驚くミツキにイケちゃんは言った。


「すまん」

「え?」


 すまんとは如何に?

 何がなにやらサッパリなミツキにイケちゃんは説明した。

 サミングが死んだのはイケちゃんのせいだという事を。


 ちなみにミツキはアホなので説明の途中であんまり関係のない情報を気にしたり言った次の瞬間には何でしたっけ? とか聞いてきてえらい時間はかかった。

 それでもイケちゃんはめんどくさがる事もなく説明をした。


「何がなにやらサッパリわかりません」


 その答えがこれである。

 普通の人間なら脱力感に襲われそうなものだがイケちゃんは人間どころか生物でもないのでなんでもないぜ。



「まぁでもつまりはアレですよね。サミィを助けてくれてありがとうございました」


 ミツキはそれだけ言って胸の痞えが取れるのを感じた。

 礼を言って無い事を今思い出したのだ。

 これで気分スッキリ爽快である。


 しかしイケちゃんはそうでもなかったようで


「ありがとうって……お嬢ちゃん俺の話ちゃんと聞いてた?」

「そりゃもう! えーっと……何でしたっけ?」


 おいおいマジかよ。

 流石にイケちゃんもそう思った。


「嬢ちゃんそんなんでよく店の経営なんてできるな」

「仕事とプライベートはわけてますから」


 どやっ!


 別に褒めてないのにミツキは誇らしげなどや顔である。


 そんなミツキを見て、イケちゃんはミツキが目を覚ました時にどうなっているのかと心配していたのが杞憂に終わったと知り、自分でも意外なほどにホッとしていたのだった。





 せっかく寝室で待ち構えていたのだが長話でミツキの喉が渇いたという事でリビングで軽く酒を飲む事になった。

 茶ではなく酒である。

 真昼間から酒かよと普通の神経をしてる人なら言いそうだがイケちゃんもミツキも普段昼間から酒を飲む店の客とかオーナーをやってるだけあってツッコミはない。


「いやもーホントにねぇ。何がなにやらだけどあの子が生きてて私はそれだけで嬉しいよ」

「そうか……正確に言うと違うんだがまぁいいのか?」

「そっすよぉ、もう。ホントにその恩を嵩に体を要求されるかもって化粧までばっちりして下着もそろえたのにイケちゃんさんチキンすぎっすわー」

「俺はそういうやり方を好まんのだ。イケメンゆえに」

「美形ってのは認めるけど普段の態度がイケメンちゃいまっせー」


 ヘラヘラ笑いながら普段と違いミツキはやけにイケちゃんに絡む。

 酒には強い方なのだが心労や緊張もあってハイペースで酒を飲んで酔っ払ってしまっているのか。


「イケメンじゃない……だと!?」

「そっスわぁー。てぇーかぁー、前から思ってたんスけどなぁんでイケちゃんさんて私をお嬢ちゃん言うのー?」

「サラッと重要なことを流しよって……嬢ちゃんを嬢ちゃんと呼ぶのなんて、俺より年下の女の子なんだから当然であろうが」

「すんな年下の女の子って相手を口説くとかぁー、ロリコン過ぎちゃいまっかー」

「俺がロリコンで何か問題でも?」

「開き直りよったー! イケメンじゃねー!」


 ギャハー! と下品に笑いながらツボにはまったのかゲラゲラ腹を抱えてひとしきり笑ったと思ったらミツキは突然テーブルにもたれかかる様に項垂れた。


「どうした?」

「イケちゃんさんはロリコンだもんね……本当は私より店の子の方がいいよね……サミィなんて超かわいいし若いし……」


 さっきまで上機嫌にゲラゲラ笑ってたのに急にネガティブになるミツキにイケちゃんはどうしていいのか分からない。

 基本的に自分が酔わないからだ。飲まず食わずでも問題はないし酒をはじめ毒を飲んでも体に影響が出ないために酔っ払うというのがよく理解できていないのだ。

 ミツキはどうやら酔っ払うと感情の揺れ幅が大きくなるタイプらしいがイケちゃんはそういうのがまだ理解できていない。


「嬢ちゃんだってかわいいぞ。あと好みの問題もあるしな」


 しかしわからないなりにフォローはする。

 自分をイケメンだと信じるがゆえに。


「うっそだーあ。サミィ助けるのにえらい頑張ったって聞くしぃー。どうせ私なんかよりサミィのが可愛いとか思ってるんでしょー」

「……俺は、そうだな。基本的に視覚情報だけで人を見ていないと思う。あくまで評価基準の一つで女を見るときは匂いやそれまでの人生、さらに先をを思い描く感情なんかを大雑把に見てるんだと思う。そんな俺から見て嬢ちゃんは魅力的でかわいく思っているんだぞ? サミングのヤツに関しては言っちゃ悪いが嬢ちゃんの娘だから無茶してがんばったのだ」


 完璧なフォローであろう。

 と、イケちゃんは思っているのだがミツキは半目でイケちゃんをジトーっと睨む。

 かなり酔っ払ってるのかもしれない。


「サミィの事は名前で呼ぶくらいなのに私のことは名前で呼ばないのね」


 そういってプイスとそっぽを向く。

 これにはイケちゃんも慌ててフォローするがなかなか上手くいかない。


 どうすればいいのやら……


「えーと……じょ、ミツキ?」

「なぁに」


 返事はするがそっぽを向いたまま。

 どないせっちゅうねんと言いたくなる所だがイケメンはそんな困難乗り越えれてこそである。


「いやな、普段は店の客としてアレだ。節度ある態度を心がけてただけで許可さえあれば俺は」

「許可が無きゃ女をどうにも出来ないのにイケメンとか超ウケるー、みたいな? チョベリバ」


 かなりご立腹である。

 イケメンじゃないみたいに言われてるのもきついがそれ以上に何とかしなければと焦ってしまう。


 焦りつつもうなじを見たりケツのラインを見たりと同時進行だったりするのだがそれはイケちゃんがスケベだからというよりもいろんな行動を同時進行で出来るくらいの能力の持ち主だからと思ったほうがいい。


 ちょっと悩んだがイケちゃんは閃いた。



 一方ミツキは酔っ払って感情がグデングデンではあるが基本的に意識は失っていないし酔いで記憶が飛んだことも無いくらいなので精神の根っこの部分では冷静であって。

 そして自分でも良くわからないが何故かイケちゃんに対してそっけない態度を取ってしまったことでイケちゃんが何も言ってこなくなっていて少し焦っている。

 かと言ってここで振り向くのはカッコ悪いし眠いしどうすべきか……そう悩んだ。

 そう悩んでいると


「うひゃう!?」


 ケツを撫でられた感触でびくっと体が跳ねる。

 酔いは中途半端だが眠気は吹っ飛んだ。


「な、な、な……」

「寂しいんだな? 気付かなくて悪かったな」


 ミツキはリビングの二人掛けソファに、イケちゃんは対面ではなくミツキと90度の角度になるように座って飲んでいたはずなのにいつの間にかにミツキの横に座っている。

 座っているだけなら良いがケツを撫で顔をミツキのほうに寄せてとかなり接近している。

 お店でもここまであからさまにベタベタしてこなかった気がするのに。


「い、いけちゃんさん?」

「力を抜け」


 ケツを撫でていた手を腰の方まで上げ、ただでさえ密着していたミツキの体をより深く抱き寄せながらイケちゃんはミツキの顔に自分の顔を寄せてきた。

 空いた手でミツキのアゴを軽く引き上げて自分の方に向けさせながら。


「あっ」

「ん」


 ミツキは自分が何を言おうとしたのか、それは口を塞がれた衝撃で吹っ飛んだ。

 久しぶりではあっても初めてではない、それなのに舌も入れない口付けだけで尾てい骨から背骨を通って頭蓋骨の鉄片までゾクゾクと何かが駆け上がってきた。


「ひあっ」


 その衝撃に口が軽く開いた隙を逃さずイケちゃんは舌を滑り込ませてきた。

 舌同士を絡めさせずに口内に滑り込ませた舌で歯を内側から磨くように器用に一本一本なぞってくる。

 舌の厚みで時々舌と舌とが触れ合うのがもどかしく感じる。

 こんなんなら舌をぐちゃぐちゃに絡めて欲しいと思うくらいに。

 もどかしさから、自分から舌を触れさせると避けるように舌が遠ざかる。

 舌と舌とで触れ合わせたい。

 ミツキはそう思い少しずつ少しずつイケちゃんの舌を追うように舌を動かしていたらいつの間にかに舌の先が成れない体温を感じていた。

 イケちゃんの口腔に自分から舌を入れていたらしい事に気付いた時にはイケちゃんが両腕をミツキの背に回しより強く抱き寄せながらミツキの舌を吸い込み舌で転がし、絡め合わせ貪ってきた。

 気付いたらミツキの両腕もイケちゃんの背中に回りを締め付けるように抱きしめていた。


「ぷはっ」


 どれくらいやっていたのか、舌が疲れるくらいに絡めあっていた口を離しイケちゃんはミツキの目を覗き込んだ。

 ミツキは酔いのせいか、あるいは他の要因かで意識がどろりととろけて思考が上手く定まらない。


「ここじゃ何だから寝室でしようか」


 思考は定まらないが、断る理由も無いかなぁとミツキは小さく頷き肯定の意として目を瞑り唇で軽くイケちゃんの唇に触れた。





 んで。

 ズコバコズコバコギシギシアンアンらめぇー飛んじゃうー、的なアレをしっぽりと長時間ハッスルハッスル。


 リビングでイケちゃんがミツキとブチューとやってる時にサミングが一度家に帰っていたのだが


「行為の真っ最中じゃんッ!」


 とビビッて逃げるように引き返したのだがそれはどうでもいい事よ。


 イケちゃんはサミングがやってきた事やくらいは人間とは桁違いの知覚能力で察知していたのだが別に見られても減るもんでもねーし、としか思っていなかったのだ。




 疲れ知らずのイケちゃんはアレな行為が終わってもちっとも疲れちゃいないのだがミツキが


「もうらめぇ! げんかいなのぉっ、んほぉお」


 とか言ってたので名残惜しいが止めて置いた。

 ベッドで息も絶え絶えでその肢体が汗とかその他色々な液体でぬらぬらしてるミツキはイケちゃん視点でエロく、自分は全然元気なのでもうあと何回か日が変わるまでやり続けたいとは思っても自重するのがイケメンの勤めである。


 未だに疲労で呼吸が少し荒いミツキを刺激しない程度に抱き寄せ頬に口を付けたり髪を手櫛ですくってみたりと激しい事をしないなりにソフトにミツキの体を堪能するのにとどめる。

 見かたによっては子供をあやすような柔らかい手つきで。


 次第にミツキの呼吸も落ち着いてきたものになりころりと寝返りを打ちイケちゃんに柔らかい力で体を密着させ、耳元でささやくような声音で問いかけてきた。


「突然すぎます……こんなこと」

「お前が言ったんだ。いちいち許可を求めるなってな」


 少しだけ力を入れてミツキを抱きしめるイケちゃん。

 ミツキが嫌がるそぶりを見せ無い事に気を良くしたのか続けて


「悪かったな。本当は強引にやって欲しかったとか察することが出来なくて」


 ミツキは別にやって欲しいとか思ってないし、なんて小さく反論するがあんまり説得力は無い。




「所でイケちゃんさん」


 それはそれとして、ミツキとしては一つ気になることがあった。


「疲れてるんだろ? 今はゆっくり休むと良いよ」


 そしてイケちゃんはミツキが何を言おうとしてるのか察して、それとなく答えを先延ばしにしようとする。

 気まずさから。

 抱きしめあって密着しているので顔は見えないのが幸い、イケちゃんは今メチャクチャ目が泳いでいて明らかに動揺している。


「いえ……疲れよりもですね……私の肌の色が」



 イケちゃんは気付いていた。

 交わりの最初の一発を中で致した時に、ミツキの肌や髪、瞳の色がサミングと同じように変色しまるでイケちゃんのようなカラーになっていたことに。

 カラーがカラッと変わっているぜ! なんて小粋なジョークを思いつく傍ら、なんかやっちゃった感を感じながらも気持ち良いからそっちを優先させてしまったのだ。


 男ってのは事が終わった後に冷静になってしまうものだがイケちゃんもその例に漏れず、どうやら初めての行為であったこともあって最中は冷静ではなかったが一通りやり終えて冷静になってしまったらしい。


 どうやらアレな行為でオーラが漏れてしまったのか、ミツキがイケちゃんの力に汚染されてしまったようだ。



「肌だけじゃなくて瞳と髪の色も変わっているぞ」

「……あの子みたいに?」

「まあ、うん。ちょっと違う気もするがその……色々すまん」


 ミツキには自分の色が変わったくらいの認識しかないがイケちゃんは何がどうなっているのかを知ってるような気がする。

 元よりあんまり知らない事を知ろうとする性格でもないし頭も良くないミツキは自分が知らないことは他人が知っていればいいと思うところがあるのでイケちゃんに任せることにした。


「何がなにやらサッパリですけど……責任とってくださいね?」

「おう」


 とりあえず難しいことはイケちゃんに任せてミツキは疲労と安心感から意識を手放しすやすやと安らかな寝息を立てた。


 そんなミツキを見て、イケちゃんも安らぎを感じるのであった。

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