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8・運命の車輪

「ふんふんふ~ん」


 鼻歌交じりにカチャカチャと機械を弄繰り回すイケちゃん。

 何をしているのかと言うとバイクの組み立ててである。


 最近になってようやく開発されたバイクのパーツが手元に回ってきたのだ。

 もっとも、元々バイクに執着しているのはイケちゃんだけだったのでパーツ自体は完成すればそのままイケちゃんのところに素通りに近い形で送られることになっていたのだが。


 なにしろこの国の住民はどいつもこいつもバイクの良さを理解していないのでイケちゃんが


「車なんてくだらねえ! 俺のバイクを作れー!」


 と言ってもろくすっぽ相手をしてくれなかったくらいだ。

 色々ごねて人様の研究や開発を邪魔して回ったら先方が折れて作ってくれることになったのだが完成までの道のりも長かった。


「安定性悪いからキャタピラにしようぜ」


 なんていい出す開発部。


「折角だし四輪にしようぜ」


 とかいい出す輩。


「ビッグスクーターいいよね」

「いい……」


 と、イケちゃんの望んだデザインを全く省みずカッコ悪いバイクを作ろうとするバカ。


 そういった連中のせいでどんなパーツが来るか戦々恐々とした日々を過ごしていたともいえなくない。

 周りからはそういうストレスはセクキャバにいって解消してんだから文句言うなよと思われていたようだが。


「ま、そんな事も乗り越えてしまえば一瞬の事よと俺は意気揚々とバイクの組み立てを進めるのであった。トラックで完成品を運べばええやんと思うかも知れんが俺は自分で組み立てたいのだ。あとついでに今日は行きつけのキャバクラは休みの日なのでやる事が他にないし。偶然が重なったとは言え今日以上にバイクの組み立てに適した日もないのだ」


 そんな誰に説明してるのか不明の独り言を言いながらの組み立てももう終わりに近づきつつある。


 ちなみにこのバイクはこの世界の常識に合わせられたもので現実バイクとは結構違いが有りまくりで、その際たる物は燃料、トラックもそうだがバイクも化石燃料ではなく魔道士の技術で作る液体系の触媒を使って動かしている。

 その触媒自体がイケちゃんの子分達の持つ技術に対する高い理解度から既存の技術を高めまくって完成したブツだったりする。

 燃料に限らずフレームやエンジン、その他ほぼ全ての材質に新技術が使われていて本当だったらバイクにまわすのが勿体無いとすら言われるくらいの物なのだが、一応はイケちゃんの部下のもたらした技術のお陰で作れるようになった物という事もありどうにか作ってもらうことに成功したのだ。


 んで、折角バイク作るならせめて意味のあるものにしようぜと開発部の連中は速さを追求したレーサーバイクやら悪路を走れるオフロードにしようと企んでいたがイケちゃんはアメリカンタイプのバイクがカッコイイと言って聞かなくてそういう事となった。

 アメリカンと言ってもこれは異世界ファンタジーの話でそもそもイケちゃん自身アメリカとかを知らないので自分のバイクの形をアメリカンタイプにしてくれと言葉で言ったのではなく図にしてこんな形だと説明していたわけだが。

 フレームやらフロントフォークを作るハメになる人たちは完成してもこれ乗り心地悪いのでは……と、いたって常識的な反応だが知ったこっちゃない。



「ふう、とりあえずこんなもんかな」


 エンジンは開発者達がトラック開発の時点で魔道士の触媒で動くから魔道エンジン、とか名前付けているので自動車ではなく魔道車、バイクも自動二輪ではなく魔道二輪という名称になってしまうのだが、バイクもひとまずの完成を見せた。

 低い位置にある複雑な形の大型のエンジン、その上に乗った大型の燃料タンク、燃料タンクよりやや後ろ下方の位置にあるごついシートは前後に長く後輪の真ん中をやや越えるくらいの長さ、エンジンから生えた左右あわせて計4本の太いマフラー、マフラーに挟まれたごつい後輪タイヤ、幅広で浅い角度のついたハンドルに運転し易さを度外視したクソ長いフロントフォークと前にせり出した前輪タイヤ。

 どう見てもチョッパーであるがこの世界最初のバイクなのでそんな呼び名も無くただバイクとしか呼ばれないだろう。


 色は未塗装でまだパーツの色そのまま、鈍い銀色が主体になっているがあとでパーツごとに黒系に塗る予定である。イケちゃんの個人的な趣味で。


「とりあえず形はこんなもんかな? 一旦ばらして色を塗るか先に動かしてみるべきか……」


 口に出して迷うフリをするイケちゃんだが既にどうするかなんて答えは出ている。

 今日は行きつけのセクキャバが休みの日で暇なのでバイクを動かしてみたいと思っても誰も責められまい。


 とはいえ交通規制もクソもない狭い街中をバイクで走れるわけが無いので町の外で乗るつもりではあるが。





「俺は町の外でバイクの試運転をする許可をピエール氏に伺う必要があるので、さっそくバイクを手押しで赴くのであった。ちなみに普段は大使館に住んでるとはいえバイクの組み立て作業なんかは油のニオイやらがウザイので違う場所でやれとか酷い言われようである。ゆえに俺達がこの島に上陸してすぐに急遽作られた野暮ったいプレハブ小屋のような簡易なガレージ兼工場のような場所で作業をしていたので結構な距離があってちと面倒に感じたりもする。何しろこの建物は最近作られたものなだけあって立地場所は町の端っこである。マジやってられん」


 あいも変わらずそんな誰に言ってるのか不明の独り言を口にしながらバイクを押して町中を歩くイケちゃん。

 まわりはバイクを見たことも無い田舎者集団……というかイケちゃんのバイクがこの世界における初バイクなのだから誰も見たことが無くて当然なのだが。

 そんな事もあってイケちゃんはものすごく目立っている。

 本人は自分がイケメンだから町の女は濡れ濡れで男は嫉妬の目線を向けてるに違いねぇ、なんて暢気に思っているが実際には邪魔臭いとしか思われていない。

 ルックスがイケメンであることは事実でもバイクなんて町中で押してる男は通行の邪魔以外の何者でもあるまいよ。


 しかし周りからどんな目で見られたところで自分に自信のあるイケメンにとっては町人の視線なぞあって無きが如し。

 イケちゃんは気にせずにでかいバイクを手で押して歩く。


「あ」

「お」


 そんな目立つイケちゃんは偶然、町中でミツキと鉢合わせた。

 ミツキがイケちゃんに気付いたのは偶然というよりは、バイクを押して歩くイケちゃんが目立ちまくりのため近くを歩いていれば気付くのもある意味必然といえよう。

 一方でイケちゃんが町人Aとして完全に町に溶け込んでいるミツキに気付いたのは何故か、と聞かれたら運命とか言いだしそうなのであえて問いとして聞くまい。


「よう嬢ちゃん、買い物?」

「はい、今日はお店も休みで暇ですから家の物を……」


 そういって手に持っていた荷物……買ったばかりの酒や肉や化粧品と言ったものをイケちゃんに見せるミツキ。

 もう買い物も終わって後は帰るだけと言う事で去ろうとするのだが


「買い物終わったんなら今日ヒマ? エロとか交際とか関係無しでちょっと付き合わない?」


 と、誘われた。

 嫌いとかそういう感情は持っていないのだがミツキはイケちゃんからの誘いをあの手この手で断ろうとした。




 はじめて会った時、一目見た時は見た目は綺麗な男だと思った。

 少し観察してただのスケベだと思ったがすぐにそれだけじゃないかも、と思わされた。

 でも何日かすればやっぱただのスケベだと思い直した。

 今はどうなのか。


 総合すれば愉快なバカとか子供みたいなオッサンというか、顔の割りに中身がヌケサクといったところか。

 ぶっちゃけると人としての深みとか裏とかそういったものがあるようには見えない男。

 それゆえに、イケちゃんの発言は全て裏の無い事実なのだろうと思うと普段からやたらとミツキを求めてくる言葉や態度の全部が冗談の類でなく本気のものだとわかる。

 そう気付くのにそんな時間はかからなかったと思うがそれはおいといて。


 ミツキは子供の頃に家を出て商売女として女を売って糧を得てきた。

 自分の種族の基準で見てもかなり若い頃から。

 子供の頃は体を売る少女であったミツキに対してハァハァ言う変態相手に股を開いていたし、ある程度体が出来上がったらその年齢の見た目に合わせて求める男の相手をしてきたが、自分の体を使わなくなってもう何年も経った後に本気で迫られると少し慣れなくて引く。


 引くというよりも戸惑うと言うべきか。

 ぶっちゃけ顔は好みだし性格のストレートバカっぷりも十分に許容範囲でそれこそ誘われたらホイホイ付いて行って致してしまう可能性だってある。

 というか最近ではそういう感情を表面に出さないだけで結構危ないかもしれないのが自分でもわかる。

 自覚しだしたのは娘との会話からだろうか。


 嫌いじゃないんだし一発くらいという気持ちもあるが下手にヤッちゃうとズルズル関係が続いてしまいそうで、それを忌避してミツキはなるべくイケちゃんと深い付き合いはしたくない、と思っている。


 娘がもうすぐ独り立ちするんだしもうヤッちゃえば良いじゃん、と思う気持ちもあるのだが自分の年齢は30間近。

 オーガは寿命が短いのであと3~4年か、どんなに長く生きても7~8年も持たないと思うと今更誰かとどうこうなるべきではないと思ってしまう。


 どうでもいい相手ならともかくそうでもない相手ならなおさら。




 そういう事も含めて、ミツキはイケちゃんの誘いは断ろうとしたのだが


「荷物がありますから」

「俺が持つよ」

「そんなデカイの引きずって両手塞がってる人に言われても」

「だったら嬢ちゃんの家にそれ置いてからデートしようぜ」

「一人暮らしの女が男を家に上げるなんてできませんわ」

「俺は入らないで外で待つが」

「女の独り暮らしで男に家を知られるというのも問題ですし」

「こないだ行ったがな」

「あ」

「つまり俺は家を知っててもどうこうするような粘着ストーカーではなく爽やかに女を口説くイケメンなのだ」

「はぁ」

「だから一緒に遊ぼう」

「ええー」


 なぜか断りきれなかった。




 なんでこうなった。

 家に荷物を置いてバイクを押してるイケちゃんと並んで歩くミツキはそう思わずにはいられなかった。


 ああそうか、顔は良いわけだしこの顔にちょいとした話術でも追加されたら女なら年いってても断りきれないよねー、なんて自分に言い訳をしたいところだが


「嬢ちゃんよ、俺とデートだからって家で化粧に気合入れてくれるのはけなげで可愛いが俺は小皺とか別に気にしないぞ?」

「……なんのことやら」


 一緒に歩いていて交わす会話でイケちゃんがアホというのはすぐにわかってしまうので話術云々はありえないと断定できる。

 てか女に小皺言うな。




「ところでソレは一体なんですか?」


 とりあえず細かい事を考えて悩むよりも、もう一緒に遊ぶ事になったのならせめて今の時間を楽しもう、ミツキはそう思考を切り替えついでに気になっていたことを訊ねた。

 ちなみにこの言葉が聞こえた近くを歩く人たちは思わず聞き耳を立てる。

 イケちゃんがイケメンなのはさんざ語ってきたことだがそのイケメンが引きずっている謎アイテムであるバイク、みんな邪魔だウザイと思いつつも興味津々なのだ。


「これはバイクだ」

「バイク?」

「しかもローロングチョッパーだ。カッコイイだろう」


 邪魔です。とはとても言えぬ雰囲気であったという。

 なんせ中身はともかく見かけだけはイケメン男なイケちゃんが自信満々にカッコイイと言い切るのだから。

 邪魔ですなんてはっきり言うのは多少なりとも躊躇われた。


 そのためどう反応すべきかと思っていたが


「うん? ああ、バイクが何かを知らんのだったな。これはな、乗り物よ」


 バイクが何か、という事を相手がしらない事に気付いたイケちゃんが説明をしてくれた。


「こいつに跨って手や足でガチャガチャ操作したらそこそこの速さで走ってくれるんだ」

「あぁ、トラックの仲間ですか。トラックは昨日見ました。じゃあこんなのでもカバより速かったり……いえ、トラックとやらより小さいですし遅いんでしょうね」


 先日、娘が乗ったトラックがブオンブオンとかなりの速さで走って去っていったのを見たミツキはあんなのがマジで走るとは、とちょっとビックリしたものだがまぁそういう物もあるのだろうと納得していた。

 そして今日イケちゃんが引きずっているバイクも言われてみればトラックとやらに似ているといえなくも無い。タイヤとかが。

 しかしトラックに比べ小さいしトラックと比べればのろいのだろうと当たりをつけたのだが


「カバどころかパ○マンより速いわい! 時速119キロなんてあくびが出る速度じゃねえ! 普段からそんな出さんけど。そうだな、俺は外を走る許可貰いに行く予定だったがもし今日中に許可が下りるなら一緒にドライブしようぜ。バイクのカッチョ良さを思い知らせてくれるわ」

「ドライブ?」


 俺が運転して嬢ちゃんは俺の後ろに乗って景色とか見てウットリして夕日を見て胸キュンして最後はバイクから降りて二人の顔が近づいて影が重なってズキューン。


 とかなんとか、そんな感じの説明をするイケちゃんに対してミツキは後半の台詞をスルーしつつ


「これって二人乗って大丈夫なんですか? トラックとやらに比べてえらいチビこくてそんなパワーあるように見えませんよ? 二人で乗るのならカバの方が良いのでは」


 と、持ちかけた。

 どうせ二人乗りするなら遅そうなバイクよりカバの方が楽しいに決まっている。

 もう今日のこの日は楽しむと決めたミツキからすれば気を使った上での発言だったのだがイケちゃんはちょっと憤慨したのか


「カバなんぞ持久力もないし精々自足40キロ程度ではないか。パワーはあっても持久力はそんなに無いし、そもそもあいつら血の汗でヌルヌルしてて跨れるものではあるまい。きちゃないぞ」

「カバ車を使うに決まってるじゃないですか。だいたいそのバイクとやらはカバをバカに出来るほどすごいのですか?」


 ミツキは別にカバスキーではないのだがラリアット王国では古くからカバ車は住民に親しまれている乗り物である。

 バイクがカバより優れているとは到底思えないミツキからすればイケちゃんのバイクの方がいいという発言はカバをバカにしているように聞こえて気分のいいものではなくプリプリ怒って当然なのだ。


「ええい、物の価値もわからん小娘め。嬢ちゃんはバイクに乗ったことが無いから分からんのだ。一度乗ればバイクの良さが判るはずだ」

「イケちゃんさんは乗った事あるんですか?」

「あるわけ無かろう。記憶喪失だぞ俺は」


 だめだこりゃ。

 ミツキはアイタタターと言った感じで頭を抑えたがまぁいいや、と気を持ち直した。

 バイクとやらがどのくらいやるのか知らないけど乗って理解してからカバ車との差異を把握してダメ出ししてやろう。

 ぐうの音も出ずに悔しがるイケちゃんの顔を想像すれば今からちょっと楽しいし。

 イケメンフェイスが悔しさににじんで涙目にでもなるのを想像すればちょっとだけS心がムクムクしてくる。



「こんなのが動くとは……動くにしても到底素早くは動かんでしょう」

「速いっつーの。乗り心地最悪だから最高速度なんて出さんが舗装された道なら計算上は時速250キロ以上は出るぞ」

「はいはい」

「おまっ、ちょ……信じてねーな」

「ケタケタケタ」



 バイクはいいものだというイケちゃんの言葉を全く信じないミツキはケタケタ笑いながら見事イケちゃんを翻弄するのであった。




 そんで


「俺は嬢ちゃんを伴い大使館へ赴いた。ピエール氏に外でバイクを転がす許可を得るために。しかし道すがら偶然出会った嬢ちゃんと一緒に歩いて最初はちょっとしたデート気分でウェヘヘヘと言った気分だったのにバイクの良さを口で言ってもちっとも信じてくれなくて少しへこんでいるのも事実。こうなれば二ケツでバイクの良さを味あわせてくれるわ。そう決心しついにピエール氏に直接交渉するときが来たのだった」


 と言うことでイケちゃんは大使館に到着。バイクで外に遊びに行くための許可をピエールから勝ち取るために交渉を行うのであった。


「誰にしてるんですその独り言?」

「んな事ぁどうでもいいんだよ。で、俺ちゃんバイクで嬢ちゃんとドライブしてイイカンジでイチャイチャしたいと思ってるんだがどうかね」


 ピエールは呆れたような表情をしていたが一応すんなりと許可は出た。

 他の人達はいい顔しなかったがイケちゃんが一人ほどポカリと殴ってあげたらみんな笑顔で行ってらっしゃいませ、だ。


「ふん、イケちゃん係のピエール氏が許可したのだから外野に文句を言われる筋合いなぞないわ」

「うへえ痛そう」


 イケちゃんにポカリと殴られた人のダメージを見て誰もが思う。

 すげえ痛そう、と。


 普段はあんまり我侭を言わないおとなしいイケメンだがバイクが絡むとうざくなるイケちゃんはあまり逆らわずに望むように遊ばせた方が最終的に被害は少ないのだ。

 そんくらいイケちゃん係を押し付けられたピエールでなくても判れよな。死ね!

 と言った感じ。




「てなわけで行くか。ちょいと町を出て2~3時間もすれば戻るよ」

「日が落ちる前に帰ってきてくださいよ? あと外に出ている間は問題を起こさないように……大丈夫だと信じてますけど」


 わかったわかった、イケちゃんはぞんざいな態度で手を振りながら大使館を出た。




「さて、そんじゃ嬢ちゃんここに乗ってくれ」


 二人乗り用のステップを出しミツキに後部に座るように促すイケちゃん。

 普通に考えれば先に自分から乗るべきなのだろうが何しろ相手はバイクを知らないのだ。乗り方を知らないのならエスコートせねばなるまいよ。


「えーと、どう乗るんですか?」

「こっちのシートの後ろの方に跨って足の裏、土踏まずでがっちりステップを踏むのだ」

「どっこいしょ」


 それなりにごつい外壁に囲まれた町には南北に一つずつの門がある。

 イケちゃんはその内の北側の門の近くでミツキを乗せようとしたのだがここで珍しく焦る。


 まず、ミツキの服装はセーターと膝下くらいのスカートという割と地味なものであるがミツキは無頓着にバイクを跨いで座った。

 その為にスカートがせり上がりちょっと太ももが露出してしまったのだ。

 本来は筋肉がつきやすいオーガだけど余り運動していない上にいい年のミツキの太ももはむっちりと脂肪が程よくついていて、エロい。


 まだ門の内側という事もあって町の人の目も有るし門の近くで働く者たちの目もある。バイクは目立つし周りの人はアレは一体なんじゃらほいと興味津々であった。


 ミツキは普段ロリコン御用達のセクキャバで働いているし、若い頃から水商売をやっていたので男はロリコンかホモしか居ないと思っているのだがそれは大きな間違いである。

 割合で言えば男はある程度年のいった女の方が好きなのだ。太ももや乳やケツに脂肪がつまってて柔らかそうな女の方が良いに決まっている。

 ロリコンなんて嘘さ。周りに合わせて偽りを語ってるだけで本当は人間で言えば30前後の未亡人が好きなのさ、というのが世の中の男の8割くらいで残りの1割5分がホモでさらにその残りの5分の中にロリコンやその他の異常性癖が含まれているのである。


 何が言いたいかというと、露出したミツキの太ももへの興味はバイクに対する興味を即効で上回るのだ。

 だからイケちゃんは焦った。


 自分ひとりだったら鼻の下伸ばしながらウヒヒと笑って指摘せずにニヤニヤできたものを他人の目に晒してたまるかと。


「嬢ちゃん、太ももがちょっと見えるからスカートを一旦横に引っ張って上手くだぶ付かせて太ももが隠れるようにしなさい」

「あ、すみません。でも私なんかの太ももは誰も見んでしょ」


 イケメンのイケちゃんと違ってミツキは基本アホである。

 だからミツキの太ももが隠れたときの周りのガッカリ空気が読めないのだ。


「周りからめちゃ見られてたっての。嬢ちゃんは若いんだから体は大事にしなさい」


 イケちゃんはぷりぷり怒りながら、長い足でスイッとバイクを跨いで座る。

 こういうさりげないアクションで足の長さ、スタイルのよさが丸判りで若干視線に嫉妬の色がこもるミツキだがイケちゃんは気付かないというか、嫉妬されても仕方ないと割り切っている。

 イケメンであるがゆえに起こる弊害である。


 そしてついにバイクを始動させる。


 ドゥルンドッドッドッボッボッボッぎゅいんぎゅいんグオーン、そんな音に周りのギャラリーは驚きミツキも股の前斜め下方でそんな音と振動が起こったことにたまげる。

 ちなみに二人ともノーヘルだが日本じゃないしミツキは角のせいでヘルメットなんてかぶれそうに無いので別にいいのだ。


 ハンドルを捻りギュイン! ドドドドドドドと言い音が出るのを確認したイケちゃんはバイクを動かす前に注意を促す。

 後ろに乗ってるのはバイクに対する知識のない女だから。


「嬢ちゃん、腕を俺の胴に回してしっかりと掴まって、んで両膝も内側に閉めて、膝で俺のケツを挟む感じで。ある程度慣れたら力抜いてくれても良いが最初だけちょいと緊張しててくれ」

「ひゃ、ひゃい」



 バイクなんて大したこと無いさ、カバに比べれば。

 そう舐めていたミツキだがエンジン始動から発揮されようとするパワーは動く前から凄そうだとミツキの直感に訴えかける。

 ゆえにイケちゃんの言うことにもホイホイ従ってしまうのだ。


 後ろからギューってされて、当然ミツキの乳が背中に押し当てられるわけで。

 イケちゃんはミツキに見えないのを言い事にすげえニヤけている。イケメンが台無しである。

 しかし男であれば仕方が無い事でもある。

 男とはみな巨乳が好きなのだから。



「いよっしゃー! いくぜぇー! ヒャッハー!」

「ギャー!」


 バッギャオーン! そんな音を立てて出だしからスピードを出し飛び出すイケちゃん。

 ミツキは初速から想像以上のスピードでかわいらしい悲鳴を上げてしまうがその悲鳴もバイクの姿もすぐに遠くにすっ飛んでいく。

 近くにいた町の住人達は始めてみるバイクのかっちょ良さにビビり、これが切欠でラリアット王国では後に数年もすればバイクブームが蔓延するのだがそれはどうでもいい事であろう。


 一応の注意としてバイクの発進はゆっくり行いましょう。危ないから。






「嬢ちゃんを後ろに乗せお互い無言のままバイクは走る。乗り心地を真面目に考慮していないチョッパーだが70~80キロ前後であればちょうどいいもんである。少なくとも操縦してる俺と違い後ろに乗っている嬢ちゃんは慣れもあって景色を楽しむ余裕さえある。バイクの速度で後ろに流れていく景色を新鮮に思い嬢ちゃんは自分の鼓動が高鳴るのを自覚せずにただただ今の時間を楽しんでいるのであった」

「ケケ……変な勘ぐりはやめていただきたい。私はあくまで風景を楽しんでいるだけです」


 ぶおんぶおんと音を立てバイクは走る。

 ちなみに排気ガスの自然破壊だ迷惑ー、なんて言われる心配もない。

 別にこのバイクに排気ガスの公害が無いのではなくまだ世間がそういうものを認識していないからなのだが。


 イケちゃんにとっては突発的にその場の流れで押し切った形とは言え初めてのそれっぽいデートであるということが、ミツキにとっては初めてのバイクで流れるように過ぎ去る景色が、それぞれ新鮮で二人ともそれなりに楽しいひと時であった。



 その時までは。


 最初に気付いたのはイケちゃん。

 街道はそれなりに整えられているが基本は徒歩やカバ車などの生物が押す車の道で言ってしまえば草木の生えていない地面でしかない。

 角度も曲がりくねっていたりするしちょっとした丘状になっていて視力が良くても遮蔽物に隠れる形で道の遠くは見えないなんてことも良くあるのが普通。

 しかしイケちゃんは人間以上の超感覚でもって自分の進行ルート上の形を大雑把ではあるが脳内で理解できる。

 細かい判断が苦手なのは自分が記憶喪失で細かい技術を覚えていないだけか、あるいは元から細かい把握が苦手なのかは知らないし興味は無い。


 その程度の大雑把な察知能力でもこのまま街道を進んだ先にあるものが何かを多少は察知することが出来た。


 妙な感じ、引き返すべきかどうかを迷う。


「なあ嬢ちゃん、もう引き返して町に戻るか?」

「え?」


 スピードを緩めながらとりあえず提案するイケちゃん。

 運転をしているのはイケちゃんなので別に聞くまでも無く行き先の決定権を握っているのは自分ということで別に何も聞かずに行動しても良かったのだが。


「え……と、まぁ別に町に戻っても良いですけど。どうかしたんですか?」

「わからん。この先、さっきまでの速度で5分ちょいって感じの場所でトラックがこけてるっぽい。周りに何人か人も居るみたいだが細かくはわからん。面倒ごとに巻き込まれそうだ」




 イケちゃんはこの国に滞在する時にある約束をしている。

 この国に滞在してる間はあまり面倒ごとを起こさないでくださいよ、ピエールにそう言われ「うむ」と応えた。

 書面にも残っていない、それどころか第三者立会いの下でした公正な約束でもなくただの口約束だ。

 しかしそれをなるべく破りたくない、そう思っている。


 別に約束というものに拘りがあるわけではなく、自分が人間以外の存在でどうも明らかに人間以上の能力を持っている事を自覚してしまったので、せめてそのくらいの縛りを自分に課さないと人の営みとの触れ合いを楽しめる気がしないのだ。

 わがままに思うままに振舞えばおそらく腕力だけで全てが叶ってしまうだろうが、そんな生活は自分の館で何も考えずに眠っているのと違いが無いように思えた。

 現に約束に縛られ『町の中では町のルールに従う』という生活を送っていれば色々とままならない事だらけで、望むものが望んだ形で手に入らないそのもどかしさすら楽しかった。



 だから厄介ごとに首を突っ込むことでピエールとの約束である『面倒ごとを起こさない』に触れてしまわないように転倒してるトラックとは接触したくなかったのだ。


 感覚的に転倒したトラックの周りにヒューマノイドの生物反応がいくつかあるのも確認できている。

 接触したら確実に何某かの厄介ごとが起こるのは間違いない。


 トラックがトラブルで転倒、周りの人たちは途方にくれているという可能性もあるが接触してしまったら自分で起こしたものではないにしても面倒ごとと関わったという事になってしまいそう。


「そういう理由で引き返そうと思うのだが」


 スピードを緩めながら、提案というよりも9割以上は決まったこととしてミツキに告げたイケちゃんだが


「お願い! 進んでください!」


 ミツキの声で迷う事無くハンドルを捻りクラッチを蹴り上げギアを変え速度を上げる。

 理由は聞く必要はない。

 切羽詰った声で女が懇願し、自分にそれを適える事が可能であり、その上でイケメンであればやる事は決まっているのだから。




 動き出すまではバイクに対する評価はかなり低かったが、いざ動き出すとイケちゃんがやたらと拘ったのも何となく理解できるものだった。

 初めて乗ったバイクは凄く速く、動き始めた頃は怖かったが動物のような呼吸というかクセと言うか、そういったものが無いのですぐに慣れた。

 はじめはイケちゃんの背中にきつくしがみ付き目も閉じていたものだがケツに感じられる振動が規則的なものになり運転しているイケちゃん自身が気負った様子もなく乗っていたものだからだろう。

 それでも最初は曲がるたびに道を逸れて何かとぶつかるんじゃないか、曲がりきれずに吹っ飛ぶんじゃないかと身構えていたがイケちゃんの技量かバイクが凄いのか、そんな心配は杞憂なのだと気付かされたら体の力も抜けそうなると硬くしがみ付いていることを恥ずかしく思う余裕さえ生まれたりもした。

 イケちゃんの油断してると危ないからちゃんとしっかり掴まってろという言葉に大して体を密着させて欲しいからですか、何て軽口で返しながら流れる景色を見るのは中々に楽しい時間だった。



 それを聞くまでは。


 バイクの速度が緩やかになりイケちゃんが引き返そうと言い出した。

 初めてのバイクに興奮していたが確かにもう1~2時間くらい経っていたかもしれない。

 ならば引き返すのも頷けたのがイケちゃんが続けて言った言葉、この先でトラックが転倒しているという発言で頭によぎったのは娘の姿。


 娘がトラックとやらに乗って軽口を叩いて去る姿を見送ったのは昨日のことだ。

 トラックがそのまま娘に直結して感じられたミツキはそれを確認もせずに帰るなんてことはできるわけがなく、イケちゃんに懇願していた。



 トラックとやらがどういうカラクリで動いているのか、何が出来て何が出来ないのかなんてのは学の無いミツキには知りえることではない。

 それでも娘の会話から多くは無いがそれなりに数が作られているものだという事は知っている。


 だから、イケちゃんが言っているこの先にあるというトラックはきっと娘の乗っていたものとは違うはずだ。

 ミツキはそう願った。

 トラブルに巻き込まれているのが娘ではないと確認したかった。


 心なしか速度を緩める前よりも速くなったバイクはすぐに現場に到着した。





「ちっ」


 思わず舌打ちするイケちゃん。

 察知するのは得意ではないので目に見えない範囲のものは大雑把にしか判らなかったが近づけばその分手に入る情報も増える。

 倒れたトラックの近くからする匂いからおそらく荷は食料だったのだろうが持ち運ばれているようだ。

 野生の動物がその場で貪った感じではなく人が漁り運び去ったように思える。


 つまりトラックの周りのヒューマノイドは荷物を運び出しているのだろう。

 近づくごとに判るが他にトラックの反応は無い。

 荷物をトラックから出してどうするのか……最寄の町に運ぶにしても乗せるためのツールも無いのであればいちいち荷台から運び出す必要はないだろうに。

 外に出していれば野生の動物にとられる恐れもあるし荷物をまとめて運ぶための手段……他のトラックがくるまで荷は外に出さない方が安全なはず。

 そうしないのはこの街道に通じる二つの町のどちらにも所属していない人間が荷物を運んでいるからか?


 今のところ情報が少なすぎてなんともこのくらいしか想像できないが自分の想像できる範囲ではろくな事になっていないために思わず舌打ちが出てしまった。



 感覚ではなく視認できる範囲になるまではそれほど時間がかからなかった。


「ッ!」


 背中でミツキが息を呑む気配を感じる。

 転倒しているトラックの進行方向からして最悪の展開を想像してしまったのかもしれない。

 イケちゃん自身、ミツキの娘……たしかサミングだったか。彼女は恐らく、と思っている。


 轟音を上げるバイクには気付いているのだろう、トラックの周りのヒューマノイドは6人か。

 それぞれに対する印象としては薄っぺらいと思う以上の印象は持たない。

 イケちゃんからすれば町中で見かけたとしても何の印象も抱かないであろうつまらない連中なのでそれはどうでもいい。


 問題はトラックの方だ。

 イケちゃんはある程度近づきトラックの手前でバイクを止めた。


「サミィ!」


 バイクを止めたと同時にバイクから降りてトラックに走ろうとするミツキ。

 初めてのバイクでそこそこの時間乗っていたこともあり降りた直後は躓いたがすぐに体勢を立て直し走ろうとした。

 それを止めたのは一見ゆっくりに見える動きで既に先回りしていたイケちゃんで膝をガクガクさせこけそうになったミツキを支えつつ動きを制する。


 バイクを見てアホ面を下げていた連中は総じて薄汚れた恰好をしているが全員がそれぞれに武装をしていたから警戒をこめて。

 連中はバイクとイケちゃんとミツキをそれぞれ交互に見やり次にお互いの顔を見合わせ何かしらの意思の統一をした後


「おう兄ちゃん。なんか知らんがいいもん持ってんじゃねえか」

「ちょっと俺らと来てもらおうか」

「先にその女を渡しな」


 ニタニタ笑いながら武器を抜き放ちジリジリと近づいてくる男達を見て思う。


 この国の法律的に俺がこの連中に手を出すのは犯罪行為になるのでできないな、と。


 武器を持っていようといまいとイケちゃんから見て男達はあまりに薄っぺらく、注意しないと簡単に殺してしまいそうになるので気を抜ける相手ではなかった。

 この国の国内はそれなりに平和で殺人や暴力は罪に問われる。

 国民で無いイケちゃんの場合は一般国民同士での暴力行為よりワンランク上の罪になってしまうだろう。

 一応正当防衛というものもあり、自分及び自分の大事な者を守るためなら暴力行為も許されるしそれこそ命の危機に陥った時は最悪殺すこともセーフになるのだろうが、イケちゃんから見て男達はまるで脅威にならないのだから正当防衛は適用されるわけが無いと考える。


 仮にこの男達の皮膚一ミリの下が全て反物質で構成されていて今この瞬間に爆発したとしても自分及びミツキを無傷で済ますことも出来る自信がある以上は、おそらく見た目通りの薄っぺらい身体能力しか持たないであろう下等動物相手にはありとあらゆる暴力を振るうことが犯罪となってしまうであろう。

 それは幼児が木の枝を振り回しているのを大の大人が正当防衛だと主張して大軍を率いて幼児一人を殺しにかかるようなものだ。


 ゆえにイケちゃんはすぐにでもトラックの運転席の方に向かおうとするミツキを制しながら男達に対しては無視を貫き、まずは転倒しているトラックを立たせる。

 片手でトラックを捻ればバタンと音を立てて転倒していたトラックが正しい姿勢に戻る。

 一応薄っぺらいヒューマノイドたちを踏み潰さないように注意をした上で。


 片手で横転したトラックを立て直したのを見て周りの連中はそれぞれ恐れをなしたのかイケちゃんから10歩以内に入ろうとしなくなった。

 口々にバケモノだとかどうするとか言い合っているが彼らに対する興味の無いイケちゃんはそんな言葉を耳に入れていない。


「サミィ!」


 今注意を向けるのはこっちの方だと、イケちゃんの制止を振り切りトラックの運転席へ走るミツキをイケちゃんは追いかける。


「ィィィィイイイイッッッ」


 肺の中の空気全てを吐き出したいのに空気の出口である喉が狭く押し出しきることも出来ないようなもどかしさを感じる悲鳴。

 音や声なんていう個性も無く、全てを吐き出しきらないと自分が保てなくなるとでも言うような、そんな悲鳴が鳴った。


 出所はミツキの口から。

 自分の顔を傷つくのも考慮せず、あるいは痛みを感じるのを目的としているのか。

 皮膚が裂け血が漏れるのも厭わずに両の手で自分の顔や頭をガリガリと掻き毟っている。


 そんなミツキの視線の先にあるのはグチャグチャにひしゃげたトラックの運転席。

 ニオイ……嗅覚そのものというわけではなく、イケちゃん自身にとってそう表現するのが一番しっくり来る感覚で判る限りでは何某かの魔術が発動して熱が発生し、その後この世界以外にその熱と熱に触れた有機物が吸い込まれたと言ったところであろうか。


 直接その発動を見たわけでないので詳しく察知できないが残留した気配やニオイから推測するに何らかの触媒を用いて他の世界から爆発物を召喚し、爆発という役目を終えれば召喚に使った触媒及びその影響を受けた有機物を召喚元の世界に送り返し蓋とするような魔術だろうか。

 手際だけを見ればおそろしく杜撰でそれ程深くはしらないイケちゃんが見る限りでもこの国の魔術師の技術の平均値より低い技量であるように思える。

 あくまでイケちゃんが今得られる情報から組み立てた予測でしかないが。



 今はその手段を考察するよりも確認しなければならないことがある。

 運転席のフロントはひしゃげているが窓も砕け散っており外から中の様子はある程度見える。

 そして見える限り、運転席および助手席にあるはずのヒューマノイドの姿が無い。


 死体が出ないように運転手達が外に出てから何某かの衝撃によりフロントがひしゃげトラックが横転する事になった。

 そんなわけは無いだろう。


 かすかに感じる血の匂いから、トラックの運転席と助手席にはそれぞれ誰かが座っていて、発動した魔術によって焼け焦げ吸い込まれ消えてしまったと考えるのが妥当であろう。


 肺の空気を絞りつくし膝をつきガタガタ震えるミツキも気にかかるが確認しなければならない。

 多少なりとも血の匂いがあるということはひょっとしたら体の一部はこちらの世界に残っている可能性もあるのだから。


 トラックのフロントとドアを簡単に引きちぎり運転席を切開し中を確認する。

 血の匂いからして十中八九、ミツキの娘であることはわかっているのだが、イケちゃんはそれでも確認して違うかもしれない、そう願っていた。


 個人的な感想でいえばそれほど思うところのある相手ではない。

 せいぜいがミツキの娘だからという程度のものだが、その娘の死がミツキを苦しめるのならば死んで欲しくないと無意識に望んでいる。


 しかし結果として、切開したトラックのフロントではグチャグチャになったシートと乾いた血、そして運転席の足元に千切れた右足首、助手席の方には形から男のものであろう両足首があった。

 運転席の方にある足首から先、一度会ったことがある相手のものだからわかるが確実にミツキの娘のサミングのものであった。


「くっ」


 片足を切断し運転席の中に放り込み、切断面から吹き出る血をトラックの運転席の中にぶちまけた後にこの杜撰な術を使いトラックを横転させ運転席もひしゃげさせた。

 その為にサミングは右足首から先を失っているがまだ存命という可能性も……そこまで考えてありえない事だと首を振る。


 これはもう間違いなく死んだのだろう。

 死体の大部分はこの世界に残る事無く消え去り、かろうじて残ったのがこの右足首だけ、そういうことであろうよ。


「いやああぁぁ」


 イケちゃんがひしゃげたトラックから発掘したサミングの右足首から、おそらくはそうであろうと推理を終えたときにはミツキもその足首を見ておそらくイケちゃんと同じ結論にたどり着いたのであろう。

 言葉ではなく悲鳴を上げながら右足首だけになった娘をイケちゃんの手から毟り取り胸に抱きしめながら、涙を流し嗚咽を上げている。


「……」


 ミツキを見下ろしながらイケちゃんはミツキの目に初めて会ったころの光がないと感じた。



 正直な話、人と触れ合いをしてみたいと思ったのもそれほど大きな理由ではない。

 ただなんとなく、だ。


 空賊に会った時は今の人の世は大層なものではないと失望に近い感情を持っていたが、国に到着しその日を生きるべくして生きる者たちを見たときには外に出てよかったと思えた。

 不死で不滅に近い自分ではけして持てない何かを皆が持っている、そう感じたから。


 その後、町を歩く許可も貰いお勧めされたこともあって男を相手に女が相手をする店に赴いた時に見た者達もまた、全員が生命を謳歌しているのがわかり、それらと触れ合うことが楽しかった。

 中でもその店の店主に惹かれるものを感じた。

 寿命の短い種族ゆえにおそらくあと6年前後の寿命しかないようだが死を受け入れるような諦観はなく今を楽しんで生きているように見える女。


 見る限り頭は良く無さそうだがこの女は人生は楽しむものだと知っているのだろう。

 不死の自分と正反対にいずれ確実に失われる命だから美しく見えたのか。

 それともこの女の娘や店の子供達の未来を想う姿が美しく見えたのか。


 それは判りようもないが、ミツキの目からはイケちゃんが出会ったときに美しく感じた光が抜け落ちていた。

 ミツキの姿が美しく見えなくなった。


「っう、ぐ、おぇぇえっ」


 娘の右足首を胸に抱きへたり込み嗚咽を上げるだけの女を見て、これ以上見ていたくないと思ったイケちゃんは軽く頭を撫でた。

 外から見たらそれだけにしか見えないのだろうがミツキの意識を落とし、後に残るダメージを与えないレベルで脳を揺らし気絶させたのである。

 寝ていれば感情はある程度落ち着くものだから。


「……」


 それでも気絶したミツキの顔は安らかなものではなく、目が覚めた時も輝きは戻ることは無いのかもしれないと思うとイケちゃんは自分がどうするべきなのかわからなくなる。


 しかし自分が何を思おうと周りがそれを考慮してくれるわけも無く、事態は動く。

 倒れたトラックを立て直したときには遠巻きに見ているだけだった周りの連中が今はイケちゃんを囲んでジリジリと近づいてきているから。





 彼らはボンバー空賊団の中でも下っ端に位置するものたちでトラックの中の荷の無事なものを運ぶために使われていた。

 もっとも彼らだけでなく頭以外のほぼ全員がやっていた事だがもう残りの仕事量も少なくなっていた事もあって残りを彼らが押し付けられていたのだが。


 そんな彼らも最初にイケちゃんが来た時は物珍しい乗り物と女を奪って頭に献上すればそれなりに自分達の待遇も良くなるだろうと思って適当に刃物で脅してやろうと思ったのだが、大して力を入れてるようにも見えないのに何十人でやっても立て直せなかったトラックを片手で建て直し、さらに何で出来ているのかわからないが頑丈な金属で出来た人の乗っていた部分の外側を素手でバリバリと引き剥がした姿を見て、関わりたくないと心から思った。


 しかし彼らに自由は無い。

 ボンバー空賊団の頭の男は部下の飲み食いするモノや生活空間の空気中に微量ではあるが常に彼が開発した魔術触媒を仕込んでいる。

 そのために部下の誰もが彼に逆らうことも出来ないし常にではないが行動も制限されているし監視に近いこともされている。

 ある程度距離が近くなくては把握できないようだが自分の目の届かないところにいる部下の心拍数の急激な変化などから察知することが可能らしいのだ。


 そして彼らがイケちゃんに対する恐怖心から心拍数が不安定になったことで頭は何某かの問題が起こったことを察知し遠くから観察していた。


 何で出来ているのか、自分達が色々手を尽くしても壊せなかった金属の箱を素手でたやすく引っぺがす男に戦慄を覚えた頭は調べるよりも殺すことを優先すべきだと確信し、行動に起こしたのだ。


 頭はそれなりに効果の高い液状の魔術触媒を飲み込み一時的に自分の精神のタガを外す。

 それほど優秀な魔術師ではない彼だが自分も他人も省みずに後の体調不良や健康阻害を考えずに行動に踏み切ることが出来るのが強みといえる。


 飲み込んだ触媒の効果で一時的に上がった能力で自分の奴隷とも言える部下たちを強制で操る。

 複数の人間の細かい操作なんて繊細なものはたとえ薬を使っても出来ることではないが単純な操作なら簡単だ。


 じりじりと等間隔で距離を詰めさせ自爆。


「勝ったッ! 第三話完!」


 トラックを素手で引きちぎるバケモノとは言え魔術には脆いもの。

 しかし普通の魔術師は体を鍛える時間もないのでもし近づかれたら自分の命は簡単に摘み取られていたであろう。

 そう思うと無茶をしてでも殺す価値のある相手だったと思い、簡単にそれを成し遂げたことに頭は大満足で高笑いを上げる。


 あの男が何者かとか、何故あの時周りに部下どもがいる事を知っていても身動き一つしなかったのかは不明だが死んでしまえば何を思っていたところで同じこと。

 あの爆発魔術は自分でも理解していないが人間や土や草木、動物なんかは吹き飛ばし消し去る威力があるのに何故か金属やら鉱物にはたいした威力を発揮しない不思議な術ではあるが人間を殺すことにかけてはこの上ない威力であることは知っている。

 それで十分だし現にバケモノも今のようにあっさりと殺せたのだから笑いがこぼれても無理はないだろう。


 そうやって笑っていたら


「ほーお、それで誰がこの俺の代わりをつとめるんだ?」

「ッ!?」


 耳元で声が聞こえた。


 部下は周りにいる。

 彼は基本的に小物である。

 だから普段から単独行動はしないで常に部下を何人か自分の周りにつけているがその部下の声ではなかった。


 周りを見たら部下たちにも今の声は聞こえていたらしく黙っていろと命令している部下たちは声にこそ出さないがそれぞれが困惑している様子が見えた。


 今の声は一体……?


 まさかという思いで人間爆弾の術で爆発させた地点を見る。

 爆心地からここまではかなり離れているしここはそこそこ深い茂みの中だ。

 叫び声くらいなら届かなくも無いがさっきの声のような抑揚を抑えた声が届く距離じゃない。

 そう思っていた。


 土煙が晴れた先に無傷で立つ男、それどころかその男が抱えている女さえも無傷で土埃一つついていない。


 そしてその男の視線はこちらに向けられている。

 開けた場所を、こちらは望遠鏡を使ってようやく見れる距離だというのに。


 見えているのか!?


 ありえないと思いつつそんな疑念が浮かんだ。

 そして次の瞬間にはその男の姿が消えていた。


「なっ、なんだ!? なんだ!?」


 思わず無様な声が出てしまう。

 周りの部下どもは望遠鏡を持たせていないので何事か分かっていないようだが。


 しかし次の瞬間ざわっとした。

 気配を感じたとかそんなものではなく部下どもが息を呑んだ音が物理的に鳴った事で。


「後ろっ!?」


 思わず振り向いた先にあの男が立っていた。

 その腕に相変わらず気絶した女を抱えたままで。


 その男は気だるげな態度で言った。


「この国の法律的に俺はお前らをたぶん殺せない。だから許可を取ってからお前らを殺す。仲間はどれくらいいる? 俺はお前らの仲間は一人たりとも逃がさんので全員一箇所に固まって待っていても良いしバラバラに逃げても良い。最悪殺す許可が下りないときは生き地獄を与えてやるからそれまで自殺せずに待っていろ」


 じゃあな。


 そういい残して男は消えた。


 この場に残ったものたちは一体今のが何者なのか、そしてあいつの言った事はどういう事なのかと考えるだけの冷静さを取り戻すのに数十分の時間を要した。





 イケちゃんはミツキを抱きかかえたまま再びトラックまで戻る。


「……」


 ミツキが胸に抱きこんだままのサミングの足首を自分の懐に入れ、トラックの助手席の足元に置かれたままの両足首不たちもここに置いていては獣に食われかねないと思い持って行くかと拾い上げ、ミツキを抱きかかえたまま自分の足で走って町に戻る。

 速さだけなら元からバイクを使うよりも自分の体を使った方が早いから。


「くそっ」


 風を切って走る最中、自分の腕の中で眠るミツキの顔にはやはり自分が惹かれたものが抜け落ちて感じられるのを寂しく感じたが程なく町に着く。

 イケちゃんは自分で口にした事を覆すつもりは無いが、そんな事はどうでもよくなるくらいに、今はただ自分の腕の中で眠る女のことが心配だった。

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