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6・まるで生産チートを見てるみたい

 ラリアット王国はいくつかの群島のまとめの総称であり、アックス島はそんなラリアット王国の中で南西の方にあるわりと大き目の島のひとつである。

 アックス島は傾いたくの字型の島で島の北側は鬱蒼と生い茂る樹木と起伏の大きい山々が連なり、人にとって到底住みよい土地ではない上に、それほど貴重な資源が採取できるわけでも無い事が過去数百年の調査によって判明しているために大きな町どころか、まともな人間の集落があるとすら認識されていないために船で近寄るものが滅多に居ない。


 そうなって長いからこそ、ボンバー空賊団のアジトはそこにあった。


 ラリアット王国は首都のあるウェスタン島など、貴重な資源の産地の土地もあればアックス島のように自然が豊かな島もあり、国全体が裕福となっているので外国からの移住者、あるいは外国からの交易船などは本来かなり多い。

 そのお陰で空賊たちは今までは外から来た者達を襲い食い潰すだけでも十分に生きていけた。

 外国からの船を全て襲う事でラリアット王国が外国からどういう目で見られるかなど彼らにとっては大した問題ではなく、自分達だけがその日を他人以上に富んで暮らせればそれで幸せだったから。


 しかしその生活にも終わりが見えた。


 ボンバー空賊団の所有する船が出港してから帰ってこないのだ。

 ボンバー空賊団はかなり規模の大きい空賊団で船二隻に対してそのバックアップ要員や予備兵隊と合わせて相当数のメンバーからなるが、その人数の生活を支えるだけの糧を外国からの船と、ラリアット王国から外国へ渡る船を襲うことで得ることが出来ていたのだが、数ヶ月前に二隻の船が出ていらい帰って来ないのだ。


 船が帰ってこないことには新たに得られるものがない。


 彼らはかなりの大所帯で、帰ってこないメンバーを差し引いても残り五十人前後、アジトの立地条件から考えて山を拓いて村でも作る気になれば最低限生きるくらいは出来るのだが、そんな生活を許容できるわけもない。

 それなら空賊なんかにはならない。

 型にはまった生活を嫌がった上で質素な生活も拒んだ結果、人から物を奪いそれを糧にして真面目に生きるものよりもいい生活をしたいという根性が性根に張り付いているからこそ、空賊になったのだ。


 そんな彼らゆえに帰ってくるあての無い船を待ちながら質素に暮らすよりもアジトを捨て人里に近い所に降り、そこで空賊ではなく野党として生きることを決心するのは自然の成り行きといえよう。


 彼らにとって不幸中の幸いと言えるのは、帰ってこない二隻の船に頭が乗っていなかったので命令系統に支障を来たさずに行動方針を決定できたことだろう。

 普段からきつめに躾けてあるので上下関係を弁えて全員を動くように言ってあったので面倒な略奪行為は部下に任せることも多くなっていた。

 そんな折に船が帰ってこなくなってしまったのだ。

 裏切りは無いと確信している理由があるので帰ってこないのは拿捕されたか撃沈されたか、あるいは事故か。


 彼らの中では恐らくは事故であろうという結論が出ている。

 ラリアット王国は雲の滝の近くにある国だが、雲の滝の影響か国の周囲の雲海の雲は高く舞い上がり彼らの船が身を隠す場所を作る。

 国の船への対応は慣れたものであり、外部からの船に対しては地の利も有りこちらの方が常に早く発見し一方的に襲い掛かり略奪出来るのだから戦って負けるなんて事はありえない。


 事故に関して、これも相当に普段から気をつけるように言っているがダメな時はどうしようもないものだ。

 ボンバー空賊団の頭はそれを見越して船二隻を運用し、その上で自分自身は滅多に船に乗らなかったのだがまさか二隻が共に事故で落ちるとは思ってもいなかったが、帰ってこないのだからその事故が起きたのだろう。




「クソが!」


 略奪行為で回収している奴隷に引かせた荷車の上で上等とは言えない酒を乱暴に呷りながら毒づく頭。

 本来なら彼は普段からもっと良い酒を飲む身分の者だと言うのに、こんな安酒しか残っていない事に腹を立てて。


「おら! もっとキリキリ引けやボケが!」


 そう言ってまだ半分ほど残っていた酒を投げ捨てる彼に対し、内心はともかく誰一人文句を言わない。

 いや、言えない。


 頭は普段から薬と酒に溺れた性格破綻者だが魔術師としての能力と、魔道士としての知恵があるために皆が恐れている。

 剣で戦う者に対してならいくら強くとも殺されても死体が残るため、死ぬ事の恐怖はあってもそこまでの嫌悪感は感じまい。

 空で雲海に捨てられるのは恐ろしいのだがそれでも死体は元の形を思い出せる形だろうが、頭の魔術にかかれば使う種類によっては人の形を保てるが、そうならない殺し方を好んで選ぶ男だけに、皆が皆恐怖を感じ自分がそうならないようにと下手な口出しができないのだ。


「クソ! クソ!」


 そんな周囲の気苦労など知った事かと周りを慮る事も無く、口汚い言葉を吐きながら荷の中のまだ開けていない新しい酒に手を伸ばす。

 それもまた粗悪品のために彼の心を癒すものではないのだが、それでも彼にとっては飲まないよりはマシだから。


 ギャーギャーと喚き散らしながら、こんな事なら実験で殺した奴隷の女を何人か手元に残しておくべきだったと愚痴るがそれに相槌や反論を言う者も居ない。


 奴隷達は現在ボロをまとって裸足で悪路を歩かされているが、言ってしまえば空賊団の連中も奴隷と大して違いはない。

 頭を怒らせてしまえば自分達も奴隷も同じもののように扱い殺されるのだから。

 それだけに荷の上の空賊団の団員は胃を痛めながらも奴隷よりは自分の境遇がマシだと言い聞かせ沈黙を保つ。


 人が寄り付かない土地をアジトにしていたのが原因で船以外の手段で大量の荷物を持って長距離を移動するのは本当に辛い作業だ。


 恐らくこの奴隷達も人里につく前に半数近くが過労死、あるいは頭の腹癒せの暇つぶしで死んでしまうことだろう。

 団員達は自分達で荷車を引くのは嫌だから、そうなる前にせめて人里の近くまでくらいは到達して欲しいものだと身勝手に願う。




 それから数日。

 団員達の願いが通じたのか、遠目に町が見える所まで到着した時にもまだ荷車を引くだけの奴隷は残っていた。

 ここまで来れば後は楽なもんだと安堵する団員達。



 アックス島には町と呼べる規模のコミュニティは3つある。

 北のホーガン町、中間のハンマー町、南のエルボー町。


 その中でも最北に位置するホーガン町は一番規模が大きい町であり、襲うリスクは大きいので直接襲いかかるのはアホのする事である。

 だから町が見えたと言っても町は迂回してホーガン町とハンマー町を繋ぐ街道付近の森の中に潜むのがベスト。

 ゆえに町が見えたからと言ってもまだもうしばらくは移動しなければならないのだが奴隷の消費速度からみても恐らくは自分達で無理をしなくとも目的地までは到達できるだろうと思って。



 さらに数日が経ち奴隷の数は更に減り、下っ端の団員も荷車を動かすための要員として使われるまでになったがその苦労の甲斐もあって、ついにホーガン町とハンマー町を繋ぐホーガン・ハンマー街道に到達した。


 あとは適当な罠でも設置して街道を通る者からの略奪か。

 あるいはハンマー町か、さらに南下してエルボー町を直接襲うか。

 それとも町から外れた小さい村でも襲ってしまうか。


 まぁここまでの移動でそれなりに消耗しているのでまずは確実に略奪可能な街道の利用者を襲うのが良いだろう。

 頭はそう決めすぐに部下たちに行動方針を伝える。




 街道を見据えることの出来る距離、外からは判別しにくい茂みの中に少数で隠れながら待つ人員には空賊団の頭も入っている。

 彼は普段なら自分で直接動くよりも部下を使い略奪させその戦利品を献上させるのだが、ここ数ヶ月間のストレスから少しでも早く戦利品に触れたかったので珍しく自分で動くことにした。


 元から自分は気の長い方ではなく待ち構えるというのは大嫌いだと自覚しているがそれもこれも自分のためだと思うと我慢できる。

 我慢と言いながらもじっと潜み待ち構えるのではなくかなりだらけた態度ではあるが。

 暇つぶしに残り数人にまでなった奴隷を死ににくいような場所を選び木の枝で抉って遊びながら待てるようにと街道からそれなりに距離をとっているので、そんな態度でもそうそう見つかる心配は無い。


 同じ島にある隣町、といえば気軽な行き来が出来るように感じるがアックス島は基本的に自然が溢れているために街道の移動もそれ程楽ではなく、ひょっとしたら数日は獲物の通過を待たねばならないかと覚悟していたからこそ暇つぶしの玩具として、頭は彼なりに奴隷の消費を抑えるような移動をしていた。

 しかし、意外な事に数時間と待たないうちに街道を通る者は現れた。


 動物に荷車を引かせるか、あるいは人足に荷を担がせての移動か。

 そう予想していたのだが現れ、そして去っていったモノは彼らの想像の埒外のものだった。




 ぶっぶー♪


 と、派手なクラクションを鳴らし街道の上を歩く動物を音で驚かせて追い払いながらガタゴトと揺れながらも生物独特の疲れを感じさせず走るトラックの列。





 それが彼らの見たモノであるが、そんなものを知らない彼らは


「なんだよあれ」


 そんな疑問を口から出すので精一杯。


 空賊の頭もポカンと口を開けて、目の前の街道を長方形の箱のようなモノが通り過ぎるのをただ見送る事しか出来なかった。





「ふざけんじゃねえぞ!」


 箱の群れが過ぎ去って数分、去ってしまえば自分達が見たものはただの幻だったと言われれば納得してしまいそうになるがそうではない。

 街道に残るわずかばかりの痕跡。

 トラックのタイヤが踏みしめへこんだ地面だが、それがある限り先ほどあった光景は幻などではなく本当に有ったものだと納得しないわけにはいかない。


 つまり、ボンバー空賊団が知らないうちにラリアット王国でどれほど普及しているか知らないが、彼らが知らないだけでこの国の人間はあんなものを使っていたということになる。

 あれがどういった物かは見ただけで判るわけがないのだが外から見る限りはアレの後ろ7~8割ほどを占める部分は積荷に見えた。

 あの箱の壁のぶ厚さが不明である限りどのくらいの量を詰め込めるのかは不明だが、街道に残った痕跡から相当の重量をあの速度で運んでいたのではないだろうかと予測できる。

 あの箱に何が出来て何が出来ないのかは不明だ。

 しかし思うのは、あれが自分たちの手元にあれば奴隷なんぞに荷車を押させてチンタラ移動せずに済んだのではないか? アレが有れば自分達のストレスはもっと少なくここまで来れたのではないか? そういう事である。


「クソッ! クソが! 何だよアレは! ありゃ俺のもんだろ! クズが! なんで俺以外のクズが俺より便利なモンもってやがんだ! クソふざけやがって! 舐めてんのかこらぁ!」


 頭は暇つぶしに持ってきていた奴隷を枝でグチャグチャと何度も何度も突き刺し、絶命してからも反射でビクビク振るえるくらいしか出来なくなった死体を更に踏みにじるがそれでも到底彼の怒りは収まらない。


 言ってしまえば身勝手な癇癪でしかない。

 それでも一度火がついたらそう簡単には静まらないことを団員は知っているので恐怖する。

 彼の怒りが自分達に飛び火するんじゃないかと。



 頭は懐から小さな紙を取り出し死体となった奴隷の上に落とす。

 それを見た団員達は腰が引けるが下手に逃げて目立つ行動をすれば自分達がどうなるかわからないのでそれ以上動けない。

 そんな部下たちには目もくれずに頭が精神を集中すれば奴隷の死体の上に落とした紙は溶けるように消え、既に枝で内臓を抉っても動かなくなったはずの奴隷の死体がビクンッ! と飛び跳ねる。


 何をする気なのか……部下たちはただ頭の怒りがはやく過ぎ去ってくれるのを待つばかりであった。





 更に何日か経った頃、再び街道を走る長方形の箱が現れた。

 しかし数日前とは違う点が多々ある。


 まず進行方向。

 以前はホーガン町からハンマー町へと移動していたのが今度はハンマー町からホーガン町へ移動している。復路であろうか。

 数も違う、ホーガン町からハンマー町へと来た時は4つ程だったのに今度は一つしかない。


 だが彼ら、空賊たちにとって一番の違いはああいう物がある事を知っているという事、そして今度は準備をしている事である。



 あの箱が一つしかないのは拍子抜けであると同時に始めての接触になるのだから最少数で良かったと言うべきか。

 何はともあれ、準備は出来ているから後はやるだけである。




 街道脇の茂みに隠れさせていたものに、タイミングを見計らって命令を出す。

 体でアレを止めろ、と。


 見るからに巨大で、かつ金属の光沢を放ち高速で走る物体にそんな真似をしたがる者は普通居ないし、命令されても尻込みする。

 しかし、命令されたものはそんな怯みを見せる事無く茂みから飛び出し走る箱に体当たりをした。

 それも一人ではなく何人もの者が。


 それらは空賊団がここまで引き連れた奴隷達の末路。

 空賊の頭は魔術師としても魔道士としても二流程度だが、モラルが欠損しているために禁忌を冒す事を恐れないからこそ他にできない事ができる。

 死体に鞭打つ行為。

 ゾンビやスケルトンのような高度なアンデッドを作成することはとても出来ないが、目に届く範囲の死体に触媒を仕込み自分の意思で単純な動作が出来る人形に仕立て上げること。


 死体であり操られて動くだけのものに恐怖などあるはずも無く、高速で動く鉄の箱に対してもためらう事無く体当たりして手足や頭がひしゃげ吹き飛びながらも動ける限り箱に接触しようとする。


 そして


「弾けろ」


 さらにもう一つの命令。

 その命令により箱にぶつかった奴隷達の体が巨大な振動を放ち爆発四散する。



「ひゃっはぁー! はーっはっはっは! 派手な花火だぜぇ!」



 死体の操作だけではなく、その前に死体の中に入れた触媒を使うことで奴隷を爆弾に変える外道の技。

 これがこの空賊団で頭に誰も逆らえない理由である。


 彼らは全員頭の命令で飲まされた薬によって頭の気分次第でいつでも爆弾に変わる。

 それがあるからこそ、頭は自分の部下たちが裏切らないと確信できるのだ。


 そして奴隷達も実演や実験を交えて何度も見せているので死ぬまで逆らえない。

 この世界の住人にとっては死ぬことは恐怖だがそれ以上に死体が大地に帰ることができないというのは更に大きい恐怖である。

 この男はそんな恐怖を人に与えることに一切のためらいが無い。

 死体の破片、それらのごく一部……末端の部分であれば飛び散りまだこの世に残るが、魔術とは元々他の世界との境界を歪め力を引き出し何某かの現象を起こすもの。

 その大元になった部分の多くは魔術の発動と同時にこの世界から消え去り他の世界で消滅すると言われている。


 大して才能も知恵も無い男だが、その精神性の異常さから並の一流の魔術師や魔道士なんかよりも遥かに恐ろしい。

 同じ空賊団の部下たちにとっても心地良い上司ではないが逆らうことが出来ない以上、敵で無い事を幸運と思うしかない。



「おらボケども。とっとと行くぞ」


 奴隷爆弾の術によって走っていた箱の前面部はひしゃげ、御者かどうかは知らないが前面部の中に入ってた2体の死体もズタズタになっている。

 恐らく即死だろう。


「ちっ、爆発の威力デカくしすぎたな。横転しちまって起こせそうにねーし前側がグチャグチャでもう動かねえか? クソ」


 何か荷を運んでいるのだからその荷だけでも十分な収穫になるかもしれないが本当はこの箱そのものが欲しかったのにこれでは無理そうだとイライラを募らせながら元空賊達は後部の箱を開けようと取り掛かる。



 中に入っていたのは酒や食料、ある意味彼らの望んでいたものだったが横転のショックで酒がぶちまけられとても良い状態とはいえないようなものになってしまい、それに頭が癇癪を起こしたのは言うまでもない。

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