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5・イケメンなのにハーレムどころか一人も口説けてない

 イケちゃんは大使館に住んでいる。

 ラリアット王国にとって外国人ではあっても別にどこぞの国の外交使節団でもなんでもない、ただの身元不明の旅人なのだがイケちゃん達からもたらされた技術の恩恵は大きく、それに対する代価として宿泊施設を向こうから用意してくれるという事になり、それなりにグレードの高い場所として案内され場所がそこだったわけだ。



「さて今日はどうしよう」


 宿の有無に関わらず、イケちゃんは睡眠を必要としない。

 一応回りの生物……ヒューマノイドな人たちの一般的な生活習慣に合わせてなるべく活動は昼間、夜間は与えられた宿に帰還し必要の無い休息を取っておとなしくする生活をしているけれど眠い、もしくは寝たいと思った事は一度も無い。

 イケちゃんが目覚めるまでの長い期間を寝て過ごしていたらしいのだがどうもそれは疲労を癒すための睡眠ではないようなのだ。

 自分の体でもそういう細かいことに興味の無いイケちゃんだが、自分でわかる限りは一切の睡眠や食事を自分の体は必要としていないが休もうと思えば何百年でも寝れるし飲まず食わずでも問題ないということは自分の体なので何となく把握している。

 だから、人間のように働いて生きるための糧を得る必要もないし、最初から何もしなくても存在を保ち続けることは余裕なのだが。

 しかしイケちゃんは目覚めてすぐに決めていた。

 何もしないで生きていられるからとて何もしないのではつまらん、だから常に『何か』を求めようと。


 その一環として旅に出て人との出会いを求めてみたりしていたのだ。



「つまり俺が風俗に行くのも人との出会いを求めてだね」

「まぁ法律を侵している訳でもないので別にお金をどのように使おうとイケちゃんさんの勝手なんですけどね……風俗以外にお金使ってないってあんた」

「違うんだ聞いてくれ」


 イケちゃんは町に出て人の生活を眺めていると白髪で痩せこけ腰の曲がった女が重そうな荷物を持って四苦八苦しているのが見える。

 そうなればどうするかと言えば


「娘さん、荷物が重いのなら俺が運んでやろうか?」


 イケちゃんが町を出歩いていると親とはぐれたのか泣いている子供を発見した。

 そうなればどうするかと言えば


「やあお嬢さんおこまりかい?」


 イケちゃんが町でナンパをして上手くいったと思ったら美人局だった。

 そうなればどうするかと言えば


「お前らぶっ飛ばすぞ」


 イケちゃんがオススメされて足を運んだ先の少女趣味なお客さま御用達のキャバクラで他の風俗嬢と毛色が違う巨乳ですこし腹回りが油断している若干硬い髪質の栗色の髪で碧眼のオーガの女を指名してイチャイチャしてたら多分惚れられたな、と確信する。

 そうなればどうするかと言えば


「かわいいやつだな」



 とまぁこんな感じで。

 基本的に誰かと接してもお金を消費することもなく、むしろお礼とか詫び入れとしてお金をもらってくれと言われる始末である。

 だからキャバクラくらいでしかお金を消費できないのだ。



「旅の醍醐味としてお土産とか購入するとか言ってませんでしたっけ」


 そんなイケちゃんの、見方によっては見苦しい言い訳に対してズバッと切り捨てるピエール氏。

 彼は空港でイケちゃんと最初に接触した縁でアックス島滞在中のイケちゃん係とでもいう役職を押し付けられる形になってしまった不幸な男である。

 基本的に善良な身元不明者であるイケちゃんが一人でぶらつく分には問題行為を起こさないために面倒を押し付けられたとは言えちょろいもんだ。

 そんな彼だがイケちゃんがアックス島滞在中にやってる事がキャバクラ通いかナンパだけというのには楽だけどツッコミくらい入れたいと思っても仕方あるまい。


 それに対してイケちゃんは


「いやな、最初はお土産で木刀でも買おうかと思ったんだがあんまいいお土産無かったしなぁ。というかそもそも俺にはどうやら物欲らしいものがあまり無いっぽいので何を見ても欲しいと思えんのだ」


 とのこと。


「ふーん、イケちゃんさんが人間じゃないというのは存じておりますが人間じゃない人はそれはそれで色々有るもんですね」

「ま、そんなところだ。所でお前さんも暇なら一緒に行くか? 今日は行きつけのキャバクラが昼に開いてる日だからな。奢ってやるぞ」



 アックス島にイケちゃん滞在中のピエールの役割はイケちゃん係。

 ありていに言えばイケちゃんの監視である。

 ゆえにこれは仕事の一貫である。


「うひょひょひょひょ、お嬢ちゃんお肌スベスベだねぇ」

「いや~ん、スケベェ」

「イケちゃんのお友達だけあってオッサンだねぇ」

「類は友を呼ぶってやつかぁ? そんな事よりおじさんお嬢ちゃんが注いでくれたお酒を飲みたいなぁアハハヘラヘラ」

「はいは~い、どうぞぉ」


 どう見ても仕事ではなく純粋に楽しんでいるようにしか見えなくとも仕事なのだ。




「しっかしまぁ、ヘベレケだな。あの程度の酒で」


 年若いヒューマンとドワーフの子を侍らせながらももうフラフラで倒れ掛かって女の子に膝枕をされているピエールを見ながらのイケちゃんの感想である。

 ちなみにイケちゃんのテーブルに転がってる酒瓶の量はピエールのテーブルに転がってる量より遥かに多い。


「むしろお客様が異常なのではないでしょうか?」

「そうかねぇ、所でお嬢ちゃんはいつまで経っても他人行事だな。名前で呼んでもいいんだぜ?」

「……まぁ本来私はテーブルについて接客する立場でも有りませんので。ぶっちゃけお客様個人と仲良くなってしまうのは立場状よろしくありませんの」


 現在は昼間なのに客が結構多く他の子はテーブルに付いているためにイケちゃんの相手はミツキ一人になってしまっているがミツキとしてはなんだかテーブルに着くのに慣れてきた事がちょっと複雑な気分である。

 店の客層の性質として基本的にミツキを指名する客なんて存在しないのでほぼイケちゃんの独占だったりするところも含めて。


「照れるなってー、って言いたい所だけど実際のところマジで?」

「照れちゃいませんよ……たぶんマジな所で」

「んー……こうキッパリ言われると……なんだろうなぁ。不思議な感覚だ。これがショックを受けているという感情なのか? わからん」


 なんて、珍しく真面目な顔で深く考え込むイケちゃん。

 その横顔を見て、真面目な表情してれば見た目は凄くいいのに性格で損してるわ、なんて失礼なことを思うミツキだがイケちゃんは気付かない。

 ミツキの発言は客商売としてどうよ? と言えるものだが既に常連客でお互いの間合いがある程度わかっているのでむしろはっきり言われるのは最初の頃より仲良くなった結果とも言えるのだが、イケメンである自分が口説いても中々上手くいかない状況というのは思いのほかショックである。


「まぁいい。女を口説くのも始めての体験だし多少苦戦するくらいでよかろうよ」

「はぁ?」


 気を取り直してというか、イケちゃんが酒を飲みながらこぼした言葉に思わず目を剥くミツキ。

 女を口説くのが始めて? このナンパ男が? という驚きで。


「お客さ……あー、イケちゃんさんてこういう店初めてなんで?」

「多分な。というのも俺は記憶喪失なのだ」


 へぇ、と驚くミツキを見てイケちゃんもそういえば記憶喪失って言ってなかったな、なんて思う。

 わりとしょっちゅうこの店に来て酒を飲んでバカ話をしてとやってきたがそういえばそこら辺の事を一度も話していなかったと言うのはイケちゃんにとっても意外であった。

 普通、記憶喪失だとかそういう話題は話の取っ掛かりに使いやすそうなもんなのに今まで一度も使っていなかったとは。


「記憶喪失ってあなた何やってる人なの?」


 こんな風に話が膨らむというのに。

 まぁ今までしていなかった話でも今からすれば言いだけの事だろうけど。



「うん? 何をしているかと聞かれたら何もしてない。この島……てか国か。ここには旅の途中で立ち寄っただけなんだが何か俺の船及び部下の技術は金になるということで部下が働いているだけで金がガッポガッポ」

「ブー!」


 だからイケちゃんが何をやっているのか……と、言っても外からこの国にやってきて部下の技術を売った金で豪遊してるだけなのだが、その事を話したらすごい勢いで水を吐き出された。

 店の子は酔わないように酒は殆ど飲まずに喉を潤すのは客の発言中の短い時間で水を口に含むくらいのものだが、そのタイミングで水を吐き出したらしい。

 気管に水が詰まって咳き込んだというより何かに驚いたと言う感じだが。


「お嬢ちゃん……水を飲ませたいなら口移しで頼む」

「げほっ、げほっ! い、いえ済みません。めっちゃビックリしちゃったんで……ちょっと拭きますね」


 イケちゃんとしては何に驚いたのかも気になるが、自分の顔を女に拭われると言うのはこれはこれで良いかも知れん、と思い普段からこういうサービスやってくれないかなー、なんてボンヤリ思っていたとか。

 ミツキとしてはいくら驚いたとは言え拙い失敗によりかなり失礼を働いてしまったとちょっと落ち込んでいるのだが。




「イケちゃんさんって外国から来られた旅人だったんですか?」


 どうやらミツキが驚いたのはそこら辺だったようだ。

 イケちゃんたちがこの国に来てから最初数ヶ月は空港で足止めを食らったが外国人の到来はあまり話題になっていなかったそうで。

 なんでそんな情報を一般人のミツキが知っているのかと言うと開拓者を志すミツキの娘がその理由。

 イケちゃんの部下たちからの技術提供などの影響が大きい所に居たために自分達に最近もたらされた新技術が外国人からのものだと知らされていたらしいのだ。


 ミツキは娘と今まで離れて暮らしていたが新技術の導入により作られる船で開拓者となるための訓練だとか勉強だとかでこの島に帰ってきていたらしい。


 この国に巣食っている空賊のせいでこの国の国民はあまり開拓者を目指すものが居ないし、居たとしても国外に出れるチャンスなんてかなり限られたものだったそうだが技術革命によって作られる新造船の性能はこれまでの船よりも相当に高いものになるという見込みから、今まで頭を悩まされた空賊被害を突破できるのかもしれないと期待を込められ開拓者を目指す連中、特に新しい技術に対応できそうな若い者が求められているそうな。


 イケちゃんはミツキが娘が危険な仕事に就くことをどう思ってるのかを気にしたが、そこら辺は寿命の短い種族の特性らしく、寂しい気持ちもあるがそれ以上に娘が自分の道を選んで生きていることに対する喜びのほうが大きいらしい。



「で、今娘ちゃんは隣町の方で新しい船に慣れるために頑張ってると」

「そんな感じですね。細かいことはまだ本決まりじゃないにしてもあと何ヶ月かの訓練を終えて一度家に戻ってくるそうですが……あぁ、そういえばあの子は外からの旅人と話をしたかったとか言ってましたっけ」

「ふーん、記憶喪失なんで参考なる話なんてできんとは思うがうなぁ。でもお前の娘は出立するまでの間も時々はこの町に帰ってくるんだっけか?」

「ええ、最近作られた自動車って乗り物のお陰で同じ島内であれば移動が結構楽になった事もあって隣町くらいだと結構頻繁に帰ってこれるって」


 そういえばあいつら車とかも作ってたなぁ、と自分の部下や技術屋連中を思い出すイケちゃん。

 イケちゃん自身は車よりバイク作れと、そこら辺を技術屋連中に口出ししていたのだが「車の方が沢山の物資を運べる」「そもそも一人~三人くらいまでしか乗れないバイクを作る意味がない」とか散々文句を言われたのは記憶に新しい。

 というかイケちゃんがついついバイク作れとか言い出したのが切欠で余計な事を言って邪魔するイケちゃんを封じるイケちゃん係なんて余計なものが作られることになったのだが。


「自動車なんかよりバイクの方がカッコイイと思うんだがなぁ……まぁそれは置いといて。嬢ちゃんの娘ちゃんが何ヶ月かごとに帰ってくるって言うのなら日が合えば会って話をするくらいしても良いぞ」

「あら、そうなんですか?」

「どうせしばらく暇だしな」

「イケちゃんさん旅人との事ですがいつまでこの国に滞在する予定なんです?」


 娘ちゃん相手にポイント稼いでミツキとイイカンジになりてー、くらいしか考えずにノリで話を進めていたらいつまで居るのかと聞かれるイケちゃん。

 イケちゃん自身、旅の目的もないので自分でも行動の方針なんて決めていないので聞かれてもすぐに答えは出なかったのでとりあえず


「お前が俺に惚れるまで、かな」


 と、カッコつけてみた。

 軽くあしらわれたが。




「その人えらいグデングデンだけど大丈夫?」

「人間一人運ぶくらいは余裕だ。そんじゃまたな」

「はいはい、またの御来店お待ちしております」



 ピエール氏がグデングデンに酔いつぶれてしまったのでいつもより早い時間に帰る事にしたイケちゃんは、酒臭い男を担ぎながら風俗はこれからはやっぱ一人で行くべきだな、そう決意した。


「しかし俺はこんなイケメンなのに意外と女は口説ききれんもんだなぁ……」


 そんな事を言いながら。

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