4・たぶんツンデレってやつだな
「ただいまー」
「んこ」
「ッ! 私は挨拶もろくに出来ない子しか育てることが出来ないダメな母親だったのね……」
「わー! お母さん落ち込まないで! マジで落ち込まれると私がへこむから!」
娘は長いこと家を空けていた。
とはいえ別に母と娘で仲が悪いとかそんなんではない。
オーガはヒューマノイドの中でも種族的に成長が早く、10~2才くらいから成体となるし子供を生もうと思えば早い者なら5~6才くらいでもそういう事が出来なくもないくらいではあるが、ミツキが初めて妊娠したのは17の頃だった。
若干遅いが可もなく不可もなく、と言った年頃の年齢の妊娠だが妊娠したくてしたのではなく運悪く出来ちゃっただけであった。
7か8の頃に家を出て水商売で稼いでいたがまさかこんな失敗するとは、と自分を不甲斐ないとは思ったが堕胎しようとすぐに決めて、ついでだからと当時はまだ生きていた両親にもそういう報告をしに行った。
どうせ堕ろすなんて何を言ってるんだ! みたいなありきたりな説教でもされると思ってたら
「ま、お前に親が出来るとは思えないしな」
「どうせ生んでもあなたじゃ後悔するだけだものね。堕ろした方がいいんじゃないかしら?」
なんて言われてカチンと来た。
両親は夫婦仲も特に悪いわけではないし子供を虐待するようなタイプでもなかったが基本的に要領が悪い。
子供の頃のミツキでさえこりゃないわー、そう思うくらいの容量の悪さでいつも貧乏くじを引いて、明らかに損ばっかりしていたような人間なのだ。いや、種族はオーガだけど。
そんな両親をどこか見下していたところのあるミツキからすれば逆に見下されて黙っていられるものかと
「ふざけんじゃないわよ! 産むわ! 産むわよ! 後悔どころか大統領になれるくらいの立派な子にしてやるわよ!」
そんな啖呵を切って二度目の家出をした。
ちなみにミツキの住む国はラリアット王国、王国という名の通り王制の国であり大統領なんていない。
ミツキは学が無いとか以前に頭が良くなかったのだ。むしろアホといえる。
本人がそれに気付いていないだけで。
いちおう友達付き合いの良い方ではあったので仕事仲間に協力してもらい出産に踏み切ったのであった。
仕事仲間たちは常識的な意見として
「そんな理由で子供を作るのはなんか違うんじゃない?」
などと言いはしたがミツキが本気であるとなれば協力は吝かではなく。
せめて産まれる子供のためによい環境であるようにと手を尽くしてくれたものだ。
いろいろあったが無事出産を終えたミツキ。
そこで生まれた赤ちゃんを見て
「なにこの子ちょうかわいい」
と、あっさり両親のことなんかスッパリ忘れてしまい大統領とかどうでも良くなり、我が子をかわいがりつつもどんな道を歩むにしても立派に生きていける子にしようと決心したのだった。
それらからと言うもの、それまで働いて稼いだお金は即使い貯金は殆どしない、後先の事はあまり考えずに刹那的な生き方をするという方針を改め子供の未来を考えて生きるようになった。
子供の将来の選択肢を広げるためには最低でもある程度は裕福でなければ話にならない、だからお金を安定して稼げるように自分の店を持てるようになろうと努力したり、その傍ら子供に寂しい思いをさせないようにかつ、子供が変な育ち方をしないようにと気を使ったものだ。
子供の頃はそれなりに自由に育てつつしっかりとモラルを持つように教育したつもりだった。
一時期は簡単にお金が稼げる水商売に興味を持っていたようだがそれ以外の事にも興味を持ち、自分のやりたい事を見つけてその為に頑張りたいと言ってきた時など嬉しすぎて小躍りしそうになったものだ。
そうやって娘の望んだ道が開拓者……国、群島から出て地図にも載っていないあるのか無いのか分からない新たな大地の発見や、遠い国との貿易、大昔に打ち捨てられた島が今は人が住めるかどうかの調査などをする職業に就きたいというもので。
寿命の短いオーガには向いていない仕事であり、そもそもこの国の周囲には複数の空賊団が常駐しているためにたいへん危険の伴う仕事なのだが娘が本気であることを知ったミツキはもはや止める事はせず。
せめて技能習得までの修行や研修過程での資金不足が無いようにと娘のために頑張ることを決め、現にそうしてきた。
娘が普段家を離れているのはその自分の夢のために首都の方の教育機関やらに通っているのが理由なのだ。
母親として、命の危険のある仕事を選んだ娘を心配する気持ち以上に、自分の気持ちに従ってやりたい事を貫く努力を惜しまない娘を誇りに思う気持ちの方が大きかった。
だというのに
「挨拶でアホみたいなおふざけする子に育っている事も気付かないなんてね……母親失格ってレベルじゃないわ、トホホ」
「いや、冗談! ジョークよジョーク! ちょっと久しぶりにお家に帰ってきた娘のお茶目なジョーク!」
玄関にて、本気で落ち込みへこむ母親と必死にフォローする娘という知らない人に見られたら何やってんのと言われそうな光景は20分近く続いたという。
「それで、家の鍵が開いてたからあなたが帰ってきたのはわかったけど確か後半年は帰ってこないんじゃなかったかしら。ドロップアウトしちゃったの?」
「いやいや、そうじゃないわよ」
ミツキは普段、家の戸締りはきちんとする。
それなりに金のある女の一人暮らしゆえに。
だから家に帰ったときに鍵が開いてたことで娘が帰ってきていることはすぐにわかったのだが、その娘は半年ほど前に一年ほど首都で勉強をすると言っていたのだ。
この世界、群島間の移動であれば空賊に狙われることも殆どないしそれなりに安全に移動は出来るがそれでもそんなに数が多くない船を使っての移動となれば結構時間がかかり準備も必要となる。
冷静さを取り戻せばなぜ娘が家に居るのかと気になったのだが
「なんかさー、何ヶ月か前にうちの国に外からの旅人来たんだけどね。その旅人の技術のお陰でちょっとした技術革命みたいなのが起こってさ。今やアックス島が全技術の最先端、って感じなのよ。新しい船の技術なんかもガンガン更新されてて……ていうかお母さんこの島に住んでて知らなかったの? たしかこの島にその旅人も居るって話だから凄い有名なんだと思ってたのに」
どうやら娘が家に帰ってきた理由は首都のウェスタン島のハンセン町よりもこっちの方が勉強になるものがあるという理由のようだった。
ちなみにミツキはそんな旅人の噂なんて知らない。
「外から来た旅人なんて始めて聞いたわ。ここ何十年も来てなかったんでしょ? 急にそんなのが来たことが知れたら暴動になるかもって情報規制でもされてるのかもしれないわね」
ミツキの言葉に思うところがあったのかふむ、と何か考え込んでいるようだがそんな娘を見たミツキはこんな口の軽い子が外国に行く可能性もある開拓者なんてなれるのかしら? と、心配しないでもなかった。
「ちぇー、旅人って言ったら風俗とかでモテモテでお母さんのお店でも接触あるかもと思ったのに」
「あったら何だってのよ」
どうやら娘は旅人がミツキの店のお客であればそのコネから自分もその旅人と接触して外の事、あるいはその旅人の持つ技術の事なんかが得られるかもしれないと思っていたらしい。
ずいぶん自分に都合のいいことしか考えてない娘には心配する気持ちが無いでもないが、家に帰ってきたのは挫折なんかではなかったようだし今も元気にやっているようでホッとする気持ちの方が大きいミツキであった。
「それじゃこの島で勉強できるなら開拓者になるまでは家に居られるのかしら?」
「あー、うん。それなんだけどさー……」
「?」
と、ここに来て歯切れが悪くなる娘にはてな? と思ったが先を促す。
それに対して意を決したように出した娘の言葉は
「私もうすぐ開拓者になってこの島を出ることになるかもしんない」
というものであった。
娘が決めることであれば文句を言うつもりもないし、そもそももうすぐ11才になる娘はオーガとしては子ども扱いするような年齢でもない。
なので引き止めるつもりは無いが思った以上に急で驚いたものだった。
なんでもさっきの話に出ていた旅人の技術により急ピッチで作られる新造船があと1年かそこらで完成するらしい。
そして若い技術であるその船には古い技術の固定観念に縛られていない者の方が相性が良いかもしれないと言うことで乗り込む者の半分は若手でやってみようと言う話が上がっていたらしい。
娘は首都の方でその試験に合格しその切符を手に入れたらしいのだ。まだ本決まりではないけれど。
「いやー、あと4~5年は手元に居るものとばかり思ってたけど子供が育つのは速いわねぇ……こういう場合ってお赤飯だったかしら」
「それは無いわ。ところで私もちょっと気になったんだけど聞いていいかしら」
いずれ来る別れは寂しいとは言え、オーガやオークのように寿命の短い種族というのは種族としての性格なのか、別れを寂しいと思う気持ち以上に自分の子が巣立つことを嬉しく思うように出来ているらしい。
だから娘が早ければ1年かそこらで国を出て、きっとそれが今生の別れとなるとしても悲しいと思う事も無くおめでたい事として、家にあった有り合わせの材料によるものではあったがそれなりに豪勢な食事をして娘の成功を祝っていたのだがテーブルの上の食べ物が残り少なくなってきたところで娘が少し真面目な顔になって切り出す。
「どうしたの?」
「うん、お母さん男できたの?」
「ブー!!」
「ぎゃっ」
しかし娘の口から出たのはトンデモ発言。
ちなみにミツキの口から出たのは安酒。
「げほっ、げほっ。気管に詰まったわ……いきなり変なこと言わないでよ」
「私の顔に直撃したんだけどその事に対する謝罪が無い事に驚くわ……」
年を取ったとはいえミツキはオーガで肺活量はそれなりにある。
そんなミツキのフルパワーで放出された酒は少なくない量でそれなりの威力を持って娘の顔に直撃した、が元々娘は化粧っけも特に無いので顔を拭けば元通りである。
ミツキから見て少しばかりねたましいことに。
「いやだってさー、お母さんと会ったの半年振りくらいだけど何となく若返ってるように見えたから。髪型はショートなままだけどなんか艶が良くなってるように感じたし化粧も……ていうか指とかも前は結構おざなりだった気がするのに整ってるじゃない。とくれば男かと思うのは自然じゃない? 恋をして綺麗になったよのお母さんは。先輩とかも年食った女が綺麗になるのはそういうのが原因だって」
「……勘違いよ。2ヶ月くらい前からうちの店によく来る客が……って別に良いわ。ただの気のせいだし」
「ふむ、その客がお母さんの好きな男なの? お母さんの店って若い子ばっかだからその男ロリコンなのよね……お母さん、その恋が成就する可能性低いんじゃ」
「だから違うっての」
娘の勘違いに二日酔いでもないのに頭を痛めるミツキであった。
それから数日後、娘はあと何日かは休みだがそれが終われば隣町の施設で開拓者になるためのものと新型の船や技術に合わせた訓練や勉強があるとの事なので今は羽を伸ばす時と家でグデーッとしているがミツキは仕事があるのでそうもいかない。
「あ、イケちゃんだー」
「いらっしゃーい」
「ミイちゃんさん今日も居ないのー? あの人相手だったらサービスしちゃうのにー」
「いや君達……お金払うの俺だよ?」
「だってイケちゃんは今日もママン指名するんでしょー?」
「全員指名して良いならそうするがな!」
「お客様、当店の子は空いていれば3人まででお相手して差し上げることも出来ますが今日は込み入っておりますので2名までと」
「じゃあまず最近俺のために髪や化粧もしっかりして綺麗になったお嬢ちゃんとー」
「それは勘違いですわ」
「照れるなって、かわいいやつだな」
「イケちゃんてせっかく綺麗な顔してても小説媒体じゃオッサンみたいだよね」
「なぬ」
「ぷっ」
そんなこんなで、ここ最近のお決まりとなった自分をわざわざ指名する物好きな客の対応である。
一度来てからというもの3日と空けずに店に来てかなりの豪遊をする客を見てミツキは思う。
「この男に惚れるとかないわ」
「ママンまた照れてるー」
「違うな、今のは男の気を引くテクニックというやつと見た」
「はいはい、そういう事にして今日もボッタクリ料金のお酒を頼んでくださいね。」