オマケ・コマンド『にげる』
「でかあああああいッ! 説明不要ッッッ!!」
「黙れ」
雲海の中に空いた雲の落とし穴、それを見た途端大はしゃぎのバカにうんざりするのも仕方が無い事だろう。
というか一事が万事、この女はテンションが無駄に高くてついていけんのだが。
「うひょー! すげぇーえ! うひょー! ね、ね、ね、底が黒いもやになって見えないのは良いけど落ちたら死ぬかな?」
なんだそのテンションは。
ついでに言うと穴は一見すると空洞だがあれは雲海の高さより上なら無害だがあの中の空間は重力異常で一度穴に入れば地面まで真っ逆さまになる場所だ。
まだ地面は白い水と悪魔との戦いの痕跡が残っているのでまともな生物であればまず生きてはいられない異界みたいなもんだ。
俺達でも一度落ちれば脱出には1000年単位の時間を必要とするだろうしこの船でも間違いなくひしゃげるだろう。
その事を言ってやったら多少はおとなしくなるかと思ったが
「根性試ししてみない?」
なんて言って船のコントロールを奪い穴のギリギリまで船を寄せたこいつの意味不明ップリにはもはや呆れて言葉も出ない。
「うっひょーお、あぶねー! なんちって」
バカは大はしゃぎだがあと数メートルで奈落だったというのに何をやっているんだこいつは。
「あら? どうしたの黙っちゃって?」
てめえがウゼーからだよ、と言ってやりたいが呆れて言葉も出ないのだ。
「へいへいピッチャービビッてるぅー?」
誰がピッチャーやねん、と言ってやりたいが呆れて言葉が出ないのだ。
「んもう、お姉さんが穴に入るのを寸止めでやめちゃったからガッカリしてるのかしら?」
それはねーよボケ、と言ってやりたいが呆れて言葉が出ないのだ。
「どうしたのお兄ちゃん? 黙ってたら私わかんないよッ」
お前のが年上だ、と言ってやりたいが呆れて言葉が出ないのだ。
「隣の家に塀ができたってさ、へー」
つまんね、と言ってやりたいが呆れて言葉が出ないのだ。
「……調子に乗って済みませんでした」
わかればよろしい、以後気をつけるように。
その後、少し空をプカプカ飛んで最寄の島を目指していたところ。
「む、レーダーになんか映ってるよ? 生物?」
「いえ、どうやら船……船団のようです」
と、どうやら船の集団を発見したらしい。
船団の行動の方向を見るに群島間の移動ではなく他の島、かなり遠出をする一団のようだ。
「船かー、なんで人は旅に出るのかしら」
「ああ、それはな」
確かに俺の環境操作の設定で雲海に浮かぶ陸地はそれぞれ独立した状態でも最低限の自給自足は出来るようにはしているが完全に独立させるのは不都合があった。
雲海の下の大地はあくまで全体で一つ、そのバランスの元に環境を作っているがそれらの大地を浮き上がらせているので雲上の陸地も一つ一つではなく全ての陸地で一つ、という形にならざるを得なかった。
簡単にいえばどこかの陸地が栄えればどこかの陸地が衰えるといった風情だ。衰えるだの栄えるだのは所詮人の主観だがそこらの細かい調整も色々あるということだけ理解させれば問題なかろう。
それゆえに一つの陸地だけで全てを賄うより他の陸地と提携して足りない物を補い合う形を取るようにと何百年か前に陸地に済む知的動物達には言い含めてあった。
「ま、そういう事もあってあいつらは効率よく生活をまわすために自分達の住む陸地に足りないものを他から貰いに、あるいは自分達のところで余剰の物資を分け与えに旅をしているのだろう」
「ふーん、すなわち旅をすることを……強いられてるのね!」
「で、どうするんだ。あいつ等とも会って話をするのか? ドラゴンとも話をしていたくらいだし」
「え? あ、うん。いくよ話すよ」
何の意味があるのかは判らんがこの世界を生きるものとの会話をするという方向性はいいかげんわかったので船を向ける。
「通信の要請が来ておりますがつなぎますか?」
「ふむ」
「つなぐわ! メインモニター私の正面よろ!」
「かしこまりました」
すこし近づいた頃に向こうからの通信。
てっきりドラゴンの時同様直接会話できる距離まで近づくと思ったが通信でも良かったらしい。
意味は分からんが早く終わりそうで何よりだ。
「ごきげんよう、私はシャムラレワ。この船の所持者じゃないんだけどVIPって奴よ。敬っても良いわよ」
『あぁん? 獣人か? てめ……なに?』
そうか、こいつはVIPだったのか……まぁどうでも言い話だが。
しかし向こうはそうでもなかったのかバカの名乗りに対して息を詰まらせている。
「ねー、ところで獣人ってなにさ?」
「ん? あぁそれか」
そういえばそこら辺も面倒だから話してなかったか。
世界の滅びを回避するのは良いがこいつが白い水を完全に分解する過程で世界は一度滅びる。
その時の環境の激変で既存の生命体の大半は素のままでは乗り切れないだろうと品種改良を行っていたがヒューマノイド系は特にばらつきが多くなってしまったのだ。
完成された一種類の人種を作れればそれでよかったのだろうが上手くいかなかったので得手不得手をバラけさせた多数の人種を作りお互いの欠点を補わせる形になったが。
で、どうせならと何人かのナ・オムの外見特徴や一部の身体特性を参考にヒューマノイドも何種類かの人種に分けてみたわけだ。
当時は名前なんぞ付けていなかったが恐らく獣の特徴を外見や身体能力にも足せた種族を獣人と呼ぶようになったのだろう。
モニターに映った男は背が低いというよりも骨格が太く短いことから新種のヒューマノイドでも力が強く体が頑丈で寿命が長いとかなり完成に近いタイプの種族の奴だな。
その他にも寿命は長くなって病気にも強いが体力が低い種族や、既存のヒューマノイドに近い何の特徴も無い種族、さらには爬虫類系の種族や4~5メートルあるデカイ種族も遊びで作ってみたっけ。
デカイのは力が強く賢いのは良いが基本好戦的な上に寿命が短い失敗作だったがそれはそれというものよ。
そういう事を説明してやったら
「そういう面白そうなことは私も参加させなさいよ」
とか言ってきた。
お前が白い水の解析分解作業は一番の難関だから中途半端に声かけるなと言ってたように思うんだが……
『てめぇ!!』
おっと、それよりも目の前のことだ。
動揺していたのを持ち直したようで何よりだがなんか怒ってるっぽいな。
『言うに事欠いて神様の名を語るたぁどういうこった!』
「かっ、神様ぁ!? なにそれ!?」
「知らん」
ので聞いてみた。
聞いた情報をまとめると
大昔に現れた悪魔との戦いに人類は敗北寸前。ドラゴンでさえ悪魔を倒しきれなかった。
そんな時人々の祈りが通じヒューマノイド11種を支える11柱の神々が現れドラゴンを従え人々を導き、自分達の命と引き換えに悪魔を封印し、世界を今の形に作り変えたそうな。
その11柱の神のうち、獣人の神、美と自己犠牲の象徴にして優しく包容力の有る母神の名がシャムラレワというらしい。
それぞれ11神の名は恐れ多くて名乗ることなど許される事ではないらしく彼らはそれに怒っているらしい。
一応11神の名とやらを聞いてみたが俺の名前もあった、というか全部心当たりの有る名前である。
どうも情報が中途半端に伝承されて変な歴史が彼らの中での正史となったらしい。
まぁ何を思いどんな歴史を紡ごうがそれは自分勝手にやりゃ良いと思うがやたらと持ち上げられてニヤニヤしているバカがうざい。
あと俺はどうやら巨人の神で11神の唯一の生き残り、巨人が強いのは彼らに加護を与える神が未だ存命であるからだとか。
背はでかいかも知れんがあくまで人間としてはって事で新しく作った人種の中には成人になった種族内の平均身長で2メートル越えしてる種族もあったし俺は巨人でもなんでもない気がするんだがなぁ。
あと、バカが見た目ケモナーな容姿でケモナーの神様扱いされるのは100億歩譲ってわからんでもないがクリスタルとか岩の塊のような容姿の奴らまで人間の神様扱いってどうなってるんだ。
無知からくる勘違いで何を信仰しようとこいつらの勝手だが、自分の名を普通に名乗っただけで不敬だ何だと因縁つけられて現在進行形で攻撃を受けている状況はなんとも言いがたい。
メチャカタイ合金の船体はそうそう傷も付かんがだからと言って看過していい理由にもならんしな。
自分の周囲を歪め世界を己のものに変える能力を持つドラゴンはこの世界の存在が悪魔と戦うためには必須の存在であった。
だが数体程度のドラゴンの力は無限にも思える悪魔の物量と強大な個の力の前には無力であり、この世界の存在は悪魔に対してジリ貧であった。
悪魔と戦うためにどうすれば良いのか、それを考え実践し失敗し殺された者は数知れず。
その中で俺達は作られた。
あるいは呼び込まれたというべきか。
この世界の存在では悪魔に触れることすら出来ない。
この世界の一部であり世界のルールを変えることの出来るドラゴンでも力と数が足りない。
ならば他の世界ならばどうか。
この世界の理の外、この世界、いやいかなる世界からも干渉されない者がいれば、そんな者が居れば悪魔と戦えるかもしれない。
その考えはそれ程期待されていなかったがまず10体が同時に造られることになった。
あまり予算も猶予も無ければ期待もされていないのでそれが限度だったから。
他の世界のものと言っても異世界の人間なんぞを読んだところでたいした期待が出来るものではない。
だから世界そのものを人間大に圧縮して人格を植え付けるという荒唐無稽かつ乱暴な方法だったが元々誰一人として上手くいくと期待していなかった実験だけに自重というものをしなかった。
その結果生まれた、10体。
全ての理の外ということからナ・オムと呼ばれたもの達が教育を施され悪魔と戦えるかの実戦投入された時、その瞬間からこの世界の反撃らしい反撃は始まった。
ドラゴンのように世界を歪める事無くどこの世界においても悪魔と戦えるだけではない。
その力も常識の外のものであったナ・オムは実戦に投入されて僅か2時間で世界を埋め尽くし宇宙に進出し太陽を木っ端微塵にし銀河系の彼方までを破壊しまわっていた悪魔軍団を一掃しきり、その上で地上や太陽、遥か彼方の星々までを修復してしまった。
ナ・オムの力があまりに圧倒的であったためこりゃええわいと、人類は更にナ・オム数を増やそうとしたものだが悪魔達もただやられるだけではなく攻撃場所をこの星に集中し始めた。
ナ・オムを作りだしナ・オムを更に作る可能性のあるこの星さえ滅ぼせば宇宙の星々に至るまでを犯し破壊し尽くすことが可能なのだから。
その悪魔の集中攻撃により最初の10体に続き生まれるはずだった次の10体は生まれる前に破壊しつくされ後続が出ないようにとその技術もろとも葬られた。
後続の10体中、ギリギリで死ぬ前に戦えるようになったのが俺であり、俺を含めた11体のナ・オムが悪魔との戦いの切り札であり決定力となった。
恐らく、こいつらが俺達11体を神様扱いしてるのはそういう功績を称えての事であろうとは思うが1000年かそこらでえらい情報が歪んでしまったらしい。
てなわけでこいつらにその説明をしてくれようと思ったのだが
「いいよ、今を生きる彼らにとっては真実の過去よりも彼らの信じる過去こそが正しいんだから」
「はてな?」
こいつが何を考えてるのか判らんのは今に始まったことではないが……間違いが正しい?
「今のこの世界……純粋な意味での本当の過去から続く生命主なんてもう存在しないのかもしれない。この星の空気ひとつにしても過去の世界の空気とは別物かもしれない。そこまで別物ならさ、彼らの知らない過去の歴史なんてどうでもいいじゃない?」
「……」
表面上の言葉とこいつの内心にどれほどの差異があるのかはわからん。
それでもどうでもいい、そういったこいつの言葉は本音であると、何故か確信が持てた。
それだけに俺にはわからない。
どうでもいいと言い切れる者達に対して、こいつはなぜ積極的に関わりたがるのだろう。
「お前は……何を考えている?」
初めて俺は聞いた。
この女が……いや、自分以外が何を考えているのかを疑問として聞いたのは初めてだ。
わからない事はわからないままで良かったはずなのに。
そんな俺の疑問に対し、この女の答えは
「そりゃもち、この包囲網を抜けて早く陸地に到達してそこの人たちと触れ合いたいなーって考えてるよ」
聞いた俺も大概バカだったらしい。