4・世界最強の剣士の戦い
一歩、進むとその方向の先に居るものたちが2歩後ずさる。
向きを変えて一歩進むとその方向の先に居るものたちが2歩後ずさり、向かなかった方向に居た者たちからあからさまな安堵の感情が漏れる。
そんな状況を見てイケちゃんはこう思った。
おもしれー。
しかし2~3回もやれば飽きるもので、そうなってくると他と同じ反応をする者よりも違う反応をしてる一人に意識が向く。
背が低いというか、体のパーツの一つ一つが短く太い、そんな感じの体のバランスをしている人物。
太いといっても肥満ではなく岩のようなごつい筋肉が全身を包み込んでいる。
大体150センチ前後というところか、しかし体重は100キロあるイケちゃんより重いかもしれない。
上半身裸であり防具らしい防具は前腕や下腿だけに金属製のモノをつけているくらいだが、安定感というべきか、他の連中よりも桁二つは上の実力を持っているように見える。
手に持つ武器も刃渡りだけで2メートルありそうなバカでかい剣で柄もでかければ歯の肉厚も幅も普通の剣の比ではない。そんな明らかにサイズがあっていない武器でも武器に持たされているというようには見えず、構えだけでその武器を使いこなしていると見える。
そんな男が剣を正眼に構え、瞬きもせずに見据えている。
一歩踏み出した時も他の連中はただ一歩に合わせて引くだけだったのにこの男は常にこちらの動きに対して一定の間合いを保っているのだ。
「ふふん、お前さんはこの船一番の腕自慢、かね? それとも頭か。ま、どちらでも同じことだが……お前が最初でいいのかな?」
そんな相手に興味を持ったイケちゃんは、ただ考えなしに暴れるよりも一対一で向き合ってみようという気になった。
ごくり、思わず喉が鳴るのを誰も止められなかったとしてもそれは仕方が無い事だろう。
何の気負いも見せずに、まるで馴染みの飯屋の暖簾をくぐるような気軽さで謎の移動方法で現れた男。
見た目だけならさぞ位の高い出自の人間といったところだろうが、この男がそんな見た目通りの存在で無い事は誰の目にも明らか。
その時点でも十分に異常なのだがそれだけにとどまらない。
どれほど強力な術が使える魔道士かは不明だがそれでも剣で切れば血が出るはず。
そう思い剣で首を狩りにいった男の剣は斬りつけた剣のほうが逆に折れ、その後に指を根元に刺して抜いてとされるとその相手の体が木っ端微塵に爆発してしまった。
今までどんな経験を積んできても見たことも無い、むしろ考えた事も無いような化け物。
そんな奴を相手に誰もが恐怖で固まっていたのだが一人だけ例外が居たのだ。
それがこのハイパーメガトンクラッシュ空賊団の最強の団長、ドワーフのトンクラである。
古いメンバーはもう彼と10年以上の付き合いにもなるが、その誰もがなんでトンクラが空賊なんて落ちぶれ稼業をやっているのかを知らない。
他人の過去の詮索を禁じられているわけではないが刹那的に生きる空賊にとっては過去がどうとかいうのは大して重要ではないからそれ程気にされるような事柄ではないだけだ。
重要なのは腕が立つか、決断力があるかなどの自分達のトップとして必要な能力があるかどうかだから。
能力に関しては行動力、決断力供に申し分なく、多少行動が直情的で後先を考えない部分はあるが最善を考えすぎて答えを出すのが遅すぎる者に集団の頭は出来ない。
多少の間違いがあっても強引に周りを動かす牽引力の空賊のような荒くれ集団にとっては重要なのだ。
そしてそれ以上に個人の強さ。
剣に優れた腕を持ち、一対一でも一対多でも苦戦らしい苦戦を見た事がない。
彼の持つ剣は無銘だが巨人族の戦士と戦い引き分けた時に譲り受けた物だというのだからその実力の異常さもわかるというものである。
巨人族、この世界において人型をした知的生物はヒューマノイドと言われるが巨人族だけは他の種族から見て別格といわれる者達。
それ程数が多いわけでもなく寿命も短いが、それでも種族ごとに分かれて戦争を行えば勝つのは巨人族だといわれるほど強い。
他の種族の者で才能を持って生まれ良き師に恵まれ良き戦いを経た勇者でも巨人族の平均的な戦士に勝てるかと問われれば曖昧な笑いでもして誤魔化すのが精一杯、といわれるほどに強い。
そんな強い強い巨人族の戦士と引き分ける腕というのは10年の付き合いの有る仲間達でも強さの上限がどれほどあるかなんて想像すらできないほどだ。
そんなトンクラがイケちゃんとかふざけた名を名乗る謎の男の前に立つ。
不気味な相手であり強さが想像もできない敵だがそれでもトンクラなら……そういう期待と、僅かではあるがトンクラでも無理なのでは?そういう恐怖。
二つの感情から来る緊張で空気が重くなったような錯覚さえ感じてしまう。
「おいお前ら、離れ」
そんな中で軽い口調でトンクラが声を発し、自分で出したその声を断ち切るように踏み込み剣を振った。
上段に振りかぶってからの唐竹割り。
緊張した空気の中で唐突に軽く周りに語りかけるというフェイントにその言葉の途中での攻撃で、さらにその速度は並の剣士には残像すら見えない速度であったというのに敵の男は体を横にずらし避けていた。
そこからの攻防は見るものに竜巻を連想させるほどの激しいものだった。
トンクラが2メートルも有る巨大な剣を軽々と振り回し自身も激しい体捌きで前後左右と動き回り攻撃の手を一切緩めない。
その動きを10秒も続ければ熟練した戦士を30人は殺せそうな動きだが敵の男はその動きに対応しているのだ。
それどころか、避けるだけに留まらず時折トンクラに拳や蹴りでの反撃を行ってさえいる。
周りから見るものからすればどうやってそんな動きが出来るのか、隙があるから攻撃しているのかどうかすら判別できないほどのものだ。
巻き添えを食わないようにと皆甲板の端に寄りながらだが次第に空賊たちは喚声を上げる。
自分達に理解できない次元の戦いだが戦えているということ、さらに相手は素手であるからか攻撃回数は見る限りトンクラに比べて少ない、それゆえにトンクラが優勢に見えるからだ。
しかし周りの空気とは反比例してトンクラの心は恐怖に支配されつつあった。
体は動く。今までに無いほどに。人生で一番剣を振れているのはいつだと聞かれれば間違いなくこの瞬間がそうだといえるだろう。
それなのに勝てる気がしない。
今までの人生で色々と戦ってきた。
住んでいた島で大量発生したモンスター軍団、人の住める島でなくなる前に他の島へ移住するための旅で襲ってきた空賊、その島で剣の腕を買われ警備兵として雇われていた時に襲ってきた野党、故郷に戻りたいと思って戦力を整えやってきたかつての故郷のモンスター軍団をたった一人で滅ぼしていた巨人の戦士。
そんな今までのどの戦いともこれは違う。
理性が認めようとしないだけで本能ではもはや気付いてた。
これは戦いではなく遊びなのだと。
互角に見えるのは相手の演出によるもの。こいつがその気になれば今この瞬間にでも、俺は死ぬ。
それを体が理解していた。
止まる事はできない。そうなれば死ぬ。
このまま戦い続けてもいずれ死ぬ。
どうすればいい、どうすれば死なずに済む。
そんな事を考えていられる余裕は存在しない。
しかし考えずには居られない。
周りのバカどもの喚声が邪魔に感じる。
こいつらにどう見えてるのかは想像が付くが内実を理解してない連中の声が今は不快だ。
いつ終わるとも知れない、終わるとすれば自分の死に世っての幕引きしか想像しようのない攻、そんな防はしかし、あっさりと終わった。
「でやああ!」
トンクラがこれまでの人生で最高の一撃、恐らくこれから先死ぬまで工夫を重ね鍛錬を積んでもこれ以上にはならないだろう一撃を裂帛の気合と共に放ち
「んっ」
その一撃が軽々と止められる事で。
それもただ止められたのではない。
白刃取りで止めた訳でもなければ腕で防いだのでもない。
渾身の力がこめられた上からの打ち下ろしに対して軽く、そうとしか見えないような所作で伸ばした舌で止められたのだ。
「れっ」
イケちゃんは止めていた剣を舌で押し返し周りを見渡した。
腰を抜かしているものや空の上で逃げ場なんてないのに逃げようとするもの、色々居るが皆が皆戦意喪失している。
さっきまで頑張ってた男にももうやる気があるようには見られない。
「さて、どうしたものか……」
襲われそうになったからまずは話し合いで回避しようとしたがそれも叶わず、何もわからぬまま先制攻撃までされたのだ。
エイエイオーの装甲がメチャカタイ合金であったがゆえに無傷であるがこの船があの爆弾を食らっていれば穴が開いていたであろう事はわかる。
自分達が受けたら死にかねない攻撃を相手に仕掛ける。
すなわちこいつらはこちらをを殺す気で攻めてきたと見るべきなのだ。
仮に船の鹵獲が目的であったにせよ、こいつらが自分より上手ならこちらの被害は相当なものだっただろう。
それを考えればこいつらを生かす理由は見当たらない。
今すぐ倒すべきなのだろうが積極的にどうにかしないといけないほど危機感を感じないのが問題だ。
戦いになるくらいの戦力をこの連中が有していたのなら戦って倒すというのもありだったのだが、弱すぎて戦いになりやしない。
さてどうするべきか……イケちゃんは頭を捻って考えるが中々答えがまとまらない。
周りの空賊たちもどうすべきかわからないでいる。
この男は敵だ。仲間を一人殺した。
そして今現在ウンウンと唸って何かを考えている。隙だらけ。
でもこちらから仕掛けることが出来ない。そうやった奴は爆発して死んだ。
自分達の知る限り最強の戦士である船長さえまるで届かない実力をもっている。
一体どうすれば良いのか。
「ふむ考えるの面倒だしこの船を落とすことにするか」
イケちゃんはそう答えを出し、黒い煙となって消えた。
それを見た空賊たちには目の前の脅威が消えたことに安堵するよりも、最後に残した言葉に対する恐怖が先立った。
所変わってエイエイオーのメインブリッジ。
「メインっつーか一個しかないがな」
「なんです?」
「こっちのことだ。所であの船だが」
「はい、レーダーで見たところ生命反応が大量に残っているというか、イケちゃん様が向かってから一つしか減っていないようですがどうなさるので?」
「船を落とす。尻尾で縦と横に貫通する穴を4~5個ずつ空ければ勝手に落ちるだろう」
「かしこまりました」
そういう事になった。
イケちゃんは命令だけすると椅子にどっかりと座りやれやれだぜ、と呟いた。
その後イケちゃんの命令を受けエイエイオーの尻尾が容赦なく何度も船を貫きその都度数人ほどの生命反応が消える。
そして眼下に広がる底が見えない大きな穴、そこに落ち行く船。
「なんだかなぁ」
その船を見て特に達成感も罪悪感も感じていないが、どうにもこうにも微妙な気分になるイケちゃんだった。