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3・奴は弾けた

 ざわ……ざわ……

 擬音を当てはめるならそれが一番正しいのだろう、そんなざわめきがその場を埋め尽くした。

 その原因となったイケちゃんは周りを見渡し「なんじゃらホイ」と訝しげに周りの連中を見ていて重要なことに気付いた。


 この船に乗る連中、それらを見渡す。

 どいつもこいつも共通しているのは手にそれぞれ武器を持っていて個人差はあれど手甲や胸当てなど、動きやすさを優先した最低限の防具を身にまとっているが共通していない点も多々ある。

 背が低くその分か前後と横幅に大きくしっかりした骨格にガッチリ硬く重そうな筋肉が搭載された者達、老けた顔立ちやモジャヒゲから成長過程の子供ではなく成体となった大人なのだろうと思われる。

 対照的に背が高い分ヒョロほそく、肌も張りが無いわけでもないが色素が薄い不健康っぽい者達、耳が横に長いのが特徴といえば特徴かも知れんがむしろ他の連中と比べて痩せすぎなのが気になる。

 猫科の動物っぽい特徴を持った者達、全身から毛が生えていてふかふかだがそれ以上の特徴として前傾姿勢であり、手にそれぞれ武器を持っているが総じて猫背で、骨格的に二本足より両手も含めた四足での移動のほうが足は速いんじゃないかと思われるが、二本足で立ってるのも無理をしているというようにも見えないのでどちらでもいけるということか。

 その他にもヌラッとした質感の肌で左右の目も横に広がっていて視野の広そうな奴らに、生物的な見た目の特徴だけはイケちゃんに近いさしたる特徴のない連中。

 などなど様々な個性があるがそれは大したことではない。

 連中がブサイク揃いなのもイケメンたる自分の基準が高すぎるのが原因だと思えばちょっと哀れみを感じたりするが別に笑うことでもあるまい。

 イケメンたるものそういう醜い感情は持っちゃいけない気がするのだ。


 重要なのは、だ。


「男ばっかかよ……フウヤレヤレ。戦いになるにしてもちょっとウキウキしてたのに」


 と、言うことで男しかいない事にガックリしたのだ。


 そも、エイエイオーのオーナーたるイケちゃん自身がわざわざ一人で敵船に乗り込んだ理由それすなわちそろそろ女に会いてぇ、というものであった。

 生態レーダーのお陰でこのブサイク船、サイズはエイエイオーよりいくらか多いだけあって合計で100人近く居ることは判明している。

 それだけ居るなら女が居るだろうと思っていたのに居ない、その事実にイケちゃんはショックを隠せなかった。

 前に龍と会ったじゃん、とか思われるかもしれないがイケちゃん的にあれはアウトである。主に性格面で。ゆえに女としてカウントはしていなかったりする。


「いやいや待て待て。目に見える人数は60人ばかし、船を動かしてる奴らや見えないだけで他に女が居ないとも限るまいて」


 目の前の現実を否定するように目をつぶりフリフリと首を左右に振り回しながら次第に落ち着きを取り戻すイケちゃん。

 しかしそんなイケちゃんに凶刃が降りかかる。

 隙を見せすぎだ。





 唐突に自分達の船に現れたその男、背が高く足も長い、一見すると睨んでいるように見える目つきだが目じりと眉尻が垂れずに若干釣り上がっているからであろう。

 白く滑らかな肌には染みの一つもなく、船で長旅をしているもの特有の疲れというものが感じられない。

 癖がなく艶を放つ黒い髪にこれまた黒い目、来ている服も黒を貴重としたものだが生地や仕立からして相当に金がかかっていそうに見える。

 そういう趣味のモノなら金を払って買いたくなるような容姿の男ではあるが、見た目通りとは思えなかった。


 見た目だけならばただの人間なのだがその現れ方は異常そのもの。

 長い歴史の中には嘘か真か、空間を渡ることの出来る魔道士というのも存在していたという。

 しかしそれらはただでさえ信憑性の無い御伽噺の上に、その移動距離も精々数メートルと言われているし、壁一枚を越えるために数日間の準備に大量の触媒、転移後の場所の陣の設置に複数の生贄の血を必要としたといわれているのだ。

 なのにこの男の登場にはそれらが一切感じられなかった。

 いや、それ以前にあの気味の悪い船の中からここまで転移してきたにしても転移後の場所であるこちらに下準備をしていたわけが無いし、そもそも今日ここで遭遇したことすらお互いにとって偶然のはずなのにそんな準備をしていたとも思えない。


 ならば一体どうやって現れたのか? わからない。

 こいつは一体何者なんだ……誰もがその疑問を浮かべずにはいられない状況、皆が皆、脳が凍りついたように思考が走らない。


 だが、それも時間にすればわずか10数秒のこと。

 時間とはいついかなる時も同じように過ぎ去るが消して後には戻ることの無いもので、その時間を上手く使える者こそが勝利を手にすることが出来るのだ。

 折角の思考停止の時間をこの男は何やら女がどうとか、そんな事を言って無駄に過ごした。

 ちなみにハイパーメガトンクラッシュ空賊団、男所帯で女は居ない空賊団である。女は町で買うか襲って犯すものだ。

 そんな彼らからすればこのイケちゃんと名乗る男は不気味な存在ではあっても愚かであった。


 目をつぶって首を振って隙だらけ、殺して下さいと言っているのとどう違うというのか。


 だからこそ、空賊たちの中でも身の軽いものが手に持った刃物でこの男の首を刎ねんと刃物を走らせた。

 生け捕りにするべきかどうか、それは既に船長が目で殺せと訴えていたことを正確に受け取った船員が間違えるはずも無く。


 どれほど規格外の魔道士であろうと心臓を刺されたり首を刎ねられれば死ぬのだ、誰もが1秒後には首から噴水のような血を流し死体となる男の姿を想像した。


 しかしビックリ、そんな事にはならなかった。




 パキン、そんな軽い音を立てて剣が折れたのだ。


「はぁ?」


 間の抜けた声は誰のものか、一人ではなくそれを見た者の大半が口に出すか出さないかの違いは有れど同じ心境になった。


「ん? あぁ今攻撃したか? そういえばお前ら俺に喧嘩売ってきたんだよな。そうだったそうだった。じゃ、やるか」

「ひぃっ」


 己の剣が折れた事に半ば呆然として固まっていたケモ男の額を指で突く。

 力を入れてるようには見えない、それ程速くも無いその指先が額にめり込む。ズブズブと。


「や、やめっ」


 後ろに仰け反るなり横に逃げるなりすれば良さそうなものなのだが額を突かれている男はそうしない。出来ないのかもしれない。


「やめてとめてやめてとめて」

「痛いか? 助かりたいか?」


 体こそ動かないが口は動くのか、静止、あるいは助命を請う言葉を早口で捲くし立てるが


「ダメだな」


 イケちゃんは非情であったとか。

 指が根元までめり込み、疲れた男は白目をむき言葉も発せずカタカタと小さく震えている。

 そんな光景には流石の空賊たちも仰天して動けない。


 そしてイケちゃんが指を抜いた瞬間、男は弾けた。

 物理的な意味で。



「さて、戦いを始めようか」

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