2・空の賊だから空賊だってさ
雲の滝、それは眼下一面を雲海に覆われたこの世界の空で雲海に覆われず、ぽっかりと丸い円状に広がった、底が黒いモヤになっていて詳細を伺うことも出来ない穴に付けられた名前である。
別に滝と言っても雲がその穴に流れ落ちているわけではないのにそんな呼ばれ方をしているのにも理由がある。
雲海の下がどうなっているのか? それを確かめようとしたものは数え切れないほど居たのだろうが誰もがその謎を解き明かすことは出来なかった。
この世界の生物の生活圏として存在する島の数々は縁が絶壁になっているが、そこから伝って雲海の下に挑もうとしたものも居たが帰ってくることは無く、ロープを体に巻いていても雲海に潜ってすぐにロープにかかる重みが無くなり、引き上げてみればロープの先端が消えてなくなっていた。そのロープを鎖にしても、何にしても同じ事であった。
高性能で頑丈な船なら一瞬ぐらい潜れるのでは? そう考えた者もいたが一度雲海に沈めば浮き上がることも泣く消息は不明のままとなる。
そういった試みの一環として、雲海にぽっかりと開いた穴に入り底を確認すれば雲海の下に何があるのかわかるのでは?
そんな考えが出るのは当然のことであり実際に何人もの挑戦者がそれぞれ工夫して穴に挑んだが、一度雲海の高さまで入ると一気に下に引きずりこまれすぐに見えなくなってしまうのだ。
まるで巨大な滝の流れに逆らえずに下に流されていく小魚のように。
そんな場所だが上を通過する分には別段下に引き寄せられるようなことも無いので雲海の下に挑もうとしなければそれもまたありふれた風景の一つでしかないのだが。
それに世界に複数ある雲の滝はみな一様にその周囲に群島が形成されているために島と島との交流もしやすく発展しやすい事もありむしろ雲の滝は発展の象徴の一つに数えられるくらいの名所にもなっている。
しかし光りあるところに影あり、正義あるところに邪悪あり、というか人の交流が盛んな場所では人口に比例して犯罪が増えてしまうもの。
しかも雲の滝の周囲は舞い上がった雲が身を隠す遮蔽物となり犯罪行為のための潜伏、その後の逃亡の手助けをしてしまう。
しかし空の旅は危険を伴うもの、ゆえに空を飛ぶ船に対する攻撃行為などは厳しく取り締まられる。
特に雲の滝の周囲は群島を形成しているために交流が活発になりそれぞれの島と島の移動途中で消えた船、というのが出ればすぐにわかってしまう。
事故によるものか犯罪によるものかを徹底的に調べられることもあり、群島間の交易をしている船は狙われにくいのだが逆に遠くからの船というものになると話は違ってくる。
わざわざ遠くから来るということは貴重な物資の郵送、もしくは田舎から都会への移住、あるいは地図にも載っていない新規開拓地発見のための冒険家の補給というものになるわけだが、それぞれが目的地に着かずに消息を絶ったとしても移動距離が長い場合はどこで消息を絶ったのかを知るすべが無いために調べようもなく、事件として取り上げることも難しくなってしまい仮に犯罪者に襲われて沈んでしまってもただの事故であるとされてしまうのだ。
貴重な物資の郵送の時以外は消えてしまってもそれを察知すること自体が難しいのでそれも仕方が無い事ではある。
とは言え襲う側にもそれなりの都合というものはある。
なにせ海にプカプカ浮かぶ船と違い空の船は船自体のエネルギーや乗組員たちの食事も限定的になってしまうので長時間待ち続けるというのはあまり現実的ではないのだ。
それでも長い航空をしてくる船というのは基本的に貴重なものを積んでいる上に長い旅による疲労、目的地が近いことによる緊張の弛緩などが重なっていることもあり当たりが出ればおいしい獲物なので狙うものは少なくない。
空の賊だけに空賊と呼ばれる輩だが、そういったアウトローな連中は基本的に表舞台で正面に立つ実力も度胸も無い負け組みの集団であり、例え長旅の疲労やゴール直前の気の緩みというものが重なっていても、重要な物資を運ぶものを守る護衛、一世一代の移住に一族の命運をかけた者たち、まだ見ぬ進展地を探すために命をかけて空を翔る冒険野郎という連中が落ち着いて対処すれば本来は負ける可能性が低いのだ。
しかし、その空賊は違っていた。
構成員は船長のドワーフを筆頭に獣人や人間の兵隊にいたるまで一人一人が一騎当千とはいかないまでも勢いにのれば10人くらいまでは相手に出来る猛者揃い、さら魔道士、それも腕利きのものを数人要していて、同数どころかお互いにハンデのない状況であれば数で自分達の3倍前後の戦力であっても互角に渡り合えるであろう実力を持っている。
その上、偶然にも彼らが発見した地図に載っていない未開の島には魔道士の魔術に使う触媒になる貴重な物質や高性能の武器防具の素材となる鉱石、さらには飛行船の補給素材まで最高品質に近いものがあり、そこで万全の準備を整え仕事に取り掛かる空賊たちは、他の同業のものと比べて頭一つ二つどころではなく、まさに桁違いの実力を持った悪夢のような集団だったのだ。
そんな空賊、ハイパーメガトンクラッシュ団の船、メガトンクラッシュ号の観測係が一つの船を発見した。
その船の形状は一見すると船と思えるものではなかった。
いうなれば巨大な青いエイ、そんな姿だ。
ハイパーメガトンクラッシュ団はいつも獲物の船に対して上部から襲い掛かる。
雲海に落ちればどんな船も二度と浮き上がることは無い、そういう恐怖から船乗りはみな雲海と距離を置いて高く飛ぶものだが高く飛びすぎると何も無い空だと目立つ。
何よりもベテランの船乗りともなれば高度は低く飛ぶことで自分達はが雲海に落ちるようなへまをしない操船をするという矜持にもなるので船は雲海に付かず、しかし離れすぎずというのが基本なのだ。
しかしハイパーメガトンクラッシュ団はそんな常識に囚われない。
上から襲い掛かる場合は雲海に落ちる影から獲物に早期発見されるという危険がでるものだがメガトンクラッシュ号の対船用レーダーは並の船とは桁が二つ違う。
遠い国からの船を襲ったときに手に入れた技術に自分達で独占している高性能な素材をあわせ通常の船を遥かに上回る索敵網や通信機能を手に入れているので、ここ数年の仕事において自分達の姿に獲物が気付くのはいつもこちらが襲う直前となっていたくらいだ。
そして上から襲う最大の理由、それは魔道士に作らせた魔道爆弾である。
魔道士の技で作られた魔道爆薬の威力は凄まじく直撃させずとも空いての船の内外を揺らす。
そんな爆弾を上から投下し先制攻撃、そのご船を被せる様にぶつけてから船員で乗り組み制圧するというのが彼らの仕事の手順なのだ。
そんな彼らは雲海から見てかなり高度に陣取って舞い上がる雲の影に潜んでいるので妙な船に対しても上下軸でかなり上になっているので襲い掛かるなら雲から隠れながら音を消し自分達の影も悟られないようにしながら慎重に接近するわけだが……その日は手順を変える必要があった。
獲物の船……見たことも無い不思議な型だが生物が雲海を越えるのは不可能だろう。伝説のドラゴンはかつて雲海を越え傲慢なヒューマノイドの国々を滅ぼして周ったというが、今彼らの目の前に居るのはドラゴンではなくエイにしか見えない。
それに表面に金属質の光沢が見えるしやはり人工物であると思って良いはずなのだ。
そのエイはこちらを目指して飛んできている。これを偶然と思うほど彼らは未熟ではない。常に最悪の状況も想定した上で怯えすぎず、冷静に状況を判断する。
エイのような船が真っ直ぐこちらを目指して飛んでくるのはこちらの姿を先に捉えて、何某かの用があるからこそ向かってきているはずだ。
その上でどう対処するのかを決めねばならない。
レーダーを今の高性能なものに変えてからというもの、これほど早く気付かれたのは初めてのことだった。だが彼らは百戦錬磨の経験を持つ強者。先手を取られることも初めてではない。
自分達より更に上から被さるように向かってこられた事もあった。一つの船に集中した隙に隠れたもう一つの船からの挟み撃ちを受けた事もあった。
つまり、現在の状況は彼らにとって警戒に値することだが何一つ悲観にくれることの無い状況であり、それどころかここ数年の仕事は楽をしすぎていたから緊張感の有る仕事が出来てむしろやりがいがあるぜ! などと嘯くものも居るくらいだ。
「よし、まずは通信機で友好的な態度でも取ってみるか。あの船は始めてみる型だからな。俺らの知らん技術も使われているんだろう。どっかの大国の最新技術を使った輸送船だとしたら船自体がお宝だ」
船長のその判断の元、彼らは動き出そうとしたのだがここでもまた予想外のことが起こった。
「やあこんにちわ。俺の名前はイケちゃん、この船、エイエイオーの所持者だ。そちらさまが何者かは知らんが攻撃の意思を持っているのはわかっている。しかし当方には攻撃される謂れもないので何かと勘違いしているのでは? という思いもあってまずは話し合いがしたいなーと思っている。返信どぞ」
こちらの通信の届くギリギリの距離から声が届いた。
彼らの使う通信機は他のものよりも遠くと繋がる高性能なもので、これまで自分達から一方的に話しかける事はあってもその逆は無かった。
しかし相手の船は双方向通信が出来る距離になった途端に通信を繋げてきた。
これは相手の船の最大通信距離はこちらを上回るのか? そう考えざるを得ない状況になり彼らにしては珍しくうろたえた。
未知の技術を使われているのであろう船、おそらくかなり高性能なレーダーと通信機、ひょっとしたら他の面でもそれぞれ高い水準を満たしているかもしれない。
そんな船を前にどう動くべきか……
ここでハイパーメガトンクラッシュ団船長トンクラの判断は早かった。
「通信を切れ」
会話で向こうの情報を引き出すのも手の一つであろう。戦いになるのならその前の何気ない会話の一つ一つから相手の情報を予測できるかもしれないのだから。
だが彼はそれ以上にエイエイオーのイケちゃんなる人物に対し得体の知れない……気色悪い感覚を覚えてしまったのだ。
手に入れるより確実に潰すほうが良いかもしれん。
それが彼の下した決断だった。
これに団員は多少の反感を持ちそうなものだが頭が一度決めた方向性には従わないわけには行かない。
そういう掟の元、団結してるのだから。ゆえに何人かは勿体無いという思いを持っていても目の前の船を確実に潰すべく動く。
投下用魔道樽爆弾クラッシュマン。
それが彼らの使う爆弾の名称である。
爆発時に発生する衝撃は直撃せずとも強烈な振動を放ち船であろうと生物であろうと深刻なダメージを与える。
1発でも直撃させてしまえば船の乗組員はショックと音で鼓膜が破れ1~2時間は行動不能に陥るだろう。
もっともそうなってしまっては略奪の前に船が雲海に沈み何も得るものがなくなってしまうので普段は爆弾を1発か2発、当たらないように投下して爆発させるのだが今回はメガトンクラッシュ号に搭載している8発全てを投下する事になった。
相手の船の速度は相当速いために確実に真上から当てる前に接触されてしまうだろう、それゆえに投下タイミングは難しかったが2発、直撃し残りの6発もかなり至近距離で爆発した。
爆発自体は小さいものなので2発当たっても大型の船であれば原形を留めるだろうが中身はそうもいかない。
これであの気味の悪い船も落ちるだけだ。
ハイパーメガトンクラッシュ団の団員の一部は未知の貴重な船を勿体無く思い、残りの大半はどこかホッとした空気を出したのだがここで予想外のことが起こった。
というかありえないものを見た。
クラッシュマンの直撃を2発も受けておきながらその船はまだ飛んでいるのだ。いや、粘つく爆煙が晴れて明らかになる事実、その船は無傷であった。
「あ、ありえねぇ! 何だよあれは!」
魔道士のエルフの男が叫ぶ。自分達の作った爆弾に絶対の自信を持っていた彼にとっては爆弾の直撃を受けても動く船、ましてや無傷の船なんて信じられるものではなかったのだ。
混乱しているのは彼だけではない。
他の者達も爆弾の小難しい理屈は知らなくとも威力だけは知っているし信頼している。
それなのに無傷なあの船がおかしいのだ。悪い夢でも見ているのかと思った。
「うろたえるな小僧どもー!! 俺達は何だ! 泣く子ももっと泣く最強空賊ハイパーメガトンクラッシュ団だろうがッ!!」
船長のトンクラが叫び近くにいた団員を殴りつけて騒ぎを鎮める。
彼とて驚いてはいるが船長として無様にうろたえるような事を彼はするわけにはいかないのだ。
「いつも通りだッ! 爆弾の投下後は船をぶつけて乗り込み制圧するッ! 何もかわらねえ! 安心しろ、一度乗り込んじまえば後は白兵戦だ! そうなりゃこの船には誰が居る! 俺だ! 世界最強の俺が居るんだ何もビビるこたぁねぇんだ!」
その檄で一瞬の静寂の後、一瞬メガトンクラッシュ号が揺れたと錯覚するほどの喚声が団員達の口から弾け飛んだ。
「わかりゃ良いんだよ! ぶつけるって言っても見たとおりの頑丈な船だ、こっちの船底より硬いだろうからいつもみてえに雑にぶつけるんじゃねえぞ! 船底に穴を開けやがったら手前らのケツの穴も広げちまうぞ!」
「イエッサ!」
「天使のように繊細な操船技術を見せてやんぜ!」
「ケツはさすがにないわー」
「むしろウェルカムです!」
やる事が決まれば彼らの行動は早い。
相手の船の速度に合わせて上から被せるように……それは無理そうなので船の前面同士をソフトに接触させるか、そう思ったときだった。
彼らの船、メガトンクラッシュ号の甲板上にボフンと音を立て黒い煙があふれ、その煙が晴れた時……いや、まるでその煙が人の形になったかのように、一人の男が立っていた。
「やあ皆さんはじめまして。エイエイオーのオーナーにてイケメン、イケちゃんとは俺のことですぞ」