1・世界ぐるみで嫌がらせでもしてるのか
「しかしまぁ見事に雲と空以外には何もないのう」
雲の壁を突き抜けてはや5日。
順調に旅を続けるイケちゃん一行だが雲の中でのドラゴン以来、何者とも出会っていなかった。
ちなみにイケちゃんは基本的にエイエイオーの上部甲板に仁王立ちである。
なんとかと煙は高いところが好きというがひょっとしたらそういうアレかもしれない。
「この世にはもはや生き物は残っていない、とかの可能性はどうでしょうか。あの龍が死を恐れた理由も自分が最後の生命体だから、とかそんな理由かもしれません」
「それはちょっとやだなぁ。どうせなら世界に最後に残る生き物は俺と美女とかの方がいいよ。あ、できればハーレムがいいから沢山の美女な」
そんな馬鹿なことを言うイケちゃんだが実はそれ程心配していなかったりする。
なんでわかるのかと聞かれれば何となくとしか答えられないのだが、不思議なことにこの世界に生き物の気配を感じることは出来るのだ。
どこにいるのかとか細かいことはわからないが。
ひょっとしたら記憶さえ戻ればそういう細かい事を調べる方法も思い出せるのかもしれない、とは思うがそこまで焦ることでもないというのが結論である。
エイエイオーは雲の壁を抜けてからは雲海から約100メートルほど上を一直線に飛んでいる。
自分達のいた島は雲海から4~50メートルくらいの高さの崖の上の島だったので、他の陸地もそのくらいの高さだとしたらあまり高く飛びすぎると見過ごすかもしれない、という風に一応それなりには物を考えてのたびをしているのだ。
ついでに言うと眼下一面は雲海に覆われているが上空のほうはと言うと千切れた雲が小さいのからある程度の塊の大きさな雲やらと色々あって、上から見たときに雲に隠れて見逃す可能性もありえるから。
退屈ではあるが記憶のないイケちゃんにとっては変化のない日常と言うのもまた新鮮に感じられてそれなりに楽しいというのも旅を急がない理由のひとつ。
それゆえにエイエイオーはのんびりと尻尾を揺らしながら今日ものんびりと空の旅を満喫しているのであった。
「ん? なんじゃーあれは。なんかデカイ穴があいとるぞ」
イケちゃんがぷかぷかと浮かぶ雲が増えてきたなー、なんて暢気に思っていると、眼下にどでかい穴が見えた。
雲海に透明のでかい棒でも差し込んだかのようにその穴の中には雲が無い。
底のほうはどうなってるのかと思ったがどうも黒っぽいモヤが埋まっていて下が見えやしないのだ。
「なんでしょうね」
「ふむ……まぁ気にするものでもあるまいや。なんか記憶に引っかかりそうな気もするが今は旅を優先よ。はやく見知らぬ土地で見知らぬ人々と交流を深めたい」
「それですがイケちゃん様、かなり上空やや右斜め前方のだいぶ離れた距離の雲の中に船があるようです」
「ほう」
そんな時にミイちゃんからの報告。
それは今まで待ちかねていた見知らぬ誰かとの接触であった。
「やっぱ旅の醍醐味ったら見知らぬ誰かとの出会いよなぁ、早速近づこうぜー」
ウキウキと楽しげに言うイケちゃん。
「こちらに攻撃意識を持っているようですがよろしいのですか?」
「えー」
しかしそのテンションはあっちゅーまに駄々下がりであった。
「なんでいきなり敵意もたれてるの? そいつらから見て俺は親の仇かなんかか? んん?」
「わかりかねます。恨みから来る敵意とすればイケちゃん様が殺した龍が何か関係あるのかもしれません」
「アレは向こうから喧嘩売ってきたんだしそういうの理不尽じゃね?」
「怨みつらみと言うのは理屈では有りませんからね」
げんなりするイケちゃんとは対照的にミイちゃんは相変わらず感情を見せない事務的な淡々とした口調で続ける。
「他に可能性があるとすればあの船は野党の類ではないでしょうか」
「あー、目的を持って襲い掛かるんじゃなくて襲い掛かるのが目的って感じのアレか。やだねー乱暴なのは」
「更に他の可能性としては我々を何か他の者と勘違いしているとか、あるいは我々が記憶喪失なだけで本当に彼らの親の仇とか、そういう可能性もあります」
ミイちゃんの言葉を聞いていると、むしろ教われない理由を探すほうが難しく思えてくるイケちゃん。
襲われるとわかればどうすればいいのやら、と色々と対策を考えなければいけないのがつらいところである。
「エイエイオーの最大速度で逃げれば安心な気がするけどイケメンは逃げてはいけないので却下。となると……対話か。とりあえずそいつらと話して俺らを襲う理由を聞いてみるか?」
とりあえず上部甲板ではなくメインブリッジに入りこちらを攻撃する気満タンと思しき船に通信するように部下に通達。
しかしここでもまた問題が発生した。
「イケちゃん様、あちらの船の通信機ですが……こちらとの規格が違いすぎるようでかなり接近しないと会話が出来ません」
「マジか」
「マジです」
目が覚めたら記憶が無い、記憶の手がかりを探そうと屋敷を回ったら屋敷には殆ど物がない、家を出て雲の壁に入ったら変な龍に喧嘩を売られる、始めてあった人にも敵意を持たれている、通信しようと思ったら通信機の規格が違ってて近づかなきゃダメ。
こうも立て続けに自分にとって不利益なことばかりが起こるこの世界、ひょっとして自分は世界に嫌われているのではないかとイケちゃんに思わせるのに十分な出来事であった。
「俺がイケメンすぎて世界の意思がやっかみ根性から嫌がらせしてんじゃねーのか」
「ポジティブなのかネガティブなのかハッキリしてください。で、どうされます?」
「ふむ……仕方ない、話をするためにもこちらから近づいてみよう」
そういうことになった。
イケちゃんとしては上部甲板の上に仁王立ちするのが今のマイブームというかお気になポジションだが相手の通信機が話しか出来ないタイプとなればメインブリッジから通信機に向かっての会話でもしないと多分お話にならないだろう。
そういう事もあって現在は自分用の椅子に座って偉そうに足組をしながら通信可能距離に近づくまでを待つ。
最高速度にすればすぐ距離は詰めれるとは思っていてもイケちゃんの方針として『速度はなるべく変えずにゆったり旅してぇー』という事もあって速度に変更はなしだ。
「んで、まだ通信できそうにないのか?」
ゆったりと飛んでいてもお互いが向かい合って飛んでいるのだから接触までそう時間はかからない。
こちらに向かっている船はもうかなりハッキリ見える距離まで来ているのだ。
「そろそろですかね」
相手の船はおわん型、とでもいうのか。
楕円形のおわんで後部は切り詰め前部は丸い曲線を描いている。
下から見ているので甲板がどんなデザインかは不明だが左右から出た可動型の湾曲した板状の翼と後部のほうにチラチラ見えるプロペラが特徴的な気がする形状だ。
「ぷふーカッコワルー」
「ですね、というか我々のと大分感じが違う船ですが……一方的に敵意を向けられている原因はそこにあるのやも知れません」
「ふむ、エイエイオーがカッコイイから欲しいとかそんな感じかね」
「おそらくは……っと、通信可能な距離まで詰めました。ではどうぞ」
通信機の音声に混ざるノイズ、これは向こう側の通信機がよほどひどいポンコツなのだろうなぁ、とは思いつつ目覚めてから初めて自分の部下以外の人との会話という事もあってちょっと緊張するイケちゃん。
しかしイケメンは緊張で硬くなってヘマをしないので傍目にはリラックスしてるように見える態度は崩さない。
「やあこんにちわ。俺の名前はイケちゃん、この船、エイエイオーの所持者だ。そちらさまが何者かは知らんが攻撃の意思を持っているのはわかっている。しかし当方には攻撃される謂れもないので何かと勘違いしているのでは? という思いもあってまずは話し合いがしたいなーと思っている。返信どぞ」
さてどうなるか、と一息。
通信機には向こう側のざわざわした声がノイズ混じりに聞こえるがどうにも不穏な気配がビンビンでイケちゃんも
「な、なんだか悪い予感がするのう」
と、ちょっとドキドキしている。
すると、向こうの話がまとまったようで相手は返事もせずに通信機を切った。
一応こちらから呼びかけをしても無視される。
次いで相手の船はエイエイオーに上からかぶさるような進路をとりエイエイオーと上下軸が被さる直前に紐のついた樽をたくさん投擲してきた。
「うん?」
エイエイオーに向かって投擲された紐つき樽は一体何か?
そう思ったイケちゃんの疑問はあっという間に解き明かされた。
ドカドカと音を立てて爆発したのだ。
エイエイオーにぶつかって爆発したのも2発ほどある。
「ふむ、恐らく液体系の爆薬か何かを詰めた樽ですね。紐が二本ついていますがそのうちの片方の紐が樽の内部のカラクリと繋がっていてその紐を引っ張ることで樽の内部のカラクリが作動、爆発と言ったところでしょうか」
「うーん、びっくり」
「はい、この程度の武装で我々に挑んでくるとは驚きを禁じ得ません」
「いや、爆発物投げられたという事実と君がちっとも動揺して無い事にビックリなんだけどね? まぁよい。喧嘩売られちまったみたいだし買うぜ」
「はっ」
やるとなったら戦うことに躊躇する気のないイケちゃんだが、なんでこう起こるイベントの全部が自分に対する嫌がらせのようなものしかないんだとちょっとへこんだりするのであった。