オマケ・お話は相手と目を合わせて
「いやー、空は広いな大きいなー。水平線ならぬ雲平線の彼方までなーんも無くて清々しいというかむしろ気持ち悪いわねー」
船の内部デッキではなく、何故か上部甲板に立ち風を受けてご満喫なバカに対して思うのは、こいつは一体何を考えているのかがやはり判らないと言う事だった。
最初、この女が言ったように俺の組み替えた世界の形を見せるために最高速度で最寄の島に行こうとすれば止められ速度を抑えてのんびり飛べと言う。
特に断る理由も無いのでその言葉に従って遅い速度で最短距離を飛ぼうとすれば最短距離はやめて寄り道をしろ、などという。
寄り道も何も気流の影響を受けるわけでもない俺の船であれば最短距離を飛ぶのが一番早いだろうに。
「なんて言うかさー、雲も満遍なく広がらせるんじゃなくて山型とか谷型とかの起伏に富んだ形をデザインしてたら良かったかもね。目印も何もない空じゃ旅人が船で飛んでても面白くないって思われちゃうかも」
「計算上は何千年か経てば雲が減って地表の隆起に影響を受けた気流で雲にも高低差ができるはずだが」
「私が死んだ後じゃんッ! 見れないじゃんッ!」
「そこまで面倒みきれんよ。まぁ今でも雲の上で違う風景が見たいって言うなら……8本ほど立てた柱の近くに行けば雲の落とし穴みたいなものは見れると思うが」
「柱? 落とし穴?」
「ああ、環境操作の装置だが雲の影響を受けずに恒常的、最低でも2万年は可動が約束されてるようなものが必要だったんで悪魔封殺滅却剣や腕に尻尾やら、頑丈なもの系8個を大地に突き刺して雲の上の環境と雲の下の大地の環境の同期を取らせる装置に作り変えたんだが、その影響で柱を刺した地域では直径20キロくらいの穴が開いているんだ」
今は雲の上に浮かんだ陸地も雲の消失に合わせて徐々に沈んでいくが雲の上と雲の下とで環境に差がありすぎるとその時代を生きている生物もせっかく目の前に広がった大地に降りることが出来ない、なんて事になりかねんからな。
それ以上に今は雲の遥か下だが海の中の環境もだいぶ酷いことになっていたんでその浄化にも結構頭を痛めたもんだ。
「その雲の穴とかって大丈夫なんでしょうね……てか悪魔封殺滅却剣とか尻尾とか無くなってると思ったら捨てちゃったって事? よかったの?」
「悪魔と戦うための武装だったからな。元々俺達は自身の命も含めて物を惜しむようには出来ていないだろう」
「……そりゃそうだけどさ」
「?」
上部甲板に立っているのでバカの姿はここからは見えんが妙な感じがする。
今の会話で何か思うところでもあったのか?
それからしばらく妙な沈黙を保っていたかと思うと
「あー! ドラゴン発見! ちょっと話してみようよ! 面舵ドラゴン!」
唐突にそんな声が聞こえた。
ついでにレーダーに反応。たしかにドラゴンのエネルギー反応だな。船の進路から見て直角に曲がらなければならないドラゴンに向かうというのは無駄足にしかならんと思うのだが。
「陸地の様子を見て周らんでいいのか」
「私は世界を見て周ると言ったのよん。その世界の中にはドラゴンだって含まれるのさ。だからゆけ」
全く気は進まないが、これまた断る理由も無いのでニオニワに無言で行けと命令しやれやれと息をつく。
本当に何を考えているのやら。
しかしドラゴンか……
ドラゴン、超地獄暗黒大魔界の極悪悪魔軍団との戦いに無くてはならなかった者達。
こことは違う世界からの移住者と言われる悪魔達を敵として相対するにあたってこの世界の生命体から見て一番の脅威は固体の強さではなく存在としての異質さ。
あれらはこの世界の者ではないのでこの世界の存在からの干渉を不可能とし、そのくせ向こうからはこちらの世界に存在しているからと一方的な干渉を可能としていたので、そもそもが戦いにすらなっていなかった。
ただしドラゴンはそうでもなかった。
この世界に存在する超獣や怪獣や幻獣、さらには珍獣に幼獣といったものが長く生き自然と融合し世界の法則そのものに干渉することすら可能となった生命体。
その能力で世界を歪めドラゴンが支配する空間内においては他の生物でも悪魔とも戦えるようになっていた。
もっともそんなドラゴンも今となっては絶滅のカウントダウンに入った滅び行く種族でしかないが。
そんな者と会って何をしようというのか。
愚痴でも聞いてやるのか、まさか引導を渡してやるとでも言うつもりではあるまいな。
そんな事を考えているうちに向こうもこちらの接近に気付いたようだ。方向転換し近づいてくるのが見えた。
「世界言語であればここからでも届くだろうが、この距離で話すという訳には?」
「お話はちゃんと目と目を合わせてするものだよ君ぃ。もっと前進じゃーい」
さいですか。
「何者かと思えばナ・オムか。何の用だ?」
こっちはゆったりと飛んでいるが向こうもゆったり飛んでたわけでもなく、思いのほか早くドラゴンとは接触できた。
ふむ、龍が原型になったドラゴンか。
もともと龍は素の獣としても高い知能と念力や飛行能力と言った様々な能力を持っているためにドラゴンへと至りやすい。
ドラゴンが多かった頃はドラゴンの6割くらいは元が龍だったくらいだったはずだし、偶然であったドラゴンが龍であることはむしろ自然なことといえる。
「やっほードラゴンちゃん、始めましてかな? 若い子かなー。私はもうすぐ世界を救うために死ぬことになる薄幸の美少女、シャムラレワ。敬っていいよ」
上部甲板に立ってるので見えんがどや顔でも披露しているのだろうあの女を思うと殴りたくなるのは俺だけだろうか?
そう思ってニオニワに聞いてみたが少し思案して首を左右に振っていた。
しかし隷下の思念はなんとなく読み取れるので本音はわかる、それで十分だ。
ドラゴンも威嚇しているというわけでもないだろうが牙を向いている。
やっぱ誰でもイラッとくるか?
「何のようだと聞いたのだがな。用が無いのなら俺は去るぞ」
「んっん~……まさかして私ちゃん嫌われてる? なんか嫌われるようなことをしたかしら」
お前の態度がイラッとする原因じゃないか? と言ってやりたいがまぁ実際のところはそれだけでもあるまい。
ドラゴンが滅びる原因の一端は間違いなくこいつにあるのだから。
世界を救うと言ってもその方法は死に瀕した世界の寿命を延ばすのではなく、今ある世界を一度殺してその死体を素材に新しく作り変えるようなものになってしまう。
乱暴な例えで言うなら一本の大木が腐るので枝を一本挿し木に使って残りは砕いて養分とするようなもの。
言ってしまえばドラゴンは世界という大木にとっての葉や実のようなもの、木が腐ればそこまでだ。
他の生物以上にこの世界と深く繋がっていたがゆえにこの世界が新しく生まれ変わる時に古い世界と供に滅ぶ。
この世界および世界に住まう生命全てを滅ぼすためにやってきた悪魔から世界を守るために一番多くの犠牲を払ったドラゴンがよりによって新しい世界に住むことができないというのは同情に値する事だろう。
その分、他の知的生物はドラゴンへの恩を忘れず敬い続けることになるだろうがそんなものがこいつ等への救いになるかどうかは知れたものではない。
そんなドラゴンから見てありとあらゆる世界の理の外の存在でありながらこれから先も生きる俺達に対していい感情は持つまい。
おそらくは。
それどころか、この女が余計なことをしなければ自分達も死ぬが世界も完全に滅び他の生物も供に滅ぶはずだったのに他の生物には生きる場を与えておきながら自分達に与えられないとはどういうことだと、そう思うものもいるだろう。
そんな怨みつらみでも聞きたいのだろうか。別に何と言われようとかまわんが自分からそんな恨み言を積極的に聞きたがるこの女はやはり理解できん。
「嫌われることか……特にはされていないが俺はお前の言うようにドラゴンとしては若く、それなのに残りの生きれる時間も短いので特に用も無いのならお前に付き合う時間の無駄が惜しい、と思っている」
しかしアホに噛みかかるんじゃないかと思ってワクワクしていたのにドラゴンのほうは思ったほどアホに対して悪感情を持っていないようだった。
「む、忙しいの? 何して生きてるの? ドラゴンって元々なんか食って生きてるわけじゃないでしょうに」
「物を食わずとも生きれるどころか、あと数百年かすれば何を食っても死んでしまうのだ、その前に俺は龍種を探したい」
「なんで? ドラゴンて世界と融合した時点で解脱しちゃって過去のしがらみとか気にならなくなっちゃうって聞いてたんだけど」
ドラゴンの全てを知っているわけでもないがドラゴンは基本的にドラゴンとなる前の己の種族に対する愛着というものは基本的に持っていないと思っていたが違うのか?
まぁどの道滅び行く種族の性質なんぞを新しく知ることに意味があるとも思えんので興味は無いが。
「俺はまだ他のドラゴンをそれ程知らんのでドラゴンとして異質かどうかはわからん。ただ未来の事を思えばドラゴンが次の世界に残ることが無いにしても龍種は残るだろう? ならば俺自身が残ることも、子孫を残すことが出来なくとも俺に繋がりのある者を後の世に残してみたい、そう思ったのだ。普通に生きていれば龍種でも今の世でドラゴンなどになろうとする者がいる訳が無いのはわかっているがな。自己満足というやつよ」
「未来に自分の意思の足跡を残すもの……ってやつかな? 私が死んだ後の世界がどうなるかはわからないけど……あなたの意思、残ると良いね」
「どうかな、用が済んだのなら俺は去るが」
「うんいいよー。思ったより参考になっちった。バイビー」
それからすぐにドラゴンはうねうねと体をくねらせながら去っていった。
相変わらずゆっくりと飛んでいるこの船とは大違いの速度で。
「参考とやらが何か知らんが次は最寄りの陸地を目指すのか? それとももう帰るか?」
去っていくドラゴンを見て未だ無言の女が何を考えているのかは知れんが上手くいけばここで満足してとっとと帰る道もありえるかと思ったが
「私達の戦いはこれからよ! ゆったり飛んで世界を見るって言ったら見るの! あと陸地だけじゃなくて雲の落とし穴ってのも気になるからそのつもりで!」
そうでもなかったらしい。
「ならば穴のほうに行くか。穴の周りは陸地を密集させて群島状にしているからな。穴を見るついでに周りの土地も見ればよいだろう」
「うむ」
そういうことになった。