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1・今起きた

 見るものにちょいときつ目な印象を与えるが目鼻立ちが整った顔、髪も癖がなく艶やかな黒で瞳の色も黒い。

 白い肌には皺や染みがなく陶磁器のような艶やかささえ感じさせる。

 ほっそりとシャープなラインを描きながらも弱さは一切感じられない輪郭。


 鏡に映った自分の顔をいろんな角度で、いろんな表情をして見たりつるんとヒゲや産毛はおろか毛穴さえ感じられないつるりとした手触りの顎を撫でながら


「ふっ、我ながらイケメンだな」


 とつぶやく。

 ニヤニヤしながら。


「なにやってんですか」

「イケメンチェックに決まっ」


 そんな馬鹿な事をしながらもイケメン男は後ろに誰かがいることは把握していたしそろそろ声を掛けられるタイミングだということも察知していた。

 だから急に声を掛けられたとしても驚くことなどない。

 自分をイケメンと認識する以上無様な態度を取れるわけがないのだから。


 なのでカッコよくゆっくりと振り向いて


「うわぉっとあばっはぁ!!」


 めっちゃ無様な声を上げてしまった。

 めっちゃ無様にうろたえてしまった。


 しかしそれを笑う事なかれ。

 誰かが居るという事は知覚していて振り向いたわけだが、振り向いた先に居たのが思ってもみなかったものなら誰だってびっくりするのだ。


 薄汚れた服に元の色か汚れてそうなったのか分からないくらいの黒っぽいロングコートと目深にかぶったぼろい帽子はまだいい。

 全身が薄汚れたぼろい包帯でぐるぐる巻きにされていて、おそらく服の下も余すところなく包帯で包まれているのだろうがそれもまだ許容範囲。

 しかし包帯の隙間から黒っぽいモヤが漏れ出していたり、眼窩にボッカリと開いた暗い穴の中に緑色の小さい炎がゆらゆらと揺れていたりする。


 声を掛けてきた相手がそんなやつだったりすればびっくりするのも止むなしである。たぶん。



「大丈夫ですか?」

「無論だ。目覚めてまだ間もないのでどうやら寝ぼけていたようだがもう目も覚めた」


 しかしイケメンたるもの、驚いたら驚きっぱなしではない。

 一瞬で冷静になることで見るものに「すげえ! 一瞬で意識を切り替えやがった!」とか思われて一目置かれる事が可能なのだ。

 そんな自分を見てるのが薄汚い恰好をしたクソ怪しい包帯男しか居ないので勿体無いが。




 そして二人で軽く会話を交わしてお互いがある事に気付いた。


「どうやら俺達は記憶喪失というやつになったらしいな」

「そのようですね……我々は結構長い間休眠していたようですので記憶の一つや二つなくなっても不思議はありません」

「うむ、不幸中の幸いと言うべきか自分の体の動かし方やらを忘れていないお陰で不便は無いのでそこらは大して問題にすべきことでもあるまい」

「はっ」


 お互いの関係が主従関係であることなどは本能的なものか感覚的なものかは不明だがわかる。

 しかし自分達が一体何者でここがどこなのやらが二人にはサッパリだった。


「俺はこの部屋で目覚めたわけだが寝る前に何をしてたかもわからん。というか多分やんごとなき身分なんじゃないかと予想するのだがこの部屋の殺風景ップリはひどいんじゃないか」



 埃一つ無い清潔な広い部屋だがあるのは部屋のど真ん中にベッド。枕はあるが掛け布団は無い。

 それと壁に掛けられた全身を映すための鏡。


 ベッドはクッションが柔らかくとても寝心地の良いすばらしいものでシーツもサラサラのツヤツヤ。

 鏡だって曇り一つ無い綺麗な鏡で額縁も細かな装飾が施されていて見るからに高級なもののような気がする。


 が、この部屋にあるのはそれだけであった。窓がなく灯りも無いのに完全な暗闇にならないのは不思議に思うべきなのやら彼らにとっては常識的なのやらすらわからない。



「自分が何者であるか判らんのはどうでもいいがモノの価値観やら常識もわからんというのはちと面倒か?」

「そうですね。ご主人様は随分と長い間お休みになられていたようですのでその長すぎる休みで未だ頭の中身がボケていらっしゃるのかもしれません」



 ミイラ男はこれまで長い間、自分の主人であるイケメン男の眠りが浅くなった時に目覚め、イケメン男の出すであろう命令に備え身構え、そして再びイケメン男の眠りが深くなる時に自分もまた昨日を停止させ休眠状態に入るという生活環境であった。

 ずっと眠りっぱなしのイケメン男に比べればはるかにマシなはずなのだがそれでもやっている事が寝て起きて身構えて再び寝るだけという酷い生活環境だったためにミイラ男自身の頭も大概ボケているのではないだろうかと懸念する。


 そんなミイラ男の懸念は主人のイケメン男によってあっさりと遮られるのだが。


「おいミイラマン。なんでもいいがお前が俺をご主人様と呼ぶんじゃない」

「なっ!?」


 主人であるイケメン男の発言に一見冷静に見えたミイラ男が明らかな狼狽を見せる。

 お互い記憶は無いのだがミイラ男は自分がイケメン男の従者であり、右腕とも言える存在であるという認識だった。

 だと言うのに、主人から自分を主人と呼ぶな、と言われたのだ。

 これは一体どういうことか、よもや見限られたのか……


 不安や焦燥、恐怖などネガティブな感情がミイラ男の内面を駆け巡り、ついでに漏れ出てしまうのか黒っぽいモヤが包帯の隙間やら眼窩からモワモワと立ち込める。


「ご、ご主……ッ! わ、私は……一体どうすれば……」


 今にも崩れ落ちそうになる体を必死に支えるが足場がなくなったかのように感じる。

 記憶が無い事は自分にとって大した脅威ではなかったが主人に必要とされない、その事がミイラ男にとっては重く苦しいものであった。


「どうすればじゃない。お前みたいな小汚くてむさ苦しいミイラマンにご主人様とか言われたくないのだ。ご主人様と呼ぶならかわいらしいメイドっ子に限る。あぁツンデレはいかんぞ。俺はああいうまどろっこしいのは好かん。やっぱメイドなら従順に従うイエスマン……いや、マンじゃないんだけどね、女の子だし。それは置いといてつまりはご主人様以外の言い方で呼べって事だ」

「……あぁそういう事でしたか」


 ホッとする反面、そういえばこんな奴だったような違うかも知れんがよくわからん……と、なんとも言えない気持ちになるミイラ男だった。




「して、私はご主……いえ、あなた様をなんとお呼びすればよろしいでしょうか」

「あなた様って呼び方もキモイからやめて! 俺の呼びかたなぁ……俺はなんと言う名だったか?」

「わかりません。と言うか私自身の名前も思い出せないようですね。あまり名前に頓着しない性格なのでしょうか。自分の名前が無い状態に対して危機感を感じていないようです」



 主人から必要とされてない、という事ではないとわかると途端に冷静に戻ったと言うべきか、むしろ暢気なのかもしれない。

 ミイラ男は考えるのは主人がすることだろうと問題をパスしてしまう。

 主人の名前を思い出せないのは従者として問題だが名前を知らなくても仕える事はできるのだからまーいーや、と言ったところか。

 雑である。


「う~ん……名前、名前なぁ」


 眉間に皺を寄せぐぬぬと悩むイケメン男。

 しかし、彼は途中で気付く。自分の名前が何であれ自分が何か変わるわけでもないので名前なんぞ適当で良いという事に。


「よし、決めた。俺の名前は『イケちゃん』だ。イケメンだからな。ミイラマンよ、これからは俺を名で呼ぶことを許す。俺の名はイケちゃんだ」

「はっ!ではこれからはイケちゃん様、とお呼びさせて頂きます」


 胸に手を当て頭を下げるミイラ男。

 一見すると冷静な態度に見えるが内面的には名前で呼ぶことを許された事で結構ハイテンションだったりする。表に出さないが。


 イケメン男ことイケちゃんは次いで考える。

 ミイラ男も名前が無いと不便であろうと。


「うむ。ついでだ、お前の名も付けてやろう。ミイラマンだからミイちゃんだ」

「な!? なんと私の名前まで……ッ!」


 更なる感激にガバッと地面に膝を着き頭を下げへへーと敬い感謝の意をしめすミイラ男ことミイちゃんであった。





 それから、イケちゃんはミイちゃんを伴って一通り自分が住んでいた、というより寝ていた館を散策する。

 かなり広く沢山の部屋があるのだが、やはりと言うべきかイケちゃんが寝ていた部屋以外はがらんどうで家具すら置いていなかった。

 たしかに綺麗で広い館ではあるがハッキリ言って寝る前の自分は一体何を考えて居たのかと呆れ果ててしまう。


「うむ、何も無いな。俺は一体何を考えて生きていたのやらサッパリ理解できん」

「そういうものでしょうか。私も記憶が無いので感覚的なものになってしまいますが……イケちゃん様は本質的に変化してない気がしますのでイケちゃん様が館に何も物を置いていないのもイケちゃん様なりの必然があり、それが何か記憶を取り戻す切欠となるのではと思ったのですが」


 ミイちゃんの言葉に対してふむ、と思うことがありイケちゃんは足を止める。


「ま、過去のことやら俺が何者かなどどうでも良いことよ。さてさて、これからどうするか」


 腕を組んでうんうんと唸りながら考えるイケちゃん。

 そして答えとしてどうでも良いことに対してあまり頓着したり思い悩んだりするものではないな、と結論付ける。


「このまま再び深い眠りについても良いがせっかく起きたんだ。どっか行こう」

「は。すなわち外の世界に触れその刺激で記憶を呼び戻すのですね」


 イケちゃんの結論に得心がいったと頷くミイちゃん。

 それに対するイケちゃんの反応は


「なぁにを言っとるんだお前は。別に記憶なんぞどうでもよかろう。戻る時は勝手に戻るだろうし気にするな。そんな事よりも暇つぶしこそが重要だ。これから旅に出るぞ! 準備をせい!」


 であった。


 そしてイケちゃんの命令に対してミイちゃんの取る返事は


「かしこまりました」


 肯定である。







 イケちゃんの館はある島のど真ん中に建っていた。

 外から見たら二階建ての広い館であり窓が何も無いという事以外は特に取り立ててが無さそうな館だがズゴゴと大きな音を立てて傾きつつあった。


 何が起こっているのか? それは……


「館の下が船のカタパルトになっているとはな。中々にカッコイイではないか」

「は! お褒めに預かり……と言いたいところですが、この建築をしたのが誰の手柄なのかすら思い出せないと言うのはもどかしいものですね。イケちゃん様である可能性もあることですし」

「ま、過去のことなどどーでも良かろう。我らが行くのは過去でも未来でもなく今なのだからな」


 館の下の地面が大きな板の一辺を持って持ち上げたように、大きく傾く。

 イケちゃんの住んでいた館に家具が無かったのはひょっとしてこのギミックの発動のたびに家具やら何やらを持ち出したり固定したりするのが面倒で、だから初めから何も置いていなかったのかもしれない。


 館の角度が50度ほどになった所で傾きは止まった。


 館の下のスペースには船があった。

 この世界の船は空を行くものを指す。

 形状は航空力学的に「こんなもん飛べるかボケ」と言いたくなるようなデザインな物だがそもそもこの話は異世界のファンタジー物なのでそういう細かい部分はスルーの方向性で進められているのだ。


 イケちゃんの館の地下格納庫に備えられた船は魚介類のエイに似た形状。

 側面から見ると厚みは太く下側が丸っこい曲線をしてでっぷりとした印象ではあるが上から見ると二等辺三角形の底辺の中央を引っ張ってせり出させたような丸みを帯びた四角形で頂点からは長くて柔らかそうな尻尾が伸びている。

 色は上面は濃い青で底面が白。



「行くか」

「はっ!」


 イケちゃんが触れることで船の動力に火がついた。

 この船の動力はイケちゃんなのだ。


 記憶は無くともイケちゃんは本能的に理解する。

 この船は己の一部と言っても過言ではないと。


 触れた手から何かが吸い取られる感覚。不快感も脱力感も感じないがそれはこの船との付き合いが長いから、と言うことであろうか。

 記憶の無いイケちゃんにはその部分はわからないがミイちゃんと同じくこの船もまた自分の所有物であり自分のために有る物だというのは本能で理解できているのだ。それで十分と言える。


 自分の中の何かが船に満ちるのにかかる時間はほんの数秒、それと同時に船の全てを把握し理解した。


 この船の眠りから覚ますために接触したがどうやら一度起きたのなら接触しなくとも自分の中から力を吸収し船の動力とすることが出来るらしい。

 その船の動力の一部として船を動かすモノもまた自分の力を元に目を覚まし動き始めている。



 彼らもまた自分の一部であり、同時に自分に仕える者であるという感覚、おそらく彼らも過去の記憶とか無いんだろうなぁ、なんて事をしみじみと思うイケちゃんであった。




「懐かしいと言うべきなのかも知れんが記憶が何も無いの『懐かしの初体験』と言った所か。不思議な話だが」

「私も記憶はありませんが……懐かしさは感じます。おそらく皆もそうでしょう」


 船の内部でそれぞれ計器の操作やモニターチェック、その他さまざまな機器の確認や点検に動いているのであろうクルー達の存在は彼らには船の外からでも感じることが出来る。


「うむ。あー、ところでこいつの名前は」

「申し訳ありません。船にも書いていませんし今船の中で活動を開始したクルー達と交信してみたところ彼らもやはり何も覚えていないようです」

「やっぱりなー。そんじゃこいつの名前は……エイエイオーでいいや。さてさて、出港準備までどのくらいかかる?」

「はっ……どうやらもう我々が乗り込めばその瞬間から出航可能なようです」

「良い仕事だ」


 イケちゃんは満足気に笑い颯爽とエイエイオーに乗り込み、ミイちゃんもまた遅れる事無く追従する。




「さあ、出航だ!エイエイオー、発進せよ!」

「了解!!」

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