第八話 爆炎の大渦(メイルシュトローム)
新装備、登場です。
ヘブンズエデンは寮制だが、自宅から登校している者もいる。桐崎さだめも、その一人だ。彼女は物心つく前に父を病で亡くしており、今は母と二人暮らしをしてた。
「母さん。ご飯ここに置いておくね」
「ありがとう。」
さだめは母、南樹の部屋に行き、朝食を置く。部屋にはコンピューターや薬が多数置いてあり、今彼女は試験管に奇妙な色の液体を入れて、混ぜ合わせている最中だった。南樹は学者で、研究にかかりきりだ。食事を摂る時間さえ惜しんで研究しているため、朝食と夕食はさだめが作っている。彼女には学業があるので昼食は作れないが、どんなに忙しくても昼食だけは食べるよういつもうるさく言っているので、ちゃんと食べていた。
「じゃあ行ってくるね。」
部屋を出ていくさだめ。
「行ってらっしゃい。」
南樹は液体を混ぜながら、さだめを見送った。
*
ヘブンズエデン。
想い人を捜しながら、さだめは教室へ向かう。やがて、教室に入りかけたところで、
「おはようさだめさん。」
現在交際中の彼から、声をかけられた。
「おはよう光輝。」
二人並んで、教室に入る。
「最近南樹さんの様子はどう?」
「うーん…少しは進んだんじゃないかな。母さんの研究なんて私にはわからないし」
「大変だね…でもきっとうまくいくよ。さだめさんと南樹さんなら、絶対。」
「ありがと。」
光輝の笑みに、さだめは笑みで返した。
「いつ見てもラブラブだねぇ。」
そこへ、狩谷と空子、アンジェが来る。
「おはよう。」
「あれ?ゲイルは?」
さだめはいつもの四人が三人になっていることに気付く。ゲイルがいないのだ。よく見ると、教室のどこにもゲイルの姿が見えない。狩谷と空子がその理由を言った。
「あいつなら今任務中だよ。」
「本当は私も一緒に行きたかったけど、任務の定員が一人だったんだよねー」
アンジェは伸びをしながら、残念そうに言う。約一名が胸を撫で下ろしていたのは内緒だ。
「一人だけって…それまずくない?」
定員のあまりの少なさに、光輝は異を唱える。
「大丈夫だろ。今回の任務先はメイリン先生も一緒だからな」
まれな話だが、訓練生の任務には教師が同伴することがある。その場合、教師の存在は定員にカウントされない。
「…なるほど。」
狩谷の言葉に、光輝は納得。
「それに、ゲイルは強いしね。」
様々な意味が込められた空子の言葉に、全員が頷いた。
*
時間は、任務を受注した昨日の放課後まで遡る。アンジェから解放され、やっと一人で任務に集中できる安心していると、
「あら、ゲイルじゃない。」
メイリンに遭遇した。
「何か任務を受けたの?」
「ああ。」
ゲイルは任務について話す。今回の任務はエドガーからで、とある無人島の調査だ。何もなければすぐに帰っていいという、非常に簡単な任務。
「あら、そこに行くの?私も行くつもりだったから、一緒に行きましょう。」
「それは構わないが…」
こうして二人は、任務に挑むことになった。
で、今二人は無人島にいる。無人島なので人はいないが、代わりに研究所が見つかった。どこもかしこも草や苔だらけで、完全な廃墟と化している。廃墟になってからかなり時間が経過しているようだ。
「じゃあ、また後で合流しましょう。」
メイリンは別れた。彼女の目的は、この研究所に残されているというデータを回収すること。
(研究所としてはもう機能していないらしいが…)
ゲイルは不思議に思った。本当にデータが残されているのかと。
*
任務が始まってどれくらい経ったろうか。時刻は正午なので、かれこれ三時間は経っただろう。島といっても小さい島なため、三時間あれば調査は終わる。特に異常を認められなかったゲイルは研究所に戻り、中に入った。
その時、
「っ!!」
ゲイルは気配に気付いて振り向く。
「ヒッヒヒヒ!!」
「ハハハハ!!」
「ウケケケ…!!」
いつの間にいたのか、建物の中にヘルポーンと、全身を鎧兜で武装した柄の悪い大男達が入ってきていた。
「あらあら、先客がいましたのね。」
続いて建物の入り口から、一人の女性が入ってくる。
「私の名はディーネ。この世で最も高貴なる存在、ボーグソルジャーの一人ですわ。」
「!!」
思わぬ異常だった。まさかヴァルハラのメンバーが現れるとは…。
「ここへは何の用で来た?」
「ここに残されているというデータを回収しに。」
狙いはメイリンと同じなようだ。
「なぜそんなものを狙う?」
「必要だからです。我々の盟主の計画に」
「…計画だと?」
「世界には、我々の盟主の考えを理解して下さらない方が大勢います。」
「世界平和、だったな?」
「ええ。我々の行動は、全て世界に平和をもたらす計画のためのもの。」
「お前達の行動のどこが世界平和に結びつく?」
ゲイルが今まで見てきたヴァルハラの行動は、どれも破壊行為ばかり。平和になど結びつくはずがない。
「これは審議に基づいた結果ですのよ?」
「審議だと?」
「ええ。ヴァルハラは既に、世界各国の首脳との会見を済ませていますの。その結果、誰も賛同しなかった。だから、これは見せしめ。」
ディーネの目付きが変わり、今までのヴァルハラの破壊活動の理由が明らかになる。
「我らが盟主の考えに賛同しない、もしくは我らの脅威となる勢力を徹底的に破壊する。それが、今のヴァルハラの活動方針ですの。」
これではっきりした。
「…そういうことか。ならばお前達は滅びるべきだ。お前達の思想は危険すぎる」
ヴァルハラは、間違いなく倒すべき相手だと。気に入らないから滅ぼす。言う通りにならないから殺す。自分達の力を見せつけて、世界を従わせる。そんな思想では、平和などもたらせるはずもない。逆に恐怖と混乱が広がるだけだ。
「別に、傭兵ごときに理解してもらおうなどと思ってはいませんわ。盟主の深きお考えなど、戦うことしか能のないお馬鹿さん達にわかるはずがありませんもの。」
呆れ顔で言うディーネ。
その後頭部に、
「戦うことしか能のないお馬鹿さんで悪かったわね。」
マッハジャッジの銃口が押し当てられた。
「メイリン先生!」
メイリンの登場に、ゲイルは驚く。
「…あら。」
「話は聞かせてもらったわ。両手を挙げて、ゆっくり膝を付きなさい。」
「嫌だと言ったら?」
「死んでもらうわ。」
「…なるほど。でもあなたには無理ですわ」
刹那、ディーネは水に変化し、マッハジャッジの照準から逃げた。すぐに発砲するメイリンだったが、液体となったディーネは全ての攻撃をかわして、実体を構成した。現在のディーネの姿は、半魚人が羽衣を羽織ったような怪物だ。
「私は水分を自在に操作できますの。自らを液状化したり、とかね。」
(よりによってなんて能力を…!!)
ボーグソルジャーの打倒はゲイルにしかできない。そして、今目の前にはメイリンがいる。これ以上自分がアデルだと知る人物を増やすことはまずい。メイリンにアデルの秘密を知られないようにする方法は、ただ一つ。
アデルに変身せずにディーネを倒す。
(だが…!!)
液状化や水分操作など、どう考えてもアデルの力なしでは攻略不可能だ。だが、
(…それでもやるしかない…!!)
やるしかないのだ。ゲイルは決意し、プライドソウルを握り直した。
*
ヘルポーンの一体が手にしたマシンガンを乱射しながら、ゲイルに襲いかかる。ゲイルは鉛弾の嵐をくぐり抜けながら接近し、ヘルポーンを頭から縦に両断した。斬り殺したヘルポーンの後ろから、直後にスタンガン内臓型警棒を持ったヘルポーンが飛び掛かる。当然即死レベルの電流が流れているだろう。しかし、ゲイルはヘルポーンが警棒を振り下ろすより早くプライドソウルを横に振り、警棒を持った腕ごとヘルポーンの首を斬り落とす。
「イヒヒィィィッ!!」
「ハハハーッ!!」
その隙を狙ってデザイアの戦闘員が二人、背後から剣を持って斬り込んできた。対するゲイルは爆破を使って、組み合うことなく戦闘員達を粉々に吹き飛ばす。
「ウヒヒヒ!!」
「お姉さぁ~ん!!」
「あっそびっましょぉ~!!」
邪な目で見ながら、下心丸出しの台詞を吐いてメイリンに挑む三人の戦闘員。メイリンは若干目をしかめながら、まず右の一人の顔面を、マッハジャッジで蜂の巣にしてやる。続いて襲ってきた二人目の脳天をロウハードのグリップで殴りつけて怯ませ、その隙に眉間を撃ち抜く。残った一人は飛び膝蹴りで顎を蹴り上げ、二発撃って心臓に風穴をあけた。鎧で守られていたが、ロウハードは普通の拳銃の四倍近いパワーがあり、使われているのはヘブンズエデン製の拳銃用小型徹甲弾。二発もあれば、余裕で破壊できる。ついでに、前後左右から槍やハンマーを持って飛び掛かってきた戦闘員四人と、マシンガンやライフルを使って狙撃しているヘルポーン五人も、まとめて撃つ。全員が頭に射撃を喰らい、射撃を受けた頭は破裂する。メイリンが自分の周囲の敵を倒し終えると同時に、ゲイルも雑魚を全滅させていた。
「…もしかしたら彼らだけで終わるかと思ってましたのに…役に立ちませんわね。」
ディーネは先にヘルポーン達をぶつけ、ゲイル達が疲弊したところを狙おうと思っていたのだが、どうもあまり疲れてはいないようだ。
「やはり私が直々に相手をして差し上げなければならないようですわね。」
やれやれといった感じに首を振るディーネ。すると、ディーネの右手に水が集まり始める。集まった水は次第に剣の形を取り、やがて水でできたサーベルの形状となって固まった。固まったといっても凍ったわけではなく、ただ固まった。質量を持った水の剣だ。
「少しは楽しませてくださいまし。」
「楽しませるつもりなどない。すぐに終わらせる!」
ゲイルは突撃し、ディーネはそれを迎え討つ。
キィンッ!!ギィィンッ!!!
激しくぶつかる刃と刃。だが、ゲイルはディーネと打ち合えている。今までのボーグソルジャーはアデルに変身していないゲイルの攻撃を軽々と返し、勝負にさえならなかった。それが、打ち合えている。このことから見ても、ディーネは比較的パワーが弱いと言えた。
だがディーネには、それを補える特殊能力がある。それは、メイリンが援護射撃をした時に起きた。メイリンの銃撃を受けた瞬間、ディーネは自分の身体を液体に変えたのだ。銃弾はディーネの身体を突き抜け、突き抜けた身体には傷一つ残っていない。そのままゲイルから距離を置き、再び実体を形成する。
「水にいくら物理攻撃を当てたところで、ダメージはない。つまり、あなた方の攻撃は一切通じませんの。」
液体には銃も斬撃も、打撃さえも通用しない。ダメージを与えても、すぐ修復されてしまう。
「さぁ、次はどうします?」
余裕を見せながら尋ねるディーネ。
「そんなの決まってるでしょ!」
メイリンは早速行動を開始した。ロウハードとマッハジャッジを、両方とも真上に投げる。
「?」
武器を手放して何を?と思い、投げられた銃に視線を奪われたディーネ。
次の瞬間、ディーネの全身を炎が包んだ。
「なっ!?がぁっ!!」
突然の出来事に焦って身体をよじるディーネ。彼女が銃に気を取られた瞬間に、メイリンが手から炎を出して攻撃したのだ。水と炎では相性が悪い。ディーネの力を使えば、これくらいの炎はすぐ消される。しかし、炎も出力を上げれば、水を消滅させることができるのだ。今放ったのは、さらに強力な炎を放つための牽制。メイリンは落ちてきた愛銃二丁を取り戻し、急速に炎を収束。
「ヴォルケーノストリンガー!!!」
巨大な火球を撃ち出した。
「っ!!」
悲鳴を上げる間もなく業火に呑まれるディーネ。
(どうだ…!?)
ゲイルはこれで倒れていて欲しいと願う。
だが、燃え盛る炎の中から大量の水が吹き出し、炎を鎮火してしまった。
「…油断しましたわ…これほどまで強力な炎を使える者がいるとは…!!」
残っていたのは、右腕がないディーネ。右腕を犠牲にすることで、ダメージを最小限に抑えたのだ。
「でも、今の一撃で私を仕留めるべきでしたわね。」
一度液体に変化し、再度実体化する。失われた右腕は、元通り修復されていた。
「しくじった…!!」
「だが、もう一度やれば…!!」
舌打ちするメイリン。しかし、攻略法はわかった。もう一度、今度は今以上の炎を撃てば、倒せるはずだ。
「二度目はありませんわ!!」
ディーネは追撃を避けるため、研究所の外へと駆け出す。
「待て!」
「逃がすか!」
追いかけるメイリンとゲイル。
ディーネは、切り立った崖の上に追い詰められた。
「終わりだな。」
ゲイルはディーネが何をしても対応できるよう警戒しつつ、プライドソウルを構える。
その時、
「うふふ…うふふふふ…」
ディーネが笑い始めた。
「何がおかしいの?」
メイリンはマッハジャッジの照準を合わせ、決して狙いを外さないようにする。ディーネは笑いながら言った。
「私の後ろに何があるかわかりませんの?」
ディーネの後ろ。そこには、何もない。ただただ海が広がるばか……。
「「!!」」
二人は気付いた。気付いてしまった。ここは無人島。島ということは海の上にある。
海。
海水
……水。
「あははは!!お馬鹿さん達でもようやくわかったようですわね!!」
島があるのは海の上。尽きることなき水の上。その近くに行くことで、ディーネは海水全てを使うことができる。
「海の水全てを、消滅させられるのかしら?」
背後に巨大な海水の壁を作り出し、ディーネは不敵に笑った。
*
「アッハッハッハッハッハ!!!」
ディーネは海水の壁から水を何本も撃ち出し、二人はそれをかわす。その水に触れたアスファルトは、まるで鋭利な刃物に切られたかのような傷痕を残していた。
ウォーターカッター。水を勢い良く噴射することで物体を切り裂く切断方。その切れ味は、鉄をも易々と両断する。
「ほらほら!もっと気を引き締めて避けなさいな!じゃないと、すぐ挽き肉になってしまいますわよ!?」
水の刃を何本も飛ばしながら、ディーネは笑う。これだけの水が相手では、メイリンの炎でも全て消し去ることはできない。
(せめてアデルになれれば…!!)
変身さえできれば、流れを変えられる。ゲイルにはその確信があった。だが、たった一人。メイリンがいるばかりに、それができない。焦る。この状況は、もはやアデルなしでは突破不可能。
「…」
そんな焦燥感に満ちた教え子の瞳を、メイリンはしっかりと見ていた。
「ゲイル。」
「!?」
「一応私もあなたの先生だから、これだけは言っておくわ。」
メイリンはゲイルに言う。
「どんな状況だろうと、どんな事情があろうと、力があるならそれを出し惜しみしないこと。策があるなら、遠慮なく使うこと。傭兵にとって一番要求されるのは、任務を達成することと、生き残ることなんだから。」
(…生き残る…か…)
確かにその通りだ。ここで死んでは話にならない。
しかし、それでも葛藤があった。
彼は、密かに心配しているのだ。自分のもう一つの姿を見て、メイリンが何と言うか。
化け物と言われるかもしれない。嫌悪されるかもしれない。狩谷達は受け止めてくれたが、それ以外の人間が受け入れてくれるとは限らない。
そうなることを、彼は恐れていた。
その時だった。
「私に見られてちゃ、使えないんでしょ?」
メイリンがロウハードの弾をリロードし、自分の胸を撃ったのは。
「メイリン先生!!」
慌てて駆け寄るゲイル。メイリンの服は防砲製なので死んではいないが、気絶している。彼女はゲイルの秘密を見ないようにするため、わざと気絶したのだ。彼女も教師。教え子を守るためなら、自ら命を断つことも辞さないという決意の現れだろう。
「…すまない。」
ゲイルはメイリンに一言詫びを入れ、ディーネに向き直る。
「あら、もうおしまいですの?」
「待っていてくれたのか?空気の読める奴だ。」
「あなたなどいつでも殺せますし、最期の挨拶くらいはさせて差し上げようかと。ご迷惑でしたかしら?」
ディーネには、そう言えるだけの余裕があった。それもそうだろう。これだけ自分にとって有利な条件が揃っているのだから。
「いや、助かった。俺からも一つ助言してやろう」
ゲイルは余裕たっぷりなディーネに、こう返す。
「その慢心が命取りだ。」
「は?」
理解できていないようなので、詳しく説明してやる。
「お前は遊びすぎた。さっさと俺を殺すべきだったんだ。お前は、もう勝機を失った。」
「何を言うかと思えば、私が勝機を失った?この状況のどこを、何を見ればそんな発想ができますの?」
「すぐにわかる。」
まだ自分が敗北の窮地に立たされていることを理解できないディーネ。なのでゲイルは、それを明確にした。
「アデル、起動。」
メタルデビルズ・アデルに変身することで。
「!!」
これにはディーネも驚愕する。
「な、なるほど、あなたがアデルだったのですね…しかし!!」
数々のボーグソルジャーを倒してきたアデル。その存在はもはや、ヴァルハラにとって恐怖の象徴。
「いくらアデルだろうと、このフィールドで私に勝つことはない!!私の勝利、そしてあなたの敗北は揺るぎませんわ!!」
ディーネ自身のパワーは弱い。パワー勝負でなら押し勝てる。だが、倒すことはできない。『このままでは』。
「その慢心が命取りだと言った!!」
次の瞬間、アデルの装甲が真紅に、瞳が緑に染まり、周囲に炎が渦巻き出した。呼び覚ましたのだ。クトゥルフ神話に登場する、炎の精霊の力を。
その名はクトゥグア!クトゥグアドライブ!!
*
クトゥグアドライブは、アデルに高火力と炎熱操作能力を与える機能。凄まじいパワーを発揮できる。
「そんな見かけ倒し…!!」
ディーネは大量の水を浴びせかけ、炎を消そうとする。だが、アデルの業火は水を寄せ付けず、全て一瞬で蒸発、消滅させてしまった。
「なっ!?」
「クトゥグアの炎は爆炎だ。その程度の水で消せるか!!」
「っ!!ならば!!」
消火を不可能と見限ったディーネは、ウォーターカッターでアデルを刻もうとする。だが、突然アデルの身体が陽炎のように揺らめき、ウォーターカッターはアデルを突き抜けただけ。すぐに修復されてしまい、ダメージはない。まるで、アデル自身が炎になったかのようだ。
「これもクトゥグアドライブ発動時の俺の能力だ。自分そのものを炎に変え、攻撃を無力化できる。」
クトゥグアは実体を持たない生ける爆炎。それを踏襲した能力と言えるだろう。
「…おのれ…おのれぇぇぇぇ!!!」
自棄になったディーネは、水壁の中に飛び込んだ。水壁はさらに巨大化し、ディーネの姿を型取っていく。彼女は学園島を超える大きさまで自分を巨大化させ、津波を起こして全てを呑み込むつもりなのだ。
「こうなったら、この島を沈めてやりますわ!!」
(決めるつもりか…なら…!!)
ディーネを倒す方法は、メイリンが見つけてくれた。高出力なエネルギー系統の攻撃で、跡形もなく消滅させること。その手の攻撃なら、ダゴンとヒュドラの出番だ。光線は炎を昇華したもの。クトゥグアドライブを発動した状態なら、エネルギー系の攻撃の威力を何倍にも引き上げられる。フルパワーのルルイエセメタリーを撃つべく、ダゴンとヒュドラを構えるアデル。
しかし、ここで問題が起きた。
クトゥグアドライブは高出力な分、制御が難しいのだ。さっきの炎化は比較的簡単にできるものなのだが、炎そのものを操るとなるとうまくいかない。銃に炎を込められない。
「くっ…!!」
ようやく追い詰められたのにと焦るアデル。
その時、
「炎を操るコツは、頭を冷静にして、心を熱く燃やすことよ!!」
メイリンの声が聞こえた。
「!?」
メイリンは先ほど、自分から気絶したはず。そう思って見てみると、そこにはけろりとしたメイリンの姿が。
「…」
しかし、今はとにかくディーネの殲滅だ。
(頭を冷静に…)
頭では、炎をダゴンとヒュドラに込めることを考え、
(心を熱く…!!)
胸の内では必ず勝つという想いを燃やした。すると、今まで荒れ狂っていた炎が嘘のように、ダゴンとヒュドラの銃口に吸い込まれていく。
(今だ!!)
アデルはその頃合いを見計らって自分のエネルギーを注入し、
「ルルイエセメタリー!!!!」
引き金を引いた。発射されたのは、炎を纏った二つの巨大なエネルギー弾。それが二重螺旋を描いて一つになる様は、さながら爆炎の大渦!
「うあぎゃあああああああああああああああ!!!!!」
ディーネはその一撃を受け、巨大な水の身体もろとも蒸発。津波を起こすことなく、完全に消え去った。
*
*
「何かあるとは思ってたけど、まさかこんな秘密があったとはね。」
メイリンが自分の胸に撃ったのは、実は空砲だった。彼女は気絶したふりをして、ゲイルの秘密を暴こうとしていたのだ。さすが、ヘブンズエデンの教師。訓練も実戦経験も、ゲイルより遥かに長いだけはある。完璧な演技だった。
「そういえば、前にあなたを気絶させたことがあったけど、こういうことだったのね、あの理事長…。」
ゲイルはメイリンに事情を説明する。
「黙っていたのは謝る。だが、どうか他の連中には知らせないで欲しい。これ以上知られるとまずいからな」
「そんな理屈が、敵に通ると思う?」
「…」
確かに、この理屈を通そうとしたせいで、危うく全滅しかけた。
「あんまり見せていい力じゃないのは確かだけど、これだけは約束して。」
メイリンは教師として、ゲイルに言う。
「今後危なくなったら、誰が見ていようと関係なく、この力を使うこと。いい?」
「…」
ゲイルは答えない。言い方がまずかったと思い、メイリンは少し言い方を変える。
「誰もあなたを化け物呼ばわりなんてしたりしないわ。少なくとも、あなたを仲間だと思ってる子達はね。」
「!」
それを聞いたゲイルは、狩谷達を思い出した。狩谷も、空子も、アンジェも、ゲイルを化け物呼ばわりしなかった。今後も変わらず接すると、約束してくれた。
「…先生!」
ゲイルが気付いた時、メイリンは歩き出していた。
「ほら行きましょう!任務は帰るまでが任務なんだから!」
「…ああ。」
データは無事回収できたらしく、異常も解決した。任務は完了だ。二人はヘブンズエデンに連絡し、帰っていった。
*
「結局メイリン先生にもバレちゃったんだ?」
「ああ。俺は隠し事をするのが苦手らしい」
休み時間。ゲイルはアンジェに、昨日の任務で起きたことを話していた。
「危なくなったら迷わず力を使う、か…」
「…アンジェ?」
「!ううん、何でもない。」
アンジェは少し考え事をしていたようだ。
「あ、休み時間終わっちゃう。行こっ!」
先立って教室に向かうアンジェ。と、彼女は振り向き、ゲイルに言う。
「私に初めてアデルを見せた日のこと、覚えてる?」
「?ああ。」
「あの時私ね、メイリン先生みたいに気絶したふり、してたんだよ。」
「…は!?」
「ふふ♪」
そう言ってから、アンジェは教室に入る。
「…どうして俺の周りの女は策士が多いんだ?」
ゲイルは呟いた。
というわけで、メイリン先生にもバレてしまいました。どんどんゲイルの秘密を知る人が増えて行きますね~♪(すごい楽しい)
次回でまたお会いしましょう!