第七話 ロリコンハンターと心の闇
今回は狩谷の過去についてです。
「それ~!」
「わ~い!」
「あははは!」
公園で仲良くボール遊びをしているのは、三人の可愛らしい少女達。見た目からして、小学二年生くらいだろうか。
「あ、もうこんな時間!」
「帰らなくちゃ!」
やがて二人が公園の時計に気付き、
「バイバイ♪」
「またね~」
と帰っていく。公園には、少女が一人。
「…わたしも帰ろうかな…。」
一人で遊んでいてもつまらないので、帰ることに。
「お嬢ちゃん。」
眼鏡をかけた男が、少女に話しかけた。
「?」
「お嬢ちゃん、今一人かい?」
「うん。」
「そうか…おじさんが送っていってあげようか?」
「えっ…」
少女は考える。母から、知らない人についていってはいけないと言われている。
「ううん。いい」
なので、拒否した。
「心配しなくてもいいよ。おじさんね、君のお母さんのお友達だから。」
しかし、男はそれに構わず少女の手を掴み、どこかへ引っ張っていく。
「痛い!痛いよ離して!」
「大丈夫大丈夫。こんなの忘れるくらい楽しいことしてあげる」
少女が痛がるほどの力で手を引きながら、意味のわからないことを言って歩いていく男。
だが男は腕を掴まれ、そのあまりの握力に、少女を掴んでいた手を離してしまう。
男の腕を掴んだのは、狩谷だった。
「何だ君は!」
男は怒って狩谷の手を振りほどくが、少女は今の隙に乗じて逃げている。
「あっ!ちょっと!」
逃げていく後ろ姿を追いかけようとする男。しかし、狩谷はそれをさせず、男のみぞおちに三発ほど膝蹴りを叩き込んでやった。
「げほっがほっ!!」
男はのたうち回る。狩谷はそんな男の姿を、これ以上ないと言えるくらい冷めた目で見ていた。
「何なんだ君は!私はあの子を家まで送ろうと…」
「あんた、ロリコンだろ。」
「なっ、なな何のことだ!?」
男は抗議するが、狩谷に自分がロリコンであると言われ、取り乱す。
「とぼけんなよ。俺はロリコンが近くにいるとわかる体質でな、今も悪寒が止まらねぇ。」
彼は、ロリコンが近くにいると、背筋に悪寒が走る。今回もその体質を利用してロリコンの気配を察知し、こうして駆けつけたのだ。
「あんた、あの子に何するつもりだったんだ?」
「だから私はあの子を送りたかっただけで…!!」
「嘘つくんじゃねぇ!!てめぇはあの子を誘拐するつもりだったんだろ!?」
「っ!!」
ズバリ行動の核心突かれた男。
「俺はロリコンがこの世で一番嫌いなんだ。」
狩谷は男の目の前でダークハンターを組み立て、
「まっ、待て!!」
「死にやがれ!!!」
その刃を振り下ろし、男を真っ二つに両断。さらに竜巻を起こして遺体を血液もろとも巻き上げ、竜巻に真空波を混ぜて粉々に切り刻み、その死体だったもの近くの森に捨てる。血を撒いた跡は残るだろうが、肉片の方はもはや判別が付かないほどミンチにしたのだ。時間が経てば、死体があった形跡も消える。男が殺されたことは、殺した本人である狩谷以外、誰も知ることはない。
「狩谷。」
いや、一人知ることになった。ゲイルだ。狩谷がいきなり駆け出したので、捜しにきたのである。
「どうしたゲイル?」
「どうしたもこうしたもない。お前、また殺ったろう。」
「…ああ。」
こんなことは、過去に何回もあった。隠したところで誤魔化せないので、狩谷は白状する。
「…気持ちはわかるが、ほどほどにしておけ。お前が殺した相手にも、その死を悲しむ家族が」
「いるわけねぇよ。」
ゲイルの言葉を遮る狩谷。
「…家族がいるなら死んでもなれねぇ。なれるわけがねぇんだよ!!ロリコンなんかには!!!」
その凄まじい剣幕に、周囲が一瞬、静寂に包まれた。
「…悪い。お前にこんなこと言ったって、何にもなんねぇのにな…」
「気にするな。俺も軽率だった」
互いにすぐ謝る。
狩谷の夢は、この世界から全てのロリコンを滅ぼすこと。だが、いくらロリコンが嫌いだからといって、なぜそんな極論にたどり着いたのか。どうしてそこまでロリコンを嫌うのか、それには理由がある。
とても苦々しい理由が。
*
狩谷信介には妹がいた。名前は、狩谷恵美。狩谷にとって誰よりも、父や母よりも大切な人だった。いつも兄である狩谷の後をついて回り、どこへ行くにも一緒だった、二つ年下の愛すべき妹。
しかし、彼女は狩谷が小学五年生になった時、死んでしまった。
殺されたのだ。
犯人は猪頭谷塚という男で、重度のロリコン。恵美は彼に誘拐され、強制猥褻を受けた挙げ句、ショック死した。
狩谷はそれを知った時、最初何が起きたのかわからなかった。強制猥褻という単語自体は知っていたが、実際どういうものなのかは知らない。
わかったのは、妹が死んだということ。
事件はすぐに公になり、あっという間に裁判沙汰となった。判決は有罪。懲役三年の刑と、慰謝料二千万の支払いだ。
この判決を知った時、一番最初に行動を起こしたのは狩谷だった。周囲の反対を押しきって裁判所に乗り込み、猪頭の顔面を何度も殴りつけた。
『なんで死刑にならなかったんだ!!なんでお前みたいなやつが生きてて、恵美が死ななきゃならなかったんだ!!お前が殺したのは俺の妹なんだぞ!!恵美を返せ!!返せよぉぉぉ!!』
喚き散らす狩谷の声が、法廷に響いた。
悲しみや苦痛は、長く続くものではない。どんな感情も、時とともに揺らいで、薄れていく。消えていく。
だが、狩谷の中に芽生えた猪頭への憎悪は、どれだけ時間が経っても消えることはなかった。いや、逆に時間が経てば経つほど、憎悪は大きく膨れ上がり、強く、黒く、色濃くなっていった。
中学生になっても、彼がその憎悪から解放されることはなく、ずっと苦しみ続けていた。どんな友人よりも、どんな財産よりも大切だった妹を失ったことは、どれだけ辛かったか…。
猪頭に復讐したい。俺の妹を殺したあいつを、血祭りに上げてやりたい。強制猥褻という単語の意味を知った狩谷は、心底強く、猪頭を恨んだ。俺の妹は、恵美は一体どれだけ辛い思いをして死んでいったのだろう。やつにも同じか、それ以上の苦痛を与えて殺したい。そんな黒い感情が生まれた時、狩谷はヘブンズエデンの存在を知った。ヘブンズエデンは傭兵を育成する。そして、ヘブンズエデンの訓練生になった者は、全世界の政府公認で殺人の許可を与えられるのだ。
猪頭を殺すにはこれしかない。そう思った狩谷は、ヘブンズエデンの試験に合格しようと必死で努力した。普通コースを受けるなら当時の狩谷の学力でも可能だったが、傭兵コースは上級高校並みの学力と、陸上選手以上の身体能力が求められる。しかし、狩谷は死ぬ気で努力した。全ては猪頭に復讐するため。妹の無念を晴らすため。そう思って努力を続けた。
ヘブンズエデンの試験に合格し、無事訓練生になれた狩谷は、一定以上の訓練を経験し、まだアーミースキルを得ていないが任務への参加許可を得た。そして、彼が初めてクエストボードの前に立った時、偶然発見したのだ。猪頭の暗殺任務を。依頼内容の詳細を見てみると、最近依頼人は猪頭に娘を誘拐されかけたらしく、娘はトラウマを植え付けられ、また狙われるかもしれないから始末して欲しいとのこと。
猪頭は救いようのない馬鹿だ。狩谷はそう思った。恵美を殺しただけでなく、他の家族まで狙ったのだ。馬鹿としか言いようがない。だが、狩谷は生まれて初めて運命や神に感謝した。これで猪頭を殺す正当な理由ができたからだ。いかにヘブンズエデンの訓練生とはいえ、何もないのに殺せば、警察沙汰になったりして色々面倒になる。しかし任務なら、警察も国会も政府も動けない。殺人を認めているのだから当然だ。狩谷は迷うことなく、参加パネルをタッチした。
猪頭を殺し、初任務を成功させた狩谷。ダークハンターを構えた彼の姿に恐怖し、全身を刻まれて断末魔をあげる猪頭の顔は、狩谷がずっと前から見たかったもの。しかし、彼の心中に去来したのは、解放感ではなく、虚無感。
そう。憎むべき妹の仇を抹殺しても、彼女は帰ってこないのだ。死んでしまった者は、何をしても生き返らない。当たり前の事実。それでも、罪悪感はなかった。自分は当然のことをしただけ。狩谷はそう思うことにしたのだ。それからしばらくして、狩谷は自分の目標を変えた。自分が倒すべき相手は、全てのロリコン。自分と同じ思いをする者を生まないために、ロリコンという人種を滅ぼすことにしたのだ。ついでに、自分の性格も快活なものにイメチェンしようと決めた。恵美は兄想いの優しい子だったから、今の陰鬱な自分の姿を見たら、きっと悲しむ。だから、せめて自分は元気でやっているということをアピールしようと思ったのだ。
それが、自分が恵美にしてやれる、数少ないことだと信じて。
*
「お兄ちゃん!」
狩谷がダークハンターを分解して収納していると、助けた少女が母親を連れて戻ったきた。
「先ほどは娘を助けて頂いたそうで…ありがとうございます!立ち話もなんですし、ウチに来てもらえますか?」
「いえいえ、大したことじゃありませんよ。気にしないでください」
母親の頼みを断る狩谷。
「お兄ちゃんありがとう!」
少女は狩谷に礼を言う。
『お兄ちゃん!』
「!」
狩谷は、少女の姿が恵美と重なって見えた。時々、恵美に近い年齢の少女が、こんな風に見えるのだ。
「…お母さんを大切にな。」
「うん!」
狩谷は笑いながら、少女の頭を撫でてやる。
ゲイルはそれを無言で見ていた。
*
「それで、用件というのは何だ。」
二人は今、任務を終えて戻ってきたところだ。最初は任務中に聞きたいことがあると言って無理矢理ゲイルの任務に同行してきた狩谷だが、結局任務中には何も質問してこず、任務が終わってから聞くと持ち越しになってしまった。
「…」
正直狩谷は、今も聞こうかどうか迷っている。だが、せっかく無理を言って任務に同行させてもらったのだ。ここまで来てやっぱり何でもないで済ませたのでは、ゲイルに悪い。
意を決して、狩谷はゲイルに尋ねた。
「お前がアデルなんだろ?」
「…」
流れる静寂。その静寂がどれくらい長く続いただろうか。数分だったのかもしれないし、数秒だったのかもしれない。
「…なぜそう思う?」
破ったのは、ゲイルだった。
「武器だと言うのなら、それは前に説明したぞ。」
確かに聞いた。しかし、狩谷がアデルの正体はゲイルだと確信した理由は、別にある。
「確かに俺はそっちも怪しいって思ったさ。でもな、それ以上にお前は…!!」
言いかけて、狩谷は黙った。
しかし、ただの沈黙ではない。何かを見て驚いている、そんな沈黙。
狩谷の視線は、ゲイルの背後に向いていた。ゲイルは振り向き、自分の背後にいるのが何者なのかを確かめる。
いたのは、一人の男だった。ゲイルの知らない男だ。
しかし、狩谷は男を知っていた。ただの驚愕ではない。ここにいることが、あり得ないという驚き。狩谷はその名を口にした。
「…猪頭…」
「!?」
これにはゲイルも驚く。狩谷の妹の件は知っていたが、その妹を殺害した犯人、猪頭の顔は見ていない。だから、いざ本人が目の前に現れても、誰だかわからなかったのだ。それはともかく、今はなぜ猪頭がこの場にいるかが問題である。
「…やっと見つけたよ。あんちゃん」
猪頭は口を開いた。
「何でだ…何でてめぇがここにいやがる!!猪頭!!」
「その名前で俺を呼ぶな!!」
怒りに怒りで返す猪頭。その瞬間、猪頭の姿が、全身に幼女の顔を張り付けたような怪物に変わった。
「今の俺はスクリーム。ヴァルハラのボーグソルジャーだ!!」
*
狩谷に殺されたと思われていた猪頭。しかし、実は生きており、周辺に偵察に来ていたボーグソルジャーに発見され、延命措置を施された後、クルセイドキャッスルに連行された。彼が連れてこられた理由は、ヴァルハラの実験のため。当時のヴァルハラは、殺し屋や傭兵だけでなく、犯罪者も集め、ボーグソルジャーに改造していた。猪頭もその一人に選ばれたのだ。そこでボーグソルジャーに改造された猪頭は、自らスクリームと名乗り、狩谷への復讐を誓ったのである。
「俺への復讐だと!?どういうつもりだ!!」
「決まってるだろ?俺を殺したことへのだよ!!俺はお前の一家のために刑務所に入って、慰謝料まで払ってやったんだぞ?十分謝ったんだ!!なのに何で殺されなきゃならない!!」
ゲイルは猪頭改めスクリームの言い分を聞いて思った。この男は、自分が狩谷に恨まれた理由をわかっていないと。スクリームは人殺しをしたのだ。それも、狩谷にとって一番大切な存在である妹、恵美を殺した。どんな刑を下されようと、どんなに謝ろうと、許されるはずがない。それが理解できていないのだ。
「あんな刑で済ませると思ってんのか!!てめぇが殺したのは俺の妹なんだぞ!!許せるわけねぇだろうが!!普通死んで詫びるべきだろ!!」
「うるせぇ!!!」
狩谷の口論に、スクリームは怒声を張り上げた。
「たかだか幼女一人のために死んでやれだ?ふざけやがって!割りに合わねぇんだよそんなこと!!幼女一万人のためだってんなら話は別だけどな!!」
「こいつ…!!」
ゲイルはスクリームの言動に吐き気すら覚えた。大人のはずなのに、頭の中は性欲と、子供じみた理論で満たされているのだ。狂っているとしか思えない。
「…バカは死ななきゃ治らねぇって言うが、てめぇは死んでも治らなかったらしいな。この大バカ野郎!!」
これには狩谷もキレた。
「もう一度ぶっ殺してやるから覚悟しやがれ!!」
悪寒が止まらない。スクリームの身の毛もよだつような外見を見ているだけで、気分が悪くなる。実際スクリームの外見は狩谷に強い苦痛を与えるためのものなのだが、それはかえって狩谷の怒りに火を点けた。
「ゲイル!!お前は手を出すな!!こいつは俺が殺す!!」
「狩谷!!よせ!!」
ゲイルが止めるのも聞かず、狩谷は飛び出した。スクリームの実力は未知数だが、恐らく狩谷より強い。だが、狩谷にはもう、スクリームを殺すこと以外見えていなかった。
「ロックンロールハリケーン!!」
突風を発生させ、スクリームを吹き飛ばそうとする狩谷。しかし、スクリームはそれに耐えた。
「効かねぇな!」
耐えて、全身の口から光線を放つ。狩谷は光線を掻い潜って突き進み、ダークハンターで斬りかかった。スクリームはそれを片手で止める。
「はっ!!」
その隙を狙ってゲイルがプライドソウルを振り下ろしたが、かわされてしまう。
「邪魔すんな!!」
しかも、狩谷に突き飛ばされてしまった。本当に、スクリームしか見えていないのだ。
(そんな精神状態では…!!)
狩谷は一種の暴走状態にある。冷静さを欠いた状態で、ボーグソルジャーに勝てるはずはない。
「ハイスピードエッジ!!」
最速を誇る真空の刃も避けられ、
「ウイングスラッシュ!!」
風を纏わせたダークハンターの一撃も、柄を掴まれることによって防がれ、引き寄せられて顔面を殴られる。普段なら絶対にしないミスを、狩谷は何度も重ねていた。それでも挑む。挑まずにはいられない。ここで負けては、恵美の無念を晴らせないからだ。
「うおおおおお!!!」
風を操り、ダークハンターを振るい、ひたすら立ち向かう。
「ははは!!!」
しかし、スクリームはそれを笑ってかわし、防ぎ、狩谷の全身にダメージを蓄積させていく。
*
そのやり取りが何回繰り返されたろうか。狩谷は、もうボロボロだった。防砲素材が使われているコートは、雑巾の切れ端のよう。顔も土で薄汚れている。対するスクリームは、ほとんど無傷。勝敗は明らかだ。
「負けるかよ…」
ここまで力の差を見せつけられても、狩谷は諦めない。
「てめぇなんかに…てめぇなんかに…!!」
「…何をそんなに必死になってんのか…」
「!!」
スクリームは狩谷の姿に呆れ、こう言った。
「たかが妹だろうが。」
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
狩谷の怒りは頂点を越え、ダークハンターを頭上で激しく回転させ、風を集める。
「エクストリームテンペスト!!!」
そして、狩谷が限界に近い力を振り絞って放った攻撃は、
「ヒャハッ!!」
スクリームが放った光線に、無情にも破られ、
「ぐわあああああああああああ!!!!」
狩谷は吹き飛ばされた。
「狩谷!!」
何を言っても無駄と諦め、狩谷の勝利を信じて見ていたゲイルは、遂に耐えられなくなって狩谷を受け止めた。
「狩谷!!しっかりしろ!!狩谷!!」
狩谷を揺さぶるゲイル。身体に力は残されていなかったが、意識はあった。
「…ごめんな…恵美…本当にごめん…俺…弱い兄ちゃんだ…」
残された意識で、亡き妹への謝罪を続けていた。
「ハハハハハッ!!当然だ!!俺を殺そうとしたからそうなったんだよ!!」
涙を流して謝り続ける狩谷を笑い飛ばすスクリーム。
「幼女一人のために、何をマジになってんだ?俺を殺したって帰ってくるわけねぇし、そもそもお前ら一家の責任だろうが。お前がやってきたことは全部無駄なんだよ!!あっははははは!!!」
あまりにも心ない言葉。その言葉に、彼の怒りも我慢の限界に達していた。
「黙れ。」
「…あ?」
「…聞こえなかったのか?黙れと言ったんだ。」
それはゲイルだった。ゲイルはスクリームに言う。
「…お前には、この男がどんな決意をして戦ってきたのか、理解できないだろうな。」
彼は少し前、空子と一緒に、狩谷から話を聞いていた。
『お前らさ、卒業後の進路とか決めてるか?』
『…いや。』
『あたしもまだよ。っていうか、狩谷にしては真面目な話ね。ちょっとびっくりしちゃった』
『俺にもそれくらいの話はできるんだよ!』
それは、卒業後の夢の話。
『俺さ、孤児院を開こうと思うんだ。』
『孤児院?』
空子は聞き返した。
『ああ。俺子供好きだからさ。特に女の子を見てると、俺の妹、恵美に重なって見えるんだ。』
『狩谷は子供が好きなんだな。』
『ああ。』
ゲイルの質問に笑顔で返す。
『ロリコンは嫌いなのにね?』
『あいつらは別だ。子供の心に、一生消えない傷をつける。傷付けるどころか壊すこともあるし、子供自体を殺すことだってある。その子の家族だって悲しむ。あいつらは、子供から未来や大切なものを奪うクズどもだ』
妹を失った経験は、狩谷にそういった見解を持たせていた。
『だから俺が守る。そんなクズどもから、俺が子供達の未来を守ってやるんだ。孤児院はそのための手段なんだよ』
妹は守れなかった。だが、それ以外の子供達を守ってやることはできる。きっと恵美は、自分のような死に方をして欲しくないと思っているに違いない。そう思ったから、狩谷はそういう道を選んだのだ。
「だが、未来を奪われたのは恵美だけではない。狩谷もまた、お前に未来を奪われた被害者だ。」
もしスクリームが恵美を殺さなければ、狩谷が傭兵への道を歩むことはなかったはずである。傭兵は、常に死と隣り合わせの仕事。死にたがりか、よほどの理由でもない限り、選ぶことはまずない。狩谷がヘブンズエデンに入学した理由は、スクリームへの復讐心。その復讐心が、狩谷を傭兵という血生臭い世界へ誘った。もっと他に選べるはずだった道を、可能性を、未来を奪ったのだ。そして、その復讐心を生む理由となったのは、スクリームの軽はずみな行為。つまり、狩谷の未来を奪った犯人は、スクリームも同然なのである。
「お前は二人の未来を奪った。それがどれだけ罪深いことか、理解などできまい!」
許せなかった。未来を奪うなどという殺されても文句を言えないようなことをしておきながら、自分は関係ないと逆ギレ。あまつさえ逆恨みからの復讐。そして、今また狩谷の未来を踏みにじろうとしている。それら全てが許せなかった。
「お前は俺が倒す。」
狩谷を離し、ゲイルは宣言する。
「ハッ!お前なんかに何ができるってんだ!!」
スクリームはゲイルに光線を放つ。
今避ければ狩谷に当たってしまう。ゲイルでも直撃を受ければ無事では済まない。
(狩谷…)
アデルに変身すれば防げるが、狩谷に自分の正体がバレる。しかし、避けるわけにもいかない。
(…やるしかない)
そう。やるしかない。
「アデル、起動。」
とうとうゲイルは、自分から禁を破ってしまった。
禁を破って、アデルに変身してしまった。
「何!?」
これはスクリームを大いに驚かせる。
「…やっぱり…」
狩谷は、自分の予想が正しかったことを確信した。
「それがどうした!!いくらお前がアデルだろうと、俺が負けるはずがない!!」
「そうか。なら見せてやろう」
アデルの周囲に、旋風が渦巻き始める。
「お前が否定した男の力を。」
次の瞬間、アデルの姿が風に隠れて見えなくなり、風がやんだ時、アデルは全身の装甲の色が黄色に染まっていた。
アデルが発動したのは、ハスタードライブという強化装置。ハスターとは、クトゥルフ神話に登場する風の神で、イタカの上位の存在である。これを発動するとアデルの出力が上昇し、風を操る能力と高機動力を得る。また発動の証明として、アデルの全身の装甲が黄色に染まり、目は白くなる。これはハスターの化身と言われる人物、黄衣の王をイメージしたものだ。
「だから何だってんだよ!!」
こけ脅しとでも思ったのだろうか、怯まず光線を発射するスクリーム。対するアデルは腕を軽く振り、竜巻を発生させた。竜巻の凄まじいパワーに、光線は跳ね返される。
「はあ!?」
再び驚くスクリーム。アデルは竜巻を盾にしつつ、アーミースキルでスクリームの背後を爆破する。
「ぐあっ!!」
スクリームの体勢が崩れた。ボーグソルジャーにダメージを与えるには不足な攻撃力だが、隙を作る程度には十分。その隙を狙って突撃し、スクリームのみぞおちに膝蹴りを当てる。大きく吹っ飛ぶスクリームの背後へ、高機動を活かして一瞬で回り込み、プライドソウルで斬りつける。
「がっ!!バガッ!!」
その後もアデルによって翻弄され、スクリームはボロボロになった。まるで狩谷がやられたことをやり返したかのようだ。
「くそったれ…クソがクソがクソがクソが…!!!」
呪詛を唱えながら、スクリームは全身の顔にエネルギーを溜めていく。
「何を勝手に終わらせようとしている?」
アデルはそれを見て、片手を真上に掲げる。すると、アデルの手元に風が収束していった。
「死ねクソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
スクリームの全力の一撃に対応して放たれるのは、
「エクストリーム…!!」
彼が否定した男の、最強の技。
「テンペスト!!!」
その一撃は、スクリームの光線を紙切れのように打ち破り、同じくスクリーム本体を紙切れのように斬り刻んだ。本来ならハスタードライブを使う必要はなかったほど雑魚。だが、アデルはこれを使わなければ気が済まなかった。狩谷のためにも。
「ア…アば…」
それでも原形を留めていたスクリーム。
「お前はもう、二度と俺達の前に姿を現すことはない。」
アデルは武器をダゴンとヒュドラに切り替え、エネルギーをチャージ。
「蘇ることすらも!!!」
風の力を付加した、フルパワーのルルイエセメタリーを撃つ。
友と同じ力で強化されたアデルの怒りのエネルギー弾は、猪頭を閃光の中へ完全に消滅させた。
*
「ミレイヌ様。」
マヴァルが報告しにやってきた。
「スクリームの反応が消えました。どうやら、倒されたようです。」
「そうですか。」
ミレイヌは返答する。今の彼女は、自分の隣にうつ伏せに座っている怪物の頭を撫でていた。怪物の姿は、グリフォンと言えばわかるだろうか。
「悲しまれることはありませんよ。彼は元々、我々の思想に反した考えの持ち主でした。生かしておいては、必ずミレイヌ様に害が及んでいたでしょう。」
そのグリフォンが、女性の声を発した。
「あのような器量の小さい男の死に、心を痛めることはありません。いずれ私が処分するつもりでしたし」
「フィス。それくらいにしておかんか」
マヴァルがグリフォンの名を呼び、諫めた。このフィスというグリフォン、実は元々からグリフォンだったわけではなく、最初は人間。ただ、さらなる強さを求めて再改造を何回も繰り返した結果、人間に戻れなくなってしまったのだ。階級は、トップソルジャー。ボーグソルジャーを束ねる存在で、ミレイヌの護衛でもある。
「どんな愚か者が死んでも、ミレイヌ様はそれだけで苦痛を感じておられるのだ。あまり煽るようなことを言ってはならん」
「…はい。」
一応階級はマヴァルの方が上なので、フィスは素直に従う。
「…立ち止まってはいられません。」
ミレイヌは命じた。
「当初の目的通り、まずは我らの脅威の排除を。平行して、計画の準備を進めてください。ただし、メタルデビルズには必要以上に兵力を割かないこと。こちらにはあまり余裕がありませんからね」
「仰せのままに。」
マヴァルは膝を折って従った。
*
ヘブンズエデンの医務室。狩谷はここへ運ばれ、ゲイルはそれに付き添っていた。
「…やっぱりお前がアデルだったんだな。」
「…ああ。」
もはや隠していても意味はない。ゲイルは自分がアデルであることを、狩谷に教えた。
「何で黙ってたんだ?」
「…話せると思うか?化け物になったなんて。」
「…バーカ。」
「?」
狩谷はベッドに横になったまま、言った。
「俺がそんなに信用できねぇか?それぐらいのこと、なんてこたぁねぇよ。むしろ、俺はお前に感謝したいね。」
「感謝?」
「…今まで俺達を守ってくれてたこと。それから、恵美の仇を討ってくれたことだ。ありがとうな」
前者はともかく、後者について、ゲイルは罵倒されると思っていた。だが、かけられたのは感謝の言葉だ。
「あいつはお前が倒すべきだった。俺は横やりを入れたんだぞ?」
「俺じゃ勝てないのは明白だったからな。お前じゃなきゃ無理だった…あの時の俺は、どうかしてたんだよ。」
「そうか。」
狩谷は冷静さを失い、暴走していた。絶対に勝てない相手に無策で突っ込んで、負けた。自業自得と言える結果である。
「そういえば…」
ゲイルには気になっていたことがあった。狩谷は、なぜ自分がアデルだと確信できたのか。
「…ずっと前のことだ。俺とお前で、被災地に任務に行ったろ?」
それは、エドガーから緊急で与えられた、被災地復興任務のこと。その任務で、親子連れが崩落に巻き込まれた。いち早く行動を起こしてプライドソウルで瓦礫を弾き飛ばし、親子を救出。親子から礼を言われ、ゲイルは子供の頭を撫でてやった。
その時の光景が、先日遊園地でアデルが見せた姿とぴったり重なったのだという。
「一発でわかったよ。お前がアデルだって」
偶然だと言われてしまえばそれまでだが、偶然ではなかった。ゲイルは実際にアデルだったのだ。しかし、狩谷はよくゲイルを見ている。
「…俺さ、初めてお前に会った時、お前は心に闇を抱えてるってわかったんだ。俺もそうだから。空子だってそうだ」
狩谷は恵美のことを、ゲイルはミライのことを、空子は能力へのコンプレックスを、それぞれ闇として抱えている。狩谷の場合は、より大切なものを失ったことから、誰かが心に闇を持っているのを敏感に察知できるようになった。アンジェも恐らく、何らかの闇を抱えているのだろう。そんな人を見た時、自分がその闇を肩代わりしてやりたい。そう思ってしまう。だから彼は、ゲイルや空子と積極的にコミュニケーションを取っているのだ。
つまるところ、彼らヘブンズエデンの訓練生が発現させるアーミースキルは、精神的なものが大きく関与している。空子やアンジェの場合は不明だが、ゲイルの爆破は、過去に巻き込まれたテロへのトラウマからだ。狩谷の風は一見恵美へのこととは無関係に思えるが、実は密接な関わりがある。
「子供を守るためだ、俺と同じ思いをするやつを増やさないようにするためだとか偉そうにほざいちゃいるが、結局俺はただロリコンが憎いだけだ。ロリコンなんて人種が存在しなけりゃこんなことには、ってな。」
いつしか彼は猪頭だけでなく、ロリコンそのものを恨むようになっていた。だが、いくら殺してもロリコンは減らない。それに比べて、自分の中にあるロリコンへの憎悪は肥大化していくばかり。それは苦痛だった。この苦痛から解放されたい。『風のように自由になりたい』。そう思った時、このスキルが目覚めた。今回の冒頭でやったように証拠や死体を残さずロリコンを始末できるなど、狩谷にとってかなり助かる能力だ。まぁ、結果的には狩谷の憎悪をさらに肥大化させる要因になったわけだが。
「今だって考えを変えちゃいねぇさ。全てのロリコンは、俺が滅ぼす。」
「…そのやり方には賛同できないな。」
「別に協力してくれなんて頼んじゃいねぇよ。これは俺一人の問題だからな。けど…」
狩谷は起き上がる。
「お前のはそうじゃねぇだろ?ヴァルハラなんてデカイ組織、お前一人で潰せるのか?」
「一人じゃない。アンジェと理事長も知っている」
「へぇ…でもそれにしたってたった三人だろ?」
確かに、心細い話ではある。
「だから俺も協力する。」
狩谷はそう言って、協力を申し出てきた。
「…何?」
「協力するって言ったんだよ。今までも協力してきたけど、本格的に協力する。」
彼としては、ゲイルに恩義を感じていたのだ。その恩を返すために、ゲイルに協力したいと思っている。
「三人より四人だ。いいだろ?このままなんて、俺の気が済まない」
「…俺は…」
決めあぐねているゲイル。狩谷をこれ以上危険に巻き込みたくはない。だがその時、
「四人より五人よ。」
唐突に空子が乱入してきた。
「空子!お前…!!」
驚く狩谷。
「全部聞かせてもらったわ。男の子だけで内緒話なんかしちゃって、仲間外れなんて認めないわよ。」
空子は狩谷の様子を見に来ていて、偶然二人の話を盗み聞きしたのだ。
「で、どうなの?」
「…ゲイル!」
詰め寄る空子と、それに乗じて同じように詰め寄る狩谷。ここまで来られては説得するのも難しいし、何より二人の強引さはよく知っている。いくら断ったところで、何度でも来るだろう。なので、
「…わかった。頼む」
協力を聞き入れた。
「さすがゲイル!話がわかるぜ!」
「ありがと!」
(これでアンジェと同じ秘密を共有できる…対等になれるわ!)
こうして、二人は(一人は若干別の思惑を持ちながら)ゲイルの協力者となった。
「…はぁ…」
先が思いやられる。そんなため息をついたゲイル。
でも、少しだけ、肩にのしかかかっていた重さが、軽くなった気がした。
*
(…結局あの二人も知っちゃったんだ…)
医務室での会話を盗み聞きしていたのは、空子だけではなく、アンジェもだった。アンジェは理事長室に赴き、エドガーにそのことを伝える。
「ほほう、それは面白い。彼の秘密を共有する者が、また増えたというわけだね。」
楽しそうに笑うエドガー。しかし、その顔から笑みが消えた。
「それで、彼らは君の支えになりそうかね?」
「…まだわかりません。ゲイルの正体はまだしも、私の正体を知ったらどんな反応をするか…」
「問題ないと思うけどねぇ…」
エドガーは席を立ち、窓の外を見てから、振り返って言う。
「ヴァルハラは確実に君を狙ってくる。ゲイル達には君を守ってもらわねばならない。それまでに打ち解けておくんだよ?」
「…はい。失礼しました」
アンジェは理事長室を出た。
正直な話、ロリコンが幼女を襲うなんていうのは吐き気のする話です。その子が心に負う傷のこと、その子にも家族がいるということ、それらをよく理解してもらいたいですね。だからと言って狩谷のやり方が認められるわけではありませんが、同じような考え方(ロリコン、即殺な)を持つ者が現れる可能性も十分に考慮できます。全世界のロリコンの皆様、是非お気をつけください。あなたの後ろにアンチロリコンの傭兵がいて、巨大な鎌を振り上げているかもしれませんよ?
ともあれ、これでゲイルの仲間達のうち三人が、ゲイルの秘密を知りました。これからどうなるかは、作者の僕のみぞ知る!まぁ、だいたい予想できるかもしれませんが。
では、次回でお会いしましょう!