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第六話 傭兵達の休日

今回は、ゲイル達の休日です。

「…」

ゲイルは考えていた。明日は土曜日。つまり休日だ。すなわち、ヘブンズエデンは休み。一応訓練システムは生きているが、ほとんどの生徒がいないため、模擬戦は期待できない。彼は今以上に強くなりたいと思っている。強さを得るためには、休んでなどいられない。

(皇魔の家にでも行ってみるか…)

こういう時、ゲイルはいつも皇魔の家に行って、模擬戦の相手になってもらっている。レスティーの家に行かないのは、彼女が女性であるためだ。あとの理由はお察しください。

(よし。そうしよう)

思って、早速皇魔に声を掛けようとする。だが、

「ゲイルっ!」

それより先に、アンジェが抱きついてきた。

「…何だ。」

「明日はヘブンズエデン休みでしょ?何か予定とかある?」

「明日は訓練が」

「ないよね!そうだよね!」

「…おい。」

ゲイルの予定をないものだと勝手に決め付けるアンジェ。

「ないなら遊びに行きましょ!遊園地がいいな!うん、遊園地に行きたい!」

マシンガントークのような積極的アピール。

「俺には遊んでる暇なんて」

「遊んでくれないと…」

渋るゲイルの耳元に口を寄せたアンジェは、妖しく囁く。


「狩谷くん達にゲイルがアデルだって言っちゃうよ?」

「…わかった。」


それは困る。自分がアデルだと知る人物は、最小限に留めなければならない。

「じゃあ明日遊園地行こっ!」

「…はあ…」

全く迷惑な話だ。ゲイルはため息をつく。


と、


「あ、あたしも行くっ!」


それを聞きつけた空子が、同行を申し出た。

「空子?」

「か、勘違いしないでよね!あたしも予定フリーだし、暇だから付き合ってあげるってだけで…」

「別にいいよ。」

「だが無理に付き合う必要は」

「行くったら行くの!」

必死な空子。

「何だ?どっか行くのか?」

そこへ狩谷も混ざってきた。アンジェが説明する。

「明日遊園地に行くの。」

「へぇ、面白そうだな。俺も一緒に行っていいか?」

「いいよ。」

「サンキュー♪」

アンジェは快く了承する。

(どうしてこんなことに…)

ゲイルは胃が痛むような思いをしながら、それでも容赦なく時間は過ぎていき、今日は終わった。













翌日。

ゲイルは学園近くの遊園地に来ていた。

(もうすぐか…)

腕時計を見て、集合時間を確認する。

「お待たせー!」

そこで、アンジェの声が聞こえた。見ると、アンジェが狩谷と空子を連れて、手を振りながら走ってきている。

「遅くなってごめんね。」

「いや、時間より少し早い。」

アンジェから謝罪を受けたが、まだ予定の時間より三分ほど早い。

「しかし…」

ゲイルは三人を見た。ヘブンズエデンの訓練生は、防砲製の服の着用と、各自武器の携帯を義務付けられている。なので、ゲイルと狩谷はいつもと同じ服装なのだが、アンジェと空子はえらく気合いの入った服を着ていた。説明すると長くなるので割愛させて頂くが、とにかく気合いの入った服だ。それでも、ちゃんと武器は持ってきていた。

「似合う?」

アンジェは自分の姿をよく見せようと、その場でくるりと回ってみせる。空子は恥ずかしいのか、ほんのりと顔を赤らめ、もじもじしていた。しかし、それには答えず、逆にゲイルが質問する。

「大丈夫なのか?」

ゲイルが質問したのは、機能性。その服装がちゃんと防砲の役目を果たすのかという問いだ。あまりに無粋な質問に、狩谷はずっこける。

「お前なあ!空子は」

「狩谷!」

「空子…」

説明しようとする狩谷を黙らせ、あの仕草はどこへやら、胸を張って言う。

「ご心配なく。この服だって、ちゃんと防砲製なんだから。」

「ならいいが…」

片方の問題を解決し、ゲイルはアンジェの方に目をやった。

「防砲製じゃないよ。でも、私頑丈だから大丈夫。銃で撃たれたって全然平気!」

「…」

いまいち信用してないゲイル。空気を変えるため、狩谷が割り込んだ。

「ああそうそう!俺、今日のスケジュール作ってきたんだ!」

出したのは、楽しい休日計画と書かれた一枚のプリント。

「えーと…まずはジェットコースターに乗ろうぜ!な!な!」

「え、ええ!」

どこか必死に取り繕う狩谷と空子は、ジェットコースターに向かって歩いていく。

「行こっ!」

「…」

アンジェがゲイルの腕に抱きついてリードし、ゲイルは顔をしかめながらもついていく。





少々不安だが、こうして傭兵達の休日は始まった。













皇魔の家は、山の中にある豪勢な和風屋敷。山そのものが鬼宝院家の所有物であり、ゆえに修行にも適している。

「ふん!ふん!」

皇魔は今日も山の中で、一人修行を積んでいた。両手両足に4tもの重りを付け、汗一つかかずに正拳突きを繰り返し、その拳圧で風を起こしたりしている。


誰がどこから見ても、豪傑が修行しているようにしか見えない。だが、彼はその修行にあまり集中できていなかった。重りを軽く感じ始めていたのもあるが、理由はもう一つある。


先日の国境防衛任務の件だ。


彼は任務中、視線を感じていた。ボーグソルジャーや、モンスターのものではない。なぜなら、彼が両者と戦っている間も、その視線は彼を見ていたからだ。いや、任務が終わって帰還するまで、視線の主はずっと見ていた。敵意が込もったものではなかったし、同じく視線を感じていたレスティーからも放っておくよう言われていた。


そう、敵意が込められたものではなかった。しかし、それでもわかる。視線の主は、彼が敵対している組織の、幹部のものだ。

(なぜ仕掛けてこなかった?)

組織と皇魔の関係は、昨日今日に始まったことではない。皇魔にとって、いや、鬼宝院家にとっては何年も前から、先祖代々続く怨敵なのだ。当然、向こうも隙あらば皇魔を仕留める気でいる。だが、この前のボーグソルジャーとの戦い。あの時だって、不意討ちできたはずである。それをしなかったということは……。

「…ええい、やめだ!」

このままやっても身が入らないので、皇魔は修行をやめた。気分転換に、街に行くことにする。













汗はかいていなかったが、一応風呂に入って身体を洗い、着替えて街に繰り出す皇魔。彼はただでさえ人目を惹くナリなので、歩いているだけで視線を集めていた。が、いつものことなので気にしない。

「あ、皇魔。」

と、レスティーに出くわした。

「どこか行くの?」

「行くアテはない。ただ出てきただけだ」

「ふーん…私今からファミレスに行くんだけど、一緒に来る?」

「うむ。」

本当に行くアテがなかったので、同行する。



「…ねぇ皇魔。もしかして視線のこと、気にしてる?」

しばらくして、レスティーが尋ねてきた。

「当然だ。なぜ奴は仕掛けてこなかったのか…」

「単なる様子見ってこともあるわよ?」

「ならば良いが…」

視線の主について会話する二人。そうこうしているうちに、目的地に着く。自動ドアをくぐると、

「は~い。いらっしゃいませ~」

カウンターの奥から、ガタイのいい男の店員が出てきて迎えてくれる。

「えーと…二名様で?」

「はい。」

「ではあちらのテーブルでお待ちください。」

「わかりました。」

レスティーは店員の指示通り、皇魔を連れて窓際のテーブルに座る。


だが座る直前、二人は店員が見せた殺意のある視線を見逃さなかった。


座ったレスティーは、テーブルに用意してあるナイフを一本、こっそり取っておく。


しばらくすると、


「お待たせしました。こちら、お冷やになります。」

先ほどの店員が、水を持ってきた。

「ご注文はお決まりですか?」

水をテーブルに置いて、店員は注文を取る。

「「…」」

だが、皇魔もレスティーも注文しない。

「あの…お客様…?」

不審に思った店員が尋ねると、皇魔がこう言った。

「…貴様、その水を飲んでみろ。」

「えっ!?」

皇魔は店員に、今彼女が持ってきた水を飲むように言ったのだ。

「な、何をおっしゃるんですか!?」

「飲めと言ったのだ。飲め」

「い、いえいえ!今私は勤務中ですから、そういうことは…」

「俺が許す。それとも、上司の許可が必要か?」

皇魔はテーブルの呼び鈴ボタンを押した。

「はい。どうかなさいましたか?」

別の店員が来る。

「店長を呼べ。」

「?店長を?」

「そうだ。」

「…わかりました。」

別の店員は皇魔の要求に従い、店長を呼びに行く。


しばらくして、店長と思える男性がきた。

「私が当店の店長です。何か不都合がおありですか?」

店長は恐縮した様子で訊いてきた。皇魔は言う。

「これから貴様の部下に、この水を飲んでもらう。貴様にはその立会人をしてもらいたいのだ」

「はあ…わかりました。」

「てっ、店長!?」

あっさり許可した店長に、店員は慌てている。

「上司に許可は取ったぞ。さぁ、飲め。」

「えっ!あっ…その…」

店長が許可したのだから、飲まねばなるまい。だが、店員は飲まない。

「どうした?他に飲めぬ理由でもあるのか?」

「あ…う…」

一向に飲もうとしない店員。これにはさすがに、店長もおかしいと感じ始めていた。いつの間にか店の賑わいは静まり、来客達も全員店員に注目している。

「…言わずともわかる。」

皇魔は口の端を吊り上げて言った。

「貴様、水に毒を盛ったな?」

「えっ!?」

店長は店員を見る。

「か…し…し…」

店員は冷や汗をかきながら顔を伏せる。



そして次の瞬間、



「死ねぇ!!」



どうやって隠していたのか、腹から数本の槍を出して、皇魔を攻撃した。今まで黙っていたレスティーは、咄嗟にテーブルを盾にして攻撃を防ぐ。テーブルは固定してあったのだが…。

「うりゃあ!!」

直後、なぜか全身を鎧で武装した大男が天井を突き破り、飛び降りてきた。レスティーは先に入手しておいたナイフに気を浴びせ、活性を発動してから大男の腹めがけて片手で突き上げる。

「ごは!!」

切れ味を強化されたナイフは鎧を貫通して大男の腹に突き刺さり、レスティーは大男を窓の外に投げ捨てる。店内外ともに大騒ぎだ。逃げ出す者さえいる。そんなことは気にも止めず、皇魔は店員と対峙していた。店員は双剣を取り出して身構えている。

「俺の変装を見破っていたのか!!」

店員の正体は、皇魔とレスティーを殺すために来た刺客だった。だが、二人には彼が刺客であると、来た時にバレている。「そう殺気を放っていては、嫌でも気付く。」

それがわからない皇魔ではない。

「くっ!死ねぇ!!」

正論を言われ、自棄になって皇魔に挑む刺客。しかし、

「ジョイヤァッ!!」

「へげぇ!!」

顔面に蹴りを一発喰らい、窓の外まで吹き飛んで、そのまま死亡した。だがそれだけでは終わらず、死体が爆発する。

「機密保持のためか…」

皇魔が言った通り、刺客の服には爆弾が仕込んであり、刺客が死亡すると爆発する仕組みになっていた。レスティーはまだ爆発していない、まだ生きている大男に掴みかかり、必要を聞き出そうとする。

「あなたはどこの手の者かしら?」

「う…ぐぅ…」

皇魔は家系上、レスティーは仕事上、命を狙われることが多い。今回はこのファミレスによく通うレスティーを狙った犯行で、皇魔は巻き込まれただけなのだが。

「知ったところで…無意味だ…もう…同志達が動いている…」

「同志?」

「確か…ヘブンズエデンの近くには…テーマパークがあったな…!!」

「何ですって!?」

レスティーが詳細を聞く前に、大男は舌を噛んで自害。心臓停止を確認した爆弾が爆発する。皇魔とレスティーはゲイル達から、今日遊園地に行くと聞いていた。

「行くわよ皇魔!ゲイルくん達が危ない!」

レスティーは脚力を活性化させ、超音速をも超える速度で駆け出した。

「うむ!」

皇魔も追いかけようとするが、思い留まり、懐から茶封筒を出して店長に渡す。

「修理代だ。釣りはいらん」

皇魔はこういう時のために、いつも修理代を封筒に入れて持ち歩いている。だいたい一袋につき、四十万程度。その修理代を渡してから外に飛び出し、なんと、空を飛んでレスティーを追いかけていった。

「…何だったんだ…」

店長は呆然と呟いた。













「まずった…」

一通りアトラクションを堪能し、狩谷は致命的な事実に気付いた。彼らは、日夜命のやり取りをしている傭兵。死ぬほど恐ろしい思いを、何度もしている。なので、今さら絶叫マシンやお化け屋敷の類いなど、怖くも何ともない。つまり、楽しめないのだ。

「狩谷信介一生の不覚だぁ…」

そのことを忘れてスケジュールを組んでいた狩谷は、激しく落ち込んでいた。

「あれ?狩谷?」

と、そこへ光輝とさだめが来た。ちなみに、光輝は羅刹刃を帯刀し、さだめは空子と同じようにギターケースにヴォルテクスを入れて持ち歩いている。

「どうかしたの?」

「実はな…」

さだめの質問に、狩谷はありのままを話す。

「あーなるほど…」

「わかるわかる。」

「で、お前らは何でここにいるんだ?デートか?」

「う、うん…」

「まあね…」

急に頬を赤らめる二人。

「…はあ…」

「なっ、何でガッカリするの!?」

「あ?いや、な…」

光輝が訊いても曖昧に返す狩谷。

「もう…いつまで落ち込んでんのよ?」

「空子…」

「はい。」

空子が、ソフトクリームを持ってやってきた。

「ん。」

狩谷はそれを受け取って舐める。

「あれ?光輝くんにさだめちゃん?」

「こんにちは。」

さだめが挨拶する。

「なに?デートにでも来たの?」

「その質問二回目なんだけど…」

空子の質問に、さだめはまたしても顔を赤くしながら答えた。

「ふ~ん…」

空子は、今自分がソフトクリームを買ってきた店を見る。そこでは、ゲイルとアンジェがソフトクリームを買っていた。

「俺はいい。」

「そういうツレないこと言わないの。私がおごってあげるから、ね!」

「だから…」

「いいの!」

アンジェは嫌がるゲイルに、無理矢理ソフトクリームを買ってやる。

「あ、クレープも!」

「はーい。」

ついでにクレープも買うアンジェ。ソフトクリームを買ってゲイルに渡し、まずクレープを食べる。

「…」

買われてしまったものは仕方ないと、ゲイルもソフトクリームを食べる。少しすると、

「ゲイル。」

アンジェがゲイルを呼んだ。ゲイルはアンジェの方を向く。

「なん…っ…」

ゲイルが口を開いた瞬間、アンジェは自分が食べていたクレープをゲイルの口の中に押し込んだ。思わずかじってしまい、咀嚼し、飲み込むゲイル。

「美味しい?」

「あ、ああ…」

一瞬抗議しかけたが、ゲイルはそのタイミングを失ってしまった。そして、驚くべきことが語られる。


「さっきゲイルに食べさせたの私がかじった所だったから、間接キスだね♪」


「ぶっ!?」

ゲイルは吹き出した。しかし、飲み込んでしまったものは吐き出せない。

「お前はどうしてそんな恥ずかしいことを…!!」

真っ赤になって今度こそ抗議するゲイル。

「だって…」

アンジェはゲイルに顔を近付け、


「一目惚れしちゃったんだもん♪」


ウインクして舌を出した。

「~~~~!!!」

真っ赤になったゲイルの顔が、さらに赤くなる。



「…どこのバカップルだよ。」

ツッコミを入れた狩谷。

「でもあんなゲイル、初めて見たかも…」

「恥ずかしいけどね…」

赤面する光輝とさだめ。

「…」

空子はその光景を、どこか寂しそうに見ていた。自分もあんな風に、積極的になれたらいいのに…と。



空子のアーミースキル、狙撃は、実はヘブンズエデンで覚醒した能力ではない。彼女の母曰く、生まれた時から持っていたものらしい。小学生の頃、空子はこの能力のおかげでクラスの人気者だった。的となる対象を視認し、当てると強く念じて、物を投げたり、撃ったりする。それだけで、狙ったものの狙った箇所に、自在に、確実に当てられた。誰もが、空子の能力を羨んだ。


しかし、それは小学四年生までの間だけ。


それを過ぎてから、彼女はいじめを受けていた。確かに投げたものや撃ったもの、射ったものまでが必ず当てられるが、どんなものでも投げつけ、当てることができる。石ころでも。ナイフのような刃物でも。物事を理解できるようになった周囲の人物達はその能力に恐怖を感じ、ただ投げられたら絶対に当たる。それが怖くて、空子をいじめていた。終いには彼女の両親までもがこの能力を気味悪がっているのを知り、絶望の縁に立たされることとなる。


空子はそんな周囲の目を変えるため、とにかく頑張った。学校の成績も、人助けも、家の手伝いも。自分の能力が、これだけではないと認めさせようとした。


だが、そんな努力も虚しく、周囲の目は変わらなかった。どんなに頑張っても、ただ一つ、この能力があるだけで、周囲の人間は彼女の存在を煙たがった。


そこから彼女は荒れていった。いくら努力しても報われないことに嫌気が差し、礼儀正しく清楚だった彼女の性格も、不良のような性格になっていった。



そんなある日、彼女はヘブンズエデンの噂を聞いたのだ。そこでは傭兵を育成しており、傭兵達は自分のような特殊能力を開発されていると。



これに飛び付いた空子は、ヘブンズエデンに入学するために勉強した。今までの努力のおかげで、あっさりと合格。訓練生になる。


噂は、間違いではなかった。空子は自分の能力をアーミースキルとし、狙撃と名付けた。そんな彼女が、一番最初に模擬戦をした相手が、ゲイルだったのだ。結果は、完敗。ヘブンズエデンというものを、体感させられた瞬間だった。その時彼からかけられた言葉を、今でも覚えている。





『お前はその程度か』





悔しかった。自分の能力が絶対のものではないということを、嫌というほど思い知らされた。


それから空子は、ゲイルを超えようと必死に努力した。何度も何度も挑戦した。その度に負けた。だが、何か充実できるものを感じていた。


特殊な力を持つ者が自分だけじゃないことへの同族意識。それもあるが、乗り越えるべき目標があるということ。それが彼女を、傭兵への道に駆り立てていたのだ。



自分がゲイルに抱いている想いがそれだけではないと知ったのは、ゲイルとの模擬戦から三ヶ月経った後のことだった。


気が付けば彼女は、ゲイルの気を惹こうと躍起になっていたのだ。彼との模擬戦は楽しかった。彼と一緒に任務に参加した時は嬉しかった。


(きっと…こういうのを…恋って言うんだろうな…)


空子は、そう思い始めていた。


自分は素直になれない性格なため、ゲイルに想いを伝えることができない。だが、アンジェは違う。彼女はどこまでも素直で、それゆえに自分の想いを伝えられる。だから、空子はアンジェに嫉妬していた。

(あたしって最低…)

アンジェは悪くない。だが、嫉妬している。そんな自分が嫌だった。

(でも…)

クレープを無理矢理食べさせられ、間接キスまでされて、真っ赤になって怒っているゲイルは、きっと本気で嫌がっている。しかし、今までのゲイルには決して見られなかった姿だ。ゲイルが新しく見せた姿は、どれも楽しそうに見える。アンジェがゲイルを変えた。空子にとってそれは明らかな光景。ゲイルを簡単に変えてみせたアンジェのことを、

(やっぱりずるい…)

彼女はそう思うのだった。













レスティーは皇魔よりも速く遊園地にたどり着き、

「緊急事態よ!」

生徒手帳を見せてから入場した。すぐ後から皇魔も到着し、

「緊急事態だ!」

生徒手帳を見せて入場。なぜか同じ入場のし方だ。二人はゲイル達を捜し、走っていった。













「私今度はヒーローショーが見たいな~」

「…は?正気か?」

アンジェはヒーローショーが見たいと言い出した。しかし、ヒーローショーは子供向けのアトラクション。十七歳にもなって見るようなものではない。

「もちろん正気!正気で本気だよ!」

それでもアンジェはすっかり見る気だ。

「あっ、ちょうどあそこでやってる!」

アンジェが指を差した方向では、なにやら悪そうな怪人が、従業員を、







本当に殺していた。ヘルポーンと一緒に。








「…すごく本格的なヒーローショーだね~…」

「いやいや!マジで殺してるし!」

アンジェのボケに真っ先に反応したのは狩谷。

「あれはボーグソルジャーだ!」

ゲイルは怪人の正体がボーグソルジャーであると即座に見抜く。ヘルポーンを連れていたのだからバレバレだが。

「行くぞ!」

ゲイルが先導し、ボーグソルジャー達に向かっていく。

「はあっ!!」

「やっ!!」

光輝とさだめが同時に斬りかかった。しかし、ボーグソルジャーはそれを片手で受け止めて弾き返す。

「お前達の力なんぞ、このニーダ様には通用せんわ!」

ニーダというらしいボーグソルジャーは、得意になって勝ち誇る。だが、横から気弾が飛んできて、吹き飛ばされた。

「ここにいたか!」

「みんな、大丈夫!?」

気弾の主は、皇魔。レスティーは全員の無事を確かめる。

「皇魔くん!レスティーちゃん!」

「二人ともどうして!?」

空子とアンジェが訊いた。

「話は後だ。それより…!!」

皇魔が注意を促す。


次の瞬間、


「ヒャッハー!!」

「イィィーヤッホォォーウ!!」

「任務だ任務だー!!」

「ギャハハハ!!」

どこに隠れていたのか、鎧兜に身を包んだ大男が三十人ほど、バイクに乗って何やら凄まじいハイテンションで飛び出してきた。

「奴らか!」

「ええ!間違いないわ!」

皇魔とレスティーは、自分達にしかわからないやり取りをする。

「何だよ!わかるように説明しろよ!」

「話は後だと言ったはずだ!!」

「まず片付けてから!!」

狩谷を無視して、大男達に突撃。

「殺せ!!殺すんだ!!」

それに気付いた隊長格と思われる者が指示を出す。謎の部隊は皇魔とレスティーに向かって、一直線に襲いかかった。


だが、


「あたぁ!!」

レスティーが大男の一人の顔面に右ストレートを打ち込み、

「あとぉ!!」

また一人に左ストレートを叩き込む。レスティーから攻撃を喰らった大男は絶命し、爆発する。

「奥義・覇道烈破はどうれっぱ!!」

皇魔は右手から巨大な覇気の波動を放ち、大男の部隊を一掃した。

「何だかよくわかんねぇが、やるしかなさそうだな…!!」

「そうみたいね!!」

狩谷はダークハンターを組み立て、空子はギガトラッシュを装備し、ゲイルとアンジェもプライドソウルとアークスを出して立ち向かう。



謎の部隊の相手は皇魔とレスティーが担当し、ゲイル達はヴァルハラの相手をする。勝負は互角と思われた。だが、ニーダの存在が邪魔だ。ヘルポーンは問題なく撃破できるが、ニーダはヘルポーンよりも格上の敵。仕留めきれない。皇魔とレスティーの方がニーダより強いのだが、今説明した通り、手が離せない。本当なら一撃で全滅させられる相手だが、周囲の民間人の避難が終わっていないため、下手に大技が出せず、出せても威力を大幅に加減しなければならない。なので、どうしても時間がかかるのだ。狩谷の風は範囲と被害が大きく、空子のギガトラッシュなら、民間人に誤射することなく使えるが、ニーダを倒すにはパワーが足りない。レールガンアタッチメントを使う手もあるが、当たれば確実に撃ち抜いてしまう。撃ち抜いた後の被害が大きい。光輝とさだめも、やはりパワー不足。

(アデルになるしかない。だが…)

人目が多すぎる。今のところゲイルがアデルだと知っているのは、アンジェとエドガーだけ。これ以上の人数に知られることは避けたい。

「任せて!」

アンジェが進み出た。

「何をするつもりだ!?」

「私のアーミースキル、知ってるでしょ?」

「…!そうか!!」

「そういうこと♪」

ゲイルはアンジェが何をするつもりでいるのか、理解した。アンジェは猛スピードで駆け出すと、ちょうど戦場の中心になる場所へたどり着く。それと同時に、彼女は自分の全身を強く発光させた。狩谷達も、謎の部隊も、ヴァルハラも、全員がその光に目を奪われた。


やがて、アンジェの光は消える。


(目眩まし?けどこんな白昼に…)

アンジェの意図が把握できない狩谷。当然、アンジェとゲイル以外に、それはわからない。



アンジェの発光が、ゲイルがアデルに変身するための陽動だということは。


「!狩谷!!」

「ああ!?」

つい先ほどまでゲイルがいた場所には、代わりにアデルが立っていた。

「アデル!」

空子がその名を呼ぶ。それに構わず、彼女に近付く二体のヘルポーン。しかし、空子はギガトラッシュを、真上に向けて二発撃った。ヘルポーン達がそれに反応し、飛んでいった弾を見てしまう。


弾はあり得ない軌道を描いて帰還し、二発ともヘルポーンの頭を撃ち抜いた。


長らく説明しなかったが、これが空子のアーミースキルである。


「メタルデビルズ発見。抹殺。抹殺」

ヘルポーンは口々に言い、アデルを襲撃した。しかし、敵うはずもなく、瞬殺される。アデルは本命であるニーダに向かっていく。

「く、来るな!!」

対するニーダは、口から光線を乱れ撃って迎撃。アデルはそれを掻い潜りながら、プライドソウルにエネルギーを込めつつ接近し、

「エンドオブソウル!!」

斬り裂く。

「俺の出番…これだけかよ…!!」

ニーダは爆発した。

「あれがアデルか…」

「実際に見るのは初めてね。」

部隊を全滅させた皇魔とレスティー。

「かっこいい…」

「本物のヒーローみたいだね…」

狩谷達と協力してヘルポーンを殲滅した光輝とさだめ。全員が安心しきっていた。


何かが崩れる音がするまでは。


ニーダが撃ちまくった光線の一つが、建物を直撃していた。倒壊を始める建物のすぐ側には、逃げ遅れたであろう女性と子供の親子が!


「危ない!!」

アンジェが叫んだ。

「ここは私が!」

走ろうとするレスティー。


しかし、彼女よりも速く動いた者がいた。


アデルだ。アデルはイタカウイングを展開して親子の盾になり、左手を前に向ける。


すると、彼らを囲むように球状のバリアが出現し、瓦礫を防いだ。これは、クトゥルフサンクチュアリ。あらゆる攻撃からアデルを守る、邪神の防壁。

「っ!!」

倒壊が収まったのを確認したアデルはクトゥルフサンクチュアリを解除し、プライドソウルを振って瓦礫を吹き飛ばす。

「!!」

狩谷はアデルのその姿を見て、電流のようなものを感じた。


間一髪で親子を救ったアデルは、去ろうとする。

「あの…」

子供は、そんな彼に声をかけた。

「助けてくれてありがとう!」

「…」

お礼の言葉。それを聞いたアデルは無言のまま、子供の頭を撫でてやった。













その後アデルは行方を眩まし、入れ違いでゲイルが戻ってきた。空子が詰め寄る。

「ゲイル!どこ行ってたの!?」

「…ボーグソルジャーの攻撃を受けて吹き飛ばされていた。」

なんとも情けないごまかし方だが、本当のことを話すわけにはいかないので、我慢するしかない。

「…」

狩谷は何も言わずにゲイルを見ていたが、話題を切り替えることにする。

「そういえば皇魔。あの鎧連中のこと知ってるみたいだったけど、何なんだあいつら?」

「…恐らく、デザイアだ。」

「!?」

「デザイア!?あの!?」

光輝とさだめは驚いた。


デザイアとは、世界最強と謳われているテロリスト集団のことだ。皇魔はこのデザイアと深い関わりがある。ちなみに、レスティーもだ。

「確証はないけど、まず間違いないと思う。私達を狙うなんてよほどの物好きか、デザイアのメンバーかしかいないから。」

裏社会で皇魔とレスティーの実力を知らない者はいない。倒そうなどと考えるのは、頭がイカれているか、それだけ高い能力の持ち主か、デザイアかのいずれかだけだ。そんな深い因縁なのである。詳細を語ると長くなるので、それはまたの機会にしよう。

「じゃあ、それがヴァルハラと一緒に現れたってことは…」

「…同盟を結んだんでしょうね。」

アンジェの問いに推測を言うレスティー。巨大組織同士の刺客が同時に襲撃をかけてきたことは、偶然とは思えない。むしろ、巨大組織同士なら同盟を結んだと考えるのが自然だ。

「ともかく、ヴァルハラの件は我らにも無関係ではなくなった。」

「優先的に協力するわ。もしかしたらデザイアを潰せるかもしれないし」

皇魔とレスティーの二人も、ヴァルハラとの戦いに協力してくれることになった。


しかし、これで今後が楽になるとは、言いかねる。


ヴァルハラとデザイア。この二つの組織の結託が、予想を超える脅威をもたらすのかもしれないのだから。













さすがにもう楽しめないので、一同は帰ることに。狩谷達を先に帰し、二人きりになってから、ゲイルはアンジェに礼を言う。

「お前のおかげで助かった。」

「…私はそんな言葉より、行動で返して欲しいかな。」

「…?」

何のことかわからないゲイルに、アンジェは言った。

「明日も私に付き合ってください。」

「…なぜ?」

「だって、台無しになっちゃったじゃない。」

確かに、もう休日を楽しむどころではなくなってしまった。不完全燃焼なアンジェとしては、まだ休日を満喫したいのだ。

「商店街とかでもいいから、一緒に行きたい。今度は二人きりで」

「…わかった。お前にアデルのことをばらされるわけにはいかないからな」

「さっすがゲイル!賢い!」

「うるさい。」

「うふふ♪」

楽しそうなアンジェ。彼女は今、別のことでも上機嫌だった。


空子と別れる前に、彼女にこう言われたのだ。


『アンジェちゃん。』

『なに?』

『…ううん、アンジェ。』

『?』



『…負けないから。』



初めてできた恋敵。本来ならあまり喜ばしくないことが、アンジェには嬉しくてたまらなかった。



ヘブンズエデンに来る前は、こんな感情を抱いたことなどなかったのだから。



「…楽しそうだな。」

「まあね♪」

アンジェはくるりと回って、それから笑顔でゲイルに言った。





「また明日。」





その時のアンジェの笑顔はとても印象的で、ゲイルは数秒見とれてから、

「…ああ。」

と返した。





彼らに安息の日はあるのか?いや、傭兵になる道を決めた時から、そんなものはなくなっている。戦え!その命が尽きるまで!





なーんて、言ってみたかっただけです♪自分でも伏線ばらまきすぎて全部回収できるか不安ですが、必ず完結させますので、これからもこの作品をご愛読ください。


次回は、狩谷の過去について語りましょう。


では、第七話をお楽しみに!

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