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リスとすり

作者: 高原健一

 リスはいつも悩んでいた。

 それは、”リス”がほかの動物たちと比べてメジャーでないこと。

 愛らしい、可愛い。それくらいのイメージしかないのが不満なのだ。

 同じくらいの大きさの鼠だって、『鼠の餅つき』などの昔話になっている。『俵の鼠が米食ってチュ〜』なんていう歌まであるのも気に入らない。外国では『トムとジェリー』という漫画だってある。『ミッキーマウス』は世界一のキャラクターだ。

 『桃太郎』『花咲じいさん』では準主役、『忠犬はち公』『101匹ワンちゃん大行進』『名犬ラッシー』など主演作品も多数ある犬には遠く及ばない。

 猫だって、『猫に小判』『猫は炬燵で丸くなる』『猫っかわいがり』『化け猫』『黒猫のタンゴ』『招き猫』などなど、活躍の場には暇がない。

 狸、兎、熊、兎、狼、像、虎、馬、羊、猿、猪、豚、鹿、牛、蛇、鶏、竜・・・。

 みんなそれぞれに活躍している。

 リスは、名もないワンシーンに登場して、ちょろちょろと動き回り、ほのぼのとした雰囲気を出す役くらいしかない。

 例えば、金太郎が熊と相撲を取る場面を思い出してほしい。そこに、リスは登場しているのだ。相撲を見物する役で・・・。ディズニーの『白雪姫』にだって、森の中のシーンには必ず顔を出している。でも、誰も覚えてはいない。リスの役回りは、いつもエキストラに過ぎない。


 リスはもっとメジャーになりたいと考えていた。どうしたら、メジャーになれるのか?いくら考えても、いい案が浮かばなかった。

 でも、ひとつ名案が浮かんだ。

「そうだ。人間に相談しよう。人間は動物の中でいちばん賢いと言われている・・・」


 リスは住み家の胡桃の木の上で、人間が来るのを待っていた。


 待つこと数日が過ぎ、その日の昼過ぎ、薄汚れた風体の男が胡桃の木の下に立っているのを見つけた。

 リスはさっそく木から降り、男の肩の上に乗った。

「お〜!驚いた。誰かと思ったら、リスじゃねえか」

「こんにちわ。僕は相談したいことがあるんです」

「なに?リスの相談事だって?」

「はい」

「リスか。俺とは親戚みたいなものだから、何でも相談に乗るぜ」

「親戚?」

「あぁ。大きい声じゃ言えねえが、俺はすりだ。リスもすりも似たような名前じゃないか。人事のような気がしねぇや」

「おやじさんはすりですか・・・」

「おいおい、でかい声をだすんじゃねえ」

「ごめんなさい」

「相談事って言うのは、深刻な話か?」

「えぇ。深刻なんです」

「それじゃあ、こんなところでは話にならねぇ。一杯やりながらその話を聞こうじゃねえか」


 リスとすりは近所の飲み屋に入った。 


 席に着くと、すりは女将に注文した。

「酒を一本つけてくれ。このリスには胡桃を二三個出してあげて・・・」

 リスは、すりの肩から降りてテーブルの上に乗った。

 女将は、一本の銚子と胡桃の入った皿を出した。

 すりは銚子から酒をコップにあけると、

「お前さんも飲むかい?」

 とリスに尋ねた。

「僕は、すりさんがお酒をこのお皿に少したらしてくれれば、それを舐める」

「そうかい。そうかい」

 すりはコップの中に指を入れて、指についた酒の雫を胡桃の入った皿にたらした。

「それじゃあ、まずは乾杯」

 すりは皿にコップをカチンと当ててから、うまそうに酒を飲んだ。

 リスは、小さい舌で酒の雫を少し舐めた。

「ところで、その相談事というのを聞こうじゃないか」

「はい。実は・・・」

 リスは、自分がもっとメジャーになりたいことを語り始めた。

 すりは、その話を飲みながら聞いていた。

「おいおい。リスはマイナーな動物じゃあねえ」

「えっ?で、でも・・・」

 すりは、コップの酒を飲み干すと、女将にお代わりを頼んだ。

 酒が来ると、美味しそうに一口口に含んで話を続けた。

「今の日本の礎を築いたのもお前さんの先祖のおかげだ」

「えっ?日本の礎?」

「そうよ。お前さんの先祖のアメリカ生まれのハリスという人物が、下田で日米修好通商条約を結び、日本は鎖国から開国の道を歩み始めたんだ」

「ハリス?」

「そうよ。それだけじゃねえ。お前さんは、アリスを知っているかい?」

「アリス?」

「もう、二十年以上前になるかなあ・・・。三人組のグループで、当時の若者は熱狂したものよ」

 すりはそう言うと、徳利をマイク代わりに持ち、

「立ち上がるんだ〜、もういちどその足で〜・・・」

 と歌い始めた。

「アリスって、歌手なんですか?」

「そうよ。そうよ。そうともよ。アリスの谷村さんはその後、ソロデビューして、紅白歌合戦のトリを歌う国民的歌手に成長した」

 すりはまた立ち上がり、徳利を持って歌い始めた。

「あ〜あ〜、さんざめく〜・・・」

 その曲が終わると、女将と肩を組んで、

「桜吹雪の〜サライ〜の空は〜」

 と歌った。

 女将もすりも涙ぐんでいるのが印象的だった。

「ハリス、アリス・・・」

「もっとすごいお方がお前さんの先祖にはいらっしゃる」

「もっと、メジャーなリスがいるんですか?」

「あぁ。聞いて驚くなよ!それは・・・」

「それは・・・」

「キリスト様だ」

「お〜」

 ビッグネームの登場に、リスは驚きの色を隠せなかった。

「驚いたか!キリスト様といえば、全世界知名度ナンバーワンのお方だ」

「そうか。僕はキリスト様の末裔なんだ」

「キリスト様のお祭りに、クリスマスというのがある。俺は、サンタクロースの正体はリスではないかとにらんでいる」

「リスってすごいんだ」

「それだけじゃねえ。市民の平和を守るのがポリス。植物界にはアマリリス。昆虫界にはキリギリス。まだまだいるぜ。オリンピックの金メダリストのモーリス・グリーン。国ではイギリス。ラジオを聴く人はリスナー。博打はハイリスク。作曲家はリスト。倒産間際の会社ではリストラ。健康によくないのはやりすぎ。ヨーロッパを走るリスボン特急。戸が閉まらなくなったらグリスを塗る・・・」

 リスはだんだん元気になっていくのがわかった。

「すりさん。ありがとう。僕は元気が出てきた」

「そうか。そりゃあよかった。おっと、酒が切れたようだぜ。女将、酒のお代わり・・・」

 女将が返事をする前に、すりが付け加えた。

「酒はトリスにしてくれ・・・」


 トリスの瓶が届くと、すりはコップになみなみと注いだ。指で、胡桃の皿にたらすのも忘れなかった。

 すりは、トリスの注がれたコップを淋しそうに眺めていた。そして、リスに言った。

「りす。お前さんはいいよな」

「えっ?」

 今まで元気だったすりが急にしんみりとした口調になったのでリスは驚いてすりを見上げた。

「みんなが『あっ。リスだ!』と叫んだとする。すると、みんなはお前さんの周りに寄ってきて、『かわいい』って口々に言うだろう。でも、俺なんか誰かが『あっ。すりだ!』と叫んだら、みんな逃げていってしまう。それに、お前さんの国がイギリスならば、俺はスリランカ。世界地図を広げてここがスリランカと正確に指をさせるものなんてほとんどいねえ。すりこぎ・すり鉢という道具もあるが、こんなもの過去の遺物よ。上手に使いこなせるのは、ばあさんしかいやしねえ。三こすり半といえば淡白の証拠だし、スリッパは便所を想像する。すり傷はヒリヒリ痛むし、垢すりは洗面器に浮かんだ垢を連想しちまう・・・」

 リスはすりが落ち込んでいく様子を見て、今度は自分がすりを励まさなくてはいけないと思った。

「そんなことはないよ。すりさんがいなければロケットが上がらない」

「ロケット?」

「そうだよ。だって、ロケットを打ち上げるとき、みんな『スリー、ツー、ワン、ゼロ』って言うだろ。スリーがなかったらロケットは上がらないよ」

「そんなもんかな〜」

「そうだよ。スリーといえば『3』。『3』といえば、長嶋さんだよ。長嶋さんも言っていたじゃないですか。『永久に不滅です』って」

「それって、すりが永久に不滅っていうことかい?」

「そうですよ。それが証拠に、去年、背番号スリーが復活したとき、みんな大喜びしたじゃないですか」

「なある・・・」

 すりは、もう相当に酔っ払っているので、多少辻褄が合わなくても感心してくれる。

「スリップなんてどうですか?」

「スリップ?スリップというのは、雪の坂道で車が滑ってハンドルがきかなくなり、ガードレールを突き破って崖をゴロゴロと落ちていくスリップだろ?」

「すりさんはどうしてそんなにマイナス思考なんですか・・・。スリップ姿のお姉ちゃんですよ」

「お〜。それは、疼くね〜」

「そうでしょ」

「だんだん元気になってきたぞ」

「では、とっておきを出しましょう」

「まだあるのかい?でも、キリスト様以上ではないだろう・・・」

「とんでもない。それ以上ですよ」

「ほ〜!」

「それは・・・」

「それは、くすり」

「くすり?」

「疲れ目には目ぐすり。擦り傷切り傷に塗りぐすり。頭痛にパブロン。でなくて、痛み止めのくすり。賄賂は鼻ぐすり。疲れたら滋養強壮のくすり。ピーピーになったら下痢止めのくすり。不眠症に眠りぐすり。風邪をひいたら風邪ぐすりを飲んで、ぐっすり寝れば気分もスッキリ」

 すりの目はギンギンに輝きリスの話を聞いていた。

「この世にくすりは欠かせません。しかし、使用上の注意を注意をよくお読みになってお使いください」

「たしかに、くすりを発見するために文明が進歩したともいえる」

「どうですか?すりさん」

「お〜。俺もまんざら捨てたもんじゃあないな〜」

「そうですよ」


「リス。お前さんももう一杯飲め」

 元気になったすりは、トリスの蓋にすり切りに注いでリスに渡した。

「今晩は、夜通しで飲もうぜ」

「とことんお付き合いします」

「かんぱ〜い!」

「かんぱ〜い!」


 こうして、元気になったリスとすりは、夜が明けるまで飲みつづけた。


 それ以来、リスとすりは切っても切れない仲となった。


 なぜならば、”リスとすり”は、上から読んでも”リスとすり”、下から読んでも”りすとスリ”。


 めでたし、めでたし・・・。


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― 新着の感想 ―
[一言] ほぼ駄洒落だけのお話でしたが、そこがメルヘンらしくて良かったです。 ほぼ勢いでハッピーエンドに納得させられてしまいました。
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