9
大学に通い始めて、ようやく先輩とたくさん一緒にいられるとワクワクしていたのは最初だけで、私はすぐに気付いた。
先輩の隣りにいつも長い髪のキレイな女の人がいることに。
友達の噂では彼女はモデルの卵だという。
だから私はコンビニへ行き、彼女が載っているという雑誌を探した。
目当ての雑誌はすぐに見つかった。
そこで笑顔でポーズをとっている女性は紛れもなく彼女だった。
そんな人が何故先輩の隣りにいるんだろうか?
学食で先輩とお昼ご飯を食べながら、何度も聞こうと思った。
けれどできなかった。
決定的なことを言われるのが怖かったのだ。
先輩は今日も黙り込んで箸を動かしている。
付き合い始めた頃は下らないことを話しながら笑ってご飯を食べていたのに。
「ねえ」
沈黙に耐え切れなくなって声をかける。
彼はお皿に視線を落としたまま。
「昨日さ、大事にしてたピアスがなくなちゃって探してたらどこにあったと思う?」
「さあ?」
疑問に疑問で返す彼にがっかりする。
つまりは話題がないのではなくて、話す気がないのだ。
「…レンジの中にあったんだけど何でだろう」
先輩がふっと視線を私に移す。
それだけのことが嬉しくなって私も先輩を見つめた。
「お前さぁ」
「雄太!」
口を開きかけたところで女の声が先輩を呼んだ。
雄太とは先輩の名前だ。
それをこんなに馴れ馴れしく呼ぶなんて。
胸の奥が煮えるような嫉妬がゆらりと沸いた。
「かおりも昼?ここ座んなよ」
軽く私に会釈してかおりが先輩の横に当然のように座る。
モデルの卵の彼女は同性の私から見ても見惚れるほどキレイで、冴えない学食の空気が急にパッと華やいだように思えた。
「雄太の彼女さん?」
ぱっちりとした目が私を見つめる。
チャンスだ。
ここできっぱり肯定しておかなければ。
はい、と頷こうとした時、先輩が横入りするように言った。
「いや、高校の後輩だよ」
胸がちくりと痛んだ。
どうして隠すんだろう。
なあ、なんて同意を求める先輩を見つめる。
彼の視界にはもうすでに私なんて入っていないことは明らかだった。
私の知ってる先輩はもっと優しい人だった。
どうでもいい話にも笑って相槌をうってくれ、恥ずかしそうに手を繋いでくれて、誕生日にはピアスを買ってくれて、同じ大学に行くと言ったら喜んで応援してくれて…。
そして私が大学生になる春を心待ちにしてくれてたんじゃないのだろうか?
「私、雄太と同じ学部の高梨かおりです。よろしくね」
そう言って微笑んだかおりは決して私が真似できないような完璧な笑顔で自己紹介をした。
私はただ愛想笑いを浮かべて名前を名乗ることしかできなかった。