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「それで?デートはどうだったの?」
翌日バイトに行くと雪子がさっそく昨日のことを聞こうと私の隣りにぴったりと寄ってきた。
私は苦笑して好奇心を隠さない彼女に答える。
彼女のそういうところは嫌いじゃない。
「うん。楽しかったよ」
でもデートじゃないからと付け加えて私は会話を終わらせようとする。
確かにお互いの距離はだんだん縮まってきたと思う。
けれどそれだけだ。
できればあまり触れてほしくない。
「で?」
「…それ以外に何かある?」
ちらりと意味ありげに私を見る雪子。
それに気付かないふりをして私は自分の仕事に専念することにする。
「いや、いい」
そんな私の様子を見て雪子はそれ以上追及してこなかった。
そのまま沈黙が店内を支配する。
気怠るい空気の中、私は自分の内側に閉じこもり、早くバイトが終わることを願った。
今日は何故か気分が落ちている。
こういう日は絶対に良くないことが起きるのだ。
落ち込む原因が何か突き詰めたくなくて、頼まれてもいない掃除や雑用をせっせとこなし、私は雨の音を聞きながら無心になろうと努力した。
バイトからの帰り道、真っ直ぐ家に帰りたくなくて、私は湖に寄ることにした。
時刻は夕方から夜に変わろうとしている。
この時間にここに来るのは実は初めてだった。
朝見る霧のかかった神秘的な光景とは違い、湖から何かが現れそうな不気味さに少しだけ来たことを後悔する。
けれどそのままベンチに腰をおろし、私はぼんやりと前を見た。
相変わらず最悪なテンションだった。
こんな時はとことん落ちてしまうに限る。
一番底まで行かなければ、私の性格上、浮上するのは難しい。
そのまま湖を見るともなしに眺めていると、不意に誰かに肩を叩かれたような気がした。
そして、
『透子』
くぐもった声が地鳴りのように響いた。
呼ばないで。
私は呟く。
『透子』
『かわいいね』
『僕の大切な…』
けれど声は消えることなく次々と辺りに木霊する。
「呼ばないでって言ってるじゃない!」
耳を塞いで思わず私は叫んだ。
声の主を私は知っていた。
けれどもう終わったことだ。
私は流れる涙をこらえることなく泣きじゃくる。
大好きだった人。
生まれて初めての、心から大好きだった人。
幻聴だと分かっていても彼の声を聞くと反射的にまだ震えてしまう身体。
彼はもういないのだ。
だからこの声は私が作り出しているにすぎない。
『…透子』
でも再び聞こえる声。
彼と過ごした日々がフラッシュバックし、目の前に現れては消えた。
どうすることもできず、私は頭を掻きむしる。
消えて。消えて、お願いだから。思い出したくなんかないのに。
祈るように私はその場に膝をついた。
「透子ちゃん」
自分の頭を叩き続ける私の耳に、温もりのある声が響いた。
続いて柔らかく手を握られ、動きを封じられる。
涙や鼻水、そして雨ででぐちゃぐちゃの私に傘を持っていない方の手でハンカチを差し出してくれたのは。
「…どうしているの?」
蚊の鳴くような声で私は尋ねる。
タイミングがいいのか悪いのか、そこには陽人が心配そうに眉を寄せて立っていた。