6
翌朝。
私は久しぶりにいつもの湖に行かなかった。
何故なら今日着ていく服が決められなかったからだ。
ベランダで軽く雨に当たった後、シャワーを浴びて髪を乾かす。
いつも陽人と会うのはジャージや部屋着という軽装だったから今更服装にこだわる事なんてないが、せっかくいつもと違うお出かけをするならオシャレして出掛けたい。
洋服が決まらないので先に化粧をしながら私は時計と睨めっこする。
そうしてクローゼットを引っかきまわし、ようやく納得のいくコーディネートを完成させて私は待ち合わせ場所へと走った。
時計を確認すると、約束の時間を五分ほど過ぎたところだった。
「おはよう」
すでに来ていた陽人が笑顔で待っているのを見て、ふとデートみたいだなと思う。
自分が休日に映画を観にいく男女を見たらそう思ってしまうに違いない。
けれど私達は違う、つもりだ。
「おはよ」
そう頭の中で力説しながら私は返事をかえした。
「珍しいね。傘さしてるところ初めて見たよ」
せっかく選んだ服や念入りにした化粧が雨で台無しになるのが嫌で久しぶりに差した傘。
なんとなく恥ずかしくなって私は傘を傾けて顔を隠す。
普段バイトだって濡れたまま行っているのに。
これではまるで張り切っているみたいではないか。
返事はないが視線を感じるのは気のせいだろうか。
けれどいつまでもそうしてる訳にはいかないので、開き直って何でもないことのようなふりをした。
「それで昨日メールした通り、これが観たいんだけどどうかな?」
そんな私の心中を知ってか知らずか陽人が話を変える。
手には映画館の時間が載っている雑誌が握られていた。
「あ、これ私も観たいと思ってたんだ」
それは海外のコメディ映画だった。
笑いのツボが日本と海外では違うと言われているけど、この作品は評判がいい。
情報番組でそんな話を聞いてDVDが出たらレンタルショップで借りようと思っていたものだった。
「へえ。女の子は恋愛ものが好きだとばかり思ってたけど、こんなマニアックなもの観たがる子もいるんだな」
「…私の好み分かってて言ってるんだよね」
あんなに毎朝話をしていて私の趣味や好みを知らないなんてことはないはずだ。
若干失礼な物言いに私も言い返す。
売られたケンカは買う、これはもう条件反射のようなものだ。
「うそうそ。開演もうすぐだから行こう」
そんな私を見て陽人は苦笑し、こっちと示された方向に足を向ける。
持ち慣れない傘を邪魔に思いながら私は頷いて、先に歩き出した陽人の後を追った。
「なんか期待外れだったかな」
映画の後早めの夕食を採るために、ちょっとお洒落な居酒屋に入ってビールを頼んだ。
「うん、面白かったけどイマイチだったよね。笑わせようって魂胆が伝わってきちゃって」
すぐにやってきたビールをごくごく飲みながら同意する。
これだから情報番組は当てにならない。
もしかしたらどんな映画でも褒めているんではないだろうか。
「そうそう。笑えるんだけどフッと冷めちゃうんだよな」
陽人もそう言ってビールを半分ほど一気飲みした。
それを見て彼は酒に強いんだなと頭の片隅で思う。
私もアルコールには強い家系の血を引いたらしく、酔っ払って意識を飛ばしたことがない。
どれだけ飲んでも酔わない体質は女として可愛さの欠片もないじゃないかと両親を恨んだ時期もあった。
その後頼んだつまみを片手に私達は美味しいお酒をたくさん飲み、気分が良くなってたくさん笑い、お互いの事をまた少し知って帰路についた。
陽人は送ってくれると言ったが私は雨に濡れたい気分だったので丁重にお断りをした。
家までの道のりを閉じた傘を片手に歩いていると、今日一日の楽しかった瞬間を思い出し、思わず思い出し笑いがもれる。
明日の朝も会えるかな、そう無意識に考えていて、自分が思っている以上に陽人といる時間を楽しんでいる自分に気付き、私は重くため息をついた。