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それから彼は毎日現れた。
その度に私達は当たり障りのない世間話をした。
例えば昨日見たテレビの話だったり、美味しいランチの店の話だったりしたが、一晩寝てしまえば忘れてしまうような内容ばかりだった。
けれど陽人はたくさん笑って話を聞いてくれた。
そんな日々が続くにつれ、陽人についての知識も自然と増えていった。
サラリーマンをしていること、お笑い番組が好きなこと、ピーマンが食べられないこと、走るのが速いこと…。
初めはお気に入りの場所を盗られたような気もしていたが、毎日会うことが続くと不思議なもので、ここが二人だけの共有スペースのような感覚になってくる。
他愛もない話が楽しくて、けれど気を使わなくてもいい妙な居心地の良さすら私は感じ始めていた。
「恋しちゃってんじゃないの?」
バイトで会う度に陽人の話をする雪子に面白半分でからかわれる。
「そんな訳ないでしょ」
「そう?透子って結構面食いだからなぁ。その人かっこいいんでしょ?」
そう言われて言葉につまる。
確かに見た目は申し分ないのだ。
「ほら何も言い返せないじゃん」
「もう、分かってるくせに」
私は少しふくれながら、できたてのケーキを並べる。
ディスプレイも売れ行きを左右する。
だから慎重に…。
「いらっしゃいませ」
そんな私を横目で笑いつつ、雪子はたった今入った客に余所行きの声をかけている。
私はケーキをセットし終えると、さっき言われた恋という件について考え始めた。
陽人に恋をしているのだろうか?
一緒にいて楽しいのは認めよう。
ウマが合うというか、彼が好きだというものは私も好きなものが多いし、食べ物の好みも、聴く音楽も似たような感じなのだ。
だから話も合うし、楽しいのは当然なのだ。
けれど好きかと言われたらそれはまた別問題だ。
好きになんかならないし、なってはいけないと思う。
何故ならそれは…。
「透子、お客さんだよ」
雪子の声にハッと現実に引き戻される。
「すみません、いらっしゃいませ」
顔を上げたその先には朝、顔を合わせたばかりの陽人が立っていて私はぽかんと口を開けた。
「…なんで」
「いや、近くを通りかかったから寄ってみようと思って。まずかったかな?」
申し訳なさそうな、様子を窺うような陽人の表情に、無言で首を横に振ってみせる。
「良かった。あ、お薦めのケーキ下さい」
そう言われたので私はさっきキレイに陳列したケーキと、自分の好きなケーキをいくつかを取り出した。
「美味しそうだけどちょっと多いな…」
「あ、ごめんなさい」
個数の指定がなかったので、色々選んでいたらトレイが満杯になってしまった事に今更ながらに気付く。
「いいよいいよ。会社のみんなで食べるから」
そう言って財布を取り出す陽人は爽やかで、やはりジャニーズ系のイケメンだなと思いながら私はレジを打った。
「あと今朝言い忘れちゃったんだけど、明日って空いてる?もし良かったら映画でも行かない?」
「…え?」
少し照れたような陽人に私は間抜けな声を出して固まる。
「それって一緒に映画を観るってこと?」
思わず出たあまりにもな私の言葉に雪子が小さく吹き出すのが分かった。
「そう」
けれど陽人は笑わずに真顔でゆっくり頷く。
「明日はバイト休みだから。いい、けど…」
曖昧に語尾を濁す私だったが、陽人は全く気にする様子もなく、
「じゃあ決まりね。じゃあ迷惑じゃなかったらアドレス交換しよう」
そう言っててきぱきとアドレスを交換し、仕事に戻らなきゃと慌しく店を去って行った。
残された私は予想外の展開に、携帯を握り締めながら呆然とドアを見つめたまま動けないでいた。
「朝逢い引きしてるのは今の人?確かにかっこいいわ」
再びしんと静まる店内で同じようにドアを見ながら雪子が呟いた。
私はというと、今起こった事にまだ頭がついていけなくて「うん」と声を発するので精一杯だった。