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「危ない人だったんじゃない?」
バイト先の洋菓子屋で今朝の出来事を同僚の雪子に真っ先に話した。
素敵な気分をお裾分けしようと報告してみたものの、雪子の反応は微妙なものだった。
「そうかな?」
「そうだよ。このご時勢に傘持ってるなんておかしいよ。怪しいですって言ってるようなもんじゃない。大体傘なんて差して雨に当たらないから風邪ひきやすいんじゃないの?」
「確かにねえ」
そう言われてみればそんな気もする。
「でもカッコよかったよ。ジャニーズ系で」
「透子の好みってそういうのだっけ?」
違う。私はもっと大人っぽい人の方が好きだ。
例えば最近話題のあの俳優さんのような…。
「はい飛ばない」
妄想の世界に飛び立とうとした私を雪子はショウウィンドウを拭きながら現実に引き戻した。
さすが共にこのバイトを3年もやっているだけのことはあり、私の扱い方に慣れている。
「ま、春だから変な人も増えてるかもしれないし、透子もそんな人の来ない場所までわざわざ雨を浴びに行かなくてもいいんじゃない?」
雪子の助言に曖昧な笑顔で一応、うんと頷く。
彼女や今朝会った傘の人の言う通り、雨は必ず1日数分浴びなければいけないが、自宅のベランダや庭で十分だと専門家にも実証されているのだ。
あの湖まで行くのは完全に私の趣味。
ジョギングや散歩と同等の趣味だと個人的には思っている。
すでに生活の一部となってしまっているので、せっかく助言してくれている雪子には悪いがやめる気はかけらもない。
大体明日も誰か通りかかるとは限らないじゃないか。
「でも透子が私の言う事きくとは思えないから。何かあったら相談してね」
まるで心の中を読んだかのような言葉にどうして分かるんだろうと感心しながら私はしおらしげに返事をした。
「うん。ありがとね、雪ちゃん」
「…心にもないこと言うなら少しは感情こめなさいね」
芝居じみた表情でこっちを睨みつけてくる雪子を見て思わず吹き出してしまった。
雪子もつられて笑い出す。
それはいつも通り、穏やかで暇な午前だった。




