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「それで?」
陽人の声に促され、私は正直に続きを話す。
「もちろん振り下ろした。何度も何度も。そのうちサイレンの音が聞こえて、ああ捕まるんだなと思った。かおりも血まみれだったし、先輩もぐったりして動かない。そしたら意識が遠のいて…」
私はすっかり冷めてしまったミルクティーを口に含んだ。
その紅茶は冷めても美味しくて気付けば一気に飲み干してしまった。
そんな私を見て陽人が席を立つ。
新しいお茶を淹れてくれているようだ。
「ねえこの紅茶どこの?」
「そこのスーパーのだよ」
こんなに美味しい紅茶が置いてあるなんて知らなかった。
今度行ってみようと思いながらおかわりを受け取る。
「それで捕まったの?」
陽人が心配そうにこちらを見た。
こんな話をしても態度を変えない陽人に改めて感心する。
「なんでそんなに普通なの?」
陽人は僅かに笑った。
「もし透子ちゃんが冷徹そのもので大量殺戮事件を犯したんだったら分からないけど、その男を一生懸命想い過ぎて、ちょっと方向を間違えちゃったってことだろ?それなら少しは分かるから」
そういうものなんだろうか。
世間の常識がよく分からない私は漠然とそう考える。
窓から見える真っ暗な世界を見ながら、私は黙って紅茶を飲んだ。
もう何も話す気がしない。
陽人も何も言わず、部屋には沈黙が訪れた。
結果から言えば私は捕まらなかった。
いや、捕まったと言うべきか。
逮捕されるとか刑を受けるというのが捕まるというなら、私は捕まらなかったということになる。
あの後、意識を取り戻した私が最初に目にしたのは白衣を着てマスクをした博士のような格好をした男数人だった。
面食らっている私をよそに、男達は私をこの町に連れてきた。
ここで暮らすように、そして雨を浴びて生活するようにと。
彼らは私に分厚い冊子を渡し、長々と説明を始めた。
突然のことに脳は全くついていけなかったが、これだけは分かった。
それは雨を浴びなければ生きていけない身体になったということ。
そしてこの町は雨がやまない町だから決して脱走しようなんて思わないように、もし脱走して死んでも責任はとらない、そう脅しのような台詞を吐いて話しを締めくくるといそいそと去って行った。
呆然と押し込められた部屋の窓から外を見てみると、そこには雨の降る薄暗い町が広がっていた。
最初は男達の言葉が信じられず外に出ないでずっと寝ていたこともある。
そうしたら段々身体中がだるく、手足に力が入らなくなって動くこともままならなくなり、慌ててベランダに出た。
雨を身体に受け、元通りスムーズに動けるようになった手足を見て、私はそこでようやく彼らの言ったことが本当なんだと理解できた。
そう、理解せざるを得なかった。
一体どうしてこんな事になったのだろう。
両親には知らせてあるのだろうか。
そして先輩は、あの女はあの後どうなったんだろう。
私がいなくなった世界で二人がこれから急接近するのかと思うと胸がざわつき、叫び出しそうな衝動が沸いてくる。
いつかここから出て行ってやる、そして幸せにしているだろう二人を見つけて壊してやる、私は毎日そんな事を考えながら寝て起きてを繰り返した。
それだけがこの現実離れした日常に存在する、確かなものだったのだ。