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しとしとと音もなく雨が降る。
物心ついた時からずっと、私は…いや誰もが、この雨の音と共に生きてきた。
遥か昔の文献には『晴れ』という雨が降らない日があったと記されている。
真偽のほどは確かめようもないので分からない。
もしそれが事実だったとして、雨が降らないとは一体どういうことなんだろう。
私はたまにそんな夢物語のような事を考える。
当たり前のことだが、人間は雨に当たらなければ衰弱してしまう生き物だ。
それなのに雨が降らないとなると、昔は今とは違い、何か特殊な機械や薬でもあって、生き延びる術を持っていたという事だろうか。
だとしたら昔は科学というのか医学というのか、そういった類のものが相当発達していたに違いない。
ピピピピピピ。
午前6時にセットしておいた目覚まし時計が静寂を破って鳴り始めた。
朝だ。
私はベッドから身を起こし、薄暗い部屋の中で、独り暮らしだというのに物音を極力立てないようにしながら、ごそごそとクローゼットからタオルを取り出した。
そしてそのまま部屋着姿で玄関を出る。
手にはタオルと小銭を入れた撥水加工が施されている小さなカバンのみだが、遠くに行く訳ではないから特に困る事はない。
歩道を5分ほど歩くと小さな湖が見えてくるので私は真っ直ぐそのほとりのベンチに向かい腰をおろした。
しとしと。しとしと。今日も変わらず雨は降る。
私は湖を眺めながら両手を伸ばし、ゴールテープを切ったランナーのような気分で雨を全身に浴びた。
ここまでが私の毎朝の日課だった。