婚約者が死んだ――――社会的に。【連載はじめました】
婚約者が死んだ――――。
社会的に。
こんなことになるとは思いもよらなかった。
まさか公衆面前で、すっ転んで桃尻丸出しにするなんて。
これは間違いなく、明日の朝刊に載るだろう。
『令嬢たちの憧れレンブラント騎士団長、王国立庭園で公然とわいせつ行為!? 臀部を丸出しに――!』
うん、大見出しはコレね。
ボレロを脱ぎ、ファルハーレン公爵レンブラント様のズボンの裂け目からぷりりんと覗く桃尻にそっと掛ける。
「…………怪我はないか?」
「こちらのセリフですが。まぁ、ありませんよ」
「そうか、君が無事でよかったよ」
立ち上がり、ジャケットを脱ぐと、私の肩に掛けてくれた。その紳士さはいらない。
ジャケットで尻を隠せ。
私のボレロを腰に巻くな。
私の婚約者であるレンブラント様は、一般の認識では、クール紳士である。
何事にも動じず、二十八歳という若さで騎士団長という重要職にも就いている。
見た目も言動も、全てがクールで完璧な紳士。
誰もが彼を憧れの存在として見ている。
女性ファンは星ほど。男性ファンもかなりいる。
婚約者である私から見ると、クールドジだ。
クールなのに、尽くドジをする。
それは小さなものから、今回のように隠しようのないどデカいドジまで。
凄いなと思うところは、昔からドジをしまくっているせいか、ドジをしてもフゥと一息吐いて、普通のクール紳士に戻るところだ。
どんなメンタルをしているのかと思うときがある。
流石にこれ以上デートを続けるのは無理だろうと切り上げて馬車に戻ると、ボレロは洗って返すよとクールに言われた。
心の底からいらないなと思う。
「差し上げますわ」
「うん? 私のサイズではないが?」
サイズが合ったら着る気なのか。
こういうところもドジだなぁと思う。
「今日はすまなかったね。せっかくのデートだったのに。こういうときに冷静に対処してくれるクリステル嬢が婚約者で本当によかったよ」
この人は驚くほどにモテる。
驚くほどにモテるが、驚くほどに振られている。
あまりにもドジが多すぎて、『私に振られるために、そんな風にわざとらしくドジをして嫌われようとしないでください』とか斜め上な解釈をされている。
騎士団で事務をしている私は、レンブラント様のドジは昔から見慣れている。
何より、私の父も相当なドジなので、その場での対応や後始末がかなり得意になってしまった。
父に比べれば、レンブラント様のドジは可愛らしいものである。
まぁ、その父のおかげなのか、せいなのかで、レンブラント様と婚約することになったのだけど。
父がお見合いを兼ねた夜会の主催者に出すはずだった釣書を、レンブラント様の家に送付したら、更にそこで勘違いしたレンブラント様が受諾し、婚約者となってしまった。
「私も、君のお父上のように豪快に笑ってやり過ごせればいいんだが……」
「キャラが違いますので、無理でしょう」
「キャラ……無理…………」
あ、シュンとしてしまった。
「レンブラント様はレンブラント様なりの対処法でいいんですよ。父は、ずっと昔からああいうキャラで生きてきた、というだけです」
「ん。君はいつでも私を肯定してくれるね」
ほわりと花開くように笑うレンブラント様。
こういった特別な表情が見れるのは、婚約者の特権だろう。
正直に言おう。私も彼の隠れファンだ。
デートのために金色の髪をピッチリと固めていたけれど、転けたおかげで今はちょっとボサッとした髪型に。
垂れてきた前髪が気になるようで、何度も何度も横にずらしていたせいで、ちょっとダサめの七三ヘアーになりかけている。
「レンブラント様、手をどけてください」
対面で座っていた馬車席で少し身を乗り出して、レンブラント様の髪に手を伸ばす。
グシャグシャと彼の髪を掻き混ぜて、手櫛で整える。
「うわっ、ふふっ。擽ったいな」
「我慢してください」
「ん」
にこにこ笑顔で好き勝手されるレンブラント様は可愛い。みんなこの人がクール紳士だと思っているのが謎である。こんなに可愛いことに気が付かないなんて、もったいない。
かと言って、この可愛さをみんなと共有したいかと言われると、答えはノーである。
「できました」
「ありがとう、クリステル。あ、呼び捨てしてしまった」
「っ――――構いません」
「そう? ふふっ。クリステル」
「なんでしょう?」
「呼んでみただけだよ」
誰かに、気持ち悪い感じでニヤけそうな私の頬を打ってほしい。
可愛すぎでしょ、レンブラント様。
「本当に、お父上に挨拶して行かなくていいのかい?」
「構いません」
尻丸出しなこと忘れていますね。
「それよりも、新聞社に掛け合って明日の記事の確認をしてください」
「ん? なぜだい?」
「先ほどのことが記事になるとまずいので」
「そう?」
「そう!」
クリステルは時々不思議なことを気にするよね、なんて暢気に笑いながらレンブラント様は去っていった。
翌朝、婚約者が死んだ――――。
社会的に。
朝刊に載るであろう記事を差し止めろって言ったのに、まさかのご本人インタビューまで掲載されている。
何があってこうなった。
大慌てで着替えて、騎士団本部に出勤。
「団ちょ――――あれ?」
「あー。レンブラントなら陛下に呼び出されたぜ」
遅かった。
副騎士団長いわく、出勤して直ぐに国王陛下の執務室に呼び出されていたらしい。
そして、本人は何かしたっけな、といった反応だったとか。
いや流石に、公然わいせつなヤーツはヤバいですって。なんで昨日の今日で忘れられたんですか。
減俸か謹慎処分か……流石にクビはないとは思うけれど。
「てか、この記事の、丸出しになった尻にボレロを被せ、侮蔑したように見下ろしていたご令嬢、ってお前だろ?」
「……別に侮蔑してませんが」
「まぁな。お前、レンブラント大好きだもんな」
「なっ!?」
なぜバレているんだろうか。
そんなにバレバレな行動は取ったつもりもないし、覚えもないのに。
「いっつも目で追ってるし、何かとフォローしてやってたし。アイツの顔や地位とかじゃなくて、中身見て好きになったんだろ?」
「…………まあ、はい。そうですが」
「うっわ、顔真っ赤! クリステルって可愛かったんだな?」
副騎士団長がそう言ったと同時に、「こほん」と咳払いが聞こえた。
「マリウス、私の婚約者を口説き落とそうとするのは、いくら親友といえど許せんな。死ぬか?」
「ちょ、急に剣を抜くなよ! ちげぇよ! クリステルってお前のこと大好きだよなって話してたんだよっ」
「呼び捨てか。死にたいんだな?」
「話を聞けって、バカ!」
流石に、そんな勘違いで斬られるのは可哀想かもしれないなと思い、レンブラント様を止めた。
マリウス副団長は、そもそも昔から私を呼び捨てにしているし、口説き落とされてもいない。たとえ口説かれていたとしても、レンブラント様を裏切る気は毛頭ない。
私の説明を聞いて落ち着いたレンブラント様が、剣を鞘に収めながら謝ってくれた。
「すまなかった。クリステルを疑ったわけではないのだよ」
「わかっています。早とちりなのですよね」
「ん」
「何この当て馬感。二人とも俺の扱い酷くない? てか、陛下は何の用だったんだよ」
「あぁ、それか――――」
■■■
「レンブラント、朝からこういう心臓に悪い記事はやめてくれ。尻丸出しってなんなんだよ」
「転倒し、臀部の布が破れました」
「それは分かるよ。問題はその続きだよ。なんで堂々とインタビュー受けてるんだよ。差し止めろよ」
頭を抱えた陛下にそう言われ思い出した。
「クリステルに言われて、差し止めようとしたんですが、いい婚約者様ですねと言われて、クリステルの良さを話しました」
「うん。それも記事を読めば分かる。なぜ差し止めなかった」
「まぁ、風呂でもトイレでも、野営中でも、尻を出すくらいよくあるでしょう? 別に問題はないかと」
「それと、国立庭園で尻丸出しは違うだろうが!」
大差ないと思うんだがな。出てしまったものは仕方ないだろう。
それよりも、あれだけ話したのに、クリステルのことはほとんど書かれていないし、私を侮蔑したように見下ろしていたとか、酷いことを書かれていたし。
これはクレームを入れなければ。
「で、どうするんだ?」
「何がですか?」
「男のお前は別に何ともないだろうが、婚約者であるメーヴィス伯爵令嬢はそんな記事が出た男と結婚するのはリスキー過ぎるだろう」
「っあ……だから記事を差し止めるよう言っていたのか…………」
国王陛下がさらに頭を抱えて、本当に仕事しか出来ないバカめと吐き捨ていた。
ところでなぜ呼び出されのだろうか?
「はぁぁぁ。もう仕事に戻っていい。メーヴィス伯爵令嬢に捨てられないよう、自力で手を打てよ?」
「…………え」
「なんで驚愕してる。さっき言っただろう。お前は、リスキーだと」
「っ!」
慌てて騎士団本部に戻れば、頬を赤らめたクリステルと、ニヤニヤと笑いながら口説くマリウス。
私のクリステルにそんな顔を向けるな。喋りかけるな。息の根を止めてやろう――――!
「早とちりなのですよね?」
クリステルはいつだって、私を見てくれている。
そして、私がクリステルを理解しようとすると、喜んでくれる。
こんなに、誰かと心を通わせたのは初めてなんだ。
陛下の言うように、捨てられないようにしなければ。
□□□
「クリステルに捨てられるぞと脅されただけだ」
「「…………」」
国王陛下ってその程度で呼び出すのね。
「お咎めはなかったのですか?」
「ん? あぁ。私の尻が晒されたところで、なんの痛手もない。ただ、クリステルは…………私というリスクを抱えるのは大変だろう?」
「リスクですか? 別に今更ですが」
「ブフォッ。今更って!」
マリウス副団長が煩い。ちょっと退室していただけないだろうか。
チラッと睨んでみたら、ニコッと笑って誤魔化されたが、とりあえず出ていってはくれるらしい。
空気を読むのが上手いなと思う。
「その…………まだ、婚約者でいてくれるか?」
少し怯えたように聞いてくるレンブラント様は、とてつもなく可愛くて、心臓がぎゅんぎゅんした。
「はい。レンブラント様のクールドジは見てて楽しいので、好きですよ。今回のことでレンブラント様は社会的に死にましたが、ライバルが減って良かったのかもしれません。怪我の功名ですね」
「いや、まだ生きてるが?」
「ふふっ」
なぜ楽しそうに笑っているんだ、生きているぞ!? と慌てるレンブラント様が可愛かったので、そのまま放置してみることにした。
小さなドジから大きなドジまで、きっとこれからもいろいろやらかして、私を笑わせてくれそうだ。
「好きですよ、レンブラント様」
「私もだが…………クリステル、君はもしかして、死体愛好家とか……!?」
「あはははは!」
レンブラント様は、可愛い。
これは私だけの秘密だ。
とりあえず、レンブラント様は社会的には死なずに済んだらしい。
まぁ、騎士団長でなくなろうとも、私は彼の側にいることを選ぶのだけど。
―― fin ――
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
プリッケツのクールドジイケメン、美味しいよね!?
ねっ!? 美味しくいただけるよねっ!?(圧)
可愛いドジ話からドン引きのドジ話まで、お待ちしております←
そんでもってついでに指をソソッと動かして評価とかしていただけますと、作者が小躍りしますヽ(=´▽`=)ノ




