アイドルみやびはギャンブルがお好き
6
翌日のことである。
散々な目に合ってふて寝していた私は、十時過ぎにチャイムの音で目を覚ました。あーあー、ピンポンピンポンうるせぇー。管理人は何しているんだ。こんなの一発で通報もんだろうと、低血圧で重たい頭を起こしながら、インターホンのカメラを見る。
「……う、わぁ」
エントランスをすっ飛ばして、部屋の扉の前にグレーのスーツを着た男性が立っていた。
銀縁眼鏡にオールバックの目付きが鋭い男だ。明らかにカタギではない。誰だこいつを素通ししたヤツは。
「あの。どちら様? どうやって入ったんです?」
「管理人さんに事情を説明したら通してくださいましたよ。304号室の一色さんが、いつも通り酔いつぶれているので介抱しに来ましたと」
管理できてねぇじゃないか管理人のジジイ。
まあ、私が仕事帰りによく酔いつぶれているのも事実なら、部屋に男性がよく出入りするのも事実なので、何の弁解も出来ない。
私は面倒くさい気持ちを残らずため息という形で吐き出しながら、ジャージ姿のまま入り口まで行って扉を開ける。さすがに、チェーンロックは付けたままだ。それくらいの防犯意識はある。
「はい。で、御用は?」
「貸付の返済について、本日はお願いだけさせていただこうかと思いまして」
「あー、はいはい。昨日の二十万ね」
ちょっと待っててくださいね、と。チェーンロックを付けた扉を開けたまま、私は奥の部屋へと向かう。
1LDKの間取りの寝室に使っている部屋。その押入れを開け、ダンボールに無造作に入れられているお札を二十枚ほど回収する。んー、むき出しはさすがにまずいか。ちょうど電気料金の請求書が届いていたので、開封して封筒だけを再利用する。
お手軽一分返済手続き。
トイチも次の日に返せばチャラだ。
その場で現金を差し出して来た私に、銀縁眼鏡の男は驚いてみせた。
「……まさか、即金でお返しになるとは。本日はお願いだけのつもりだったのですが」
「文句でもあります? それとも、返済日まで待つべきだったでしょうか?」
「いえ。クライアントからは元金が回収できればいいと言われておりますので、文句はないでしょう」
男はそう言いながら封筒を受け取った。
そもそもの話、借金をしたと言っても、私は現金を持ち帰っちゃいないので、取り立てられる筋合いはないのだけれども――ただ、闇カジノの闇金はその筋の方がバックに居る可能性が高いので、あまりことを荒立てるのは得策ではない。出せるお金は素直に出しておいた方が安全だ。
封筒の中身を改めた男は、代わりに一枚の用紙を手渡してきた。
「確かに揃っていますね。では、こちらをどうぞ」
渡されたのは、確かに昨日、闇カジノでしたためた借用書だった。よし、すぐにお焚きあげしよう。あの場に居た証拠は一つ残らず焼却だ。
「今、クライアントっていいましたけど、ということは、あなたは胴元じゃないんですよね。もしかして、どこかの組の方ですか?」
「申し遅れました。上實一家の代貸、櫻庭誠司です。以後、お見知りおきを」
代貸――博徒系組織のナンバー2だ。一般的なヤクザで言うと若頭に当たる。
博徒系の組織図を継承しているヤクザなんて今どき珍しい。結構古い組織なのだろうか。
「一家のナンバー2がキリトリやるんですね」
「債権回収も立派なシノギですから。まあ、最近は肩身が狭いですがね。それはあなたも同じでしょう? 一色勘九朗の姪っ子さん」
「ははは、なんのことやら」
やべー、伯父さんのこと知ってる人だ。これは後で伯父さんに小言を言われるな。私は精一杯の愛想笑いを浮かべながら、お帰り願った。
最後に、彼は言った。
「あまり現金をすぐに出すのは不用心ですよ。特に若い女性の一人暮らしならなおさらです」
余計なお世話だ。
それにしても、上實一家か。知らない名前だ。博徒系ならどこかで賭場を開いていそうなものだけど。そのうち関わるかもしれないし、その時はせいぜい媚びを売るとしよう。
なんとなく、彼は敵にするより味方にした方が良い相手だと勘が告げていた。
「さて――寝なおそっかなぁ」
頭をかきながら寝室に戻る。
ふとテーブルを見ると、スマホが震えていた。おうおう朝から元気なこって。一体誰だろうと表示を見てみると、英知くんの名前があった。私達のマネージャーだ。その瞬間、「あ、やべ」とつぶやいていた。そういえば昨日、夏恋ちゃんに伝言を残して以来、こちらから連絡するのを忘れていた。
電話を取ると、甲高い声が耳をついた。
「みやびちゃぁあああああああああん! どうして電話に出ないんですか! 昨日からずっと連絡しようとしてたんですよ!」
「……あぁ。ごめん。寝てた」
「寝てた!? 言うに事欠いて寝てた! 人に仕事終わったら連絡しろって言って、ひどくない!? 僕がどれくらい心配したと思って―」
「ごめんね。もしかして今、家の前に居る?」
「はい」
「じゃ、開けるね」
マンションのオートロックを解除して、英知くんを招き入れる。
数分後、三階にある私の部屋の扉が開けられた。
やってきたのはスーツスカートにストッキングが艶めかしい、バッチリメイクを決めたブラウンヘアの美女(女装男子)だった。
「みやびちゃあん! 無事!? 無事だよね? どこか怪我とかしてない? 脅されたとかもない? まさか借金とかしてないよね?」
「あー、はいはい。無事だからそんな泣きそうな顔しないの。メイク崩れるじゃん」
「だって、昨日もカジノ行ったんでしょ? 僕に確認の連絡はさせるくせに、返事をしないなんて酷いですよ。今回はどこのカジノに行くかも教えてくれなかったし、てっきりまた帰れなくなってるんじゃないかって心配したんですからね!」
「ごめんって。いや、はい。悪かったです。英知くんに助けてもらう必要がなかったから連絡し忘れました。ごめんなさい」
女装と可愛い顔のせいでイマイチ怒っているように見えない英知くんだが、これはガチギレだったので素直に謝っておく。本当にごめんなさい。
彼は私達のマネージャーで、暁英知くん。
彼はY染色体を持つれっきとした男性なのだけれど、見ての通りとても女性の格好が似合う。骨格も丸みを帯びていて全体的に華奢で、モデルのような体型をしている。
改めて見ると、なんでこんな人がマネージャーなんてやってるんだろうね? よっぽどアイドルっぽい奴なんだよね。男なんだけど。
英知くんには、いつも私がカジノに行くときは連絡を入れるようにしている。
それもこれも、以前私が下手をこいてカジノに監禁されかけたことがあったからなんだけど、その時に、事前に行き先を英知くんに告げていたのが幸をなした事があった。
それ以来、社長からも『カジノ遊びは仕方ないけど、行く時と帰る時に英知に一報入れろ』というご命令が下ったのだった。
ちなみに、私のカジノ遊びを周囲で知っているのは、社長と英知くんの二人である。
理解のある職場です。
「それで、昨日はどこのお店に行っていたんですか? ちゃんと僕もチェックしておくから、隠さないで教えて下さい」
「あー、それだけどね。もう行かないっていうか、多分行けないっていうか」
「へ?」
キョトンとしている英知くんに苦笑いを返しながら、私はテレビの電源を付けた。
確信があった。
それは直感という不確かなものだったが、同時に現実となることで確実なものとなる。
博奕においてツキの太い人間というのは、確信を持てるやつだ。そういう意味で、昨日の私は最後の最後で太いツキを引いたと言える。
テレビでは、一つのニュースが流れていた。
『次のニュースです。
昨日深夜、赤坂のマンション内で、客を相手にバカラ賭博をさせて手数料を徴収したとして、警察は違法カジノの店長と従業員八名を、賭博場開帳図利罪の疑いで逮捕しました。また、同時に居合わせた客七名についても、賭博容疑で現行犯逮捕し、店内より賭博に使うトランプや台、そして売上金の五千万を押収しました。
調べに対し、全員が容疑を認めているそうです』
時間帯を見てみると、私が退店して三十分も経たないくらいで警察に摘発されている。本当に間一髪だったようだ。
思えば、鯨波があっさりと去ったのも、摘発を予期していたからなのだろう。私よりも遥かに早く予見出来たのは、彼女がそれだけ波に乗っていたからか、あるいは単純に悪運が良かったのかは定かではない。ともかく、私は遅ればせながらもなんとか生還していた。
まったく、これだから闇カジノというのは、来店するだけでギャンブルなのだ。
ま、だからやめられないんだけどね。
さて、次はどこに行こうかな。
EP1マンションバカラで遊びましょう編 END




