ギャンブルがしたい!
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ギャンブルがしたい。
配られるカードのスートを目で追いたい。伏せたカードをめくる興奮を味わいたい。ダイスが転がる無機質な音を聞きたい。チップを置く音を響かせたい。卓に牌を叩きつける感触を味わいたい。ゲーム機のやかましい音と演出に浸りたい。金額が釣り上がる瞬間のひりつく空気を感じたい。裏を掻いて勝ち越す喜びを噛み締めたい。歓声と罵倒が沸き起こるレースを見たい。チリ紙以下のハズレ券が舞う会場を歩きたい。たった一瞬で天国と地獄が分かれる決定的な瞬間に立ち会いたい。
不意に湧き上がる衝動に引きずられ、私はふらりと博奕を打つ。
賭けるのは何でも良い。お金だろうが人生だろうが、賭けのテーブルに乗せさえすればそれはギャンブルだ。
選択をして、一呼吸の後に出る結果に、背筋が震えて下腹部が熱くなる興奮を覚える。
もちろんギャンブルだから勝ちもすれば負けもする。どんなに勝算を立てても負ける時は負ける、それが博奕というものだ。それを理解してないやつはギャンブルなんてやるもんじゃない。勝とうが負けようが、結果を事実として受け入れる人間でないと食い殺されるだけだ。
とは言え―結果を粛々と受け入れたとしても、負けは負け、悔しいに決まっている。
だからまあ、ギャンブルの失敗の思い出なんて話しても苦々しいだけなのでご勘弁願いたい。せいぜい、給料日に給料全額スッたくらいが笑い話として適切だ。
それよりも、せっかくなので勝った話をしよう。
夢のある話だ。
ギャンブルをするなら大きく賭けるべきだろう。
見ての通りのギャンブル依存症な私は、高校卒業のタイミングで人生をチップにベットした。進路も何もかも放り投げて、唆されるがままに挑戦し、紆余曲折あって、そして―一ノ瀬みやびは、アイドルとして成功してしまった。
人生も博奕のようなものだ。こんなこともあるさ。
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事務所の休憩室に置いてあるテレビから、先日収録した番組が流れている。
私の所属するアイドルユニット『ライアーコイン』の初めての特番だ。画面に映った自分たちの姿を、私はソファーに腰掛けて漫然と眺めていた。
MCが私達に話題を振ってくる。
『――それでは、みなさんのオフの過ごし方について教えて下さい』
闇カジノ通いです。
なんて言えるわけがない。
画面の中でアイドル衣装を着た私は、営業スマイルを振りまきながら、素知らぬ顔で答える。
『最近バー通いにハマっているんですよ。お酒はあまり得意じゃないんですが、お店によって雰囲気が違って、一期一会だなって思うんです』
嘘じゃない。
バーに行くのは本当だ。ただ、ちょっとアンダーグラウンドな酒場なだけである。紹介制で無いと入れなくて、二重ロックと監視カメラがあって、ゲーム用のテーブルが置いてある、お酒が飲み放題のバーだ。たまに公権力が摘発に来る。
ああ楽しいかな夜のお店。
脳内でカードがめくれる音を聞きながらテレビを眺めていると、休憩室に誰か入ってきた。
「おはようございまーす」
小柄で可愛らしい我らがユニットのセンター、洲宮夏恋ちゃんだった。
彼女は冷蔵庫を開けてお茶のボトルを取ると、小顔を可愛らしく傾げて聞いてくる。
「みゃー姉、帰ってなかったんだ。何してんの?」
「こないだ撮った特番。ほら、今日放送日でしょ」
「うげ、自分の出てる番組なんてよく見れるね。絶対面白くないじゃん」
「あのねー。アイドルなんて人に見られてなんぼの商売なんだから、客観的にどう見られているかはしっかりとチェックしておくべきだって。ま、面白くないのは同感だけどね」
画面の中の自分を見てると、よくもまあ、ポンポンと営業トークが口から出てくるもんだと尊敬の念すら覚える。お酒が好きというアイドルらしからぬ話題を、にこやかに親しみやすく話している。
最も、内心では『今日はどこのカジノに顔を出そうか』などと考えているのだから始末に負えない。
「あーあー。みゃー姉ってば、もっともらしくお酒の話なんかしちゃって」
面白くないといいつつ、暇なのか夏恋ちゃんも私の隣に座って番組を見始めた。
人前ならいざしらず、オフの私はじろりと遠慮なく睨めつけながら言う。
「なあに、悪い?」
「だってみゃー姉が通ってんのホストクラブじゃん。アイドルが男遊びなんて、やーらしーんだ」
「失敬な。そこまでホストばかり行ってないわい」
少しは行っているけどね。
趣味の一環なので欠かせないのだ。
「夏恋ちゃんだって、人のことは言えないでしょ」
私が言い返すのと同じタイミングで、画面の中の夏恋ちゃんが、キュルンとしたぶりっ子をしながら、オフの過ごし方について話し始めていた。
『れんれんはー、ショッピングですかねー。やっぱりストレス溜まったときって、お金をパァッと使うと気持ちいいじゃないですか。好きな人へのプレゼントとか、あたしついつい買っちゃうんですよ』
と、捉えようによっては問題発言に聞こえるような趣味を暴露している。最も、彼女は小悪魔系で売っているのでこういう仕草が魅力的に映る。
まあ、散財は散財でも真実は微妙に違うのだが。
「プレゼントねぇ……。ゲームのアイドルに貢ぐのも、物は言いようね」
「貢いでないし、推してるだけだし」
夏恋ちゃんは女性向けソーシャルゲーム『ナイツプリンス』通称ナイプリに二年前からドハマリしている。騎士道を重んじるイケメンキャラたちを、なんやかんやしながら成長させるゲームだ。
この手のソーシャルゲームをやったことのある人なら分かると思うけど、下手なギャンブルよりえげつないガチャというシステムが存在する。
まあ、身を滅ぼさない程度のギャンブルはお遊びだ。本人が納得しているなら文句は言うまい。
とは言え、アイドルユニットのリーダーとしては、一つだけ気になることが……。
「……前から思ってたことなんだけど、仮にも女性アイドルが、ゲームとは言え男性アイドルの追っかけをしているのってどうなのよ? 二次元のイケメンにうつつを抜かしているなんて、私のホスト遊びよりも笑えないでしょうに」
「ナイプリは現実だけど世間的には二次元だから炎上しないし、それにあたしは、推しと同じ仕事してるって思うだけで興奮する」
「あー、はいはい」
さすが廃課金。面構えが違う。
そんなやり取りをしていると、画面ではユニット最後のメンバーへと質問が移っていた。
倉橋手毬ちゃん、現役高校生で十七歳。
うちのユニットで一番年下ながら、高身長でスタイルの良いクールビューティ。それでいてぼんやりとした所のある彼女は『お休みの日は、ネコ……その、猫カフェが、好きです。一緒にお昼寝すると、ぐっすり眠れます』と、緊張で硬くなっている表情を緩めながら、ほわほわとした声で言っていた。
「ねえねえ。夏恋ちゃん。私達の末っ子、めちゃくちゃ可愛くない?」
「激しく同意。何この子、でっかい天使じゃん。推しの次に可愛い」
二人してだらしない顔で画面を眺めた。
手毬ちゃんのことを、私達は末っ子として可愛がっている。年齢的に、私が一番年上で長女役、次に大学生の夏恋ちゃんが次女で、手毬ちゃんは高校生だから末っ子、というのがなんとなく決まった私達のポジションだった。
三人組アイドルユニット『ライアーコイン』
通称・ライイン
表もあれば裏もある。
可愛い花には棘がある。
可愛らしさとかっこよさのどちらも演じるアイドルユニットというのが私達のコンセプトだった。
デビュー最初の仕事がパチンコのキャンペーンガールだったこともあり、ファンの年齢層は若干高い。実際、メジャーデビューして曲が売れた今でも、そういうアダルト寄りのお仕事がよく舞い込んでくる。
仕事は順調。
毎日が充実して、世間様にも顔向けできる。
生まれや育ちを考えると、ろくでなしの人生を歩く可能性が高かった私にとって、アイドルという仕事は一般企業よりも安定した生活を保障してくれている。日々何が起こるかわからない仕事なので、スリルもあって私好みだ。
それに――こうして仕事が安定してきたからこそ、趣味に精を出すことも出来るようになった。
「そういえば、今日、英知くん見た?」
「てーちゃんの付き添いだって。ほら、こないだオーディション受かった演劇の」
「そっか」
英知くんというのは、私達のユニットのマネージャーだ。私達よりも年上なのだけれど、男っぽくない所が君付けで呼ばれる所以だったりする。
「じゃ、英知くんが帰ってきたら連絡頂戴って言っといて。私は先に上がらせてもらうから」
テレビで放送されていたライインの特番も終わったので、私は立ち上がって伸びをする。
時間を確認すると、二十時を過ぎた所だ。ちょうどよく時間が潰せた。
「急いでるみたいだけど、なんか用事? あ、さてはホストだな」
「人をホスト狂いにするんじゃありません。――ま、成人したら連れてってあげてもいいよ」
じゃあね、と手を振って事務所を出た。
ま、ホストも行くけどね。本命は違うのだ。




