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8. 幼馴染の指摘

本日二話目の投稿です。

一度、口付けなんてものを許してしまうと(セレン自身は許した覚えはどこにもないが)、そこからはなんだか、なし崩しになってしまった。


嫁入り前に手を出さないと言っていた話はなんだったのか。

メルギウスが()()()()、と言うだけであり、少しずつどころか一足跳びに密接な触れ合いを仕掛けられるようになってしまった。

今度はセレンが泣いてもやめてもらえない。

泣いた分だけ涙をすすられ、ちょっとだけ上気した顔の真剣な眼差しのメルギウスに執拗に口付けられ、触れられる。


一縷の望みをかけて5分ハンデを多くしてもらい、今まで以上に、死に物狂いで隠れて走るが、まるで意味をなさない。

代償として差し出した5分でますますいやらしいことをされてしまった。


匂いがうんたらかんたら言われたので、セレンは五右衛門風呂に入る前に必死に自作のハーブを練り込んだ石鹸で念に念に念を入れて全身を洗うようにした。

小さい頃から姉妹みたいに一緒に育ったポニー種のリンシアにとってもいい匂いと手を叩いて褒められて、せっかくだから売りに出そうと商売っけを出したのだけれど、メルギウスにはまるで意味がなかった。

すぐ見つかる。本当にすぐ。

匂いってなんなの?とセレンは相手のズルを指摘したのだが、ズルじゃなくて匂いつけ(マーキング)との回答だった。

簡素な掘立て小屋の完成間近だったから彼も口が緩んだのだろう。

頭に白タオルを巻いて、上半身は肩まで袖まくりをしたリネンのチュニック一枚で、セレンに板を持たせたりしながも、設計図から板の切り出し、組み付け、番線、釘打ちと、本当にほぼ一人で作りあげるのには脱帽した。


「まあ俺、何でも才能あるから」


ニヤっと笑ったメルギウスは、今は、屋根部分の上に立って蒸気の逃し方についてブツブツ言っている。彼の要望のサウナがようやく完成しようとしている。石を焼いて水をかけるって、どうやって熱々の石を所定場所まで持ってくる気なんだろうとずっとセレンは思っている。

まあメルギウスならなんとなく上手く考えついてしまうんだろうと思うほどに、彼は博識だ。そして肉体労働も嫌がらないし、何より器用すぎてびっくりする。

鼻歌を歌いながらまたトンカン始めた彼は、昔の自分が無知で大人の言うなりで馬鹿だったことを恥じているから図書館で興味がない分野の本を読むことを日課にしていたらしい。その上で実際の汚れ仕事も全く気にしないで「俺にできないことはない」と俺様発言をして、面白そうに色々挑戦していくメンタルと手先の器用さまで持っているのだから最強だ。

国の頂点を知る男が、大工仕事を心から楽しそうにやっている。

ちなみに、なんなら牧草の世話も土壌への馬糞の散布も看板の新作も木の牧柵の修理も何でも手を出してきていた。


「知らないことを知れるのも、できないことができるようになるのも、楽しいだろ?レベルアップみたいで」


そう屈託なく笑って、汗をかきながら牧場仕事にも真剣に色々取り組むメルギウスは本当すごいなとは思っている。

偉そうだったくせして。いや、今も偉そうだけど、口だけで偉そうでないのが、すごいな、と。

レースではなく牧場仕事だなんてーーとやってきた客の一部には馬鹿にされることも多いセレンだからこそ、何の偏見も持たない貴族のメルギウスの姿勢は特殊で感嘆すべきものとよく理解できた。


でもそれもこれも全てメルギウスの初恋の女の子が、「なんでそんなこともわからないの?」「口だけっての、だっさ!」と言ったからというのを思い出すと、セレンはモヤモヤとした気持ちになる。


そんなに後生大事に思っている初恋の女の子の顔くらい覚えておきなよ、と、思って。

どう考えてもお前だと決めつけられるたびに、まあたとえ違ってももうセレンでいいんだけど、と適当に言われるたびに、とにかくムカムカとする。


ちゃんとその子を探して、その子に求婚すればいいだけなのに。

なんで私はこんな他人の空似の茶番に巻き込まれてるの。


匂いつけって何?どうしたらなくなるの?と上手く聞き出そうと思っていたのに、口にすると「初恋でもない女に匂いをつけないで!」との癇癪がでてきそうで。


セレンは、ムスッと唇をへの字にして、チュニックの裾を雑に持ち上げて垂れてきた汗を拭いていたメルギウスの6つに割れた腹筋から目を逸らせた。


**


「なんなのよ、この古代の求婚方式!女側が断れないって人権侵害よ!!」

「……諦め、大事」

「ぼそぼそ単語で話すんじゃないわよ!そんなんだからリンシアに怖がられるのよ。ちょっとはあの欲望丸出しでぺらぺら口から先に生まれたかのようなあの男を見習ったらどう?」


うぐ、と大きな雄っぱいではち切れそうな胸を押さえた幼馴染ーーとんでもなく大きいくせに気弱で涙目のベルフを横目で見遣って、セレンは最後のジャガイモの皮をむき終えた。

こんなところでちまちまと次の団体様向けのおもてなし料理を下ごしらえをしているのに、何が貴族で、古代の強制求婚発動だ、とすさんだ心で思う。


「そもそもさ、何が初恋よ。足が速いことだけが大事って凝り固まってた自分に『ださー』って言った女の子となら興奮しそうってそんなの初恋じゃなくて、ただの破廉恥よ!!そりゃあね、無理やり子作りしろって強制されたのは可哀想だし、国って怖いなって思うけどさ、でも、メンタルやられたかなにか知らないけど、その子になら不能を治してもらえるかもしれないからってこんな田舎まで来て、結局、違う女に無理やり求婚して、ほんと、バッカじゃないの?」


セレン、セレンと呼ふ声は、いつだって楽しそうで、時折信じられないくらい熱を帯びている。

セレン自身を本当に「好き」なように。

でもーー過去からどんな愚痴をも言い続けてきた無口な幼馴染に相手でも口が裂けても言えないーー破廉恥なことを散々したってメルギウスはセレンには「反応」しない。

何で何だろうなあ、とメルギウス自身も不思議そうだ。

人違いだからでしょ、とセレンは罵るが、メルギウスは「そういうことじゃないんだ」とセレンの肩に顔を埋めて、抱きしめてくる。


意味がわからない。

セレンはここ数日、ずっとイライラしている。

子供のメルギウスなんて知らないって本当にずっとずっと言ってるのに。


「絶対、私じゃないわよ。だって、メルギウスは見るからにお貴族様じゃない。たまたま休養に来ていた貴族の綺麗な男の子に『あなたって足しか自慢がないなんてばっかじゃない?』とかそんな、嘲笑なんて、不敬なことするわけがないもの」

「………ううん。セレンなら、する」

「しないわよ!慎み深いわよ!」


セレンは、分厚い大きな手でちまちまと豆の莢を剥いているベルフの背中を叩いた。

こっちの手が痛くなるほど硬い筋肉に覆われた体。

重量車両を引くための恵まれた体格は、全然この地道で細かな作業に向いていない。

それでも作業小屋にやってくるのはひとえに、ここから見える台所で鍋の番をするリンシアを合法的にずっと眺めるためである。健気な男だと思う。

リンシアにはずっと、ものすごく、怖がられているけど。


「ぜんっぜん覚えてないもの!いくら何でも、1ヶ月ちょっと一緒にいたら、覚えてるはずだわ!3歳とかじゃなくて11歳とかよ!?」

「………それなんだけど、思い出したんだ。セレンって、その頃にさ……すごい、熱………」

「あ、リンシア来たわよ!」


何かを言いかけていたベルフが、がたたたた、と彼にとっては小さい椅子から転げ落ちた。

セレンではベルフを助けられないので、むき終わった豆のかごがひっくり返らないように取り上げらだけで、彼本体は見捨てる。そもそも椅子から転んだくらいで怪我なんてするほどやわではない。


「あ、ぁ、きょ、今日も……か、かわい……白い、割烹着の、て、天使……っ」

「こんなとこではあはあしてないで、直接言いに行きなさいよ」

「………………怖がられちゃうし」

「隠れてじっと見られてるのもすごく怖いわよ」

「うぐ……」


図体の大きな男ががっくりと項垂れている。


しかしいつものことなのでセレンは気にしない。

セレンにとってこの幼馴染は、気が弱くてしょうもなくて、弟みたいに手が掛かって可愛くて、そしてわりかし、ちょうどいい独り言のサンドバッグで、都合がいい協力者であった。


リンシアに勇気を出してアプローチできないままの男の苦悩は置いておいて、セレンはまた愚痴をこぼし始める。


「はー、もうどうしたらいいのかしら?あと三日しかないのよ……!走ったら確実に負けるわ。隠遁の術とか今すぐに身につかないかしら?いっぱい匂い消しの薬草食べて、葉っぱの匂いを刷り込んでるのに、なんで未だにアイツ見つけるのも速いのよ」

「…………………でも、さ、嫌いじゃない、だろ?ふたり、仲、いい」

「な……っ」


なのに、ベルフから返ってきた思わぬ言葉に、カアッとセレンの頬に朱が走った。


幼馴染ベルフは、ばん馬の重量戦車のガタイでありなが、全く自信がなく、うさぎのような臆病なプルプルしちゃう心臓の、優しい男です。肉食系メルギウスとは真反対の草食系男子。

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