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2. 全力で謝り倒してみて

よろしくお願いします。

「ほ、ほ、ほ、ほんとうに、申し訳ございませんでしたーーーー!!」

「はー……マジかよ。ありえねえ」

「誠に!誠に申し訳ございません!!」


セレンは90度を超えて頭を下げ続けた。


荒い晒しの服に着替えた艶やかな黒髪の彼は、100%被害者である。

泥棒と叫んだセレンの声を聞き、通りがかりに犯人を捕まえてくれたのに、その犯人と一緒に木樽に轢かれて馬糞まみれにされたのだ。

挙句、セレンの家は昔ながらの五右衛門風呂であり、火おこしをしないとお風呂に入ることもできない。

とりあえず、長身の彼にはつんつるてんながら父の着替えをお貸しし、簡易に沸かした湯で髪や手を洗ってもらったものの、臭い。そりゃあ大量の馬糞を頭からぐっしょり浴びたので臭い。


ボロい客間でお風呂ができるまで一応お茶なぞ出しながら、もはや顔もろくに上げられないセレンは、せめて匂いをどうにかしようとハーブで作った消臭スプレーを彼の周りに吹きかけ、せっせと消臭効果のある植物を並べて囲んでみた。


じろり、と男性に射殺しそうな目で睨まれた。


「おい、植木で人を隔離しようとすんな。諸悪の根源が何逃げようとしてんだ」

「ち、ちが!違います!臭いなって!せめていい匂いで囲もうかなって!」

「臭いって言うな!こっちは必死で臭気に耐えてんだぞ!全部お前のせいだろうが!」

「そ、そうじゃなくって、あっ、そうだ!顔をもう一度拭きます?香油の匂いでマシ……かも?髪も後ろお拭きしますよ〜いやあ、あとちょっとでお風呂もできますから〜」


牧場で売り物にしているジャスミンの香油を桶に垂らし、セレンは彼に温かなタオルを渡した。

そして、自分は彼の背後に立ち、ゆっくりとしっかり濡らしたタオルで黒髪をぬぐいなおしていく。


「あー、少しはマシ……」

「!よ、よかったですぅう」


顔中にジャスミンの匂いがするタオルを貼り付けて、上を向いた彼に、引き攣りながらどうにか愛想笑いをする。ついでに肩マッサージもする。細身な父のシャツでははちきれそうな肩は、柔らかな弾力のある筋肉に覆われていた。


着替えを持ってきたときにうっかり見てしまったが、肩だけではなく、腕も腹もしっかりと芸術的に美しい筋肉が備わっていた。

背が高くスラリとした体型に特に長い足。見事なまでの夜闇を写し取ったかのようなつやつやとした黒髪。自分で拭こうとはしないで「やれ」と言わんばかりだった態度。

絶対に伯爵以上の貴族だ。傅かれるのに慣れすぎている。


これはやばい。


セレンはヘラヘラしながら、内心はずっと吐きそうなほどに緊張していた。


こんな辺鄙な牧場経営の男爵家など取り潰されるかもしれない。

父母も同じことを思ったのか彼を連れてきたときには真っ青で、泥棒の警察の聴取そっちのけにして、必死に薪を割り火を起こして風呂を沸かし、おもてなしの食事を作っている最中である。


「ええとーあのー、聞いてもいいですか?」

「なんだ」


男はセレンのマッサージを嫌がるわけでもなく当然のように受け入れながら、かったるそうに返事をした。


「えっと、どうもとてもやんごとなきご身分のお方のように思えるのですが、なぜこのような田舎でこんな早朝から歩いて……」

「………俺のこと知らないのか?」

「えっ……、ゆ、有名な、お、お方……?」


サッとセレンの顔から血の気が引いた。

当然に素性を知っているべき相手に失礼な問いかけをしてしまったことに、次の言葉が出てこない。


けれど彼はその不躾を特段気にした様子もなく、アロマタオルのいい匂いを嗅ぎなおす仕草をした。たぶんしゃべったらまた臭かったんだと思う。


「まあいいや。何でこんなところにって、……まあ、ちょっとギラついた都会が嫌になって気分転換に気ままに旅行してただけ。()()()()()ど田舎だなとは思っていたけど、まさか馬糞が上から降ってくるとは思わなかったわ」

「いやぁ〜ははっ、普通はそんなこと起こらないんですけどね〜あははっ」


馬糞ネタに、セレンはできるだけ明るい声で対応した。

笑って誤魔化せ。誤魔化せないだろうとは思っている。それでも笑え、客商売。


それにしたってタオル越しに見る鼻が高い。

申し訳ないが過ぎてろくに顔を見ていなかったが、ーー真っ黒なドロドロの物体まみれでろくに見えなかったというかーーいま隠れ見ると喉仏のしっかりした長い首にシュッとした細い顎、高い頬骨、こんがりとした日焼けした浅黒い肌、そして、何よりこのしなやかな体躯。

結構な、いや、とんでもなく、モテ要素の詰まった男性である。


こんなイケメンが糞をかけられてよくこの人はブチギレして殴って来ないものだな、と、逆に感心して、ジィッと見つめてしまった。


その視線に気がついたのか、彼がふと、顔にかけていたタオルをずらしてセレンを見つめかえしてきた。

長いまつ毛に上下ともバサバサに覆われた青みがかった黒い瞳と間近で視線が絡み合う。


突然、ガバっとなぜか彼が起き上がった。


「お前……、その、髪……!」

「え?髪?」


突然指の長いスラリとした手が伸びてきてセレンの頭巾を取り上げた。朝だったのでろくにとかしていない赤茶色の髪がぼわんと広がる。けれど彼が凝視していたのはセレンの一房だけ白い前髪だった。


「その白い髪……、この辺では他にもよくいるのか?」

「は?え?……いえ、この前髪、は、珍しいんじゃいですか?私以外ではこのあたりでは見たことがない毛並みですけど」

「そうか、お前か!」

「ひぃえっ?!」


突然、異臭を放つ青年がセレンの手首をがしりと掴んだ。そして正面からズイと覗き込んでくる。

初めてまともに彼の顔を直接に見て、セレンは悲鳴を上げかけた。


思った通りのとんでもない美形である。

形のいい輪郭の中にあるぱっちりとした二重の瞳も高い鼻も厚みのある唇だって、よほどの特殊性癖でも混ざってさえいなければ、競走馬だろうが軍用馬だろうがポニーだろうが、十人中十人が間違いなくイケメンと称するだろう。

しかしセレンの目を釘付けにしたのはそこではない。真ん中で綺麗に分け目がついた彼の額にある星形の白いアザだ。

それは、三年前に新聞の一面を大々的に飾っていた男性にもあった。


「ひぃい、も、も、もしかして、メルギウス=ルイネッタ?!」

「何だ、知っているじゃないか」


彼ーーメルギウスは、ニヤリと口の端を持ち上げた。

知ってるに決まっている。

ここ二十年ほどレースで戦績が残せず凋落気味だったルイネッタ侯爵家の次男坊で、三年前のアスターラス記念杯で配当倍率(オッズ)200倍を叩き出した超有名人。確かセレンと同じ年だったと記憶している。

何より鮮烈な印象を残したのは、優勝インタビューでの彼の言葉だった。


『最上血筋ってやつにホイホイ尻を振った女を見下せて最高っす!!』


彼をーールイネッタ侯爵家を捨てて当時もてはやされていたアンダルセン公爵のハーレムに入った母親に対しての痛烈な皮肉。

下劣な物言いに当時は批判が巻き起こったが、それでもその後の二年間、彼はレースで勝って勝って勝ち続けた。

アスターラス記念杯で二連覇。二年目のオッズは1.3倍という圧倒的な人気。

己の足だけでレース馬の頂点を掴み取った男。

足が速いものが全て。

その下剋上に誰もが熱狂したが、調整も考えずにあらゆるショーレースに出過ぎて足を怪我してしまい、早すぎる引退に至ったとレースに興味がないセレンでも風の噂で聞いた。

 

レースを引退した勝ち馬は美女軍団と豪遊して暮らせると聞いていたが、何故にこんなド田舎に……とセレンは美しい顔を前に忙しなく瞬きをする。


そして、改めて、臓腑の全てがもげるほどヤバイと思った。


国の誉れたるコル・ランフェクト(稲妻競走馬)の称号を手にした男に無礼にも馬糞をぶちまけた。

良かれと思ってとはいえ消臭剤を振りかけ怒られた。

一族郎党、手打ちにされても何の文句も言えない。


「ぇ、あ、あっのぅ……手、手を……えっと……そろそろ湯も沸いた頃で……」


落ち着け。


セレンは必死で考える。

謝って慈悲を懇願するにしてもまずはおもてなしを。

馬糞の匂いの中では許すものも許してもらえないだろう。持ち上げて持ち上げて持ち上げてどうにか手揉みしながら許しを乞うしかない。都会の頂点を経験した男に、こんな田舎のもてなしが意味があるわけがないが、でも都会に疲れたって言っていた。

そこに一点突破だ。田舎ならではの良さを感じてもらうために今すぐ厨房に走りたい。

なんなら背中も流す。五右衛門風呂って入るの大変だしいくらでもお手伝いする。


にへら、と必死で媚び笑いをするセレンに、メルギウスは首を傾げた。

そしてジロジロと容赦なくセレンを見下ろしてくる。

背が高い。美形の圧が強い。逃げたい。


「………こんな間の抜けた顔だったか?まあいい。その髪に間違いはない」

「はあ……」


さっきからこの人、何言ってんだろう、とセレンは思った。


なのに、急にグッと腰を掴まれて引き寄せられた。

嗅ぎ慣れてはいるが、いつまで経ってもいい香りとは到底思えない馬糞の匂いが鼻腔をくすぐる。


可哀想に。着替えて拭いて消臭しても臭い。国の頂点を極めた男がこんな臭気に耐えているだなんてなんてあまりにも可哀想だ。自分でやったけど、死ぬほど同情する。

不敬がすぎてやっぱり手打ちにされるかもしれない。

男の肩に額が付くほどに抱き寄せられ、セレンが咄嗟に思ったのがそれである。


そんなセレンだから、次に続いた言葉に咄嗟に反応ができなかった。


「お前、俺の十五番目の妻になれ」

「………………………はっ?」


14人妻がいる男と判明してしまいました……!でも、ここからメルギウスは変わっていくので、引き続きお付き合いいただけますと嬉しいです。

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