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11. 逃げ切るなんて認めない ◆

メルギウス視点で、長いです。

あと最後の方、ご注意ください。無理と思ったらブラウザバックで。

『そもそも割り込んできたのはそっちよ?本当はベルフと結婚する予定だったんだから!』

『どうやってこの話を潰すかを考えてたのよ。横槍ダサ男!』

『種族で馬鹿にするのやめなさいよ!』

『結局そうやって人を見下してるのはあんたも同じじゃない』

『そんなところにしか、やっぱり価値を持てない男なんてダッサイ!真っ平ごめん!』


セレンの言葉の棘は、メルギウスの胸を深く抉った。

たぶん、セレンは腹がたった時に相手を罵る口癖が「ダサい」なのだろう。


ただ、メルギウスは、セレンがやたら話題にするあの幼馴染のことが気に食わなかった。ずっとセレンと一緒にいて、セレンのいろんな顔を見て、セレンの成長を知っていることに勝手に腹を立てていた。

金や栗色、焦茶が多いサラブレッドの髪色でメルギウスは確実に少数派の、混じり気のない黒髪だ。

なのに、幼馴染と一緒だから珍しくないとあっさり言われるなんて屈辱だった。


セレンが全然覚えていないのに腹が立つ。

何度どう考えても、どれだけ接しても、セレンがあの子だとしか思えないのに、覚えてないから違うの一点張り。


メルギウスだって調子付いていた頃は子供の頃の思い出なんて何一つ思い出さなかったのは棚に上げて、ベルフのせいでセレンが混同して覚えてないのかもと思うと苛立った。

一方的に敵視して呼びつけてみれば、ベルフなんて重量馬は縦にも横にもとにかく大きいが、ボソボソとしか話さないし、前髪で顔は全く見えないし、不機嫌なメルギウスを見てビクビクオドオドしている。

こんなやつに俺の何が劣っているんだと思った次の瞬間、メルギウスではとても運べそうになかった小屋の土台となる沓石を4つもまとめてひょいひょいと運んでいたのを見たら、力だけは絶対敵わないと思わされた。ついでに砕石も敷いて突き固めるという面倒な作業も「え?こんな……簡単なこと、なら、い、いくらでも……あ、あの……だから、に、睨まないで……」と快くやってくれたので、悪いやつではないのはわかっている。

しかし、確かにこの地では足が速くても仕方がないし、力が強い方がモテそうだと自信喪失しかけた。


その自信のなさが、多少強引でも、セレンに自分の方を向いて欲しいという行動につながっていった。

でもセレンだって死ぬ気で抵抗するほどに嫌がってはいなかった。

だから、ちょっとエスカレートしすぎたきらいはある。

本当は、もう少しままごとみたいな、本で読む中でしか知らなかった「恋人」っぽいことをしていてもよかった。

初恋だなんて言葉をつけられたから。

恋だなんてそんな、なんの意味もない上っ面の、言葉遊びみたいなものを行動だけなぞってみようと思っただけなのに。

いちいち真っ赤になるセレンが可愛くて。

揶揄ってやりたくて。

馬鹿みたいにドキドキして。

触りたいのが抑えられなくて。


ーー女なんて、俺を利用したいだけの生き物のくせして、こっちを振り回すなんて、生意気だ。


心のどこかでそう思いながら、セレンに寄っていく自分を止められなかった。


笑いかけて欲しい。声を聞きたい。隣にいたい。

すごい!と手を叩かれると飛び上がるほどに嬉しい。

セレンにいい男と思われたい。

セレンが好ましい……かもしれない、から、セレンに好かれたいに矢印がはっきり変わったことに気がついたとき、意地っ張りのメルギウスはようやく諦めた。


セレンが好きだ。

恋をしている。初恋と名前をつけられたその続きを、いま、している。

セレンが思い出さなくてもいい。

彼女が違うというなら違うでももういいから、今ここにいる、毎日元気に働いて、色々面白いことを考えているセレンと一緒にいたい。


案外、いや、とてつもなく流されやすいから、家に連れて行ってどうにか懐柔しよう。

なんならここにもうしばらく留まってもいい。

空気も美味いし空は青いし。

毎日体を動かして知らないことができるようになって楽しいし。

レースばかり頭にあった自分の硬くて強張った部分が緩んでいくのは心地が良かった。


最悪このままできなくてもいい。

もう子供なんかいらないんだから。

セレンと一緒にいられたら。

セレンのそばにいられたら、セレンと手を繋げたら、それだけで。


やっと素直にそう思えたのに。


セレンはいつまで経っても幼馴染のあの男と距離が近い。いくら扉がないとはいえ、二人きりで部屋に入ったままいつまでも出てこないだなんて。

その上に、ベタベタと親密な距離で自分から触って、なんなら視線は男の股の間。

挙句に幼馴染の男が好きだとか結婚する予定だったとか言い始めて、ダサいとメルギウスを強く拒絶する。


ーーそんなことは許さない。絶対に。


メルギウスの中の優しい欺瞞が崩れた瞬間だった。


あの子は俺のもの。全部俺のもの。

ダサいじゃなくてかっこいいって言って欲しい。

()()を見て笑って欲しい。頬を染めてほしい。求めて欲しい。

俺以外の男に親しくするなんて許さない。

逃げるくらいなら泣かせたい。どこにも行かせない。

あんなダサい男にこの俺が負けるなんて、許さない。

俺の女になったとわからせたい。

俺の子を産んで欲しい。


怒りに任せて勝負を仕掛けた。

負けたらまた全部失う。

ゾクゾクとして、首筋の後ろが痺れる。

忘れていた高揚感。指先が冷えるのに、心臓が熱い。

絶対に獲りにいく。逃がさない。あの子を手に入れる。自分が自信を持つものを取り戻して全部、全部。俺のものに。

誰にも文句など言わせない。

結局、メルギウスは勝負師なのだ。

その夜からメルギウスの雄が雄として機能した。


恋をすると、相手に好かれるような行動をすると本に書いてあった。

求愛のために媚びて必死に振り向いてもらおうとする。多くの牝馬がメルギウスにそうしてきたように。メルギウスがセレンに好かれたいとできる限り紳士的に優しく接してきたように。

でも、もう知らない。

別に、セレンの気持ちなんてもう知らなくていいから。

求愛して無理やり手に入れて何が悪い。

だって俺は頂点になった男なんだから。

全部そうやって獲ってきたんだから。

今度だって、自分の気持ち一つで手に入れてみせる。


普通の「恋」なんていらない。

ふわふわとして楽しくて嬉しくて綺麗なものなんていらない。

いつか捨てられるくらいなら。

母のように、父や祖父や調教師のように、国のように、またいつかお前なんてもう価値がないと世界から捨てられる日が来るくらいなら。


一生、捕まえておけばいいんだ。捨てる側になればいいんだ。そうなれば、()()()()()()

だから、セレンが嫌がっても、逃げ出せないようにすればいい。

閉じ込めてしまえばいい。

そのためには、誰もが納得するほどの形で俺のものになったと見せつければいい。


「はは……、お前が、悪いんだよ。セレン」


こんな俺を、お前に夢中にさせたから。


**


最終の賭け事のその夜。


セレンの父親に泣きながら「娘をよろしくお願いします」と言われたメルギウスはそれはもうご機嫌で、一方、がっちり肩を抱かれたままのセレンは呆然としていた。

ポイと客間の寝室にバスローブ姿で放り込まれた今も、ベッドの端に腰掛け、手のひらをぎゅっと膝の上に置いて縮こまっている。


「なに、小さくなって」

「いえ、あの……」


コイツなら土壇場で脱走しかねないと思い、とりあえず汗と汚れだけ流してバスローブ姿で戻ってきたメルギウスの髪はぐしょ濡れだった。

セレンの隣に腰掛けたメルギウスに、泣きそうに潤んだ瞳が向けられる。ハの字になっている眉からは戸惑いと怯えが見てとれた。

少しだけ良心が疼く。

嫌がる女を相手にしたことがないメルギウスにとっては、未知の手順だった。


けれど、これは正当な褒賞だと無理やりに自分を納得させて、両肩を掴んで自分の方に向かせた。


「……………嫌なのか?」

「嫌っていうか……、まあ、あのハンデで……負けた以上は、もう、仕方がないっていうか……」


ごにょごにょ言いながら、視線が下を向く。チラリとメルギウスのバスローブの合わせあたりを見ていた。

男のソコを見ることに抵抗がなさそうな迷いのなさに限りなくイラッとした。


「お前さ」

「へ?え……っ?」


彼女の手首を掴み、背中を思い切りベッドに押し付ける。縛っていない赤茶色の髪が広がって、特徴的な白い前髪からつるりとした丸い額が覗いた。


藁をふんだんに詰め込んだベッドに、久々の全力疾走のせいでまだ熱を持っている膝をついて、セレンの体を跨ぐ。

真上から見下ろされたセレンの顔も首も真っ赤に染まっていて、見た目からも、押さえつけた手首からも、硬直した様子が伝わってきた。


「こういうのが怖いから、アイツとの婚約を躊躇ってたの?」

「こういうの?」

「アレがデカいとか流血沙汰とか骨折とか言ってただろ?」

「ぇ、あ、ベルフとの話、聞いてたの?」


ベルフ、という名前にセレンの強張った顔がいつもの間の抜けた表情に戻った気がした。

そのことにカッとなる。


「あいつの、見たことあんの?」

「………まあそりゃ」

「へえ……」


やけっぱちで聞いた言葉を肯定されて、それがまさかほんの小さな子供の頃の話だなんて思い至らなかったメルギウスは、ブチンとそこで理性の糸をキレさせた。


「まあでも怖いなら最後までしてねえよな。どう見たってお前処女の反応だったし」

「しょ……、あ、当たり前でしょ!婚約もしてないのに!」

「へえ、お前が怖気付いてくれててよかったよ」


そう言ってメルギウスは一度起き上がり、サイドチェストに置いてあった金属製のコップを手に取る。

()()()()()()()()、どうしようかは少しだけ悩んでいた。

でも、セレンの言葉がはっきりと脳裏に蘇って、メルギウスは自分が最低の人種になることを決意した。


ーーベルフはいいヤツだもの。

ーー私、あなたのこと、好きよ。

ーーなんなら結婚してもいいって思ってた。

ーー一緒にいると落ち着くし、力は強いし、一応は頼りになるし。


(ああ、本当。婚約なんてもの、してなくて良かったよ)


強引に引き裂くこともできないところだった。

まっさらなこの体を手に入れることもできないところだった。


現実を見たくなくて、絶望から早く解放されたくて、自分で飲むこともあった憎しみの対象でしかなかった苦味のある液体を口に含む。

不思議そうな視線を向けてくるセレンの顎をつかんで、無理やりぬるまったその中身を口移しした。


「んぶ……っ?」


暴れるので半分以上溢れてしまったが、ごくりと音がした。

顎や胸元に溢れた悪魔のような液体を、メルギウスがねっとりと舐めとる。


「ひゃあっ?」

「これさ、()()俺でも無理矢理にでも()()()最高に強い興奮剤だから」

「は?」

「大丈夫。人間、気持ちと体はまるで別物になれる。……………クソみてえだけど、まあでもしょうがねえよな」

「なにい……って……?」


セレンの目が驚愕に見開かれると同時に、言葉が途切れ、ガクガクと震え出した。

目が潤んで、頬が上気し、吐息が乱れるその様子をメルギウスは冷たく見下ろす。


「なに、なにこれぇ……っ?」

「だから興奮剤。何とも思ってない相手にはすげえ楽だぞ。お前が悪いんだ。本当はもっと時間をかけてやってもよかったのに、俺よりあんな愚鈍そうな奴の方がいいって言うから。……ああほんと、間に合ってよかった。俺って最高にツイてるわ」

「な、に……、ひ……っ」


バスローブをはだけて直接触れると、日に焼けてない白い肌は燃えるように熱かった。


「可哀想に。俺は薬に慣れてからだからあんまり長くは続かないけど、最初から最高濃度だとどうなるんだろうな?………狂うかもな?」

「あ、あ………?や、め……っ」


メルギウスは笑った。

卑怯なことなんてわかっている。

たぶん、自分は今、散々自分を利用した薄汚い奴らと同じ顔をしているんだろう。

悔しくて何度も唇を噛み締め、見上げた最低の奴らと同じ。


それでも。

それでも、最低に成り下がっても。


「お前は俺のモノだよ、セレン。俺だけのモノだ。他の誰にも渡してやらない。賭けの二年なんてそんなもので終わらせない。ずっと、ずっと、ずっと俺のモノ。俺を、()()()なんて許さない」


理性を失い始めたセレンが、何を思っていたのかは、考えたくもなかった。

いつも通り、病んでしまったヒーローに……。

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