第5話 レベッカ視点 私のこと、好き?
エミリーとデートをし、なんかめちゃくちゃいい雰囲気になれている。ものすごく急展開だ。昨日まで想像もしてなかった。
まさかデートとして受け入れられるだけじゃなく、ずっと手をつないでくれるし、思い切って口元に近づけたらあーんして食べてくれた上に、照れながら食べさせてくれるなんて。
これは普通にめちゃくちゃいちゃいちゃしているのでは? 告白したら付き合えるのでは?
と思っているうちに一周してしまい、公園をでることになった。まだ帰りたくない。今家に帰ったら告白のタイミングを見失ってしまう。そうなればエミリーも今日のは勘違いだったかな? なんて風に流してしまうかもしれない。
そう考えた私は、レベッカがもう少しと言ってくれたのに甘えて、思い切って西門の上に行かないかと誘った。ここから距離もあるし、夕日はちょうど見れるにしても帰る頃には夜も遅くなってしまう。
それだけ猶予があれば、きっと私でも告白をできるだろう。昨日までは告白をしたら、本当は嫌でも無理に付き合わせてしまうと考えていた。だけど今日の反応を見る限り、エミリーもまんざらではない、はずだ。少なくとも無理強いしてしまうことはないだろう。多分。
だって向こうから手をつないできたし、私の反応見て照れてたし、それで私の気持ちを察しただろうに、何度も手を向こうから出してくれたわけだし。
ここまでしてくれているのに、無理強いになるかもぉ?などというのは日和っているだけだろう。むしろエミリーこそ、私の告白を待っている可能性まである。……いや、それはさすがにうぬぼれているかもしれないけれど。今日急に脈ありかも!?となって浮かれているので頭で考えてしまうくらいは勘弁してもらいたい。
とにかく現状、エミリーも同じように思ってくれてるとまではいかずとも、ここは告白して私の気持ちははっきり伝えておくべきだろう。
私は緊張するのを悟られないよう、エミリーと何気ない会話をしながらも西門へ向かった。
その行程でもエミリーは私との手を離そうとしなかったし、距離もなんだかいつもより近い気すらした。
「お、思ったより、人が多いね」
「そうだねぇ……」
そして覚悟を固めながらも到着し、お金を払って見学者用の出入り口からいれてもらって外壁上にあがったはいいが、思いのほか人が居て思わず声を潜めてしまう。
エミリーも驚きつつも同じように声を小さくして顔を寄せてきた。その距離の近さにどぎまぎしてしまいながら、私はエミリーの手を引いてなんとかおさまれそうなスペースへ向かう。
この屋上部分は通路上になっているのだけど、外へ向かって凸凹とした形の壁になっている。その凸凹を目安に等間隔に人がいるので、出入り口から離れて空いている凹にはいる。
隣の人との距離は二メートルもないのだけど、いざ前に立って見ると、凹のスペースに二人で収まろうとすると結構しっかり身を寄せるし、周りを気にして小声になっていることで、逆に相手だけを意識して他の人があまり気にならなくなる。
周りの声もひそひそ話をしているなというのはわかるけど、あちこちに人がいるからか話している内容までは全然わからない。むしろその遠いざわめきのような声は、みんなそうしているのだから恥ずかしくない。と背中を押してくる気にさえなる。
「ちょうど、いい時間だったね」
「う、うん」
すぐ傍から囁くように声をかけられて、なんでもないセリフなのにドキドキしてしまいながら前を向く。離れたところにあるはずなのに大きく見える湖とその奥の小さく見える山並みに、今まさに太陽が沈もうとしている。
「……綺麗だね」
「うん」
その景色に、言葉を探すよりも先に自然にその言葉がでてきて、エミリーの返答がくすぐったいながらも私は初めてちゃんと見る夕日に感動していた。
昼間、空の真上にある太陽は見上げるとまぶしくて一秒も見つめることはできないのに、夕日は目を細めてその美しさを感じるくらいには見ることができるのは面白いところだ。
とはいえもちろん、じっと見ていると眩しいのだけど、少しずつ沈んでいき、空の色が少しずつ変わっていくのも含め、どこか目を離しがたい神秘的な美しさだ。
夕方の空のグラデーションだって十分に美しかったし、ここに上らなくても街の中でも高い地域はあって、何度かこの外壁ごしに夕日をちらっとみかけたことはある。
だけどこうしてまともに見たのは初めてだ。今までは何を急いでいたのだろう。と思いながら、すっと視線が吸い寄せられるように視界の端のエミリーを見る。
夕日に照らされ、柔らかに微笑むエミリー。その美しさに、ほう、と思わず息が漏れて、ああ、本当に美しい。と感嘆してしまう。夕日の美しさにも感動したけれど、それを感じられるのもエミリーといるからなんだと気づかされる。
エミリーがいなきゃ、私は自然にすぐ傍にあった美しさに目をやることすらできなかった。
私がまともに生活を送れているのも、もとはといえば全部エミリーのおかげなのだ。エミリーが言ってくれたから、だけじゃない。もうあの時の約束は建前でしかない。私がエミリーと居たくて、エミリーが居なきゃダメで、私がエミリーの為に生きたいのだ。
今、エミリーに告白しよう。ここまで下準備をして、それでも全部エミリーに気を遣わせていたとか無理強いだったとしたら、もうそれはどうしようもない。もしそうだとしても、エミリーが後悔しないくらい幸せにすればいい。あの時はそこまでじゃなかったけど、恋人になってよかったと思ってもらえるよう頑張ればいい。
「エミリー」
「ん? ふふ、どうかした?」
名前を呼ぶとまだ沈み切っていない夕日からエミリーは私を振り向いて微笑んでくれる。そんなことでもう、嬉しくてドキドキしてしまう。だけど、今、勇気を出さないと。
そう思いながら、一応さっきより近くに他の人が来ていないか周りを見る。
「……」
周りを見て、慌てて顔を戻す。ちょっと待って。近くにはいなかった。というか多分普通に聞こえるような声で告白をしたって、周りに見られることはないだろう。なぜなら目に付く範囲にいた人が全員、もうお互いしか見えていない状態で抱き合ったり普通にキスをしていたので。
いやさすがにやりすぎでは?? 確かに全然街中と変わらない距離間で人がいる割には思ったより二人きりの世界に感じられるけど、こんな普通に人がいる場所でキスなんてしていいの?
まだ恋人になっていないのにこの場に連れてきてしまったことに対して、ものすごい焦燥感と言うか、申し訳なさすら感じている。とんでもないところに来てしまった。
いやでもこの状態なら告白を聞かれるのが恥ずかしいと言うことはない。周りの人の方が恥ずかしいことをしているので、逆に当たり前すぎる気がする。
「ぁ……」
気を取り直して告白するぞ、と思ったところで、私の挙動不審さに気が付いてエミリーも周りを見て気が付いてしまったようで、恥ずかしそうに真っ赤になった。夕日に照らされてる以上に赤くて、可愛すぎる。
だけどそんな状態の中でも、私から離れようとはしていない。
「エミリー……その、好き、だよ」
だからもう、これ以上私の気持ちを伝えないでいることはできなかった。喉がカラカラになって、声がかすれてしまいそうになりながらも、私は絞り出すようにして気持ちを口にした。心臓がうるさくて、緊張で震えそうだった。それでもちゃんと言えたことに安堵しながら、私はエミリーの反応を待つ。
「あ……う、うん。……えへへ。私も、好き」
夕日の中でも耳まで真っ赤なのがわかるくらい照れながら、エミリーはそう言ってはにかみつつも応えてくれた。手先が震えて、足元がおぼつかなくなりそうだ。
今日のデートで手ごたえは十分に感じていた。だけどまさか、本当にそう言ってくれるなんて。昨日までそんな気配がなかったのに。エミリー、ちょろすぎる。そんなところも可愛いけど。
「……」
「!?」
と感動に震えていると、そのままエミリーは私に向けて少しだけ顎をあげて、目を閉じた。そんな顔も可愛い。と思ってから気が付く。え、これ、キスをする流れ? え? 告白して秒で? いくら回りがしてるからって、空気に流されすぎでは?
などと言う理性的な言葉が脳を走りながらも、感情が全て押し流して、私はエミリーが目を閉じてから二秒とあけずに、空いている手でエミリーの頬に触れて距離感を確認しながら唇を押し当てていた。
「……えへへ。照れるね」
「……ん」
息がとまりそうなキスを終えて、ゆっくりと離れてから目を開けると、キスのドキドキで前後不覚になっている間に夕日はすっかり沈んでしまったようで、一気に薄暗くなってきていた。
そして周りの人も帰ろうとし始めていて、向こうからしたらどうでもいい意識の外だろうと視界には入っていただろう事実に恥ずかしくてたまらなくて、可愛いエミリーにそっけない返事しかできなかった。
いやだって、さすがにキスまでは全然心の準備できてなかった。そんなの結婚してすることでしょ。でもだからって、あの状態からしなければエミリーに勘違いしたと恥をかかすことになってしまうし、私だってしたいかしたくないなら全然、したいし?
あ、頭がおかしくなりそうだ。とにかくこれ以上ここに行っても恥ずかしいだけだし、真っ暗になる前に見知った場所まで帰らないといけない。
「そろそろ、帰ろうか」
「うんっ。晩御飯なににしよっかなー? レベッカ何が食べたい?」
「エミリーが食べたいものでいいよ」
「えー」
私はエミリーとできるだけ自然と会話しながらも、ついついエミリーの口元に視線がやってしまうのを誤魔化しながら、なんとか家に帰った。
〇
……もしかして、夢だったのでは?
あれから晩御飯を買って家に帰り、いつも通り食事をして入浴して自室に戻ってきた。ずっと心が浮足立ったままで、いつも通りでもデートの延長線上のような気持ちだった。
だけどベッドに一人で寝転がっていると、なんだか夢だった気がしてきて、急に不安になってしまう。
もちろんそんなわけないのだけど、恋人になっていきなりキスとかできすぎというか、願望が過ぎる気がする。途中からさすがに妄想では? みたいな不安が沸き上がってきてしまう。全部が妄想なわけもないし、今日のデートの工程は事実ではあるはず。と頭では考えられるのだけど。
「わっ!?」
「え、あ、ごめんね。忙しい、かな」
と考え込んでいると突然ノックされてびっくりして飛び上がってしまった。私の声に驚いたようで、エミリーの声が遠慮がちにドア越しにかけられた。
「いや、ちょっとぼーっとしていて。大丈夫だよ。入ってきて」
「ごめんね。疲れてるのに邪魔しちゃったかな?」
「気にしないで」
申し訳なさそうに入ってきたエミリーは、私が昨日のようにベッドに腰かけて隣を叩いて促すのを見てはにかみながら隣に座った。
どきりと胸が高鳴る。まるで昨日のまき直しだ。だけど、昨日までとは決定的に違う。今の私たちは恋人、だよね?
「その……今日がとっても楽しかったから、もう少し、お話したくて。今日は、ありがとう」
「そんな、私もすごく楽しかったから。だからお礼なんていいよ」
「えへへ。でもきっかけは、私を気遣ってくれたからでしょ?」
「それはそうだけど……でも、その、デートだったから」
デートをして一方的にありがとうなんて、そんなのは悲しい。何といえばわかってもらえるかと考えてから、はっとする。
一方的だからおかしいんだ。私の感謝も伝えればいい。そして同時に、夢だったかもしれないなんてありえないはずの可能性におびえるくらい臆病なのはやめて、ここではっきりさせよう。
「エミリー」
私はエミリーの名前を呼びながら、そっとエミリーの手に手を重ねるようにして握る。エミリーはそれに劇的な反応はせず、ゆっくりとはにかみながら握り返してくれた。
その触れ合いが当たり前のような笑みに、私は緊張を緩めながらエミリーを真っすぐ見つめて続きを口にする。
「ありがとうっていうなら、私こそだよ。デートしてくれて、ありがとう。私と、恋人になってくれてありがとう。私とずっと一緒にいてくれて、ありがとう」
私の人生に、エミリーは不可欠だ。ただいてくれるだけでも本当にありがたい。だけどそれをちゃんと言葉にだしてきただろうか。
エミリーに気持ちを押し付けたくなかった。それも嘘ではないけど、臆病な気持ちの表れだった面もあっただろう。だけどもう、そんなことを言っている段階ではない。
ここでちゃんと念押しの確認をしておかないと、エミリーは恋人と思ってくれてるのに私が疑心暗鬼になるとかいう訳分からない状態になる可能性もある。そんなエミリーを傷つけるようなことできるわけない。
「……それなら、それこそ私こそ、ありがとう、だよ。私、レベッカがいないと駄目だから」
「エミリーは勘違いしてる。本当にエミリーがいないと駄目なのは、私の方だよ」
最近のエミリーはちょっとだけ、疲れて不安な気持ちが続いていたかもしれない。でもエミリーは本当は一人で立ち上がれる人なのだ。転んだ時に、一人で立ち上がれないのは私の方だ。
「え? ……そう言う風に、思ってくれてたんだ?」
なのにエミリーはそう、心底不思議そうにきょとんとしている。私はその姿がなんだか申し訳ない気になって、手を握ったまま肩を寄せてぶつけ、おでこをぶつけるような距離で気持ちが伝わるように心を込めた。
「エミリーは、私にもったいないくらいだよ。それでもね、エミリーがいいなら私とずっと一緒にいてほしい。ずっと前からそう思ってるよ」
私の言葉に、エミリーはその目を潤ませた。顔を引いて、繋いでいない右手で乱暴に涙をぬぐった。それがエミリーを傷つけないか心配になって、私はそれ以上顔をこすらなくていいよう、そっと左手でエミリーの頬に触れる。
それにエミリーは一瞬驚いてから、そっと私の手に自分の手を重ねた。エミリーが瞬きをすると、私の人差し指にエミリーの涙が触れる。
「泣きたいなら泣いてもいいけど、エミリーの気持ちも教えてほしい、かな」
冷たいわけはないのに、熱を持ったエミリーの頬に比べてひんやりとして感じた。これで少しでも、エミリーの中から悲しい気持ちがなくなればいいのにと願いながらそうお願いする。
「……うん、あのね。すごく、嬉しい。一緒のこと思ってたんだね。うん。ずっと、一緒にいようね」
「うん……あ、でもあの、その、プロポーズは、また改めてするからね?」
ずっと一緒にいたい。という気持ちはストレートに本心ではあるのだけど、これがプロポーズだと思われたらちょっと違うというか。告白が結構心の準備ないまま当日にしちゃったから、プロポーズはもうちょっとちゃんとしたいよね。
なのでとっさにそう訂正したけど、なんかちょっと不格好になってしまった。まあ、こういうのも私らしいか。
「ふふっ。うん。それじゃあ、楽しみにしてるね」
エミリーはそう言って笑った。その笑顔を見て、私は間違いなく今日の全部が現実であることを噛みしめながら、そっとキスをした。
「……ふふ、いきなりだね」
「あ、ごめん。嫌だった?」
「もう、嫌なわけないでしょ。でも……好きって言って欲しい、かな」
「ん……好きだよ、エミリー」
こうして恋人になったことで、エミリーが不安から私の気持ちを確認しようと、「私のこと好き?」と確認してくることはなくなった。
だけどその分、私がエミリーとキスをしたくなるたびに、エミリーは「私のこと好き?」と言って私にはっきり意思表示をするよう求めるので、今度は恋人のいちゃいちゃとして好きと毎日のように言うようになるとは、この時の私は知らないのだった。
おしまい。