第4話 エミリー視点 高鳴る胸
レベッカとのデート、とは言っても一緒に買い出しに行ったりとかは何度もしてきたし、改まったってレベッカの態度はそう変わらないだろう。
だからまずは気分から変えてもらう為、思い切って手を握った。一歩踏み出すのは勇気が必要だったけど、今まで散々レベッカに頼り切ってきたんだ。このくらい、私だってできるって見せないと。
「……きょ、きょ……んん。今日、いい天気でよかったね」
レベッカにとっては些細な変化だとしても、今までの私とは違うって示せるだろう。そのくらいに思っていたのに、レベッカは思った以上に真っ赤になって動揺してくれた。
可愛い。噛んでるのがもう珍しいし、誤魔化そうとしてるのも可愛すぎる。手を握るだけでも照れるのに、レベッカがここまで私との接触を意識してくれてるなんて。
……もしかして、レベッカも私と一緒なのかな。そんな風に思っていると、流れで懐かしのおばあちゃんの雑貨店に行くことになった。
私は平均より長く初級教育学校にいたから、ちょっと浮いてた分おばあちゃんが親しくしてくれるから気持ちもマシだったところがあるけど、レベッカの前でそのからかいはやめてほしかった。
それはそうとして、レベッカの口から明確にデートを肯定する言葉が出てきたのは本当に嬉しい。また後日お礼代わりに買い物にこよう。
それからもレベッカはお買い物とかで手が離れる度に握りなおしてくれて、その都度目を合わせて私の反応を見るようにしながら恥じらってくれるのがとても可愛かった。
今思うとそんなに長い期間、一緒に学校に通っていたわけじゃないけど、あの頃は何も心配することも不安なこともなくて、毎日楽しかったなぁと懐かしくなる。
でも、あの頃に戻りたいとは思わない。だって今、幸せだから。
そうして今までにないすごくいい雰囲気のデート状態で、私達は自然公園にたどり着いた。子供の頃に見て広いと思っていたけど、大人になって来てみても広い、というかもっと広く感じる。
こんなに広かったんだ……迷いそう。普通にレベッカから離れないでおこう。
「エミリー、もういい時間だし、いい場所があったらお昼にしようか」
「そうだね。目につくところにあるベンチは埋まってるし、奥がいいのかな? 行ったことないし、行ってみる?」
「だね」
ちょうどお昼時だからか、走り回っている子供もあまりいなくてなんだか穏やかな時間が流れている。
一番入口の広い空間を抜けて、その先の遊歩道へ向かう。木々が並び、ちょっとした森のようになっている。この先には大きめの池などがあるのだけど、走り回る年代の子供はこの先に行かないように言われていて、子供視点だと奥が見えない遊歩道はちょっと暗くて怖そうに見えていた。
だけど大人になった今見ると、木々から漏れる木漏れ日が優しくて、少し陰っているのが穏やかで居心地のよさそうな道に見える。
「初めて来たけど、なんだか気持ちいいね」
「そうね。気軽に安全に自然を体感できるのはいいかも。国立で還元もかねて料金も安いんだろうし、もっと気軽にくればよかったかもね」
なんだか何気ない相槌で頭がよさそうな返事がきて、ちょっときゅんとしてしまった。レベッカのこういうちょっとおかたいところも好き。
「あ、こういう通路の途中にもベンチが……」
「先客がいるみたいだし、早く行きましょうか」
池が見えてきた曲がり角の奥にもベンチが見えたので声をだしかけて、そこに先に座っていた二人組が一緒に食べさせあっていたので思わず声をとめてしまった。レベッカは小声になって私の手をひいたので、私達は足早にベンチの前を通り過ぎた。
「ごめん、気づくのが遅くて。あの人たち、気まずくさせちゃったかな」
「大丈夫でしょ。さ、池がもう見えてくるよ」
「うんっ」
やっぱりレベッカは優しいなぁ。と思いながら見えてきた池の周りを迂回するように歩いていく。ところどころにベンチがあって、そうじゃなくてもいい感じのところに腰をおろしている人もいる。でもなんだろう。私の先入観があるのかもだけど、全員イチャイチャしてるように見えてきた。
手前の広場はほとんど子供たちが自由に走り回れる場所だから気にしてなかったけど、もしかしてこの公園、デートスポットなのでは?
あ、キスしてる人までいる。え、こんな日の高い内に、しかも隠れてもない場所で堂々とそんなことしていいんだ? ま、まあ子供もいないしいいのか……。
「こ、この辺りにしよっか?」
「そ、そうだね」
景色のいいところ、と最初は思っていたけど、結局他の人が視界に入らないちょっと奥まったところに腰を落とすことになった。
そろそろお腹もすいてきているので、ひとまず食べるのが優先でいいだろう。ベンチじゃないけど、適当な木陰で大きめの木の幹に並んでもたれて足をのばして座ると、思いのほか近くて少し照れくさくなる。
お外でこんなに近づいていいのかな、という気持ちもなくはないのだけど、さっきまで見ていた光景で感覚がマヒしているのか、したいからいいよね。という気持ちが先にきてしまう。
「ふぅ……いい場所があってよかったね」
「うん。ちょっと、びっくりしちゃったね。お昼にしよっか」
と雑談しながら手を離して、結構手汗をかいていたのを自覚して恥ずかしくなってごまかす様に拭いてごまかした。そしてお弁当とお茶を取り出す。お弁当は改めて日の光の下で見ると美味しそうだ。
思ったより歩いて疲れた分、シンプルなサンドイッチがとっても美味しい。
「お外で食べると美味しいねー」
「ね。気晴らしになるし、また来ましょうね」
「うん」
そうしてゆっくりとサンドイッチを食べ終わって、ここに来る途中でデザートに買った果物を取り出す。オレンジで手でむけるように購入したその場で皮に切れ目をいれてもらっておいた。
「ん。すっぱ」
「え? そう?」
口に入れると思いのほかすっぱくて目をぎゅっと閉じてしまう。飲み込んでから隣を見ると心配そうに私を覗き込んでいるレベッカがいて恥ずかしくなる。今の変な顔を見られてしまった。
「れ、レベッカのはすっぱくなかった?」
「うん。爽やかなちょうどいいすっぱさだった。あたりだったのかな?」
「私のハズレかー……ちょっとちょーだい?」
首を傾げるレベッカは私の表情に特に反応もないようなのでほっとしながら、自分のを鞄に入れながらそうおねだりする。私のは家に持って帰って料理に使おう。
「……い、いいよ。はい」
私のおねだりにレベッカは何故か一瞬固まって赤くなってから、はい、と言いながら一粒とって私の口元にもってきた。え、これってもしかして、あーんってこと!?
「……あ、あーん」
数秒見つめあってしまったけど、レベッカは赤くて真面目な顔のまま差し出していたので、私は意を決して自分で言いながら口を開けた。口元にはいってきてくれたので食べる。
美味しい、と思うけど、ドキドキしすぎてちょっとすっぱさとかよくわからない。
「あ、ありがとう。美味しいよ」
「ならよかった。その、半分、わけてあげるから」
「あ、わ、私も、えっと、お礼にレベッカに食べさせたいけど、駄目かな?」
「お……お願いします」
最後まであーんして食べさせあった。すごく幸せな気分になったけど、なんだかものすごくぎこちないイチャイチャだった気がする。
レベッカなりに今日のデートをデートらしくしてくれようと、歩み寄ってくれたのはわかるけど、レベッカって頭でっかちなところがあるから真面目にお手本を真似したんだろうなぁ。
私はドキドキするし、美味しさとかどうでもいいくらい楽しかったからもう一生デザートはこれをしたいくらいだけど、レベッカはちゃんと楽しんでくれてたかな?
「……美味しかった?」
「う、うん。すごく、美味しかった」
「ならよかった」
レベッカの様子をうかがうと、レベッカは赤みが引かないまま私にそう問いかけて、私の返事に柔らかく微笑んでくれた。
よかった。レベッカもちゃんとこのデートを楽しんでくれているみたいだ。私が楽しんでいるからってことかもしれないけど、どっちでも一緒だよね。
それから食後のお茶をゆっくり飲んでから、腹ごなしをかねて遊歩道をまた散歩した。池の周りを通り過ぎたら、丁寧に管理された花壇がたくさんあった。端に管理者用の小屋もあって、庭師さんが丁寧に手入れしているのが目に見えてわかる。
「すごーい。見たことないお花がいっぱいだね」
「そうね。それに普段薬の材料として扱っているものでも、花を見たことなかったり、新鮮な状態じゃないものだったりするから、生の香りがするのはなんだか、違う気持ちで見れて……純粋に美しさを感じられて、こういうのもいいね」
「ねー」
レベッカは実際に見たことないものでも、図鑑で絵をちゃんと知っているらしく、私がこれなんだろうって聞いても全部教えてくれて楽しかった。途中から調子があがったのか楽しそうに薬効まで教えてくれたのがとっても楽しそうでよかった。
昼食の時間も終わったからか、のんびりしているお客さんが多いのでさっきほど目のやり場に困ることもない。膝枕とかしてるけど、膝にのせてるとかじゃないから……ちょっと感覚麻痺してるのかも?
ゆっくり見て回ったり、途中ベンチで休憩して雑貨屋で買ったお菓子を分け合ったりして、いつのまにか手をつないでいるのが当たり前になって私の手汗もおさまった気がする。
そうして一周したので公園を出たけど、まだ夕方には少し早いくらいだ。
「あの、レベッカ、よかったらもう少し、どこか寄って行かない?」
「あ、うん。そ、そうしよっか。どこか行きたいところある?」
「えっと……ごめん、ちょっと、思いついてなくて」
なので帰り道に足が向かってしまう前に思い切って提案した。レベッカも嬉しそうに頷いてくれたのはいいのだけど、ごめん。勢いで言ったから何も考えてない。
だってここに来るまでも結構ゆっくり思い出話しながら歩いてきたし。地元を離れるとあんまり行ったことない場所が多いし。
「あー……じゃあ、よかったら、西門の上、とかは? その……デートスポットだって、聞いたことあるし」
「あ、私も聞いたことある。夕陽が綺麗に見えるんだよね。行きたい」
「ん。じゃあ、時間も今からならちょうどいいだろうし、行こっか」
「うんっ」
悩む私に、レベッカは照れたように空いている手で頬を書きながらそう提案してくれた。デートスポットを選ぼう、という意識がなかったけど、言われたら確かに聞いたことがある。
昔、上にいる人が見えて、私も行きたいって言ったら両親から大人になってからねって言われたんだよね。初等教育学校に通うようになってデートスポットって知ってからは私には関係ない場所っていうか、ちょと気恥ずかしさもあって忘れていた。
でも今、レベッカと一緒にそこに行くようになったんだ。そう思うと胸のときめき以上に、なんだか感慨深さと言うか、大人になったんだなって気にもなる。
と自分で考えてから恥ずかしくなる。お、大人に、なれてるかなぁ? レベッカに助けられてばかりだし、恋愛においてもリードされてばっかりっていうか、今日は頑張って手をつないだけど、それ以外はレベッカに頼り切りな気もする。
レベッカは駄目な私も含めて好きでいてくれているとは思うけど、でもだからっていつまでもこのままじゃ、駄目だよね。結婚したらさすがに頼りないままだと呆れられるかもしれないし。それにそう言うのが好きじゃないって思われても嫌だし。
有名なデートスポットだから、きっと公園の時みたいに色んなお手本とかいるだろうし、参考と言うか、その場の空気があれば、その腕をくんだりとか、もうちょっと踏み込んだこと、私にもできるよね?
なんて自分で考えて恥ずかしくなってしまう気持ちと戦いながら、私はレベッカの手を離さないようにして歩いた。
そうして歩いて街並みが見慣れないものになってくると、なんだか少し心細くもなってきた。普段どれだけ狭い場所で生きているかがわかる。
「レベッカはこの辺りの地理にも詳しいの?」
「いや、そうでもないけど、だいたいの全体図は頭にはいっているから安心して。迷ったりはしないよ」
「さすがぁ……」
レベッカが数年前まで通ってた学校も別の地区で定期馬車にのらないと通えないところだったし、日常的に頻繁にお出かけしないレベッカだけど、迷ったことはないんだろうなぁ。頼りになりすぎる。きゅんっとしてしまった。
「ほら、ここからもう門が見えるでしょう?」
「ほんとだ。こうやって見ると外壁に比べて門が小さく見えるね」
「実際には大きいけどね」
「うん。今通ってる大型の馬車が縦に並べられそうなくらい大きいよね。大きく作りすぎじゃないかな?」
権威とかそう言うのなのかな? 外壁はさらにその倍はあるけど、確か戦争の時代につくられたから、外からの弓矢とかを防ぐために大きく作られたって聞いたことがある。
今はもうその外壁の外にも街が広がっているけど、大きいから今も見張り台として兵隊さんが使っているけど、軍事施設ってわけじゃないから普通の人でも入れるんだよね。
「確か、自軍の兵器がぎりぎり通れる大きさに作ったらしいよ」
「えっ、あんなにおっきい兵器が?」
「技術ってすすむほど小型化するものだしね」
「たしかに……? はぇー、すごいなぁ」
具体例が浮かばないからあんまりぴんとこないけど、言われてみたらそうなのかも? レベッカは何でも知ってるなぁ。
なんて話をしていたらどんどん近づいてきた。下から見えると、めちゃくちゃ大きい。
「そろそろ日暮れの時間だし、ちょうどいいね」
「うん。わー、なんだかドキドキするねぇ。どんな景色なんだろ」
他にも私たちと同じように手をつないだりくっついて歩いている二人組が何人も向かっているので、きっと同じ目的なんだろう。それだけいい景色がみえるってことだろうし、わくわくしてきた。
私は期待を胸にレベッカの手をぎゅっと握りなおした。