第3話 レベッカ視点 もしかして脈があるのでは?
エミリーは子供の頃は今よりももっとドジで、しょっちゅう転んでいた。だけどエミリーは私が心配して手を差し伸べても、いつも笑顔で私の手を取っていた。
エミリーは何度転んだって笑顔で立ち上がるし、馬鹿にされた時だって大変な時だって困った時だって、いつだって笑顔でいることができる。
私は自分で言うのもなんだけど、結構短気だし愛想笑いも苦手だし、積極的に声をかけるのが苦手だ。私のできないことができる子だなって感じていたから、昔から内心で尊敬もしていた。
他にも同年代の子供たちはいたけど、私の家が比較的裕福なのをねたまれたり、エミリーのことを馬鹿にされたり、勉強ができるのをがり勉などと馬鹿共に馬鹿にされたりした際に、短気な私は普通に相手が泣くまで言い返していたので他に友達はいなかった。
別にそう言う嫌な子ばかりというわけではないのけど、そうじゃない子は大人しい子が多くて怒鳴っている私が恐くて避けられていたので。
そんな感じでエミリーは私にとって唯一の親友だった。そんな彼女が私にとってそれ以上に大切な愛する人なのだと気づいたのは、私の両親が事故で亡くなってしまってすぐのこと。
私は悲しくてたまらなくて、お葬式もろもろのやるべきことが終わったあと、今日から学校に復帰すると言う日に起きることができなかった。
それまでは亡くなった日から泣かなかったのに、朝起きてもお母さんもお父さんもいないのが辛くて泣くことしかできなかった。
両親を尊敬していた。両親で三代目になる薬屋はこの辺りの人みんなに利用され頼りにされていた。私はそれが誇らしくて憧れで、私もそうなりたくて薬師の道を志した。だけど違った。
その気持ちも嘘じゃないけど、私が両親を思うように、同じように両親にとって私が誇れる人になりたかった。自慢の娘になりたかったんだ。
だから私は、両親がいなくなってしまって自分が本当にどうしたいのかわからなくなってしまった。何のために生きているのかすらわからなくて、涙がとまらなかった。
そうしてベッドからでられない私を、エミリーが訪ねてきてくれた。店舗と一体型の家の居住区につながる裏口のベルを何度も鳴らしてくれて、私がそれに気が付いたのはお昼もとっくにすぎて、泣きつかれて寝てから目覚めたところだった。
最初、気が付いても出たくないと思った。だけどそのベルはずっと鳴っているから。もしかして何かあったのかなって思って、寝間着だし顔も見られたくないから、シーツをかぶって裏口に向かった。
エミリーは会いたくないと言う私に根気強く声をかけてくれて、私にドアを開けさせた。そうして私の部屋にやってきて、話しているうちにまた涙がとまらなくなった私を抱きしめた。
「レベッカ、生きる意味がないなんて言わないで。レベッカがいないと私は寂しいよ。お父さんみたいな立派な薬師になるんでしょ? やりたいこともあるのに、そんなこと言わないで」
「それは……二人がいたからで……」
子供みたいに優しく頭を撫でられて、エミリーの温かさに感覚が遠ざかっていた指先が戻ってくる。だけどそれでも、自分で涙をぬぐおうと言う気力すらでてこない。
「ううん。今はちょっと、悲しくて心が疲れてちゃってるだけ。レベッカはちゃんと、自分を持っていて、自分の為に頑張れる人だよ。二人が亡くなったのは悲しいけど、だからってレベッカに何もないなんてことはないんだよ」
「そんな……」
エミリーの言葉はどこまでも優しくて、私を肯定してくれた。だけど、そんなことない。エミリーがそんな評価をしてくれるような人間じゃなかった。だから今、私は泣くだけで立ち上がれないでいる。
そんな自分が恥ずかしくて、だけどエミリーから目をそらしてそうじゃないと知られてしまったら、エミリーから見捨てられてしまったら、私はどうなってしまうのか自分でもわからなくてただエミリーを黙って見つめ返すことしかできなかった。
「どうしても無理なら、私が支えるよ。生きるのに意味がいるなら、私の為にでもいいから、生きてよ」
そんなどうしようもない私に、エミリーはふっとほほ笑んでからそう言って私の頬を撫でるように涙をぬぐってくれた。
それを聞いて、私の心は救われた。そうだ。父も母も亡くなってしまったけれど、私にはまだ、エミリーがいる。くじける姿を見せたくない、誇らしいと思ってほしい、私が尊敬する人がいる。
この日から、私の生きる意味はエミリーになった。
そうして立ち直った私はまた、エミリーに尊敬されるような薬師になるため頑張ることができた。エミリーが就職失敗してしょんぼりすることもあったけど、そんなことは些細なことだ。
他の誰に、私の心の支えになることができるだろう。人一人を助けることができるのは、それだけでもう十分すごいことだ。エミリーが支えてくれた私が、薬師になって少しでも多くの人の助けになれたら、それはもうエミリーのおかげなのだ。
確かにエミリーはちょっと運動神経がなくて、すぐ転んだりぶつかったり物を落としたりする。でもそんなことがなんだろう。エミリーはいつだって真面目に目の前のことに向き合うことができる。計算もあれだけ苦手だったのに、今ではレジミスもなくなった。
料理だって、たまにお皿をひっくりかえしてしまうことはあるけど、料理で怪我をすることは滅多になくなったし、料理の味そのものはいつも美味しい。
他のことも全部そうだ。エミリーはいつも笑顔で続けることができる。頑張り続けることができる。それがどれだけすごいことか、エミリー本人がわかっていないだけだ。
いつかそれをわかってほしい。だけど、それが分かった時、エミリーはうちを出て行ってしまうのだろうか。
そんなことはないと、頭では思っている。だけどエミリーをこの店にしばりつけることはできない。いつか私以外の誰かを見つけてこの店を出て行ってしまう可能性がないではない。
そうなる前に、この気持ちを伝えて、私だけを見てほしい。そう思いながらも何もできないまま迎えた、今日のお出かけ。
エミリーはそう思っていないだろうけど、内心ではデートみたいだとちょっとドキドキしていた。
一緒に料理をつくるのもいつものことなのに、お弁当をつくるというだけでなんだかいつもと違うことみたいで心が浮足立ってしまう。
そんな自分を律しながら家を出た途端、エミリーに手を握られた。
「えっ、ど、ど?」
「ふふ。いや? 恥ずかしいかな?」
「い、嫌じゃないけど、ちょっと……恥ずかしいかな」
みっともないほど狼狽してしまう私に、エミリーは微笑みながら私の顔を覗き込んでくる。
その顔に嫌だなんて心にもないことは言えるわけもない。それに正直に言うと普通に手を繋いでいたい。だからできるだけなんでもないように返事をしながら、私は手を握り返して応えた。
するとエミリーはますますにっこにこの笑顔になって、そしてほんの少しだけ頬を赤くした。
まるでエミリーも照れているみたいに。それを見て、自分でも制御できないくらい全身が熱くなる。燃え上がりそうなほど、熱い。
「……ほら、行くよ」
「うんっ」
とっさにそれを誤魔化すようにそう言って改めて歩き出す。それにエミリーはいつもより楽し気に元気に返事をしてついてきてくれる。
エミリーは何気なく私の手を取ったんだと思う。子供の頃みたいにお出かけをするから、お弁当の時と同じで昔を思い出して、あの時みたいに私の手をとっただけだろう。
だけど今、私が意識してしまったのをエミリーは気づいてしまったのだろう。さっき手をつないできた瞬間と違って、照れている。
なのに、手を離そうとしていない。それどころか喜んでくれてるようにすら見える満面の笑顔。
……え? これ、もしかして、脈があるのでは? え? 考えたことなかった。エミリーが私に気があるなんて。いやいやいや、だったらあの好きって聞いてくるのおかしいでしょ。冷静に考えろ私。恋愛感情がある相手に、そんな気軽に好きって聞けるわけない。らぶらぶカップル以外しないでしょそんな会話。
ということは、今、私が意識してるのを察して、エミリーも意識しだした、ということ? そして手つなぎも継続? つまり、今から脈ありなのでは?
「……きょ、きょ……んん。今日、いい天気でよかったね」
やばい。動揺が抑えられない。なんだか手汗もかいてきた。
「そうだね。あ、見て、あの子たち、これから学校かな」
そんな私を不審に思うこともないようで、エミリーはまだほんのり頬を染めながらも自然な様子で道の先を指さした。
角を曲がって飛び出して、私達と同じ進行方向へ向かって走っている子供たちが視界にはいる。今日はお店の定休日にしているけれど、初等教育学校にお休みは基本的にない。
子供も家の手伝いをしているので、決まった日にそろって学校に行くのは難しい。なのでそれぞれのペースで通っている。手をつないで走っている二人組は初等教育学校に通う際に使う専用のリュックをつかっている。まあ遊びに行くときにも使い倒す子も珍しくないけれど、向かっている方向的に学校に行くので間違いないだろう。
「そうだね、懐かしいね」
「そう言えば子供の頃よく行ってた雑貨屋、覚えてる?」
「あー、あったね。店主のおばあちゃんが作ってくれるお菓子、安いのに美味しかったよね」
初等教育学校の裏側にあって、ちょっとしたお菓子をつくってくれるのが人気だったけど、学校で使う文房具とかちょっとした玩具とかも扱っていて、この辺りのほとんどの子供があそこで初めての買い物体験をするんじゃないだろうか。
「あそこ、まだ同じおばあちゃんが続けてるんだよ」
「えっ、ほんとに? 卒業する時に最後だって挨拶したら、もうじき引退って言ってたのに」
「ふふ。それ私の時も言われたよ」
今何歳なんだろ。私のお父さんが、自分が通ってる時からおばあちゃんだった、懐かしいって聞いたことあったからかなり高齢だと思うんだけど。
と考えて、気が紛れて手汗がひいていることに気づいた。よかった。冷静になろう。
エミリーが脈ありになったからと焦る必要はない。今すぐどうこう言ったっていきなりすぎる。ここは少しずつ意識度合いをあげさせていくんだ。
「ちょっと行ってみる? 時間はたっぷりあるんだし」
「あ、いいねぇ」
ということで気持ちを落ち着ける為にも寄り道をすることにした。裏通りに面するお店でほぼ学生しかお客さんがいないこともあって、開店しているけれど他のお客さんは誰もいなかった。まっすぐ正面から入って店主のおばあさんに声をかけながら近寄る。
「こんにちは、おばあちゃん。久しぶり」
「お久しぶりです。お元気そうでなによりです」
「おや……、レベッカは、薬師として立派にやってると聞いているよ。エミリーはようやく初等教育学校を卒業したと思っていたけど、まさかまだ通っていたのかい?」
「そんなわけないでしょ。もー、おばあちゃんは相変わらず口が悪いんだから」
おばあちゃんは私たちの挨拶に一瞬考えるように視線を右上にやってから、すぐににニヒヒといつもの癖のある笑みを浮かべてそう声をかけてきた。
もう何年もきていない私のことまできちんと覚えてくれているとは驚きだ。
「はいはい。珍しいお客さんだねぇ。今日は何だい? 手なんか繋いで、デートかい?」
「あ、はい……そ、そうです」
つないだままの手を見られてにやにやとからかうような言葉に、忘れかけていた手をつないでいると言う事実にまた恥ずかしくて一瞬焦ってしまい、とっさに肯定してしまった。
だけど訂正することもできないので、私は顔が赤くなっているのを自覚しつつ、ぎゅっとエミリーの手を握りなおしながら頷いた。
ちらりと隣を見ると、エミリーも真っ赤になっているけれど、私の言葉を否定したりはしなかった。
「ほう。そりゃあますます珍しい。で、何にするんだい?」
「せ、折角だし、何か食後のおやつになるようなものをみさせてもらいます。ね?」
私があっさり肯定したからか、それともあまりに真っ赤になっていて可哀そうになったのか、からかうのをやめてあっさりと問いかけてきたおばあちゃんに、私は視線をそらしながらエミリーの手を引いて売り場のお菓子コーナーに移動した。
「ごゆっくり」
おばあちゃんにそう言わるのを背中に、私は目についたお菓子を指さす。やたらカラフルな飴玉とか、子供の頃はきらきらして見えたけど、今見ても大きいし美味しそうだ。
「エミリー、これなんてどう?」
「あ、うん。美味しそうだね。覚えてる? 昔はよく別のを買って半分こしてたよね」
「もちろん覚えてるよ。そうだ。じゃあ、それぞれ違うのを選んで半分こにしようか」
「いいね」
というわけでそれぞれ選んだ。私は分けやすいよう缶に入った飴にした。エミリーはかたく焼かれた小さなパンにちょっとだけチョコレートがかかっているものだった。
懐かしすぎる。これこの店でしか見たことない。小さいけどパンだからお腹が膨れるのと、チョコがかかってるから四つだけなのに子供のお小遣いで買える中で一番高いんだよね。エミリーはたまにいい点が取れた時に買ってたっけ。
この店に来たのは気まぐれだけど、色んな思い出が色鮮やかに蘇ってきて、それほど昔と思っていなかったけど、色々あったなぁなんて年寄りみたいな気になってしまう。
おばあちゃんのお店をでてからも、なんだか子供時代の懐かしさでじっくり寄り道しながら自然公園に向かった。
お会計の時に手が離れるのだけど、その度につなぎなおすのが照れくさくも嬉しかった。
私がこのお出かけをデートと考えていることは間違いなく伝わっただろうし、エミリーもどうやらデートであることに異論はないらしい。
これは、もはや脈しかないのでは? もしかしてこのままの勢いで告白すれば成功するのでは? いや、結論を出すのは早すぎる。反応を見るに私に気を使って言い出せないとかではなく普通に照れてくれているっぽいとはいえ、告白はそこまでの気はなくても強要させてしまうかもしれない。とりあえず今日のデートを成功させることが第一だ。
私はより一層気合をいれてデートに挑むことになった。